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奇々怪々の夜

 初めましての方は初めまして。口十、改めのんびり亭でございます。

 今回はこの小説に興味を持って頂き誠にありがとうございます。こちらは現代で人間ばかりを書いてきた私がファンタジーを書いたらどうなるのか、という半ば実験から始まった小説です。

 どうぞ、暖かい目でご覧ください。後悔はさせません。

 私はその日、世界を、歴史を、魔術を、凡てを見た。我々人間がたかが数千年で知ったと思っていた凡ては、気紛れであることを。

 だが、同時に、魅せられてしまったのだ。世界に、歴史に、魔術に……彼女の凡てに。



 数時間前―――

 私は暇を極めていた。学者であるこの私がだ。何故か?目の前を見れば分かる。誰もいない……伽藍とでも鳴いてくれればいいものを、鳴く生き物さえいやしない。何故だ。それが分からないでいる。”魔術と自国スクリムの相関性”という題目は最高だ……これが理由とでもいうのか?否、それはあり得ない。

 であれば何故だ。何故この教室には鼠一匹、否虫一匹もいないのだ。魔術が私達の国を支えてきたのは事実ではないか。

 私は仕方なし、と椅子に座り込み腕を組んだ。そうすると今も脳裏に浮かぶのだ。魔術の美しさが。魔法陣に使う文字、その一つでも欠けてしまえば正常には発動しない繊細さ、組み込む文字一つ一つに意味があり、何時間とかけて組み上げた魔法陣が正常に機能した時の達成感。失敗した時もまた経験なのだ。その道中で死を遂げてもまた一興……なのに何故、誰も何も気に留めないのだ。肉を焼く炎はどの文字が起因しているか、気にはならないのか!? 敵を薙ぐその剣に組み込まれた魔術がどれほど美しい比率で成り立っているか、不思議には思わないのか!?

 嗚呼、駄目だ。怒りに変わってきた。銀貨は勿体ないが、これ以上閑古鳥の鳴く空間にいても仕方がない。日も暮れてきたし、潮時だろう。最後に数秒、教室の扉を眺めてみたが微動だにしない。

 家路につく前に、ほんの少しだけギルドに顔を出す。小さな小さな国の、更に小さな街のギルドだ。受付も常駐はしていないし、コルクボードに出されている依頼も数個しかない。だが、目に留まるものはまれにある。まさに今日がその日だった。

「リリーナさん!」

 ギルドマスターの名前を呼ぶも、暫くしても返事が来ない。

「リリーナさぁん!?」

 改めてもう一段階大きい声で叫んでみると、ようやっとギィギィと腐りかけの木板を踏みしめる音が鳴った。

「なぁにぃ……寝てたんだけど」

 ボッサボサの青い髪をワシャワシャと掻き毟りながら出てきた彼女がリリーナだ。ギルドは何もせずとも国から支援金が贈られるのだから、それで怠けていたのだろう。今にも鼻提灯が出来てしまいそうだ。

「依頼、依頼ですよ。これ、引き受けたいんですが」

 私はコルクボードに留められた一枚の羊皮紙を引っぺがして受付のカウンターに叩きつけた。

”周辺遺跡の調査”とジャンルの棚に書かれたそのビラは、魔物退治や要人の護衛に比べ貰える報酬が一桁少ないせいか誰にも気づかれなかったらしい。一度も判子を押されていないのがその証拠だ。

「いいけど……もう夕方だよ。明日でも」

「いいや、今じゃないと駄目なんです。明日も講演を開かねばならないんです。だから今日中に…」

「はぁい」

 私の高まる息を遮ってリリーナが紙に判を押す。そうしてカウンターの下から冊子を一つ手渡した。見開き二ページしかないのが、重要性の無さを表していた。

「業務内容等々、ここに書いてあるからよろしく~」

 それだけ言い残しまた奥へと消えていった。フラフラした足取りからもう一度寝るつもりだろう。

 だが、今となってはもう関係ない。遺跡調査の文字を歴史学者の私が見逃す訳があるまい。しかも本当に近辺だ。一時間も歩いたら着いてしまう位置にあるではないか。否、待て。どうしてそれが今まで目に留まらなかったのだ?

