竹刀の剣士、異世界で無双する 剣道稽古 足さばき
16 剣道稽古 足さばき
親方達の工房から帰って、俺は、これからの稽古の内容について考えた。多くの人に「今までの闘技術とは違う。」と思ってもらい、新鮮な気持ちで稽古に取り組んでほしい。そのためには、今までの武術と剣道の違いを明確にする必要がある。あまり目立つことはしたくないが、横断幕を作ることにした。村長に頼んで、幅2mぐらい、長さ10mぐらいの生成りの布を準備してもらう。幸い、この世界にも墨のようなものはあり、墨を使って書く筆のようなものもあった。そこで墨と筆を借りて、横断幕に
「剣道場 剣道は、剣の理法の修練による人間形成の道である」
と、書いた。異世界転移の定番なのか特典なのか分からないが、俺はこの世界の文字が書けるし、読める。この世界の文字は、元の世界で言うと、韓国のハングル文字と似たような形だ。それで、現代日本の剣道の理念をパクッて書いてみた。でも、俺としては、俺の教えた剣道からならず者が生まれてほしくない、という思いが強いため、ことさら「人間形成」という言葉を入れたかったのだ。
次の日の早朝。日の出ぐらいから、村長に選ばれた人たちが村の集会場に集まってくる。まだ、稽古着や防具、竹刀の準備ができていないので、みんなはそのまま仕事に出る格好だ。みんなには集会場に裸足で上がってもらうことにする。冬なので、床は冷たいが我慢してもらいたい。俺は、集会場正面に横断幕を掲げ、稽古着に身を包んで正座して待つ。およそ100人ほどが集まったところで、村長が声を上げた。
「これより、ヨウスケ殿による、剣道指南を始める。」
剣道は礼に始まって、礼に終わる。なので初めての稽古では、礼法を教えることにしていた。しかしただ形を教えるだけでは、村人たちには意味が分からないし、苦痛にもなるだろう。そこで、剣道の理念も含めて、少し話をすることにした。
「みなさん、よく集まってくださいました。村長より剣道指南役を仰せつかった、ヨウスケです。私は、皆さんが知っている通り、この世界とは違う世界からやってきた稀人です。皆さんが少しでも強くなれるように、私の技を教えたいと思います。ただし私の闘技術、剣道は人を大切にするものです。自分が強くなれるのは相手をしてくれる人のおかげ、自分の強さは家族や村人のため、そう考えることが大切です。もし、この考えに賛同できない方がいらっしゃったらこの場を去ってください。遠慮はいりません。この場を去ったからといって、何かの罰が与えられることがないように村長にはお願いしてあります。」
しばらく待ったが、誰も去っていこうとしなかった。
「よろしい。この場にいる人は、私の考えに賛同してくれる人と受け止めます。
では、自分を強くしてくれる相手へ、また、自分の強さを大切にしてくれる家族や村人への感謝の気持ちを表しましょう。
わたしの故郷では、このように感謝します。」
俺は、皆のほうに背を向け、横断幕に正対した。
「正面に、礼!」
と掛け声をかけ、両手を前について、深々と頭を下げる。その後、正座したまま皆のほうに向きなおる。
「互いに、礼!」
と声を掛け、皆に向かって深く礼をする。礼から起きると、みんなを見回して、話をつづけた。
「このように、正面に礼をすることで、自分の強さを大切にしてくれる家族や村人に感謝を表します。また、互いに礼をすることで、一緒に稽古する仲間に対して感謝を示します。礼をするときは、正座と言って、両ひざをそろえて床に座り、手を前について頭を下げます。人間にとって急所である頭をわざわざさらすことで、強い感謝を表すのです。」
そこまで説明すると、不思議そうな表情をしていた村人たちも、なるほどと納得した顔をしてくれた。
「では、私と一緒に礼の練習からしましょう。
まずは、立った状態から、右のひざを床につけ、続いて左ひざをつけて正座します。」
