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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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無理心中の真相

 さくら姫は黙って考え込んでいたがまとまったのか、やがて顔をあげる。


 座敷牢の真ん中で格子に背を向け正座する。その顔はなにか覚悟を決めたようだった。


※ ※ ※ ※ ※


 正午の鐘が聴こえた。それにあわせ牢番が昼餉を持ってくる。

 昼は、御飯に味噌汁それに煮物であった。朝と同じく格子のすき間から膳を入れると、牢番は帰っていく。

 さくら姫は、牢番の気配を感じなくなると、髪止めの銀を取り出し、膳の前に行き、ひとつひとつを確かめる。今度は味噌汁と煮物に毒が入っていた。


 朝と同じく食べ物に謝ると、懐紙に移し厠に棄てた。四半刻あとにまた膳を取りに来る、さくら姫はふたたび背を向け正座していた。


 翌日も同じであった。


 朝昼と膳を持ってくる、毒の有る無しを確かめる、入っているから厠に棄てる。


 その翌日は少し変わった。牢番が戻らずにいた。


「どうした、今日は話す気になったか」


 牢番は黙って応えない。


「そこに居るのなら聴こえるじゃろう、爺を呼んでまいれ」


 変わらず無言のままだ。


「黙って見られていると食す気になれんな、爺を呼んで来たら食す気になるのだがのう」


 牢番が困り顔になる。さて、もうひと押しかなとさくら姫が思った時、誰かがやって来た。


 家老頭にして城代家老、爺こと瀬月義勝である。


※ ※ ※ ※ ※


「そろそろ頭が冷えましたかな」


 瀬月の言葉にむきになって言い返す。


「ふん、こんなところに入れられては冷えるものも冷えぬわ」


 それを受け瀬月も言葉を荒げる。


「まだわかりませぬかっ 」


「わからぬわっ 」


 二人の勢いに牢番がびくびくしている、それを確めると、さくら姫は瀬月を牢番との間に立つ場所に進む。そして、目配せと指で合図を瀬月に送った。

 瀬月は少し戸惑ったがすぐに得心すると、さくら姫は格子に近寄って食って掛かかる。


「こんな所に閉じ込めおって、わらわを誰だと思っておる、瀬鳴弾正の(むすめ)じゃぞ、無礼であろうが」


「なら姫らしゅうなさいませ、そうでないから閉じ込められるのでしょうが」


「なんじゃとぉ」


 格子越しに瀬月の胸を突き飛ばす、はずみで水瓶が倒れて溢れる。尻もちをついた瀬月が立ち上がると、牢中に響く怒声を張り上げる。


「いい加減にせぬかぁぁぁ」


 雷でも落ちたかなような怒声が、地下牢に響いた。それを聞いた牢番は腰を抜かして、へなへなとその場に座り込む。

 瀬月は門番に喉が渇いたから水を持ってくるように申しつけると、牢番はふたりの喧嘩腰の言い合いに巻き込まれぬよう、へっぴり腰だが急いで離れていった。


「……いったか」


「気配はありませぬ、もう大丈夫です」


 さくら姫達は格子越しに小声で話す。


「なにがあったのです」


「食事と水に毒を盛られた」


「なんですと」


「やはり爺には慮外の事であったようじゃな。安心せい、この通りぴんぴんしておるわ」


「何の事で」


「隠すでない、わらわをここに放り込むのは爺の謀りであろうが」


 瀬月はにやりと笑う。


「よく分かりましたな」


「途中からじゃがな、ここに入れるために謀ったと分かったのは」


「ほう、よろしければお考えを聴かせてもらえませぬか」


「おかしいと思ったのは、平助が亡くなったと爺が報せに来た時じゃ。白装束なのは如何にも芝居がかっている。まるでわらわを煽るようであった。それとな、平助が亡くなったという所を見たときもじゃ」


「なにがおかしかったのです」


「内緒じゃぞ。平助は泳げぬのじゃ。しかもただ泳げないなんてものじゃない、水が怖いくらいなのじゃ」


「なんと」



いつも朗らかで明るく元気な平助にそんな面があったとは瀬月は知らなかった。


「小さい頃に大水で死にかけての、それからまったく駄目になって、いまでも水に顔をよう浸けぬ。すべて手拭いを濡らして顔や身体を拭く。そんな平助が溜め池に飛び込むなんてありえぬのじゃ」


「なるほど」


「それから追手が来て、わらわを城まで連れてきた。それはいい。だがそのまま座敷牢に入れられたのがおかしい」


「どこがおかしかったのです」


「これでも領主の姫じゃぞ、男ばかりが牢に入るまで係わることないじゃろが。それに持ち物も取り上げなかった。ふつうならそれらを女子衆にやらせる筈じゃ、だがそのまま有無を言わさず、ここに入れられた」


「某が心底怒っていたと考えると思いませんでしたか」


「正直、入れられたばかりの頭にきていた時は考えた。しかしな爺、爺と同じくらいわらわも爺のことを知っておる、爺はそんなことはせぬ、するなら腹を切って諫める、その方が爺らしい、だからおかしいと思った訳じゃ」


 瀬月はちょっと微笑んだ。


「おかしいという考えに入ってからは、やることが無いから考えた。考えに考えた上に思いついたのは、これは爺の謀だなと至ったのじゃ」


「そう思ったその根拠は」


 さくら姫は瀬月の前に手を出し掌をひろげ五本の指を見せた。


「これじゃろ」


 瀬月はしばしの沈黙のあと、意味に気づきこたえた。


「ご明察」


「やはり後の曲輪であったか、膳に毒が入っていたので、そうだと思ったわ。昌久院らしい」


「よく毒が入っていると分かりましたな」

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