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Goodbye,Sunnydays.  作者: 文海マヤ
1章「BeginninG」
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1-1 「いつもの朝」


 ――めでたし、めでたし――



 頭を掻き回すような耳障りな音に、私は思わず眉を顰めました。


 しばらく待ってみても止む気配はないので、私は仕方なく、まどろみの中から体を起こします。


 どこか感覚の遠い右手を持ち上げて、枕元にある目覚まし時計を叩く。そうしたら、部屋に満ちていた金属質な音は止まりました。


『おはようございます、個体№001・サニィ。四月十日の朝です。バイタルに異常はありません』


 無機質な合成音声は、私たちが暮らすこの施設の管理AIのものです。しかし、お布団にまだまだ潜っていたかった私は、やっぱりその声にムッとしてしまうのです。


 残響の中、私はベッドから降りて、部屋を見渡しました。相も変わらず殺風景で物の少ない部屋の、真っ白な壁が私を取り囲んでいます。もう少し部屋を飾るものがあればいいのですが、物資は限られているので、贅沢は言えません。


 そのまま、ゆっくりと部屋の中心に設えられた、コンピューターまで歩いていくことにしました。寝ぼけていたとしても、毎朝の習慣は、体が憶えているのです。ほとんど自動的に、足が動く感覚は、意識すればほんの少しだけ不思議でした。


 私とは違って、すっきりと目を覚ましていたらしいコンピューターは、ゆっくりとした操作にもかかわらず、てきぱきと動いてくれました。ほんの少しくらいは、もたついてくれてもよかったのですが、流石に相手が機械では、どうしようもないでしょう。


 録音ソフトを立ち上げて、同時に、放送設備にもアクセスします。

 そして、しばらくの待機。機材の小さなランプが赤色から緑色に変わるのを確認してから、肺いっぱいに空気を吸い込みました。



『今日はたった、百年前の四月十日、からりと晴れ。

 “オハナミビヨリ”と聞きますが、私たちは変わらず地下暮らし』

 


 喉を震わせる感覚が、紡いだ音の一つ一つが、ぼやけていた世界の解像度を上げていきます。意識がはっきりしていけばいくほど、お腹の底に残る気怠さもまた、声を大きくしていくのですが、それはそれ。


 夜が来たら眠るように、朝が来たら起きなければいけないのです。一度も見たことはありませんが、地上を照らすお日様は一日も休まずにそうしていると聞きました。


 寝ている間にすっかりと固まってしまった手足を伸ばせば、心地のいい痺れが骨に沿うようにして走っていきました。


 息を吐けば、もうすっきり。今日も今日とて、よい目覚めです。


 朝の放送は済ませたので、きっと、皆そろそろ起きてくるでしょう。私もあまりのんびりはしていられません。寝坊助さんだと、思われたくはないので。


 手櫛で、くしゃくしゃになってしまった髪を何度か()いたら、パジャマを脱いでいつものワンピースに袖を通します。


 鏡を見ながら、少しずつ。あちこちを整えていけば、やがて私が私として、世界に描かれていくような感覚があります。最後に仕上げで、笑顔の練習。大きく口の端を持ち上げて、くしゃっと笑えば、出来上がりです。


 私は、サニィ。


 歌うことが何よりも大好きな、どこにでもいる女の子で――この滅びた地球の、数少ない生き残りの一人です。


 ――世界に終わりが訪れたのは、西暦の下三ケタ目が動こうとした頃の出来事だと聞いています。

 無数の『隕石』。

 それらが全て、地球を直撃してしまうという観測結果は、当時の人をひどく戦かせたことでしょう。人類は『隕石』群を逸らすことができないと悟ると、今度は地球から逃げ出すことを決めました。


 大きな、とても大きな船に、できる限りの人間と、できる限りの動植物を積んで、人々は母なる大地を後にしたのです。


 それから、予測通りに『隕石』は地球に降り注ぎました。


 空を裂き、地面を割り。地に張り巡らされていたあらゆる文明は、そこで終わってしまい、多くの命が失われたと聞きます。水は干上がり、風は逆巻き、遮るもののなくなった紫外線は、あらゆるものを(ただ)れさせていきました。


