1-2 「ひまつぶし」
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いかに暇を潰すか、というのは、この地下暮らしの中で最も大切なことと言っても過言ではありません。
他の二人と違って、私のお仕事は『歌日記』だけなので、朝晩以外は暇を持て余してしまうのです。
本を読んだり、絵を書いたりと、一人でもできる遊びはありますが、それだってずっと続けられるわけではありません。読みたい本がなくなったり、描きたい絵がなくなったり。常に余暇という名の空白が、私の頭を押し潰そうとしてきます。
それに負けないために、私は日々、考えを巡らせているのです――。
「――サニィ、もうちょっと右。そう、そのあたり」
顔をこちらに向けず、モニターを睨んだまま、レインは私の方に言葉だけを寄越しました。
『居住区』。私の部屋の、ちょうど斜向いに位置するここは、レインが使っている部屋です。
壁に沿うように設置された様々なコンソールと、よくわからない計器類、それらは目まぐるしく輝いては、何事かを指し示しているようでした。
私はその隅の方に腰掛けて、カメラの角度を変えるための調節つまみを動かしていました。
午後になり、退屈に耐えかねてしまった私は、レインの部屋を訪れました。
私たちにはそれぞれ、仕事があります。とくに、彼女に割り当てられている仕事は大変なものなので、お手伝いをしていれば時間が潰れると思ったのです。
彼女の役割はカメラやセンサーを使って、地上のデータを集めること。私にできることも、記録の手伝いや、こういった機械の簡単な調整くらいしかありません。
それでも、無聊の慰めには十分でしょう。そう、思っていたのですが――。
「おっけ、ありがとう。そしたら次は、A-1から5番のモニターを見てほしいんだ。それで、ノイズが混ざったらすぐに教えて」
「わかりました、これですね!」
私は、壁面に取り付けられた液晶に目をやります。映っているのは……。恐らく、外の景色なのでしょう。
灰色。
解像度が粗いせいで、詳しくはわかりませんが、そこに広がる景色は、灰色に染め上げられていました。あちこちに墓標のように突き立っている灰色の柱は、旧時代の建物の名残でしょうか。
草花の気配もなく、時折吹く風によって、細かい砂が巻き上げられています。本で読んだ、『砂漠』によく似ているその地面には、当然ながら足跡一つありません。
「……なーんか、今日も平和ですね」
私は、思わずそう言ってしまいました。殺風景、代わり映えのしない景色は、見ていて楽しくなるようなものではありません。
絵本や小説、物語の中で語られる美しい景色は、少なくともこのカメラから見える範囲には無いようでした。
「なーに、サニィ。退屈?」それを見かねたのか、レインが声をかけてきます。
「はい、なんていうか、最初に外が見られるって聞いたときは、『空』とか『海』とか、『お花』とかが見られると思ってました」
「あっはっは、そうだよね、やっぱりそう思っちゃうよね」
レインはくるり、と椅子に座ったまま私の方に体を向けると、ニコニコと楽しそうに笑っていました。
「もっと、このシェルターから離れればそういうところは残ってるかもしれないけど、この辺はどこもこんな感じだよ。私も一日中ここでモニターとにらめっこしてるけどさ、あっちもこっちも灰色で嫌になっちゃうよ」
まあ、その分仕事は楽なんだけどね――と。
彼女は出力された数字を控えながら、どこか軽い調子で伸びをしました。
「笑い事じゃないですよ、レイン。絵本の中で見た『青空』とか、『お花』とか、『動物』とか。そういうのってもう、どこにもいなくなっちゃったんですかね?」
私は思わず、ため息を吐いてしまいます。
物心ついたときからここで暮らしている私たちが、外の世界を知るために使えるものといえば、旧時代の人々が記した本が少々ある程度です。
そして、そこに描かれていた鮮やかな世界は――既に、亡くなってしまっているかもしれないのです。
「うーん、私にもわかんないなあ。でも、少なくともこの辺りの土壌じゃ草花は育たないと思うし……クラウドなら、もしかするとなにか見たことがあるかも?」
「どうあれ、このカメラじゃ『お花』や『動物』は見られないんですね。なんだか、少しだけガッカリです」
「――ガッカリするのは早いんじゃない? ほら、例えばさ……」
レインは文末を濁しつつ、手元のコンソールに何事かを打ち込みました。すると、私の目の前に表示された映像が切り替わります。
どうやら、先程まで見ていた地形とは、別の場所を映しているようです。とはいえ、シェルターから離れたところにカメラは設置できないはずなので、レンズの向く方角が違うだけなのでしょうけれど。
映っていたのは、崖際の景色でした。ヒビの入った地面は画面の半ばほどで途切れていて、その向こうには色を失った『空』が広がっています。
