竹刀の剣士、異世界で無双する 剣道稽古の準備
PVがじわじわと増えています。ありがとうございます。
今回は、短いお話なので、3話一括で投稿します。
13 皮職人 マシュー
ヨハンさんの木工工房の後、皮職人の工房に案内してもらった。
「剣道とは、色々と準備が必要なのだな。」
とは、村長のつぶやき。
「はい、技を磨くためには、自分だけでなく、相手にもケガをさせないことが大切です。ケガをすると、技を磨くよりケガをさせた相手に恨みを晴らすことが、稽古の動機になってしまいます。前にも言いましたが、
剣道は、剣の修練による人間形成の道
なのです。相手を恨むことで強くなっても、そういう人は自分のために戦うだけで、村のためにはなりません。でも、人間は心の弱い生き物です。痛めつけられれば相手を恨みます。ケガをさせられれば、何とか報復しようとするものです。わたしの元の世界でもそういうことが繰り返されてきました。ですから、自分もケガをしない、相手にもケガをさせない。むしろ、相手がいるからこそ、自分が強くなれる、という状況を作り出すことが大切なのです。
時間はかかりますが、準備をせずにいきなり稽古を始めても、意味はないと思います。」
と、俺は答えた。村長は、
「ふむ、そんなものか・・・。」
とつぶやいて、次の工房に案内してくれた。
皮職人の工房は村のはずれにあった。皮そのものがにおうのと、皮をなめすための薬品が危険なため、人通りの少ないところに作られているらしい。このあたりは、元の世界の200年ぐらい前の状況と同じだなと思う。
皮工房の親方はマシューといった。元の世界と違い、この世界では皮を扱うことで差別はされていない様子だ。村長もいつも通りに案内してくれる。俺は少々ほっとしながら、竹刀の皮部分と小手の皮部分を見せる。
「親方に作っていただきたいのは、この竹刀の皮の柄、中結、先革と、小手の握りの皮です。どちらも鹿の皮を使っています。どうですか?できそうでしょうか?」
「なるほど、皮の質そのものは何とかなりそうだ。でも、この小手の甲の部分は難しいかもしれんぞ。」
「分かりました、小手の甲の部分は、面布団と同じ布職人にお願いするので、考えてみます。
それと、この胴です。裏の竹の部分は木工工房のヨハンさんにお願いしたのですが、竹に布と革を貼ります。この革は丈夫さを考えて牛の皮がよいのですが、大丈夫でしょうか?また、胴の胸当て部分も、裏は布ですが、表は皮になります。そのほかに、胴と胸当てをつなげる革紐、胴や面を結ぶ紐をつなげるための革紐が必要ですが、大丈夫でしょうか?」
「牛の皮は、作業用エプロンのものがあるし、紐用の皮もある。何とかなるじゃろう。小手の完成、胴の完成はわしの皮工房だけでなく、木工工房のヨハンのところ、布工房のキエルのところと協力じゃな、音頭はどこはとるんじゃ?」
これは俺には判断できない。どうしようかと村長を見ると、
「そうじゃのう、試作品ができたら、わしのところに連絡をするがええ、わしの家か、集会場を使って仕上げようぞ。」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。」
と、心からお礼を言った。どうも、村始まって以来の異業種混合作業になるようだ。今までのノウハウが使えなくなる状況にして本当に申し訳ない。
14 靴工房ルカ
次に訪れたのは、ルカの靴工房だ。草履や木靴が中心の世界なので「革靴」なんて無いと思っていた。でもあった。草履や木靴も作るが、兵士の革靴、森歩きをする狩人の革靴を作っているらしい。もっとも、草履や木靴に比べて革靴は本当に数が少なかった。そこに俺が、革靴の大量発注をかけることになったらしい。もちろん、資金は村長持ちだ。
「村人の足型をとり、形に合わせてほしい。靴底は若干厚めでいいができるだろうか?また、土踏まずにも形を合わせてほしい。」
とお願いすると。
「足型に合わせるということは、あまりやったことがないのです。どうすればよいかな?」
と、逆に聞かれた。なので、俺は現代日本のうろ覚えの知識から、この世界に使えそうなものを考える。
「分厚い粘土板を用意してもらい、村人の足型をとると、形が分かる。足の甲の厚みは、大まかに作って、ひもで縛れるようにいくつか穴をあけたらどうだろうか?」
