どうしてた、どうしたの
「はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここまでくれば大丈夫だろう」
稲置街道まで出ると、クラと平助はようやく止まって座り込む。
「助かったよ、おっさん。かたじけない」
「こっちこそ助かったわ。ナカさんに申し訳がたったよ」
「で、このあとどうする」
「その前にどこか落ち着いて何があったか話し合おうではないか。決めるのはそれからだ」
「そうだね。えーと、白邸城下に戻るより南の宿場の方が近いか」
「そうだな。奴らもより離れるとは思わないか。そうしよう。おたえちゃんは」
「寝てるみたいだよ。夜も遅いしこのまま寝かしておこう、おぶっていくよ」
「頼む」
※ ※ ※ ※ ※
追っ手を気にしながら街道を南へと下っていく三人。着いてから話すつもりだったが、道中ずっと無言というわけにもいかず、どちらからともなく話しはじめる。
「おっさん、どこいってたんだよ。鍛冶小屋がなくなってて慌てたんたぞ」
「わはは、そうかそうか、姫様はどうだった」
「見てないけど話を聞いて驚いてた」
「ふふーん、そうかそうか。仕返しができたのなら瀬月様もお喜びだろう」
「どういうことだい」
クラはその時のことを話しはじめる。
※ ※ ※ ※ ※
──さくら姫に[黄昏の森]のことを知られたと報せに来たクラに、瀬月が重々しく口を開く。
「は」
「旅にでてくれるか……遠いところに……」
「は、仰せのままに……今まででお世話になりもうした……。ではこの首をお好きなように」
「まてまて、そうではない。この地から白邸領から離れてほしいという意味だ」
「は? それでは……」
「おぬしほどの鍛冶屋をあたら無くすわけにはいかぬだろう、それは天下の損失だ。ゆえに領から出て姫様から身を隠してもらいたいのだ」
「そうでしたか。これは早合点でございました」
「どのくらいで旅立てる」
「独り身ですので今夜に──ああいや多少の片づけがありますから明日の朝にはいけるかと」
鍛冶道具を揃えて、それなりに小屋の中を片づける算段をしてクラはそうこたえる。
「ふむ……ならば──少々御返しをさせてもらおうか」
普段厳格な顔をしている瀬月が、皺のある顔をにたりとゆがませる。まるで少年のような悪ふざけをするような面持ちだった。
「クラよ、お主の小屋を儂があずかってやろう」
「は。それはありがたいのですが……それはどういうことで」
「今宵のうちに、お主が旅立つと同時に小屋をばらばらにして隠してやろうと思うてな。森への小径は結界で隠した。あとついでにお主の小屋を無くしてしまえば、さすがの姫様も驚くであろう。どうじゃな」
にやにやしながら瀬月は、もうすでにやる気満々でクラに話すがはやいか側用人を呼び、手配を済ませる。仔細を聞いたクラはそれならばと瀬月に別れの挨拶をしたあと、急いで小屋にもどり旅支度をはじめた。
とはいってもほぼ着たきり雀なので、銭と鍛冶道具のみだったから、あっという間に終わる。一つだけ困った物があったが、それはいつか取りに戻ろうと決め、小屋から離れた人知れぬところに隠す。
「じゃあ、俺らが行ったときはもう居なかったのか」
「なんじゃ来てたのか」
「リン兄があの森を見たいっていうから行ったんだけど、見つからなくってさ」
「結界を張ったからな。あれは《《でく》》が出ないようにと、人が入らないようにするためだ」
「なんで俺らは入れたのかな」
「わからん……。それでしばらく寝て待っていたら明け方前に合図があって、戸を開けると作事奉行の面々が来ておってな、瀬月様の命によりこの小屋をばらばらにして預かっておきますときた」
「やっぱり作事奉行か。姫様の言ったとおりだ」
「ほほう見抜いたか」
「うん。驚いたあと、リン兄とふたりで話し合ってそうじゃないかと言ってた」
「ははは、流石流石。瀬月様が手を焼くはずだ。しばらく見ておったがいやいや惚れ惚れするくらいあざやかにばらばらにしおってな、つい職人心がうずいて親方らしいのに尋ねてみた。どうしてこんなに上手いのかと。そしたらな、遥か昔に美濃の方で一夜にして城を建てたという故事があってそのやり方を受け継いだというのだ」
「へえ~、そんなことがあったんだ」
「嘘か真かわからぬが、夜中に音もなく手際よくばらしたのは間違いない。材木を荷車に載せて夜の闇に消えていったのを見送ったあと、鵜沼宿を目指した」
「どこへ行くつもりだったの」
「とりあえず寝てないからどっかの宿でひと眠りするつもりだった。それで渡し船がはじまるまで土手の陰でうつらうつらしながら待っていたんだが、ふと、村の皆んなのことが気になっての。旅に出る前に鍋釜や鍬鋤の直しをしておこうと戻る気になった」
「おっさんらしいな」
瀬月に白邸領から出ていくといった手前、見つからないように北の村から御用聞きの体で壊れているもの壊れそうなものを直していく。
そして中村に来たとき、ナカの家からあらそう声が聴こえてきたので、また夫婦喧嘩しているなと苦笑しながら近寄ると、どうもいつもと様子が違う。半狂乱のナカが亭主を殺さんばかりに責めたてていたのだ。




