竹刀の剣士、異世界で無双する ボスとの会話
3 ボスとの会話
群れの中の2、3頭の狼が倒れたボスの体や頭をなめている。
「参った。これ以上の攻撃はやめてほしい。」
俺の頭は?マークで一杯になった。誰が、話しているんだ?いや、狼だろう。えっ?狼って人間の言葉を話せるのか?まてよ、俺は狼の言葉を理解できるのか?そんな疑問が沸き起こり、俺は平静ではいられなくなった。竹刀の構えを解き、狼に尋ねる。
「今、話したのはお前なのか?」
「そうだ、我はこの群れを統べるイシャコッツである。イシャとでも呼ぶがいい。」
妙にフレンドリーなセリフで自己紹介を始める。相変わらず倒れたままであるが、視線は俺のほうをひたとみている。
「イシャか。俺は矢賀洋祐だ。ヨウスケと呼んでくれて構わない。」
「そうか、ヨウスケ。お主は強いな。我らの群れで勝てなかったのは、森のハイイログマぐらいのものだ。」
「いや、俺も一杯一杯だったよ。何しろ初めての実戦だったからな。」
「ほう、初めてであの動きか。それにその武器、初めて見るな。」
「ああ、これは竹刀という。俺の愛用の武器だ。軽い竹でできているから、振りやすいしスピードが出る。」
「なるほど、鉄の剣とは違うのか。道理で我の群れが1頭も死ななかったわけだ。」
「竹刀は、殺し合いをする武器ではない。自分の技を磨くための武器だ。」
「うむ、お主の技は見事であった。軽いはずの竹刀が我の頭を打った時、目の前が真っ白になったわ。」
「俺の技はまだまだだよ。俺の師匠の面打ちは、まともに食らうと膝が揺れて立てなくなる。まったく、軽いはずの竹刀でなぜあんなことができるのか・・。」
「そうなのか、お主の師匠とやらにも会ってみたいものだ・・・。ところで、お主。我らの後ろにある、光る箱は何だ。」
「ああ、あれは自動車という。乗って移動する道具だ。」
「なんと、あれは動くのか?馬もなしに?ちょっと我を乗せてくれぬか?」
自動車に興味を持ったのか、ほかの狼たちも乗せてほしそうな顔をしている。
「分かった。群れの全部を一度に乗せるのは無理だから、交代でいいか?」
「うむ、それで頼む。」
俺は、自動車に向かい、助手席のドアも開ける。
「一度に乗れるのは前に1頭、後ろに4頭までだな。イシャ、順番を決めてくれ。」
そういうと、イシャは群れの狼たちを整列させ、順番を指示し始めた。この時は「ウオン。ウオーン。」と言っているので、人間の言葉を話すのはイシャだけだと思った。
順番が決まり、イシャが助手席に、ほかの狼が後部座席に乗り込むと、俺はドアを閉め、運転席に乗り込む。
「いいか、動かすぞ。」
といって、アクセルをゆっくり踏む。空き地を1周したところで狼たちを入れ替える。なぜかイシャはずっと助手席に座り、後部座席の狼たちだけが入れ替わっていた。イシャはフロントガラスに鼻をくっつけるようにして、ハアハアと興奮していた。5回ほど空き地を回ったところで、全部の狼を乗せ終わった。俺は、エンジンを切り、車を降りる。
「これで、全員乗ったな。」
と声をかけると、イシャはまだ物足りなさそうに車を見ながらしぶしぶ降りた。
「ジドーシャとは、すごいものだな。音が少々うるさいが。」
と、イシャが感想を言う。
「そうだな、狼の耳にはうるさいだろうな。俺にとっては静かなものだが。」
「この、ジドーシャがあれば、どこまでも行けるのか?」
「いや、自動車は動くためにガソリンという餌を食う。この近くにガソリンはあるのか?」
「ガソリン?聞いたこともないな。」
「そうか、それなら今あるガソリンが無くなったら、自動車は動かなくなる。ところで、ここは何という場所だ?」
狼が自動車に興味を持ったため、なかなか聞けなかったことを、やっと聞けた。
「うん?我らは単に『森』と呼んでおる。」
「じゃあ、この近くに人の住む町か村はあるのか?」