と、現代日本のひも付き靴の考え方を出す。実物は俺のスニーカーだ。
「なるほど、これなら、それそれの足にぴったりの靴になりそうですね。特に、このベロの部分が重要だ。このベロだけでも、特許を取れますよ。」
この世界にも、発明の特許と言うものがあったんだ。竹刀や防具はこの世界の品物からかけ離れているから特許の話が出なかったようだが、靴はこの世界にもあるものだ。そこに、新しい技術を持ち込んだのだから、特許を取ることになっても不思議はない。
「では、特許はルカさんがとってください。」
「でも、この発想はヨウスケ様でしょう。私が特許を取るのは筋違いです。」
うん、こういう頑固で、筋を大切にする職人さんは貴重だ。
「そうですね。でも、私はアイデアだけで、実際に試行錯誤して製品のするのはルカさんです。ならば、ルカさんが特許を取っておいたほうが、今後の製品開発に益があると思います。それに、この靴の良さはサイズや靴紐だけでないく、土踏まずのフィット感にあるのです。この感覚を伝えるのは難しいのです。実際に作りながら修正していくしかない、と思います。なので、実際に製品にするルカさんの特許にしていいと思います。」
と言いながら、俺はスニーカーの土踏まずの部分を見せた。
「この土踏まずのところは、体のバランスを取ったり、素早く動いたりするためには、とても大切なものです。ぜひ、丁寧に仕上げてほしいと思います。」
と話した。
「なるほど、では、魔物のスライムの皮を使ってみようか。」
と、ルカさんは言ってくれた。
ええっ?、ここで、異世界の定番魔物のスライム?元の世界では、たしかドラ〇ン・ク〇ストというゲームに登場したのが始まりだったはずだ。俺も、子どものころ遊んだことがある。
「そのスライムとは、どんな魔物ですか?」
思わず聞いてしまった。森を旅していた時は、獣はいたが、魔物は見たことがない。ましてや、スライムなんて、本当にいるのだろうか?と、思ってしまったのだ。
「ああ、スライムはこの近くにはいないな。南のオーシリアス地方の湖にいるらしい。長さ1m、太さ15cmほどの蛇の形をしていて、頭と尻尾の区別がつかない。皮は弾力があって丈夫なので、荷車の車輪に使われているな。スライムの皮は、手に入りやすい素材だから都合がいいだろう。今まで、靴に使ったことはないが、試行錯誤すれは、何とかなるだろう。」
との話。へえー、あのプルルンとした形じゃないんだ。巨大なミミズって感じかな。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
とお願いした。
15 布工房 キエル
最後に布工房キエルのところに案内された。ここにはたくさん頼むことがある。
胴の竹と牛革の間に挟む丈夫な布、小手や面、垂れを作る布、そして稽古着の布を頼みたい。竹刀でたたかれても傷みにくいものが必要だ。店の倉庫にある布のなかで一番丈夫で傷みにくいものとして、帆布を勧められた。かなりごわごわしているが、ケガをするよりはましなので、それでお願いした。
「ところで、この、面・小手・垂れを見てください。布の間に、打たれた時の衝撃を吸収するために綿を圧縮して使ってあるのですが、どうしましょう?」
俺が疑問を出すと、キエルさんは、面をほどいて中身を見ながら考えた。
「なるほど、こういう素材はありませんね。スライムの皮が一番近いでしょうか?」
と話してくれた。ここでも、スライムが出た。スライム大活躍だな。
「わかりました。それで、お願いします。」
「それにしても、この面・小手・垂れは細かく縫っていますよね。ここまで必要ですか?」
「いいえ、この防具は私の元の世界の職人が機械で縫っていますので、約2mm幅になっていますが、実際には10mm幅でも大丈夫です。」
「分かりました。工房中の針子を動員したいのですが、普段の仕事もありますので、どうしても時間がかかります。3週間ほど待ってくれますか?」
「はい、それでお願いします。ところで、この、稽古着と袴はどうでしょう?」
「さて、素材は帆布でいいとして、縫いあがりにやはり2週間は欲しいですね。」
「承知しました。それでお願いします。」
こうして、俺は剣道を指導するにあたっての道具の準備を手配したのだった。