71、出発準備 後編
最初は防具も付けずに剣だけを持って戦っていた俺だけど、今ではちゃんと防具も身につけている。俺は後衛なので急所のみを防ぐ軽めの防具に、少し高かったけれど魔物の出す糸で作られた、魔法耐性のあるローブだ。
どちらも最初に剣を買った時に紹介された、ホアキンさんの工房で購入している。ホアキンさんは偏屈なお爺さん鍛治師か!? って期待して行ったら明るい笑顔の若い男性鍛治師だった。うん、ちょっとだけ、ちょっとだけガッカリしたのは内緒だ。
「こんにちはー」
工房の一角がお店になっているホアキンさんの工房に入ると、ちょうど休憩中だったのかホアキンさんが出てきてくれた。ホアキンさんが鍛治をしている時は、いつも見習いの男の子が対応してくれるのだ。
「いらっしゃい。トーゴか、今日は何が欲しいんだ?」
「今日は剣と防具の手入れ剤を買いたくてきました」
「……確か、この前買ってなかったか?」
「そうなんですけど……実は俺達、この街を出てアーネストの街に行くことにしたんです。なので一応買っておこうかと」
俺のその言葉にホアキンさんは、驚いたように目を見開いた。
「そーなのか。それはめでたいが寂しくなるなぁ。ミル、お前も行っちまうのか?」
ホアキンさんは俺の足元にいたミルの前にしゃがみ込み、大きな手でミルの首元をわしゃわしゃ撫でた。
『僕も寂しいです……』
「ミルも寂しいみたいです。ホアキンさんのことを好きみたいでしたから」
「そうかそうか……じゃあミル、また絶対戻ってこいよな。別にもうこの街に戻ってこないわけじゃないだろ?」
ホアキンさんは立ち上がってそう聞いてくる。
「はい。近くに来たら寄るかもしれませんし、やりきったと思ったらまた戻ってくると思います」
「そうか、じゃあこの街に来た時はまた顔出せよな」
「もちろんです!」
ホアキンさんは凄く良い人だし鍛治の腕も良いし、近くに来た時には絶対寄ろう。
「じゃあ手入れ剤だな、準備するからちょっと待ってろ」
「お願いします」
それからホアキンさんが準備してくれるのを待っていると、お店のドアが開きもう一人お客さんが入ってきた。挨拶をしようとしたら……そのお客さんはミレイアだった。
「あれ? ミレイアも来たんだ」
「あ、トーゴも来てたんだね。やっぱり旅に出るなら武器の手入れは必須だよね。私は矢を買い足しておこうと思って。ホアキンさーん!」
ミレイアが工房に向かって呼びかけると、手入れ剤を持ったホアキンさんが奥から顔を出す。
「おう、ミレイアちゃんまで来たのか。矢が欲しいのか?」
「そうなの。いつもよりちょっと多めに買いたいんだけどあるかな?」
「もちろんあるぞ。ちょっと待ってな。はいトーゴ、これで大丈夫か?」
俺はホアキンさんから受け取った商品をしっかりと確認して、お金を払ってからアイテムボックスに仕舞った。
「ありがとうございます。これでちゃんと武器を手入れしてこれからも使います」
「ありがとよ。ただあの大剣じゃ力不足だってなったら、遠慮なく新しい大剣に買い替えろよな」
「分かってます。……ではまた!」
「おうっ。ミルもまたな」
「わうんっ!」
俺はホアキンさんに挨拶をして、ミレイアとまた後でと少しだけ話して工房を出た。
よしっ、これでほとんどの準備は整ったかな。あとは何かあった時のために少し食料を増やして、野営に役立ちそうなものを購入したら終わりだ。足りないものはまたアーネストの街で買えば良いだろう。
あっ、後はリュイサちゃんにも挨拶に行こう。
俺は市場に向かい色々と細かいものを購入し、その後でリュイサちゃんのところに寄った。
リュイサちゃんは俺が別の街に行くことを告げると、少しだけ寂しそうにしながらも、泣くことはなく笑顔で俺を送り出してくれた。でも唇はぎゅっと引き結ばれていたし、泣くのを我慢してたのだろう。リュイサちゃんは最初の頃よりもかなり成長したし強くなったな。
そうして少ししんみりしつつ、俺はミルとともに街中をのんびりと歩いて宿に戻った。宿の食堂に入ると………そこにはマテオ達三人がいた。まだ早い時間だし、今日は依頼を受けなかったのかな?
