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Goodbye,Sunnydays.  作者: 文海マヤ
2章 「MakinG」
6/25

2-1 「カップケーキ」


 ――笑えない話さ―― 



『今日はたった、百年前の六月五日、少し湿気。

 今日は何して遊ぼうか、明日は何して遊ぼうか』



 オーブンを開けると同時に、香ばしい匂いが辺りに漂い始めました。


 両手にミトンをはめた私は、期待を込めながら、熱々に熱されたトレイを引き出します。金属製のトレイは結構な重さがあり、非力な私では力いっぱいに引っ張って、ようやく取り出せるほどです。


 そして、その上に載せられた目的のもの――無惨にも、カップの内側七割ほどのところで(しぼ)んだ生地を見て、私はため息を吐きました。


 長い長いシェルター生活の中で、特に大切なことの一つが食事です。


 私たちは普段、シェルター内で栽培されている野菜や、設備によって作ることのできる培養肉を料理して食べています。


 しかし、使える食材が限られているせいか、私たちの作るメニューはいつも決まったものになりがちです。


 なので、たまには違うものを作ろうと、そう思ったのですが……。


「むむむ……」私は、先日書庫で見つけたレシピ本とにらめっこしながら、思わず呻いてしまいました。


 可能な限りこれと同じようにやっているのですが、なかなか上手くいきません。挿絵として載っているような、ふんわりとした『カップケーキ』に、どうしてもならないのです。


 ケーキ、ということは、よくレインが作ってくれるパンケーキと同じようなもので、それをカップの中で作ればいいだけだと思ったのですが、これがなかなかどうして、うまくいかないのです。


 私は焦げ目のついた――きっと口に運べばボソボソとした口当たりであろうそれを見ながら、うんざりとした気分になってきてしまいました。


 もう、これでいいということにしてしまおうか、そう思い始めた、その時でした。


「おい、サニィ。お前、朝から何しているんだ?」


 背後からかけられた、ぶっきらぼうな声に振り返ってみれば、そこに立っていたのはクラウドでした。


 寝起きなのでしょうか、ボサボサの頭と、眠たげに半分ほど開かれた目を擦りながら、よたよたと歩いてきた彼は、私の手元を覗き込み、怪訝そうに眉を寄せます。


「……なんだ、それ」彼は、焼き上がった『カップケーキ』(と、便宜上呼ぶもの)を指差しながら尋ねてきました。


「クラウド、これは『カップケーキ』ですよ。旧時代のお菓子で、甘くてふわふわらしいんです」


「甘くて、ふわふわ……?」


 彼は何かを疑うような目で、トレイの上の一つを取り上げました。

 そして、しげしげと眺めたあとに、ぽつり。


「……これ、食えるのか?」


「ひどいです!」私は思わず、噛みつきそうになってしまいました。「どこからどう見ても、美味しそうなお菓子じゃないですか!」


「……どこから、どう見ても、か?」


 彼はまるで当てつけのように、私の視線の高さまで『カップケーキ(仮)』を持ち上げます。


 ところどころに浮いた、焦げとは違う黒ずみ。

 しわしわになった表面、そして、ギリギリ香ばしいと表現できないこともない甘苦い香り。


 いいんです、言われなくてもわかっています。誰がどう見ても、食べるまでもなく失敗作だってことは明らかなんです。


「……いったい、どうしてこんなことになったんだ?」


 呆れたように首を傾げるクラウドに、私は無言でレシピ本を指差しました。


 彼はしばらく、渋い顔で本を眺めていましたが、やがて、何か合点がいったとでもいうように頷きました。


「なるほどな。サニィ、原因がわかったぞ」


「本当ですか!?」私は思わず、飛び跳ねそうになりました。


 クラウドは普段、お料理をする人ではありませんが、私よりも頭がよく、本もたくさん読んでいるはずです。


 きっと、私の気付かなかった何かを見つけたに違いありません。


「ああ、多分、原因は材料だな」


「材料?」私は机の上に散らばる、あれこれに目を落とします。


 薄力粉とベーキングパウダー、それに砂糖とミルク……。

 卵はシェルター内では手に入らないので、人工卵を使っていますが、それ以外に何か、足りないものがあるのでしょうか?


「恐らく、この場に足りないのはこれ、『バター』だ」


「『バター』ですか? でも、食料庫で見たことはないですよ?」


「大方、旧時代には実在した食材なんだろうな。このシェルターには備蓄がないかもしれんが……」


 確か、動物性の油脂の塊……でしたっけ? 

