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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第一章 白邸領と城下町
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帰り道 二

 とはいえ曲輪から出られず手駒の平助、林太も遠くにいってしまい、あてになる みなづきもいなくなってしまうのだ。

 さすがに何もできないなとさくら姫は唇を噛んだ。


「さくら、どうしたの、急に黙りこんで」


「いや、なんでもない。さすがに何もできぬなと思っていただけじゃ」


「当たり前です。何をやって父上を怒らせたか知らないけど、父上が本気になれば、さくらなんか赤子同然ですよ。弾正様が幼少の頃、守り役として仕えてからずっと瀬鳴家を支えてきたんです。戰場(いくさば)にも出て瀬鳴家臣団を指揮した文字どおり百戦錬磨なんですからね」


 みなづきは、何故父親である瀬月が怒っているかの訳を訊こうとしない、訊かなくてもわかるのだ。

 父義家も、母きさらぎも、そしてみなづき本人も、さくら姫が大事で大好きなのである。

 だから今回の事もさくら姫に良かれと思っての行動なのだとわかっているのだ。


「嵐を呼ぶ男、鬼瀬月か。父上がそのように爺を評していたわ」


瀬月裕次郎義家せづきゆうじろうよしいえが戦場に立てばその強さは鬼の如し、家臣団を率いれば家臣たちが嵐の如く敵をなぎ倒す。

 いつか父弾正がそう言っていたのを、さくら姫は思い出した。


「とにかく、しばらく大人しくしていなさい。折を見て私が父上と母上にとりなしますから」


「しかしみなづきは後の曲輪じゃぞ、大丈夫なのか」


さくら姫は心配そうに、みなづきに言う。


後の曲輪


白邸城には五つの曲輪があるが、そのうち

壱の曲輪は、瀬鳴弾正の住むところ

弐の曲輪は、登城する武士の仕事場

参の曲輪は、さくら姫の住むところ

四の曲輪は、縁起を担いで建物を建てずに広場にしてある

そして後の曲輪は、瀬鳴弾正の側室の住むところとなっている。いわゆる大奥である。


「仕方がないでしょう、あなたの守り役を母上がやる以上、代わりに私が行くしかないんだから」


「しかしなぁ」


「大丈夫よ、私はさくらの守り役をやっていたのよ。後の曲輪の連中くらい大したことないわ」


「こやつ」


さくら姫は笑いながら、頑張れとばかりにみなづきを抱きしめた。


※ ※ ※ ※ ※


  一夜明けて、次の日になるとすべてが一変した。


 御年寄きさらぎによるさくら姫の徹底躾けが始まったのだった。

 朝、夜明けとともに起きると顔を洗い、髪をとかしてもらう。

 朝餉をとり、歯を磨き、あらためて髪を武家の娘らしく結ってもらう。そして化粧してもらい、着替えさせてもらう。

  その姿は、今すぐ見合いの席に出ても必ずむこうがお受けします、と言うであろうという美しさである。

 瀬月いわく、黙っていれば麗しくあるのにというのも頷ける。


 その後、今日の予定を聞いたあと定例の習い事をするのだが、いままでなら半日で終わっていた。

 だが、きさらぎは稽古の量を倍に増やし、丸一日習い事漬けにした。

 さくら姫はげんなりしたが、それでもやった。まずは元の生活を取り戻すために。


十日程やったところ、先生方から他の弟子達への稽古が疎かになるから元に戻してくれときさらぎが懇願され、ようやく元の半日稽古に戻る。

 やれやれとさくら姫が思ったのもつかの間、きさらぎは、領内の武家の妻や娘達を呼び集めた茶会や歌会を催しはじめた。


もちろん亭主はさくら姫である。


 なぜこのようなことばかりをするのかと、きさらぎに問うと、妻女同士の結び付きは引いては家臣の結び付きで瀬鳴家のためであるからです、と返事が返ってきたので、さくら姫は言う通りにするしかなかった。


 毎日のように催される会には、意外にも参加したがる妻や娘達が多かった。


 さくら姫のじゃじゃ馬ぶりは、皆に知れ渡っている。

 だからいっときは敬遠されていて、誰も来ないのではときさらぎは危惧していたが、それでも領主の娘に覚えめでたくなりたい方が良い、という思いが強かったらしい。

 そこではじめて会った者、さくら姫が幼少の頃ぶりに会った者は、噂とは全く違う美しさとたおやかさ、そして聡明で物腰やわらかい仕草に、すっかり好感をいだいてしまうのだった。


 そんな生活が二十日程した頃だろうか、ほぼ全部の家臣の妻女を接待した頃、瀬月家老頭から謁見の申し出があった。


  さくら姫は、やっと来たかと喜んだ。

 三日と空けず城を脱け出していたさくら姫が、ほぼひと月大人しくしていたのは、まさにこの時のためなのだ。


 さくら姫は嬉々として、申し出を受け入れた。


 謁見の間に入ると、そこには白装束の瀬月が平伏していた。空気がなんとなく重かった。


 さくら姫が席に座ると、瀬月に面を上げるように声をかけるが、瀬月はそのままであった。

 さすがに察し、本当に何か不幸があったのかと感じた。


「爺、誰か不幸があったのか」


 瀬月は応えない。


「家臣の誰かではないとなると…… まさかきさらぎではあるまい、昨日会ったばかりだしな」


 冗談まじりに話しかけるが、瀬月は動かない。さすがに焦れてくる。


「爺、いい加減にせんか。冗談のつもりならもうやめい。本当なら、いったい誰じゃという……」


 悪寒が走った、瀬月がさくら姫に言い淀む人物といえば……


「まさか……、みなづきに何かあったのか」


「……いえ、ここひと月会ってはいませんが、御年寄によると、元気でいるそうです」


 やっと口をひらいて伝えたのは、みなづきの無事であった。

 ほっとするさくら姫に、続けて伝えられたのは別の人物の訃報であった。


 平助こと高見平蔵が亡くなったと、老武士はさくら姫に告げたのである……。




第一章 了

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