竹刀の剣士、異世界で無双する 20 道場破り
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20 道場破り
稽古を始めて、5か月がたった。俺一人では全員に丁寧な指導はできない。しかし、門番長のグリッツさんや、副団長のシラックさんがかなり上達してくれた。元の世界のレベルで言えば二段から三段ぐらいになったと思う。さすが村での1、2の実力者だ。そこで、グリッツさんに互角稽古の指導を頼み、シラックさんに基本打ちの指導を頼み、俺はそれ以上に強くなりそうな人への技の伝授をすることにした。といっても、特別な指導があるわけではない。基本の技を繰り返し身につけ、どんなタイミングでも、どんな相手にでも技を出せるように稽古のバリエーションを増やしていくのだ。
そんなある日、いつも通り稽古をしていると、集会場の入り口から大きなざわめきが聞こえてきた。
「どうしました?何があったのですか?」
俺が聞くと、入り口にいたメイドのメリサさんが叫んだ。
「ヨウスケ様、村長様。領都から来たという者が、立ち合いを望んでいます!」
領都?立ち合い?俺は疑問の目を村長に向ける。
「この村は、ベナン男爵の領地です。領都はベナランと言い、この村から徒歩で2か月ほどかかります。おそらく、ヨウスケ殿のうわさが広がって、立ち合いを望まれたのでしょう。ただし、こういう立ち合いは実戦と同じです。武器も鉄の剣や槍を使います。勝てればいいのですが、負ければ、相手の要求をすべて聞かなければなりません。」
なるほど、元の世界のお侍の時代によくあった「道場破り」か。勝てばよいけれども、負ければこの村で築いてきた全てが失われるわけだ。
「普段は、こういう客はどう扱いますか?」
「宴席を設け、飲み食いをさせて、お金を持たせて帰っていただきます。」
と村長の答え。なるほど、こちらの手の内を見せない訳か。しかし、それでは村に大きな損害が出る。今でさえ稽古の時間を取ることで、村人に負担をお願いしているのだ。これ以上の負担はつらいだろう。手の内を幾分かさらすことになるが、ここは対戦の一択だろう。
「分かりました。お相手いたします。客人を通してください。」
俺は、メリサさんにお願いした。メリサさんは「本当に良いのですか?」と目で聞いてきたが、俺は頷き返す。メリサさんが一つため息をついて、入り口の扉を開けた。
扉の外には、身長2mほどの大男が立っていた。皮鎧を身につけ、簡易の兜をつけている。左腰には1.5mほどの大剣を下げていた。
「それがしは、領都ベナランの闘技指南役、ターミルである。ダヒトの村に稀人が現れたと聞いて、挨拶に参った。」
挨拶って、そんな穏やかなものじゃないだろう。ヤル気マンマンの大男を見て、少々げんなりした。
「遠方から、ようこそ。私がダヒトの村に来た稀人のヨウスケです。この村の剣道指南役をしています。」
「そなたが稀人か。聞いていたほど強そうには見えぬが・・。早速で申し訳ないが、一手御指南を所望する。」
まるきり、江戸時代の道場破りだよな。一手御指南とか。でも、これがこの世界の当たり前なんだよな。村長やグリッツさんを見ると、明らかに動揺して、心配そうにこちらを見ている。なるほど、よほどの実力者のようだ。大きな体格と、長い大剣で間合いをつぶすタイプのようだ。確かに格闘技においては、体格は大きいほうが有利だ。相手が届かない間合いから剣を届かせることができる。でも、剣道とは武道だ。どんな場面、どんな相手とでも戦うのが武道というものだ。
「常在戦場。」
剣持先生の教えが俺の背筋を走り、体幹が引き締まる。
「よろしい。お相手つかまつろう。得物はその腰の物でよろしいか?」
「これは早速のお返事、痛み入る。それがしはいつでも準備はできておる。」
なかなかの威圧感だ。
「では、少々お時間をいただいて、準備をさせていただく。」
