竹刀の剣士、異世界へ行く
剣道大好きな私が、異世界を舞台に剣道話を書いてみました。お読みいただければ幸いです。
1 異世界への旅立ち
毎月、第2火曜日。午後7時からの合同稽古に参加した。ここは、安和市北部体育館。市内の剣道愛好家が、月に1度集まる合同稽古会だ。12月なので、今年の合同稽古は今日でおしまいになる。俺は仕事の都合で、7時過ぎに会場入りした。体育館のフロアから聞こえてくるのは、様々な気合声、床を踏み込む重い音、竹刀の当たる乾いた音。そして漂ってくるのは、稽古着の藍と汗の混じった香り。俺はこの雰囲気が大好きだ。今日も思い切り暴れてやろう、とスーツ・ネクタイ姿から稽古着に着替える。胴・垂れ・面・小手をつけて竹刀を持ち、お相手を見つけて稽古をする。途中、水分補給の休憩を入れながら90分ほど稽古をした。今日のお相手は、小手がうまいな、俺の面打ちの気配を読んでいるのだろうな。そんなことを考えていた時、
「稽古止め!整列!」
の号令がかかり、お相手と礼をして竹刀を収める。号令の主は、この稽古会の主催者、剣道八段の剣持先生だ。安和市内で最高齢かつ最高段位の先生。年齢は70歳を超えるはずだが、今日も元気に稽古をしている。まったく、70を超えても20代の若者を翻弄するなんて、どんな化け物だよ。と思いながら、おれも整列し着座する。小手・面・手ぬぐいを取って姿勢を正すと、剣持先生から
「正面に礼!」
の号令がかかる。俺も皆に合わせて手を前について頭を下げる。続いて、
「たがいに礼!」
の号令がかかる。市内の高段者の先生方が正面に並んでいるので、そちらに礼をする。おれは先月六段試験に通ったばかり。まだ高段者とは言えない。剣持先生からの今日の総括の話を聞いて、解散である。俺は、防具、稽古着を鞄にかたづけ、竹刀を竹刀袋に入れて、
「お先に失礼します!」
と会場を出た。自動車の後ろ座席に防具鞄・竹刀袋を置き、運転席に座ってエンジンをかける。みんながバラバラ出てくると駐車場から出にくいので、早めに出るのが気持ちいい。
自宅に向かって走りなれた道を走っていると、突然、ライトの中にキツネが表れた。道の端から渡ってきたというよりは、突然その場に浮かび出たという感じだ。何が起こったかよくわからないが、とりあえずブレーキを踏み、キツネを轢かないようにハンドルを切る。対向車はない。反対車線に1度出て、キツネをよけたところで、元の車線に戻ろう。そう思っていたが、ハンドルを切りすぎた。そんなにスピードも出ていなかったし、ハンドルもそこまで大きく切った覚えはないのだが、車は反対車線の向こうにある家の壁に迫っていた。
「うわ!」
と声が出て、一瞬目をつぶった。壁にぶつかるはずの衝撃に備えて、全身をこわばらせる。自動車免許を取ってからこんな事故は初めてだ。怒るだろう両親や妻の顔が目に浮かぶ。
しかし、思っていた衝撃はいつまでも来ない。ブレーキを踏んでいたため車はほどなくして止まった。
「一体どういうことだ。さっきは目の前に壁があったのに。」
とつぶやきながら車のサイドブレーキを引き、ドアを開ける。外に出てみると、そこは直径10mぐらいの森の中の空き地であった。空には白い満月が見える。その明かりで、空き地の様子もよく見えた。うっそうとした黒い森の中に、ぽっかりとあいた円形の空き地。足元には枯れた雑草がくるぶしぐらいまで覆っている。後ろを見ると、下生えの草を削り取るようにして車のブレーキ痕が5mほど続いている。つまり、空き地の端から中心部分までブレーキをかけながら滑ってきたことになる。
「どういうこと?ここどこよ?」
こんな森は市内にはない。ましてやさっき走っていた道の近くには絶対にない。一体何が起こったのか、混乱するばかりであった。
まずは定番の転移です。次は、異世界での剣道。果たして活躍できるのか?