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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第一章 白邸領と城下町
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瀬月家老頭

 ──翌朝、いつもと同じようで、いつもと違う光景が城下でみられていた。


 瀬月家老頭(せづきかろうがしら)の駕籠が登城しようと道を進んでいくのはいつもの光景だったが、駕籠を担ぐ者達の緊張感がただ事ではなかった。

 一歩、一歩、まるで壊れやすい繊細なものを運ぶようで少しでも傷つけたら死罪になる、という緊張感であった。


 無事に城に到着し、瀬月が城の中に入るのを見送り姿が見えなくなると、御付きの供達は冷や汗をぬぐいようやくほっと胸を撫で下ろす。


「今朝はどうしたことか、かなり不機嫌のようであったな」


「奥方のきさらぎ様と喧嘩でもしたのだろうか」


「いや、お見送りのきさらぎ様を見た限りではそうではないな」


「とすると……、みなづき様か」


「みなづき様と殿が喧嘩だと。ありえぬ。殿はともかくみなづき様は喧嘩するような御方ではない」


「たしかに」


「となると、いったい何であろうな」


「ひょっとして……」


「なんだ」


「みなづき様のお輿入れが決まったとか……」


「みなづき様が、いやいやそれは……、あり得るな……」


「ほんとにそうなのかな」


いつもと様子の違う瀬月のおかげで、変な憶測が飛び交っていたが、ひとりの言葉で収まる。


「ま、たぶんさくら姫様が、またなにかやらかしたんだろう」


「ああ──それだな」


皆んな、なんだいつものやつかと納得して、いつも通りの仕事に戻っていくのであった。


※ ※ ※ ※ ※


 その異変は城内でも起きていた。


 城内の武士や使用人、茶坊主も瀬月の雰囲気に圧倒されていた。

 気配に敏感な者はそうそうに物陰に隠れ、そうでないものは瀬月に遭遇した途端、畏まりその場で慌てて座礼をする。


 定例の老中評定でもそうであった。


 この日の議長担当は日長(ひなが)家老であったが、やりづらくて仕方なかった。

 いつもはいちばん最後にやってくる瀬月家老頭がいちばん早く来ているし、評定のあいだ中、不機嫌に忙しなく身体を揺するのだが、それでもひと言も無駄な言葉を発しない、心ここにあらずという感じだった。


 互いの報告を終わり、評定が終わると瀬月は挨拶もそこそこに評定の部屋から出ていく。

 あとに残った三人の家老は瀬月の気配が感じなくなるまで礼の姿勢のままであったが、感じなくなると直ぐに頭を起こし互いの顔を見合った。


「老中頭の様子が変であったな、三伏(みふし)殿はなにか心当たりはないか」


「なぜに某に訊くのだ、某より日長殿に訊きなされ」


「三伏殿はよく意見を言うではないか、その事を瀬月様が快く思わなかったのではないかと」


秋水(あきみず)殿、言って良いことと悪いことがありますぞ。たしかに意見はいうがそれを咎める瀬月様ではない」


「たしかに。となるといったい何であろうな」


日長、三伏、秋水の家老達は、先ほどの瀬月筆頭家老の態度に首を捻るばかりであった。


※ ※ ※ ※ ※


 白邸城には小さな五つの曲輪(くるわ)がありその内の一つ、参ノ曲輪がさくら姫の住処である。

 本来は正室の為の曲輪であるが、瀬鳴弾正の正室は今はないので、娘のさくら姫がつかっている。


  当然、男子禁制なので曲輪には女子衆しかいない。

 男子はたとえ領主の弾正といえども、さくら姫もしくは女子衆の頭である御年寄(おとしより)のきさらぎの許可が必要で、会えるのも[拝謁の間]のみと決まっている。


  ──今朝のさくら姫は機嫌が悪かった。昨夜のみなづきの稽古が厳しかったのと、おそくまでやったので疲れていたからだ。


 その為起きるのが遅くなってしまったのだが、朝の一連の作法は決まっており、それをしないとそれぞれの役目の女子衆が罰せられてしまうので、どうしてもやらねばならない。


 いつもの刻限に起こされ、顔を洗い、髪を整え化粧をしてもらう。

 寝間着から昨日とうってかわって姫らしい姿に着替え、御年寄のきさらぎか御年寄補佐のみなづき、もしくはその次に偉い中年寄(なかとしより)のおしのに挨拶と今日の予定を聞き、それから朝餉(あさげ)をいただくまでがきまりである。


 今朝の当番は、中年寄りのおしのであった。


「みなづきはどうしたか」


「みなづき殿は夜明けとともに屋敷に戻られました」


「そうか、今日もきさらぎの当番であった筈だが、きさらぎはどうしたか」


「今日は遅くなるとの報せがありました。それとこれを預かっております」


 おしのは懐から書状を取り出すと、盆にのせ、さくら姫に差し出した。


 書状には、きさらぎより今朝は遅れるとの事と、殿、つまり瀬月家老頭が来るので、[拝謁の間]に行くようにとあった。


「うむ、わかった」


書状に目を通すと、おしのを下がらせた。


 きさらぎが遅くなるというのが引っかかったが、瀬月が来る事の方が先に片付けなくてはならない問題だった。

 おそらく昨日、城を脱け出したことのお小言だろう。さて、どう言い訳するかと思案しながら朝餉を食べる。


 食べ終えてからしばらく考えたが、寝不足のため頭がいまいちまわらない。

 そうこうするうちに、瀬月様が来られましたと、おしのが呼びにきたので、しかたなくとりあえず向かった。


 [拝謁の間]の下座に瀬月が平伏して待っていた。

 さくら姫が部屋に入り上座に座るとあたりを見回す。

 さくら姫と瀬月の他に中年寄のおしのとさくら姫付女子衆、英佳美四十八女えいけいびしじゅうはちめの総元締おたかがいる。


はて、妙だな。とさくら姫は思った。


 本来なら会いに来る側の方もお供を二人連れて来るのが普通だ。

 なのに今日は瀬月一人のみで、お供がいなかった。困惑したさくら姫だったが、おしのに促され、瀬月に顔を上げるよう言う。

 上げた途端、いつものようにお小言が始まるかもしくは泣きながら嘆き始めるのかと思うと、上げさせない方が良かったかなと軽く後悔した。


だがしかし、この日は違った。


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