「あ、トーゴ来たな!」
「皆どうしたの? 今日の仕事は休み?」
「トーゴが明日旅立つって言うんだから休むに決まってんだろ。今日は激励会だ!」
「トーゴ達はダンジョンに行くんだろう? この街で依頼を受けるより危険だし、激励会をやろうって話になったんだ。参加してくれないか?」
テンション高めなパブロのことを見て苦笑しつつ、マテオが三人がここにいる理由を教えてくれた。
三人と離れることは寂しいと思いつつ考えないようにしてたのに……泣きそうになっちゃうよ。俺は涙が浮かんできそうな瞳を一度ぎゅっと閉じて、感謝の気持ちを込めて笑顔を浮かべた。
「ありがとう。凄く嬉しい」
「おう!」
「トーゴ、パーティーメンバーは来るか?」
「ミレイアは自宅で豪華な料理が出る予定だって言ってたから来ないかな。ウィリーは来ると思う」
「よしっ、じゃあミルの分も入れて六人だな。ホセにとびっきり美味い料理を頼んでくるぜ」
パブロがそう言って厨房に向かい、俺はマテオに勧められた席に座った。それからしばらくしてウィリーも帰ってきて五人でひたすら話をして、夕方になったところからは宴会が始まった。
「それにしてもトーゴはよ、あんなにヒョロくて危なっかしかったのに……こんなに立派になるなんてなぁ……」
パブロがお酒を飲んで感情を抑えきれなくなったのか、さっきから泣きながら俺との思い出を語っている。皆はそんなパブロの様子に苦笑しつつ、今日は誰もパブロを止めない。
「筋トレ頑張ったから。それにここ最近はずっと魔物と戦ってたし」
「すげぇよなぁ。トーゴはすげぇよ」
「パブロありがとう」
パブロはこの三人の中でも特に俺のことを気にかけてくれてたからな……俺も寂しくなってきた。
「トーゴ達はアーネストの街に行くんだよな?」
「うん。そこのダンジョンに挑戦する予定なんだ」
「マテオ、俺達ではそのダンジョンは難しいのか?」
サージがそんなことを聞いている。マテオは少し困り顔だ。
「誰か一人でも魔法を使えたらまた違うんだけどな……やっぱり安全を考えたらこの街で依頼を受けてた方が良いと思う。でもそうだな……もう少し剣のレベルが上がったら考えても良いかもしれないな」
「そうか……では俺達もアーネストの街に行けるよう努力するか。トーゴ達を見ていたらもっと上を目指したくなった」
サージのその言葉に乗ったのはパブロだ。
「俺は大賛成だぜ!! もっと鍛練も頑張るからよ、もう少し上を目指してみねぇか?」
「まあそうだな……それも良いかもしれないな」
「そうこなくっちゃ!」
皆ももっと上を目指すのか。それは凄く嬉しい。だってこの街に帰ってこなくても皆と会えるかもしれないってことだ。それにまた一緒に依頼を受けられるかも。可能性だけでも嬉しいな。
「じゃあお互いにどこにいるか分からなくなるし、冒険者ギルドを通じて手紙でやりとりしない?」
「ああ、ぜひアーネストの街の状況を教えてくれ」
「もちろん」
「よしっ、明日からは鍛練頑張るぞっ! そして今日はもっと飲むぞ〜!」
パブロはお酒の入ったコップを持ったまま拳を突き上げてそう宣言した。そしてまたお酒の追加を頼んでいる。
ウィリーとミルは最初こそパブロの絡み酒に付き合ってたけど、さっきからひたすら食べることに集中してるみたいだ。
「ウィリー、楽しんでる?」
「おう! ご飯めっちゃ美味いぞ!」
食べることに無理に集中してると言うよりも、食べることに夢中すぎて周りの声が耳に入ってない感じかも。さすが成長期、最近あり得ないぐらい食べるんだよな……
「美味しいなら良かったよ。今日はいくらでも食べて良いらしいから、お腹いっぱいになるまで食べられるよ」
「最高だな!」
『ミルはどう? 楽しんでる?』
『はい! この骨つき肉が美味しすぎます……!』
ミルがさっきから食べてるのはスペアリブみたいな料理だ。牙を使って丁寧に骨から肉を剥がして食らいついている。横に積み上がってる骨からして……もう十本以上は食べてるな。
『お腹を壊さないように気を付けて』
『はい!』
そうして激励会という名の宴会は夜遅くまで続いた。途中から宿屋店主のホセとその娘アナちゃんまで加わり、凄く楽しい、思い出に残る夜となった。




