竹刀の剣士、異世界で無双する 木工職人ヨハン
12 木工職人 ヨハン
こうして俺は、ダヒトの村の剣道指南役になった。仕事は村人に剣道の技を教えることだ。村長はすぐにでも稽古を始めてほしい、と言っていたが、俺は断った。稽古を始めるには準備が必要だ。まずは竹刀、次に防具、稽古着も必要だ。そして大切な足元。普段の稽古は集会場を使わせてもらうから裸足でよいが、大会は土の闘技場で行うらしい。であれば、靴を作ることも必要だ。この世界では、靴はあるが、ほとんどが木靴で、足の形や土踏まずなどは考慮されていない。このような靴を履いたままでは、どんなに剣道の技を身につけても、実践で十分に力を発揮することは難しいと思う。今、俺が履いているスニーカーを作ることはできないと思うが、少なくともそれぞれの足に合った皮の足袋のようなものを準備したい。
とりあえずは、竹刀だ。取り回ししやすい竹刀の軽さが剣道には必要なのだ。幸い真竹の自生地は分かっているし、俺は何本かの割竹のサンプルも持っている。村の職人に竹刀を作ってもらえれば、ありがたい。
というわけで、俺は村長に村の木工職人を紹介してもらうことにした。村長について村を歩く。中央広場から左。集会場の反対側の奥に木工工房があった。
「こんにちは。親方はおるかの?」
村長が声をかける。木工工房では、村人たちよりさらに一回り筋肉でムキムキな若者たちが働いていた。重機がないこの世界では、重い木材を運んだり固定したりするのも人力に頼ることになる。工房で働く人が、ムキムキになるのも当たり前だ。
村長のあいさつに若者の一人が出てきて、親方のところに案内してくれる。親方は工房の奥で若者たちに指図をしていた。50代ぐらいで、ひげに白いものが交っている。手ぬぐいのようなものを頭に巻いていた。
(この世界に、手ぬぐいがあったんだ。よかった。)
と思いながら、親方のところに行く。
「親方、稀人のヨウスケさんがお前に頼みがあるそうじゃ。」
村長さんが紹介してくれた。多分昨夜の宴席で顔を見ていると思うが、俺は村人全員の顔を覚えていない。なので、改めて挨拶した。
「改めて、初めまして。稀人のヨウスケです。今日は、親方に作っていただきたいものがあって来ました。」
「おう、ヨウスケさんか。夕べ見たぞ。俺はここの親方のヨハンだ。よろしくな。ところで何を作ればいいんだ?」
「はい、この竹刀です。」
俺は持っていた竹刀袋から、まだ新しい1本を取り出した。
「ほう、竹でできているのか。ずいぶん軽いな。この革は、鹿だな。革の加工はうちじゃ無理だ。革の工房に頼んでくれ。」
「はい。ところでこの竹の部分の加工をお願いしたいのです。」
「ふむ。ちょっと、ばらしていいか?」
「分かりました。じゃあ、私がばらしますので、見ていてください。」
俺は、中結を解き、弦をほどく。先革を外し、柄革から竹刀本体を抜く。そうして、竹の本体をヨハンさんに渡した。
「なるほど、節がそろっているから、1本の竹から作ったのだな。真ん中は太く、端は細く削るのか。持ち手のほうはあまり細くしないんだな。」
ヨハンは、ぶつぶつと言いながら割竹の加工の状態を確かめている。指で撫でて太さや磨きの状態を確かめると、今度は重心の位置を確かめる。
「この長さの竹を組んで、竹刀作ればいいのか?」
とヨハンが聞いてきたので、俺は答える。
「この長さは、おとな用の竹刀です。子どもが使うなら、もっと短いものが必要です。でも、重心のバランスは同じにしたいです。あと、子どもの手の大きさに合った柄が必要です。」
「なるほど、どのくらいの長さなんだ?」
「その前に、この世界の長さや重さの単位を教えてください。」
「そうだな。およそ400年前の稀人が長さと重さの単位を持ち込んでな、長さはメートル、重さはキログラムという単位を使っている。ちょっと待て、原器を持ってくる。」
「原器?」
俺の疑問に村長が答えてくれた。
「400年前の稀人が持ち込んだ、長さと重さの単位の正確さを保証するために、今ではメートル原器、キログラム原器が村や町に配布されているのです。」