「……レイン、これは一体どういうことですか?」
自信満々に言うから期待してしまいましたが、特に気になるものは見つかりません。
けれど、彼女はその余裕そうな表情を崩しませんでした。
「まあまあ、そう焦らずに。もっとよーく見てご覧って」
よく見る? と、私はモニターに顔を寄せました。
何か見落としているのでしょうか。私は全神経を集中して、一ドット一ドットすらも見分けるくらいの気持ちで、画面を睨みつけて――。
――その時でした。
「わっ!」背後で聞こえた大きな声、そして、肩を掴んだ指の感触に、私は思わず体を跳ねさせ、悲鳴を上げてしまいました。
「うわあっ! な、なんですか、レイン!」
私は胸を押さえながら、思わず後退りしました。心臓がバクバクと跳ねて、いつまでも落ち着いてくれません。
そんな私を見ながら、レインは嬉しそうにケラケラと笑っています。
「あっはっは! いや、あんまりにもサニィが真剣な顔で画面を見てるもんだからさ!」
「もう、やめてくださいよ。私はそういうの、弱いんですから」
「ごめんごめん、でもほら、騙したわけじゃないんだよ」
スッ、と。レインは再びモニターを指差しました。
私はまた脅かされるんじゃないかと、ほんの少しだけ疑いながら、彼女の指先を目で追って――。
「――わあ!」思わず、感嘆の声を上げてしまいました。
最初、それは画面に走るノイズのように見えましたが、しばらく見つめているうちに、その影の一つ一つが羽ばたいていることがわかりました。
これは恐らく、『鳥』だと思います。図鑑でしか見たことありませんが、二枚の翼で羽ばたき、『空』を駆ける生き物だと書いてありました。
その『鳥』が何匹も何匹も――それこそ数え切れないほどの群れとなって、飛び立っていったのです。
それはまるで、一匹の大きな生き物が蠢いているようにも見えました。私が見たこともないくらい雄大で、とてもとても、素晴らしい景色。
きっとカメラ越しでなければ、その羽が照り返す光の一つ一つまでもが見えたことでしょう。
これが、外の世界。
私は思わず息を呑みました。
「どう? 凄いでしょ。あれはこの辺りに生息してる、数少ない生き物でさ。たまに、ああして飛び立つところが見られるの」
「ええ、ええ! 感動しました! やっぱり外の世界には、面白いものがたくさんあるんですね!」
こうなると、シェルターの外に遊びに行けないのが、本当に残念でなりません。
毒の空気がなければ、『ホウシャセン』とやらがなければ、あるいは、その他にもあるというたくさんの危険がなければ、私だって実際に、この目で様々な景色を見ることができるかもしれないのに。
こんなにも明るく見える世界は、沢山の『キョウイ』をもって、私たちを拒んでいるのです。
「……大丈夫だよ、サニィ。いつかさ、私たちも外に出られる日が来るよ」
私の顔が曇ったのに気が付かれてしまったのでしょうか、ボソリとレインが呟きました。
「……それって、いつですか?」
「わからない……。けどさ、百年も私たちは待つんだよ。そのくらいのご褒美はあったっていい、でしょ?」
そうかもしれません。
仮にそうでなかったとしても、私が期待するのは自由です。こんな地下に閉じ込められた私たちにも、希望を持つことくらいは許されています。
だから、いつか。
本の中にあった、あの景色のように。私は、太陽の下を駆け回りたいと、そう抱き続けるのです――。
「――さて、と。サニィ、あんまり座りっぱなしなのも疲れるでしょ。少しだけ息抜きしようか」
ぐーん、と。大きく伸びをしながら、レインはリラックスした調子で言いました。
ずっと座ったまま、代わり映えのしない風景を眺めているのは疲れるのです。
目や腰もそうですが、何より、胸の中がずぅんと重くなってしまいます。
「そうですね、お茶の時間も近いですし、また倉庫にボードゲームでも探しに行きますか?」
「うんにゃ、それじゃ探してるうちに夕方になっちゃうんじゃないかな。サニィ、何かすぐできそうな遊びとか知らない?」
「すぐできそうな、遊びですか……」私は思わず、首を捻りました。
何せ、私たちは毎日地下暮らしで暇を持て余しているのです。これでも、遊びを考えるのには自信があります。プロ、と言っても差し支えないでしょう。
けれど、みんなでできる遊び……と言われて、すぐには出てきませんでした。
しばらく考えて、考えて――そろそろ眉間のシワが消えなくなるんじゃないかと心配になった頃に、ふと、あることを思い出しました。
それは、前に絵本で読んだ一ページ。お日様の下で駆け回る、私とそう違わない年回りの子どもたちが、はしゃぎながら口にしていた言葉。
描かれていた笑顔が、とっても羨ましくて。だから、私はそれを口にすることにしたのです。
「レイン、私、『かくれんぼ』がやってみたいです!」