俺がやって見せると、村人たちも真似しだした。でも、この世界では正座は初めてのことらしく、動きがぎごちない。
「初めての動きですから、難しいですよね。段々と慣れて行きますから、心配しないでください。
次は、両手を前について、体の向きを変えます。」
全員が横断幕のほうに向いたところで、号令をかける。
「正面に、礼!」
全員両手をひざの前について頭を下げる。
「この時、背中はあまり曲げないように。むしろ背筋を伸ばし、腰から曲げるようにしてください。背筋を伸ばすのは剣道の基本の姿勢です。これができると、相手の動きもよく見えますし、自分の技も出しやすいですよ。」
そんなアドバイスをして、今度は互いに向きなおる。
「互いに、礼!」
の号令で、俺と村人が互いに向かい合って礼を交わした。
「では、立ち方です。立つときは右ひざを立てて、中腰になり、左ひざを立てて、自然体に立ちます。両足は肩幅に開き、両肩の力を抜いて、重心は両足の真ん中に置きます。」
立ち方の指導をしながら、俺は村人の間を回る。
「少し肩に力が入っていますね。胸を張るように肩を広げてください。」
「重心が右足に乗っています。足と足の間に重心を置きましょう。」
村人を回りながら、気づいたことをアドバイスしていく。
「では、剣道の基本となる、足さばきの練習に入ります。
足さばきはとても重要で、これがうまいか下手かで強さが変わります。熱心に稽古しましょう。」
まずは、基本となるすり足だ。木の床なので裸足ですり足を行う。床に足をこすりつけるのではなく、足の裏と床に間に紙一枚を敷いたつもりになって足を滑らせる。
「右足を出すときは、左ひざの後ろに力を入れて、腰全体を押し出すように。そう。うまいですね。左足を出すときは、逆に右ひざの後ろに力を入れてください。」
まずは、歩み足のすり足だ。左右の足のバランスをとるためにゆっくりと行う。重心移動が難しい人には、雑巾を足裏に敷いて滑らす感覚を体験してもらう。歩み足で腰がぶれずに移動できるようになったら、次は送り足の練習に入る。右足を半歩前に出し、左足はかかとを浮かせた状態で構える。竹刀を持っていないので、両手は腰にそえる。その構えから、左足のひざ裏に力を入れて右足をすり足で押し出す。右足が大きく前に出た瞬間に、左足を引きつけて構えの状態に戻す。これを繰り返すことで、剣道独特の歩法、送り足ができる。口で解説するのは簡単だが、この歩法を身につけるのは難しい。左足を引きつけたとき、右足に対して構えた位置を変えてはならない。左足が前に出すぎれば、次の一歩が滑らかに出せなくなる。また、左足が右足に追いつかなければ、上体がつんのめったように前に傾き、竹刀が振れなくなってしまう。
「そうです。右足はゆっくりと、すーっという感じで前に出してください。右足が出きったら、サッと左足を引きつけます。」
俺は、みんなに見えるように袴を持ち上げて足を見せながら、送り足をして見せる。剣道では「見取り稽古」という言葉があるように、見て、真似をして学ぶことが重要なのだ。
送り足の稽古をしているところで、今日の稽古の時間は終わった。
「みなさん、よく頑張りました。今日はとても地味な稽古でしたが、この足さばきを身につけることが強くなる秘訣です。仕事の合間に練習してみてください。」
そう言って、初日の稽古は終わった。
横断幕の片づけをしていると、後ろから声がかかった。
「ヨウスケ先生!」
「はい?どうしました?」
俺は振り返って聞く。目の前には10歳ぐらいの勝気な目をした男の子と女の子がいた。似ていないので兄妹ではないだろう。
「ええっと、君たちは?」
と聞くと、名前を教えてくれた。
「僕はティング、この子は友達のリーファです。」
「そう、ティングにリーファ。今日はよく来てくれたね。ありがとう。」