「うむ。あちらのほうの森を抜けたところに、村がある。名前は何と言ったかな・・。そうだ、思い出した。ダヒトの村と聞いたことがある。何しろ我らはこの森を出たことがないのでな。あまり、詳しいことはわからぬ。」
イシャは鼻を後ろのほうに向けて言った。
「そういえばお主の格好は、村の人間たちとは少し違うな。お主、どこから来た?」
「俺は、二ホンという国のアワという町から来た。」
「二ホン?アワ?・・うーん、聞いたことがないな。」
「やはりそうか。おれも突然この森にとばされたようで、何が何だかわからないのだ。」
「ほう、だとするとお主は稀人だろうな。時々どこからか変わった人間が突然現れる、と聞いたことがある。人間たちは、そういう者を稀人と呼んでいたようだ。」
「えっ?俺のほかにもとばされてきた人がいるのか?」
「うむ。確か200年ほど前のことだったと聞いている。先代の群れの長から聞いた。」
「先代が200年前って。イシャ、お前何歳だよ?」
「我は、今年で130歳ほどになる。狼としてはまだ若いほうだ。」
「ゲッ?何という長寿。狼の寿命っていくつなの?」
「先代は500歳ぐらいで死んだ。この群れは、ほとんどが200から300歳だ。」
「すげー。じゃあ、人間は何歳まで生きるの?」
「あまり詳しくは知らんが、だいたい100歳ほどだそうだ。」
「人間の寿命は俺の世界と変わらないんだ。」
「そういうお主は、いくつなのだ?」
「俺は、35歳だ。」
「ほう、狼から見るとまだひよっこだな。しかし、あの技は本物だ。その若さでどうやって身につけたのだ?」
「うん。7歳のころから剣道というものを習っていたんだ。」
「ほうほう、人間とはたった30年くらいであんなに強くなれるものなのか?」
「それは、人それぞれだな。俺には剣道が性に合っていたんだ。」
「ということは、その剣道とやらのほかにも戦い方があるのか?」
「ああ、俺の世界には色々な戦い方がある。自分の好みの戦い方を習うんだ。戦いを好まず、戦い方を習わない人もいる。」
「フーン。戦い方を習うのか。狼はいつの間にか戦い方を覚えるからな。習うということはない。」
「いや、多分、子狼のころからおとなの戦い方を見て覚えたのだと思うぞ。」
「なるほど、そういえば、我も先代の狩りに連れていかれたものだ。」
「俺の世界では、戦い方を専門に研究する人たちがいて、色々な技を考えたり試したりしていたんだ。そのおかげで、誰もが新しい技を習ったり、うまい練習の仕方を習ったりできるんだ。」
「それはすごいな。我にもお主の技を教えてくれぬか?」
「いや、俺の技は人間専用だから、狼の戦い方はわからない。それに俺も竹刀がないと戦えないから。狼は竹刀を持てないだろ?」
「それもそうか。しかしお主の技は、竹刀があるからだけではないと思うぞ。我らの攻撃のタイミングをうまくつぶしていたな。あれは、どうやったのだ?」
「うーん、何というか。勘とか気配を読むとかいうやつだな。おもに視線を読むと、なんとなく攻撃の来そうなところがわかるんだよ。」
「なんと、我らの攻撃が読まれていたということか?」
「うん。完全に読んでいたわけじゃないけど、なんとなくこう来るかなっていうのは分かった。狼は牙と爪しか攻撃手段がないし、狙いも俺の首が多かったから、わりと分かりやすかったよ。」
「そうなのか。そこまで読まれていれば我らが負けるはずだ。納得したわ。」
「首だけじゃなく、腕や足などいろいろなところを狙うようにするだけでも、かなり強くなると思うよ。群れでいろいろなところを狙われたら、俺一人では勝てなかっただろうな。」
「そうか、良いことを聞いた。これからは首だけを狙うことはやめさせよう。」
イシャは、ウォーンウォンと吠えた。きっとこれが戦術の変更を伝える合図なのだろう。ほかの狼たちも納得したように頷いていた。