ヨハンさんが持ってきたのは、一つは鉄の棒、もう一つは鉄のボールだった。棒のほうは、メートル原器なのだろう。俺の感覚でもおよそ1mの長さだ。ボールのほうは、キログラム原器だろう。持ってみるとわずかに持ち重りがした。
「なるほど。私の故郷の単位と、それほど変わらないようです。」
「そうだろう。では、竹刀の規格を確認しようか。」
ヨハンさんは原器を横に置いて、メモ用の木の板を取り出す。この世界には、まだ紙は普及していないようだ。
「はい。私の世界では、大人と子どもでは体の大きさや体力が違うので、細かく規格が分かれています。18歳以上の大人用の竹刀が、長さ120cm、重さ510gほど。15歳から18歳の若者は、長さ117cm、重さ480g。12歳から15歳の子どもは、長さ114cm、重さ440g。12歳以下の子どもは足から脇の長さが基準となっています。でも、この世界の人は上半身の筋肉が発達しているので、重さはあまり気にしなくてもよいと思います。振りやすさを考えて、長さを身長に合わせてほしいです。
それと、バランスと柄の太さが大事です。私の竹刀は、バランスは手元に来て、柄はかなり太くなっています。でも、中には、剣先に重さを感じたり、柄が細いのがよい人もいます。いろいろな長さと、色々なバランスや柄の太さを作ってみてください。
ああ、そうそう。森の中でここに来る前に仕入れた竹があります。まだ、乾燥は不十分ですが使えるかどうか見てください。」
俺は、森の竹林で採ってきた竹を見せる。
「この竹は、私の竹刀の予備を作りたいと思って採ってきました。」
「ほう、良い竹が手に入ったな。これは森で手に入るのか?」
「はい、この狼が場所を知っています。」
「ならば、おいおい竹は狼と一緒に取りに行くことにしよう。お前の持ってきた竹は、乾燥は不十分だが、質が良い。一度削ってみて、試してもいいか?」
「はい。お願いします。」
「わかった。竹の乾燥と、四つ割り竹の接する部分の加工が一番難しそうだ。とりあえずやってみるから、2、3日後にまた来い。」
「分かりました。お願いします。
ところで、ヨハンさん。この面を見てください。」
俺は、自分の防具の面金を見せる。
「ん?これは、鉄でできているな?」
ヨハンさんは疑問を出す。
「はい、もともと面金は顔を守るために鉄でできています。でも、この村では鉄が足りないのでしょう?ですから、竹で代用できないかと思ったのです。」
「なるほど。確かに、鉄でこれだけのものを作るのは難しいな。しかし、竹で作るのでは強度が足りんぞ?」
「はい、その通りです。でも、今は農具の鉄も足りない状況ですよね?そこに面金を鉄で作れば、農民のみなさんに迷惑をかけます。面金はいずれ鉄製にするとしても、それはこの村に鉄が十分に配給されてからでよいと思います。とりあえず、竹で作っていただけませんか?」
「この村の状況をよくわかっているじゃないか。そういうことなら、特製の膠と漆を使って、強度を上げてみるか。でも、まともに木剣でたたかれたら、そんなに持たないぞ?」
「ありがとうございます。これから稽古するときに、面金で受けることがないように、技を指導します。」
「そういうことなら、任せてくれ。その面金も見本に置いて行ってくれるか?膠と漆の具合を確かめるのに、一か月は必要だな。」
「はい、よろしくお願いします。それと、これもなのですが?」
「まだあるのか?」
「はい、この胴を見てください。この胴の主要部分は竹を並べています。強度を出すために、布と革を貼って漆で仕上げてありますが、ヨハンさんにはこの竹の部分を作ってほしいのです。竹を並べて、丈夫なひもで結んでいく方法です。」
「ほう、この、竹のところだけでよいのか。しかし、この曲面を作るのは難しいぞ。」
「はい、この曲面は、竹を熱しながら作ると聞いています。そうですね。私の予備の胴を見本に置いていきますから、ばらしてもよいですよ。」
予備の防具を鞄に入れておいてよかったと、つくづく思った。
「なるほど、色々と試行錯誤してみるわい。やはり、一か月ほど必要だ。」
「お願いします。」
こうして、俺はヨハンの工房を後にした。