「先生、ぶしつけですが、今日の練習は面白くありませんでした。こんな練習で、本当に強くなれるのですか?」
なるほど、どこの世界にもこういう鼻っ柱の強い子はいるものだ。でも、俺はこういう子が大好きだ。鼻っ柱が強いのは、「自分なりの考え方を持っている」か「持とうとしている」子たちで、特に「強くなることに貪欲な子たち」だ。こういう子をこそ伸ばしてあげなければならない。
「なるほど、今日の練習が、実践にどう役立つのか、わからないんだね?」
と聞くと、二人ともこくりとうなずく。
「そうだね、色々説明するより、見てもらったほうが早いかな。今日の練習は足さばきの基礎の基礎、歩み足と送り足を練習した。ここまではいいかな?」
俺は、実践しながら二人に聞く。二人とも頷く。「そんなの、簡単だ!」と心のつぶやきが聞こえるようだ。
「実は、足さばきにはもっと種類があって、次に教えるのは、八方さばきと言うんだ。前・後ろ・右・左・右前・左前・右後ろ・左後ろの八方向に移動するんだ。ちょっとやってみてご覧。」
二人は、俺の見本に合わせて動いてみる。ゆっくり動いたので難なくできたようだ。
「うん、上手いね。初めてでそれだけできればすごいよ。」
俺の誉め言葉にも、あまり反応しない。「だから、これが何の役に立つんだ?」と全身で聞いている。ティングとリーファへの課外講義が気になったのか、まだ帰っていない村人たちが周りを囲んできた。頃合いだ。
「じゃあ、兵士のかた。誰でもよいので、私に打ち込んでみませんか?私は足さばきだけで対処しますので。」
と言うと、
「え~?いくら何でも、無理だろう。」
「兵士をなめすぎ~。」
という声が聞こえる。
「じゃあ、団長さんとは先日手合わせをしましたので、副団長のシラックさん、いかがですか?私は足さばきだけで対応しますので、シラックさんは木剣で切りかかってきてください。」
「本当にいいのですか?ケガをしても知りませんよ。」
「ご心配ありがとうございます。ここでケガをしたら、私の力もそれまでだったということですね。」
「よろしい。では、本気で打ち込みます。みなさん、離れてください。」
俺とシラックさんは、およそ9歩の間合いを取って礼をする。この礼にも慣れてきたようだ。
シラックさんは、グリッツさんと同じように木剣を右前中段半身の構えに取る。俺は竹刀はないが、両手をへその位置に構え、中段の姿勢を取る。シラックさんは重心がやや後ろにあり、相手の出方をうかがうようだ。ここでも俺は、自分から前に出る。すすすっと送り足で間合いを詰める。シラックさんが反応して半身のまま前に出て木剣を右袈裟に振る。木剣を振り上げた角度で右袈裟を読んでいた俺は、シラックさんの右側に開き足を運び、シラックさんの振り切った肩を軽く押す。驚いたシラックさんは、ぴょんと飛んで俺と正対し、今度は剣を左斜め下から振り上げる。いわゆる逆袈裟だ。俺は、シラックさんがジャンプした時からこの攻撃を読んでいたので、相手の左に開き足で進み剣を避けると同時に、シラックさんの左肩を軽く押す。次にシラックさんはジャンプして下がり、間合いを取ろうとする。そこをすかさず送り足で追い詰め、シラックさんのひじをつかんだ。
「参りました。」
シラックさんの一言で、俺もシラックさんから3歩離れ、礼をする。シラックさんも礼をする。
「ありがとうございました。」
の声がそろう。
「すごい!なんで?どうやったの?」
ティングとリーファだけじゃなく、ほかのみなも目を丸くして声を上げた。
「シラックさん、貴重な稽古をありがとうございました。
さて、皆さん。これが足さばきの技です。私は八方の足さばきしか使っていません。でも、相手の技をよけることができ、相手を追い詰めることができます。みなさんも熱心に稽古すれば、できるようになりますよ。たくさん稽古して、動きを身につけてください。本日の稽古はここまでです。」