竹刀の剣士、異世界で無双する その19 新しくて、古い技
19 新しくて、古い技
稽古を始めて、1か月がたったころ、職人さんたちに頼んでいた竹刀・稽古着・防具がそろい、支給された。村のみんなは、初めての稽古着や防具に興奮している。俺も小さい頃は、稽古着や防具を自分で着けることができず、親に着けてもらっていたなあ、と懐かしく思いながら、稽古着や防具の着け方を教える。女の子や女性にはさすがに直接教えることができないので、俺についていたメイドさんに頼んだ。金髪の美人メイドさん、18歳のメリサさんは、快く引き受けてくれた。
稽古のメニューは、前世の稽古の真似をした。
まずは、準備運動。この世界の概念にはなかったようで、みんなは集会場に集まるとすぐに技の練習をしたがる。
「いきなり体を動かすと、ケガをしますよ。」
言い聞かせても、ピンとこないようであった。村人にケガをさせてしまっては、指南役として失格、と思ったので、村長に頼んで強引にストレッチを導入する。
「ヨウスケ殿のおっしゃるとおりにするのだ。」
村長の命令が出る。
「ええー?」
と不満そうな声が出る。俺は、
「皆さんがケガをしないようにするためです。協力してください。」
と頼み込む。何とか不承不承ながらも、ストレッチを導入できた。
ストレッチでは、足首・ひざ・股などの下半身関節を十分に柔らかくする。これによって足さばきでのケガを防止できる。また、竹刀の素早い操作をできるようにするために、腰や背中、肩回り、ひじや手首の関節も柔らかくする。ダヒトの村の人達は、戦うことを想定した訓練をしていたので、筋肉の付き方は十分である。今は筋肉をよりやわらかく、素早く動かすことを目的としてストレッチを行った。
次に、足さばき。八方さばきを基本に、踏み込み足も練習する。ここで、かかとやアキレス腱を傷めないように、丁寧に教える。
「踏み込み足は、すり足の延長です。すり足を少し宙に浮かすつもりで、前に出して踏み込んでください。踏み込むときは、足の裏全体で床を踏みつけるようにしてください。つま先からや、かかとから踏み込むと、大きなケガをします。」
おれは袴の裾を持ち上げて、踏み込み足の要領を見せながら教えた。踏み込んだ後の左足の引きつけも大切なので、繰り返し稽古する。
足さばきの次は、素振りをする。上下振り、斜め振り、面打ち、左右面打ち。足さばきと合わせながら、腕だけでなく背中の筋肉を使って振るように指導する。
「振りかぶるときは、手首を動かさず、肩からひじを使って竹刀を持ちあげるようにしましょう。手元が頭の上にあがったら、すかさずひじから振り下ろします。振り下ろしの最後に手首を伸ばして剣先から物打ちに力を入れます。」
物打ちとは、剣先から一尺(約30㎝)ほどの位置で、刀で一番切りやすいところだ。目安として、竹刀には中結が締めてある。この物打ちで打つときが、最も相手に力を伝えやすい。
ただ漫然と竹刀を振るだけでは、本当の技は身につかない。そこで、背丈の同じくらいの相手を作り、2人1組にして相対させ、上下振りでは相手の頭から股下まで斬る、面打ちでは相手の頭からあごまでを斬るというイメージを伝えた。
大まかな基本の素振りを終えると、2人1組での基本打ちの稽古である。
技のつながり表で示した、一本技、連続技、返し技、仕掛け技を練習する。無論、約束稽古なので、打ち込み、足さばきは型通りになっていく。
ここで、東子どもグループのリーダーのランスから不満の声が上がった。
「ヨウスケ先生。面・小手・胴の3種類しか技がないのに、遠くから弓矢を射てきたり、槍でついてきたり、下からや横から斬ってくる相手に通用するんですか?」
なるほど、ほとんどの相手は、どんな技を使ってきても、面・小手・胴の基本技で対応できる。しかし、剣道を習ったばかりの人たちでは、不安に思うことも当たり前だろう。
そこで俺は、現代剣道の前の時代、剣術が剣道に昇華されつつあったころの技も教えることにする。具体的には、左右面(正面から四十五度の辺り)の打ち、横面(正面から九十度の辺りを打って、耳の鼓膜の破裂をねらう。)、左右の袈裟切り、下段やわき構えからの斜めの逆切り、相手のひざを狙った下切り。また体術の一部でもある、体当たり、足柄め、鍔迫り合いからのひじ関節きめなど、現代剣道では「反則」と言われている技である。
俺は、剣持先生から一通り古武道の技も習っていたので、村人たちに古武道を教えることには抵抗はない。現代剣道は、「しょせん、お上品な竹刀ダンス」と言われても仕方がないと思っていたからだ。もちろん、俺は現代剣道だけでもそうそうは負けるつもりはない。しかし、村人たちの目標は闘技大会だ。そこで、一歩でも先にすすめれば、という強い願いで習っているのだ。また、この世界の闘技術も、剣術・槍術・弓術・体術、何でもありのルールなので、現代剣道の流儀を押し付けることに意味がない、と思った。
互角稽古では、基本の技のほかにも様々な変則技が出る。俺は現代日本の記憶で対応可能だが。こうした現代剣道にない新しい技、しかし、古流武術にはあった古い技の有効性と限界をも丁寧に教えた。
「右斜め斬り下げ(袈裟斬り)からの斜め切り上げは、確かに有効です。ただし、袈裟斬りから手の内を返すので、一呼吸で切り上げに返すということはできません。そこは、相手の呼吸を読み、準備ができているかを確認することが必要でしょう。」
「左斜め切り上げから再び、切り下しにつなげる技は、かなり有効です。手首の返しも素早くできるので、相手のスキを突くことができます。足さばきと連動すれば、必殺に近い技となるでしょう。」
「左斜め斬り下げからの斜め切り上げは、体軸がぶれて隙ができます。これは、竹刀を右手を前にして握ることからどうしようもないことです。ただし、開き足と結びつけることで、体軸のぶれはかなり抑えられます。何回も使うと、パターンを相手の読まれますから、ここぞというときの技に取っておきましょう。」
「相手のひざ下を打つためには、左右の斜め切りのタイミングに合わせて、足をすくませてみましょう。でも、腰から上の体軸はぶれないように気を付けてください。」
袈裟切りからの切り上げ、わき構えからの切り上げ、八相からの袈裟切り、すくんでのひざ切りなど、現代剣道にはない新しい技であるが、古武術にはある技なので、積極的に取り入れて稽古に加えていった。