俺はそう答え、集会場の上座に置いてあった面・小手のところに行く。面・小手を前にして正座し、ゆっくりとターミルに礼をする。そして、ターミルを見つめながら、手ぬぐいをまき、面をつける。小手をはめて、ゆっくりと立ち上がる。
「皆さんは、集会場の端によって座ってください。剣道では、試合を見ることも大切な稽古です。見取り稽古と言います。私とターミル殿の立ち合いをよく見ていてください。」
みんなに声をかけると、ターミルの前に進み出る。
およそ9歩の間合いで、帯刀し立礼をして声をかける。
「ダヒトの村、剣道指南役、ヨウスケ、参る。」
「おう、ベナラン闘技指南役ターミル。お願いいたす。」
俺は、ゆっくりと竹刀を抜き、中段に構える。ターミルも同じタイミングで大剣を抜き、自分の頭の右に構える。八相の構えに近いが、足は並んでいて、重心はややかかとに寄っている。自分から飛び込むのではなく、相手が飛び込んでくるのを待って叩き潰す構えのようだ。ひじがやや高めに構えられているのは、大剣を右上から袈裟切りに振るためだろう。長身とそれに伴う長いリーチ、大剣の長さを考えると、俺の一足一刀の間合いでは潰される。ならば、遠間から一気に詰めていくのが上策。ただしこちらは竹刀だが、相手は鉄の大剣。打ち合っては負けは確実。打ち合わずに、相手の大剣をよけるかいなすか、そこは相手のスピード次第。そこまで読んで、素早く間合いを詰める。
「ソリャー!」
一足一刀の間合いよりわずかに遠い間合いで急停止し、掛け声をかける。ターミルさんは、一瞬ひじを上げようとした。そのまま袈裟に斬っても届かない、と感じて戸惑ったのだろう。その戸惑いがスキになる。
「オリャー!」
再び気合を発しながら、開き足で相手の右斜め前に大きく跳びながら竹刀を振りかぶる。ここはもう俺の間合いだ。ターミルさんは一瞬のスキを突かれ、俺の動きについてこれない。俺は右足で踏み込みながら、ターミルさんの手首めがけて竹刀を振り下ろした。
ターミルさんは、さすが闘技指南と言うだけはある。俺の小手打ちを、左側に跳ぶことでかわした。そのままの勢いで体を俺に向け、大剣を振り下ろしてくる。だが慌てて振ったためか、刃筋が通っていない。俺は大剣のしのぎに竹刀を合わせて摺り上げ、そのままターミルさんの正面を打とうとする。ターミルさんは大剣を摺り上げられた瞬間に後ろに跳んで間合いを取った。そして、今度は中段に大剣を構える。しかし、足はやはり並んでいて、重心は後ろ寄りだ。
俺は、面打ちをすかされた後、踏み込んだ右足を軸にして後ろに跳び、中段に構えなおす。ターミルさんとまた9歩の間合いになった。今度はターミルさんは中段に構えている。これは、左右どちらからの攻撃にも大剣を合わせる構えだ。もう、奇襲は効かない。しかし、ターミルさんの足は並んでいるため、素早くは動けないはずだ。また、大剣の握りも親指と人差し指に力が入っている。この握りでは手首に余分な力が入り、素早い剣さばきはできないだろう。
今度は、じりじりと間合いを詰めることにした。俺が一歩ずつ前に出るに合わせて、ターミルさんは大剣を左右に揺らす。俺が左右に変化することを想定してタイミングを合わせようとしている。ならば、正面だ!。
俺は最後の一歩を大きくまっすぐに踏み出し、竹刀の表で大剣を払いとばす。ターミルさんの構えが崩れたところを、すかさず右手首に竹刀を打ち込んだ。
「小手ー!」
そのまま踏み込んだ勢いのまま、竹刀を立ててターミルさんに体当たりを仕掛ける。大剣を取り落とし、体格に劣る俺の体当たりで2、3歩たたらを踏んだターミルさんは、信じられないという顔をした。しかし、俺がすぐに間合いを取って中段に構え残心を示すと、ターミルさんは落とした大剣を見つめ、
「参りました。」
と頭を下げた。俺も、竹刀を納め、
「ありがとうございました。」
と立礼をする。そのまま開始位置に戻り、後ずさりして準備位置に戻る。正座をして小手・面・手ぬぐいを外して、再び立ったままのターミルさんに向かって深々と礼をした。
「よい稽古を、ありがとうございました。」