72、旅立ち
遂にナルシーナの街を出る時が来た。最初にこの街に来てからもう半年ぐらい経っている。この半年は本当に頑張ったな……最初はこれからどうなるかと不安ばかりだったけど、今は俺達ならなんでも乗り越えていける気がする。
「じゃあミル、忘れ物はないかな?」
「はい。全て片付けました」
今日は朝早くに起きて、半年間暮らした宿の一室を綺麗に掃除した。色々と私物を置きっぱなしにしてたんだけどそれを全部片付けると……こんなにこの部屋って広かったんだなって感じだ。
「よしっ、じゃあ行こうか」
この街を出る寂しさと新しい街、ダンジョンへの期待感が入り混じって複雑な心境だ。でもマイナスな意味でこの街から出るわけではないし、これからもっと光の桜華が成長するためだと思えば気合も入る。
「はい! やっとダンジョンに行けますね。ここからがスタートでしょうか」
「確かにそうだ。俺達の目標を考えたら今まではウォーミングアップで、ここがスタートかもしれない」
やっとスタートラインに立てたと考えたら、より一層気合も入る。これからもっと頑張ろう。そして五大ダンジョンを制覇して死の大陸のダンジョンに挑戦し、そこのクリアボーナスである神界への招待を手にするんだ。
「ミル、まだまだ先は長いけどよろしく」
「はい! これからもよろしくお願いします」
ミルと視線を合わせて力強く頷き合い、俺達は部屋から一歩を踏み出した。そして下に降りてウィリーと合流する。
「ウィリーおはよう。昨日は遅くなっちゃったけど大丈夫?」
「おう! 腹一杯食べたら力が漲ってるんだ!」
「もしかして、いつもはお腹いっぱいまで食べてなかった?」
「うーん、食べてるつもりだったんだけど、昨日もっと食べられることに気付いたって感じだ」
「そっか、じゃあこれからは好きなだけ食べて良いよ」
もしかしたら怪力スキルの力を発揮するには、人よりも多くのエネルギーが必要で、そのためにたくさん食べた方が良いのかもしれないし。
「本当か! じゃあ遠慮せずに食べることにする」
「うん。もしかしたら食べた方が強くなれるかもしれないから、そうしてみて」
「分かったぜ。じゃあ行くか? 今日は朝ご飯も買ってくんだろ?」
「その予定だったんだけど、ホセが餞別にたくさんご飯を作ってくれるって言ってくれたんだ。だからそれを受け取ってからかな」
「それ最高だな! ホセのご飯はどこのよりも美味いぜ」
ウィリーと食堂の椅子に腰掛けてそんな話をしていると、厨房のドアが開いてホセが顔を出した。
「トーゴ、ウィリー、ちょっと中に来い」
その声に従って厨房の中に入ると……そこには所狭しと完成した料理が並んでいた。何日分だっていう量のサンドウィッチに大きな鍋いっぱいのカレー、さらに牛肉の煮込み料理も鍋一杯にある。後は大皿に乗せられた野菜炒め各種だ。
「これ全部餞別だ。持っていってくれ」
「え、これ全部良いの!? それはさすがに貰いすぎだよ」
「お前達のために作ったんだからもらってくれ。あっ、金はいらねぇぞ」
ホセはやりきったというような爽やかな笑顔でそう言ってくれた。……本当に嬉しい。皆の心遣いが嬉しすぎる。泣かないようにって思ってたのに泣きそうになるよ……
「ホセ、ありがとう。これ食べて頑張るよ」
「おう、無理して怪我するんじゃねえぞ。またこの街に来たらこの宿に泊まってくれよな」
「それはもちろん! 本当にありがとう」
俺は泣きそうなのをなんとか我慢して、ホセに笑顔でお礼を言った。そして全てをアイテムボックスに収納する。
「じゃあホセ、半年間本当にありがとう。また来るよ」
「おう、また来いよな」
最後は悲しい別れにならないように、いつも通りに軽く挨拶をして厨房を出た。するとそこにはマテオ達がいる。
「マテオ、パブロ、サージ……」
「トーゴ、ウィリー、ダンジョンに入って無理して怪我するんじゃねぇぞ。それから俺達も後を追いかけるからな!」
「パブロ……ありがとう。絶対に無理はしないで頑張るよ。だからパブロも無理しないで。あと……女の子にモテたかったら真面目になると良いよ」
「余計なお世話だっ! ……ミルも元気でな」
パブロは泣き笑いのような表情を浮かべながらしゃがみ込み、ミルにぎゅと抱きつき撫でている。
『パ、パブロさん……またお会いしたいですっ……』
