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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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受け身稽古

 しばらくまだ会ってた幼い頃の思い出話をしたあと、会わなくなってからの互いの話をする。


「姉上が叔母上のところにいったあと、みなづきは稽古ごとに励んでいたのか」


「ええ。瀬々さまからの便りを読むたびに、お転婆が変わってないのを知って、父上も母上も心配ばっかり。だから私がさくらの御目付役をやりますからと言ったら、それはそれは厳しく稽古をされましたわ。この程度ではさくらを抑えられないと」


 ころころと笑うみなづきを、辰之進はまじまじとのぞき込む。


「つまり、みなづきは今や姉上よりも強いと」


「どうかしら」


「けど氷冴には勝ったのであろう」


「勝ちませんよ、ちゃんと負けました」


 ちゃんと負けましたという言葉に辰之進ははてなという顔をする。


「負けてやったのか」


「そんな無礼なことしませんよ。氷冴殿は私より強かったと言ったのです」


「けど母上が、みなづきは氷冴に負かされて泣き崩れたと」


 そんな話になっているのねと、みなづきは内心苦笑した。


瀬月家老頭(父上)の言うところ、私の剣は[受け]です。対して氷冴殿の剣は[攻め]なのですよ。相性が悪かっただけです」


「……」


 澄まし顔になったみなづきをまじまじと見たあと、辰之進は意を決して言う。


「みなづき、私に稽古をつけてくれぬか」


「稽古といいますと」


「私とて男子(おのこ)だ、強くなりたい。だが怪我をすると母上に止められてしまうのだ、だがみなづき相手ならその限りではない。だから頼む、稽古をつけてくれ」


「そう申されても……」


 さすがにみなづきも眉をひそめる。辰之進にあまり近づくと昌久院の逆鱗に触れる恐れがあるからだ。そこへ縁側を通って氷冴がやってくるとみなづきの前に座りる。


「お話しは聞かせてもらいました。私とて辰之進様が強くなるのを望んでおります。みなづき殿、どうか引き受けてくれませぬか」


「氷冴殿まで」


「頼む、みなづき。このとおりだ」


 氷冴の隣に座り一緒に頭を下げる辰之進に、みなづきは慌てる。


「おやめください辰之進様。こんなところを誰かに見つかったら」


「ならば引き受けてくれるか」


「わかりました。ただし昌久院様がお許しになられたらですよ」


 しぶしぶ応じると、辰之進は氷冴とともに去っていく。おそらく昌久院に許しをもらいに行くのだろう。そして反対されておしまいだろうなと、みなづきは算段した。


 ところがである。なんと許しが出たのだ。さすがにみなづきは目を丸くした。


 だがしかしというかやはりというか[ただし]が付いた。


 ただしその稽古は、みなづきは一切手出し無用で昌久院直々にそれを見る、というものであった。つまり昌久院の目の前で我が子に叩かれ続けろということになる。

 それを伝えた氷冴は平身低頭で何とか受けてもらいたいと言うが、後の曲輪で昌久院の言葉に異を唱えることができるわけない。氷冴の立場も思慮に入れて承ったと返事をした。


※ ※ ※ ※ ※


 後の曲輪の道場は辰之進のために建てられたものである。しかし男子禁制の後の曲輪に男の師範が入れることは許させれない。


 辰之進が外に出て稽古すればすむ話だが、昌久院がそれを許さなかったので道場を建てたのに、男の師範が来ないでは意味がない。道場は物置と姿を変える。


 それを耳にした領主瀬鳴弾正は厳しく叱り、折衷案として女の師範、氷冴が呼ばれたのだが、昌久院今度は辰之進に怪我をさせるなという。それゆえ稽古はやるにやれず、氷冴が清めるだけの使う者がいない道場ということになったわけである。


 そしてそこに初めて昌久院が奥女中を連だってやってきたのだ。目的はふたつ。憎きさくら姫の乳姉妹がやられるところを見たいのと、愛する辰之進が酷い目にあわないよう見張るためである。


 みなづきにしろ氷冴にしろこんな馬鹿げたことにつきあいたくは無いが、立場上やるしかなかった。


 木刀を構える辰之進とみなづき。立ち合いは氷冴がやることになっているが、昌久院が口を挟むのが目にみえている。どうしようかと打ち合わせする間もなく、昌久院によって合図がだされた。


「いくぞ、みなづき」


 何も考えてない辰之進ががむしゃらに打ち込んでくる。それをみなづきが体をかわすのではなく、木刀で受ける。


 木刀同士が打ち合う音が派手に響く。


 知らぬ者が見ればみなづきは一方的に叩かれている、そんな風景だった。


「なんとまあ無様なこと」

「ほんにほんに。辰之進さまの男らしい攻めに手も足も出ないとは」

「日頃生意気な所業へのいい罰ですよ」


 みなづきが後ろによろめいたり回り込んで避ける姿を見て奥女中達はけらけらと笑う。

 昌久院も口には出さぬが、その表情は満足げであった。


 しばらく眺めていた立ち合いの氷冴が口を開く。


「辰之進さま、打ち込みが弱いです。もっと踏みこんで。胴ががら空きです、右、左、そうです」


 なんと中立の立場であるはずの氷冴がなんと助言をしはじめたのだ。


「いったん離れて息を整えましょう。その間も攻められないように気配りを。整いましたら打ち込めそうなところを素早く、そうです」


「おやおや立ち合いが口出ししてますよ。昌久院さま」


「そうかえ、妾には何も聞こえぬが」


「……そうですね、鳥の鳴き声と聞き間違えました。立ち合いは何も申しておりませぬ」


 四面楚歌。この道場にはみなづきの味方は誰もいない──。


 だが氷冴は見抜いていた。みなづきの思惑を。

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