 少々の違和感を抱えたが、明日の食事にありつく為にもキャンセル料は払えない。行くしかないのだ。




 鞄にピッケルを引っ提げ、カッカブの森へと踏み入り約一時間。獣道を抜けた先にそれはあってしまった。あるべきではないはずなのだ。

 遺跡と呼ぶにはあまりに不相応な建築物は、そう。例えるなら病棟に近しい。レンガ造りの広大な建造物は土煙と頑健な植物に覆われている。数年前とは言わずとも、数十年前は可動していてもおかしくない程度には近代の建造物に見えた。

 だが、問題はそこではない。否、それも問題ではあるのだが、それ以上に私の脳を破壊せんばかりの違和感があるのだ。

 こんなもの無かった。

 たった一言で済む違和感は、しかしそればかりに脳を反芻し続け、記憶との相違を埋める辻褄合わせを必死に行い、だが見るも無残に眼前の光景に打ち砕かれ続けている。幼少の頃からこの森は私の遊び場だった。だからこそ分かる。分かってしまうのだ。

 脳は未だ現実を受け止めていない。だが、体はまるで待てを食らった子犬のようにウズウズと動き出すのを待っている。

 そこで、私は大きく息を吹いた。一度冷静にならねばならない。森の中はどれも同じような景色が続く。きっとその何処かにあったのだろう。そう思わねばならない程に、私の脳は疲弊していた。

「魔術展開。探知(ルーム)

 私は持ち込んだノートの一ページを見開き唱えた。魔法とは、魔法陣とそれに付随する単語や呪文によってその作用を発揮する。探知(ルーム)は最もシンプルかつ非戦闘員にとって最も重要な魔法の一つだ。付近の魔力反応を感知するという単純さが故に、奥が深い。私の魔力量ではせいぜい半径五メートルが限界だが、達人ともなれば山の一つを覆うとさえ言われている。

 だが、五メートルでも調査には十二分に使える。そもそも遺跡には魔力を持たない道具が多く点在しているのだから、補助としての役割が大きい。壁や地面に埋め込まれた罠の検知や、見逃しかねない小さな欠片も魔力が込められていたら発見できる。

 恐る恐る、扉を開ける。太陽も落ちきり、月光と持ち込んだランプで見える内装は矢張り、病棟に近しいシンプルなものだった。レンガが露出していることなく、しっかりとコンクリートで補強されている。ガラスが割れている窓があるせいで虫の死骸や木の枝こそ入っているが、空色のペンキもまだ確認できる。どう見ても、遺跡と名乗るには近代的過ぎる。

 白いペンキの塗られた扉を開け一室一室入ってみるも、特に目立ったものがない。探知(ルーム)にも何の反応もないことから魔術師が建造に噛んでいる線も薄いだろう。威厳を残すため、著名な魔術師ならシンボルとも言える独自の魔法陣をどこかに描いていてもおかしくはない。入る時に何も罠が無いことからも、矢張りその線は薄い。

 であれば尚更どういう事だ?

 私は二十と余年、この建造物すら見逃す程あきめくらだったのか? それとも、何十年と作用し続ける隠者(ヴェイル)系の魔法でもかけられていたというのか?

 否、後者である可能性は無いだろう。歴史に名を遺す魔術師でも数日が限度の隠者(ヴェイル)を年単位でかけられる者がいるはずがない。学者である以上、絶対とは言えないが、ほぼ百パーセントありえないと言っていい。

 違和感による恐怖がだんだんと好奇心に変わっていく中、私はただ只管に奥へと進んでいった。



 最奥に到着した頃、私の恐怖心は晴れ、好奇心ばかりが支配していた。真上から見たら円形に作られた建造物の、入り口から見て最奥に位置する部屋の扉に手を触れる。探知(ルーム)にも反応がないことから、何もないだろう、と思い込んでいた。

 開ききるまで、それは姿を現さなかった。夜に紛れていたのではなく、隠れていたわけでもなく、ただ単純に”感知できなかった”。

 現在も肉眼で確認することが出来ない其れは、残滓とも呼べる魔力がその空間に充満していたが故に探知(ルーム)で理解が及んだ。

 その魔力が一点に集中し続け数秒……なのか? 感覚が狂ってしまう程蠱惑的な時間が流れた。

 元来、魔力そのものは肉眼で確認することが出来ない。できるのは、その魔力が練られて魔法陣と呪文を介して現れた”物質”を我々人間は目視が出来るに限るのだ。だが、目の前に浮かぶ黒の球体は確かに”魔”そのものであり、その他一切の単語を受け付けない程に純然たる”魔”であるのだ。