ミルの瞳はうるうるだ。ミルってかなり涙腺が弱いんだよな。パブロはそんなミルの表情に、より涙を誘われているらしい。
マテオはそんなパブロとミルを見て苦笑しつつ口を開いた。
「ダンジョンでは実力を見誤り命を落とす冒険者が多いと聞く。慎重さを忘れるな」
「うん。マテオのこと思い出して絶対に無理しないようにするよ。俺にとって理想のリーダーはマテオだから」
「それは嬉しいな。じゃあ気をつけろよ」
「うん!」
マテオは俺に右手を差し出してきたので、しっかりと握手を交わした。そして最後はサージだ。
「サージも今までありがとう。また会ったらその時はよろしく」
「ああ、口下手な俺と仲良くしてくれてありがとう。トーゴ達とはまた会える予感がする。その時はよろしく頼む」
「もちろん!」
そうして全員と挨拶をして、俺は皆の顔を見回した。横には号泣のミルと、これからの新しい冒険に瞳をキラキラとさせているウィリーがいる。
「じゃあ皆、また会おう」
「おう!」
「また会おうな」
「また」
最後は元気に挨拶をして俺達は宿屋を出た。振り返ったらマテオ達がいるのかもしれないけど、この街を出ようという決心が揺らぎそうだから振り返らない。
それからしばらくは無言で歩き続けた。そして宿から離れて大通りに出たところで、ウィリーがポツリと呟く。
「冒険者って別れも多いんだな」
「……拠点を決めてその街から動かなくなれば別れは少なくなるだろうけど、移動してる限りは多いと思うよ」
「ちょっと寂しいな……でも俺は新しい街へのワクワクの方が強い!」
「ははっ、ウィリーっぽいよ。でもダンジョンが楽しみなのは分かる」
「だよな!」
ウィリーは今にもスキップしそうなほどのテンションだ。
『ミルは大丈夫?』
『はい……もう、大丈夫です』
『ふふっ、まだ涙が止まってないよ。別れは寂しいよね』
『寂しいです……』
『でもまた会えると思うし、永遠の別れじゃないからそんなに泣かないで』
『……はい……っ……』
それからはミルを慰めつつ、ウィリーと共に乗合獣車乗り場に向かった。出発時間の十分前に集合だったけれど、二十分前に着いた時には既にミレイアが待っていた。
「ミレイアおはよう。さすがに早くない?」
「二人ともおはよう! ワクワクしちゃって早く目が覚めたの。あっそうだ、これアイテムボックスに入れてくれる?」
ミレイアが一抱えもある紙袋を俺に手渡してきた。中を覗くと全部パンだ。
「お父さんとお母さんが持たせてくれたの。今日のお昼にでも食べようね」
「ありがとう。宿屋でカレーをもらったし、カレーとパンで食べようか」
「それ最高だな!」
三人でこれからの冒険に期待を膨らませつつ、いや、今日のお昼ご飯に期待を膨らませつつ、予約していた乗合獣車に乗り込んだ。
まだ俺達の他に乗客は来てないみたいだ。指定された席に座り一息吐く。
「遂に新しい街に行くんだね」
「ワクワクするよな!」
「ダンジョン都市ってどんな感じなのかな? 見たことないものがたくさんあるかな」
ダンジョンから産出したもので街が潤ってるって話だし、ナルシーナの街にはなかったものがありそうだ。そう考えるとめっちゃワクワクしてくる。
「ダンジョンも楽しみだけど、街の中を回るのも楽しみだよね。だってナルシーナの街よりもかなり大きいんでしょ?」
「話に聞く限りはそうみたいだよ」
「ナルシーナの街がこんなにデカいのに、それよりも大きいなんて想像できないな! 楽しみだ!」
俺達はこれから向かうアーネストの街、ダンジョン都市の話をしながら期待に胸を膨らませた。もう皆の顔に別れの悲しみはなく、これから先の新たな冒険への期待感でいっぱいだ。
この世界に閉じ込められてから半年が経った。この半年は辛いことも多かったけど、やっとダンジョンに行ける。ここからだ、ここからがスタートだ。まずはアーネストの街のダンジョンでもっと実力を上げてダンジョンにも慣れ、その次はついに五大ダンジョンだ。
絶対に邪神から神界を取り戻してやる!
この度、こちらの小説が書籍化されることになりました!!とても嬉しいです!!
詳細は活動報告に書いてありますので、見ていただけたらと思います。
そして書籍化を記念しまして、web版の更新を再開いたします。11月1日から再開予定ですので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします!
蒼井美紗