 けれど、人々は思ったのです。それでも、この星こそが故郷なのだと。

 いつか、ほとぼりが冷めた頃。全ての罪が許されて、地球の環境が落ち着いた頃、再び彼らはこの星に降り立って、営みを続けていきたいと考えたのです。


 ――そのためには、(くさび)が必要でした。


 彼らが不在の間、この地球を確かに観測し、記録する目が必要だったのです。


 なので、人間はこの星のあちこちに、船に乗り切れなかった人々を残してゆきました。世界の終わりにすら耐える、頑強なシェルターを用意して、そこに押し込めていったのです。


 『百年後に迎えに来る』と、それだけをただ、不確かに残して――。


 それから、私たちはそれぞれ、あてがわれた仕事をこなしつつ、百年後に帰ってくる家族を待っているのです――。


「――なんて、管理AIからの受け売りですけどね」


 部屋を後にして、廊下を歩きながら、私は誰ともなく独り言ちました。

 事の起こりや理由については、あまり詳しく知らないのです。


 私たちの暮らす、このシェルターは相当な広さがあります。


 『居住区』と『管理区』に分かれており、私たちの部屋や食堂があるのは『居住区』。食べ物の生産プラントや貯蔵庫があるのは『管理区』になります。


 私たちだけで使うには広すぎる施設ではあるのですが、それはそれ。私たちしかいないのですから、文句を言う人もいません。


 私はいつもどおり、食堂に向かうことにしました。最近、スキップもできるようになったのです。


 跳ねる体に合わせて、ふわりと浮かぶ髪が耳をくすぐりました。そろそろ、また散髪してもらわないといけないかもしれません。


 とはいっても、いつも使っている鋏は、切れ味が落ちてきてしまったので、そろそろ新しいものを用意しなければ――なんて、そんなことを考えていた、その時でした。


「あれ、サニィ。今日は早いね」背後から、唐突に声をかけられます。


 穏やかで、それでいて芯のあるアルト。振り返ってみれば、そこに立っていたのは、私のよく見慣れた顔でした。


 背は私より頭二つは高くて、手も足もシュッと長い。大きな黒目が、ほんの少しだけ切れ長な両まぶたの奥から、私を優しく見つめています。


 彼女は、レイン。

 このシェルターで暮らす、私の愛すべき隣人なのです。


「はい、おはようございます、レイン。クラウドはまだ、起きてきていないんですか?」


 私の問いかけに、レインは苦々しげに顔を歪めました。そして、どこか呆れたように後頭部を掻き(むし)ります。


「うん、みたい。まったく、あいつったら、本当に寝坊助なんだから……」


「仕方ないですよ、昨日は『外部調査』に出てたんですから。よかったら私、起こしにいってきますよ」


「いいの? それじゃあ、お願いしようかな。朝ごはんの用意は、私がしとくからさ」


 私は一つだけ元気な返事を置いて、そのまま駆け出しました。


 クラウドの部屋は、私たちの部屋からちょっとだけ離れたところにあります。とはいえ、おんなじ廊下の延長線上なので、余計に歩く距離はほんの一分ほどです。


 無機質な扉を、まずは軽く三回ノック。答えが返ってこないのは予想通りなので、そのまま勢いよく開きます。


「おはようございます、クラウド! 今日もいい朝ですよ!」


 ついでに、部屋の電気もつけて、できる限り元気を込めた挨拶のおまけもどうぞ。朝はやっぱり、爽やかにいきたいものですから。


 そうすれば、壁沿いの棚にズラリと並んだ土塊や草花のサンプルが、返事をしてくれたかのようにキラリと、部屋のライトを照らし返しました。


 ――だというのに、彼は微動だにしませんでした。


 部屋の中央、私たちのものよりも一回り大きなベッドの上に寝転んでいるのは、レインよりも更に頭一つ背の高い青年でした。


 少しだけ浅黒い肌と、丸太のように太い手足は、普段であればとても頼もしく感じるのですが、こうしていびきをかいていれば、それも台無しです。


「クラウド、クラウド! 朝ですよ、レインの朝ごはんが待ってますよ!」


 揺さぶってみても、彼は目を覚ましません。ぺちぺちと頬を叩いてみても、微かに呻くばかりです。


 困りました、こうなった彼は、そう簡単には目を覚まさないのです。水でも汲んできて頭からかければ起きるかもしれませんが、今の彼にとっては、それすらも確実な方法ではありません。