 球体が暫く浮遊を続けた頃、ぐにゃりと歪み始め、次第に先刻見たリリーナに似てくる。模倣(スレイヴ)でもなければ、スライム系の見せる模倣でもない。

 髪の一本一本までが、それを構成する物質が、元素が、原子までもがリリーナのそれであるのだ。

「どうだ?」

 魔は口を開いた。白い歯が月光を反射する。

「どうだ、と聞いている」

 その言語が私に向いていると理解したその間際、今まで感じていた凡てが些末なことに感じる程の多幸感が、しかしそれを遥かに凌駕する知的好奇心が私を蹂躙しつくしていた。

「どうだ……というのは……」

「人間に近しいか?」

「え、えぇ。人間……ですね。ただ、その姿はリリーナ、という私の旧友に当たる人物のそれでして」

「……リリーナか。知らない名だ。不愉快であれば、変えよう」

 それは再び全身を黒色の流体へと変わり、今度は知らぬ誰かへと変化した。

 山葡萄色の髪に赤と青のオッドアイの姿は昔に見たファンタジー小説に出てきた魔女のイメージを擁していた。

「その御姿は……」

「旧く、私を崇拝した者の容姿だ。なんだ、これも旧友に似るのか?」

「あぁ、いえ、そうではなく。ただ美しいと……」

「ほう、美しい、か」

 魔女は笑う。

「何か、御不満でも?」

「いいや、ただ、貴様に興味が湧いた」

 魔女は上半身を乗り出し顔をぐいと近づけた。光の反射すら許さない至近距離で、私は彼女に呑まれまいと自我を保つので精一杯になる中、魔女は告げた。

「妃になってやろう」

 返事が出来ない。それどころではない。前述のとおり、私は吞まれかけていた。それは魔女の美しさにというよりかは、魔力そのものに。

「聞こえていないのか?私が妃になってやると言っているのだ……何か返事はないのか?」

 だからそれどころではない。

 私の脳がふわふわと思考を漂っていることを察した魔女はコツンと頭を叩いた。その顔はどうも不満そうだ。

「……はい。なんでしょう」

「二度も言ったのだぞ。聞こえていないはずがない」

「……その、そもそもですが、私は後宮の者ではございません。しがない歴史学者でございます。ですからもっと素晴らしい身分の方と……」

「身分などどうでもよい。貴様に興味が湧いたのだ。妃と言うのは言葉の綾だ」

「左様で……ですが、私には安定した収入はございません」

「金など創ればよい」

「……人望もありません」

「構わぬ」

「……私が言うのもなんですが―――」

「ええい!喧しい!それほど私が気に入らぬか!?」

 魔女はギロリと私を睨み付ける。

「何が不満だ!容姿か!?人格か!?言ってみろ!!」

「……これまたそもそもの話になってはしまいますが、非常に申し上げにくいのですが、私は人を娶るつもりがないのです」

「…なんだと?」

「ですから、私には人を娶るほどの余裕がないのです」

「そうか……であれば別によい。帰ればよい。勝手にすればよい」

 どうやら、魔女はへそを曲げてしまったようだ。この場で殺されていないだけ、幾分かましと言えよう。それだけのことを成し得る能力はあるハズなのだが。

 私は深々と頭を下げ、ゆっくりと、気取られぬように部屋を出た。その間際、先ほどまで探知していた魔力が再び消えた。

 私には、否、生物の凡てには踏み入れてはならない領域というものがあるだろう。それが、ただ眼前に差し迫ったのだ。学者としての興味は、抑え所を間違えるとただの自殺志願になってしまう。否、彼女の反応を見るに、私はそれとは別の手段で自殺を志願していたのやもしれない。

 ただ只管に、今は心臓が脈を打っていることを感謝し続けよう。


 ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。

 今までの作品以上に長編になりそうな今作ですが、どうぞ気の進んだ時にでも進捗を見て頂ければなと思います。どうせそんな頻繁に更新はしませんので。

 ファンタジーを書いてて思ったのは、独自の世界観と、一般的なファンタジーをどう両立させるか、というのが非常に難しいのだなというのが一番に感じました。そして次に基盤から何から組み立てるので骨組みが重要なのだな、と。これが楽しいところでもあり厄介なところでもありますね。

 今回覚えるのは「魔術は魔法陣+呪文」がベースにあること、「最高位の魔術師でも魔法をかけるのは数日が限界」であることです。勿論前者後者共に例外は存在します。


 さて、本作をこのタイミングで出したのには理由がございます。と言いますのも、現在持病の悪化により新しく文字を連ねることが難しくなっております。なのでお茶を濁す、と言うと聞こえが悪いですが健康な時に書いたものを出していこうという魂胆です。

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