 絵本でパンケーキに載せられているのは見たことがありますが、実物を見たことはありません。


 同じ油脂の塊なら、マーガリンでもいいのではないでしょうか?

 あれであれば、『管理区』で作れたはずなので、持ってくれば用意はできそうですが。


「いや、そうではないだろうな。手順を間違っていないのなら、材料を疑うしかない。今の所、差異が見つかるのは、この食材だけだ。これになにか秘密があると考えるのが自然だろう」


「なるほど……それで、どうやってその『バター』を入手するんですか?」


 そう、そこが問題でした。


 今のクラウドの口振りだと、それがなければ完成しないようですが、どこに用意されているのか、さっぱり予想もつかないのです。


 クラウドはしばらく悩んでいたようでしたが、やがて、レシピ本の一箇所を指差しました。


「これだ。何でも、ミルクをずっと振っているとできるみたいだな」


「ミルクを、振る……ですか……」


「まあ、任せとけ。こういうのは根気強さが大事でな……」


 そんなことで、本当に『バター』とやらができるのでしょうか。


 疑問に思う私を尻目に、クラウドはミルクをボトルに注ぎ始めました。

 そして、固く蓋をすると、そのまま勢いよく振り始めます。


 静かなシェルター内に、シャカシャカと液体を振る音が響きます、それを十五分ほど続けた頃、息切れと共に、クラウドはボトルをテーブルに置きました。


「はぁ……はぁ……。これで、あとは中にできた固形物を布なんかで濾し取って、固めれば完成らしいぞ」


 私はクラウドに言われた通り、適当な容器に清潔な布を一枚載せて、そこにミルクを注ぎました。


 注ぎ、注ぎ……。しばらくして、ボトルは空になりましたが、布の上に固形物は残っていませんでした。


「何故だ!?」汗だくのクラウドが、濾したあとのミルクを凝視しながら、そう叫んでいます。


 なんとなくそんな気はしていましたが、こればかりは仕方のないことです。


 私たちが普段飲んでいるミルクも、旧時代のものとは違う、成分調整して作られた人工の代用品だと聞いています。


 きっと、それが理由でうまくできなかったのでしょう。


「というか、レインはいつも、『バター』なんて無くてもパンケーキを美味しくふっくら焼いてますよ。これ、もしかして、あんまり関係ないんじゃないですか?」


「……かもしれないな」汗を拭いながら、彼はなんとも言えない表情をしていました。


「うーん……。でも、そうなると何が駄目なんでしょうか?」


「もしかすると、手順に問題があるのかもしれない。ちょっと俺にやらせてくれないか」


 いいですけど、と言いながら、私はなんだか嫌な予感がしていました。


 さっきも言いましたが、彼は普段、全然料理をしないのです。

 なのに、お菓子作りなんて本当にできるのでしょうか?