 しばらく考え込んだ私は、そっと、彼の鼻と口をつまみました。最初は不快に眉を寄せるだけでしたが、だんだん、顔つきは険しくなっていって。


「ぶ、ぶはぁ……!」やがて、目を開いたところで、私は手を離しました。


 まるで溺れてしまっていたかのように、肩で息をするクラウドに、私はめいっぱいの笑顔を向けました。


「おはようございます、クラウド。今日はいい朝ですよ!」


「ああ、おはよう、サニィ。気のせいかもしれないが、朝から命の危機を感じたよ」


「それはいけませんね、きっと、寝坊助さんに罰が当たったんですよ。ほら、レインが朝ごはんの準備をしてくれてますよ」


「待て待て待て、今この場で行われかけた殺人未遂をサラッと流そうとするんじゃない」


 私の耳は、都合の悪いことだけ聞こえないのです。


 ほらほらと、寝ぼけ眼の彼の背を押しながら、私は洗面所の方へと向かいます。

 クラウドの寝間着からは、ほんの少しだけ汗の匂いがしました。彼は放っておくと顔を洗わずに食堂までやってきたりするから、要注意です。


 薄目を開けた彼に、歯ブラシや洗顔フォームを握らせつつ、私と彼の洗顔や歯磨きが一通り終わったのは、二十分ほどが経過してからのことでした。


 私のお腹の虫が、勢いよく鳴き始めます。


 朝ごはん。お預けを食らった胃袋が、シクシクと泣いている気配がしました。

 すっかり目を覚ましたクラウドと並んで歩きながら、私はお腹をさすります。


「ん、サニィ、悪いな。腹が減ったろう。どうしても調査の次の日は、寝覚めが悪くなってな」


 そんな私の様子を見ていたのでしょうか、そう口にする彼は、どこかバツが悪そうでした。


「いいですよ、気にしなくて。クラウドが頑張ってるのは知ってますもん」


「それでも、みんなに迷惑かけているのは確かだしな……。今朝も『日記』はつけたのか?」


「ええ、もちろん! 私のお仕事ですから!」


 そう言って、私は胸を張りました。


 私たち三人には、それぞれお仕事があるのです。

 何かを調べたり、集めたり、まとめたり。


 毎朝の『歌日記』はその中の一つ。歌という形で、私たちの生活を音声データにして残すのが、私に任せられた役割なのです。


「すごいよな、本当。俺は毎朝毎晩、歌う内容なんか思いつかないぞ」


「それはお互い様ですよ。私は、外になんか出られませんもん」


 ――外の世界。


 外の世界は、とんでもなく過酷だと聞きます。


 曰く、身を切り裂くほどの風が吹いているとか。

 曰く、空を飲み込むほどに『海』が荒れ狂っているとか。 

 曰く、凶暴な『獣』がうろついていて、弱いものは食べられてしまうとか。


 どれもが人から聞いた話ですが、恐ろしい場所なのだろうということくらいは推測できます


「まあ、な」クラウドはほんの少しだけ照れくさそうに目を逸らしました。「適材適所、だろ。俺は体が丈夫だからさ、外に出ても平気なんだし」


「いえいえ、どれだけ丈夫でも疲れるし、眠くもなるでしょう。体を休めることも大事だと思いますよ」


 カシュ、と。軽い音を発てて、食堂の扉が開きます。


 それと同時に、鼻の奥に美味しそうな香りが漂ってきました。


 見れば、食堂の真ん中、大きな長テーブルの上に、いくつものお皿が用意されていました。そこには八枚切りのパンと、人工卵で作られた目玉焼きが、焦げ目も鮮やかに寝転んでいます。


「あ、ようやく起きてきたね。おはよう、クラウド」


 エプロンを外しながら、レインは気さくに語りかけてきました。彼女はとても料理が上手なので、私たちの中でも食事当番になることが多いのです。


「おう、レイン、おはよう。二人とも、変わらず健やかそうでなによりだ」


 そう言って、クラウドは椅子に深く腰掛けました。私もその横に並んで、ちょうどよく半熟に火が入った、オレンジ色の黄身を見つめることにします。


 こうして、私たちの一日は始まるのです。


 ――地下暮らしの三人の、変わらず朗らかな日々が、始まるのです。


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