「まあ、見ていろ。こういうのは手際の良さが大事でな……」


 そう言った彼は、空いたボウルを手に取ると、素早く材料を混ぜ合わせ始めました。


 確かに、私よりももたつきは少ないように見えます。もしかすると、混ぜる速さや材料を入れるタイミングが大切だったのかもしれません。


 しばらく小気味よく響いていた泡立て器の音が止み、完成した生地を型に流し入れます。


 そして、どこかやりきった表情の彼は、それをオーブンに投入しました。


「おお……。クラウド、流石です!」


 私の心配は無用のものだったようです。少なくとも、傍から見ている分には完璧に見えました。


「ああ、そうだろ? あとは焼き上がりまで十分ほど待てばいい……」


 彼はそうして、後片付けを始めました。その背中に、どこか堂々とした風格のようなものを感じたのは、決して気の所為ではないでしょう。


 やはり、クラウドは頼りになります。一体私の作業のどこが悪かったのかはわかりませんが、それはそれ。最終的に美味しいお菓子が食べられれば、それで構わないのです。


 そして、十分後。

 焼き上がったのは、萎んだ生地でした。


「なんだと!?」再びオーブンに縋り付くようにして叫ぶ彼を見ながら、私は頭を抱えました。


 背中の風格は気の所為だったようです。


 ああ、本当に忘れていました。クラウドにはこういうところがあるのです。


 真面目で頼りがいがあるのですが、どこか抜けているというか……。

 というか、よく考えてみたら同じ素材を使っているのに、そこまで大きな差が生まれるはずもなかったのです。


 またボソボソの生地の後始末が増えてしまった……。と、私が肩を落としていると、不意に、部屋に誰かが入ってきました。


 もっとも、ここには私たちしかいないのですから、入ってきたのが誰かなんて、すぐにわかったのですが――。


「あれ、サニィとクラウド? 今日はずいぶん早いね、朝からどうしたの?」


 そんな風に軽く挨拶をしながら現れた救世主――レインは、すぐにキッチンの惨状に目をやり、そして、眉を寄せました。


 それはそうでしょう。汚れたボウルや調理器具、あちこちに飛び散った生地、そして、トレイの上に無数に並ぶ萎んだ生地の残骸。


 これはまずいです。朝から怒られるのは、流石の私でも嫌です。


 なので、私はとにかく先に謝ることにしました。そうしないと、レインの拳骨はとても痛いのです。


「れ、レイン、違うんです! これは、ただ、ちょっとお菓子を作ろうと……」


 作ろうとして。

 ちらっと、失敗作に目をやります。どうあがいてもお菓子には見えない、どことなく哀愁を漂わせる入褐色の物体が、私を静かに睨み返してきます。


「お菓子?」レインの声が、どこか訝しむように吊り上がります。


 ああ、これは駄目かもしれません。美味しい『カップケーキ』を作りたいだけだったのに、おやつ抜きになるかもしれません。


 彼女は私たちが散々にらめっこしていた、例のレシピを拾い上げると、そこに視線を這わせ始めました。

 そして、やがてそれは私たちの作品、クラウド、私と動き――ゆっくりと、彼女は口角を上げました。


 そして、堪えきれないというように、吹き出しました。


「あ、あっははははは! 何をどうやったらそうなるのよ?」


「むー、レイン、笑わないでください! 私たちは真剣だったんですよ!」


「そうだぞ、俺たちはベストを尽くしたつもりだ。だが、ここで手に入る材料ではなんとも……」


 しばらくお腹を抱えながら笑っていたレインは、息を整えながら、ふるふると首を振りました。


「違う違う、そうじゃないの。たぶん二人の失敗の原因は、分量にあるんじゃないかなって」


「「分量?」」私達は声を合わせました。


「そう、分量。お菓子作りで一番大切なのは手際や火加減じゃなくて、材料を正しく図ることなのよ」


 そう言った彼女は、キッチンの戸棚から、馴染みのない道具をふたつ、取り出しました。


 そのうちの一つは透明なコップのようでしたが、縦に目盛りの入ったそれは、普段遣いしているものとは明らかに違います。


 それを、秤のような道具に載せながら、彼女は続けました。


「いい? まず、このレシピによると、まずは薄力粉が80グラムで……」


 一つ一つ、上から手順をなぞりながら、彼女は慣れた手付きで材料を混ぜていく。


 早くもなく、遅くもなく、明らかに私やクラウドとは違う、その動き。

 何と言うのでしょうか、これはもう、確信と言って差し支えないでしょう。


 絶対に美味しいものが出来上がるに違いないのです。


「よし、と。あとはこれをオーブンで熱したら完成だよ。十、いや、十五分くらいかな?」


 そうして、熱を帯び始めたオーブンを覗いてみれば、先程までとは違い、順調にその体積を増していく生地の姿がありました。


「わあ……!」私は感嘆の声を上げました。


 自分では何度やっても上手くいかなかったのに、流石はレインです。


 私はトレイの上から一つ、熱々の『カップケーキ』を手に取り、そのまま口に運びます。

 それと同時に、優しい甘さと砂糖の香りが、ふんわりと鼻から抜けました。


「レイン! これ、美味しいですよ! 流石です!」


「む、これは確かに……」クラウドも、どこか目を輝かせながら、こんがりといい色に焼き上がった『カップケーキ』を頬張っています。


 おんなじ素材から作ったとは思えません。これが、お菓子作りの奥深さなのでしょうか……?


「ありがとね、とは言っても、その本の通りに作っただけだから、あんまり褒められてもむず痒いけどさ」


 どこか、彼女は照れくさそうでした。レインの料理はどれも美味しいですが、今回のお菓子は、格別です。


 私は幸せな気持ちで、もう一つ手に取ろうとして――。


「――それで、これはどうするつもりなの?」


 一気に現実に引き戻されました。

 並べられた、いくつもの無惨な失敗作たち。


 ……どうやら、おやつの時間は安穏には終わらないようでした。




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