きさらぎとみなづき
親子程に年の離れたふたりは、最初はぎくしゃくしていたが、程なく夫婦らしくなり、みなづきをもうけた。
みなづきが産まれた次の年、さくら姫の母が亡くなり、まだ幼かったさくら姫を、きさらぎが乳母としてさくら姫を育てる事になった。
そういったことで、さくら姫とみなづきは姉妹の様に育ったのである。
「爺に聞いたところ、鍛冶屋蔵人というその筋では有名な刀鍛冶が者いるというのでな、それを元秋に尋ねたところわらわの知ってるクラかもしれんと言うので御礼を持って行ったのじゃ」
「その鍛冶屋さんが、名の知れた刀鍛冶蔵人とかいう人なので、御礼を持っていったの」
「いや、誰であろうといつも優しくしてくれた御礼はするつもりだった。名の知れた刀鍛冶というのならば刀を打たせて腕のよい刀鍛冶がいると世に広めようと、よくは知らぬが良い刀の材料というのがあったので、それを持って行ったのじゃ」
「まあ、それは善いことをなさいましたな」
「ところがそうでもないのじゃ」
さくら姫は、むすっとしながら話しを続けた。御礼を突っ返されたこと、蔵人が刀鍛冶を辞めたわけのこと、それを叱った事を話した。
正体不明の連中に襲われたことと寺社奉行の連中に会ったことは省いた。話したところで信じてもらえないだろうし、何よりみなづきに心配をかけたくなかったからである。
「さくららしい」
話を聞いたみなづきは、ころころと笑った。
「善いことを為されましたね」
乳姉妹であり、姉のようにいつも見守ってくれるみなづきに褒められるのは、さくら姫にとって嬉しいことのひとつである。おかげで不機嫌な気持ちが吹き飛び、上機嫌になった。
「みなづきはどうであった、なぜ きさらぎにばれたのじゃ」
「そうでございますなぁ」
そう言って、みなづきは今日の出来事を話始めた。
※ ※ ※ ※ ※
朝方、さくら姫と着物を替えて身代わりになったあと、午前に舞と琴、そして午後に茶の湯の先生がそれぞれ来たが、顔を見られると露見してしまうので、少し風邪気味といって御簾越しで稽古をつけてもらった。
それぞれの稽古が終わり帰っていく先生方に、やれやれバレずにすんだと思って、さくら姫の帰りを待っていた時に、何故か休みのはずのきさらぎがやって来たのだ。
みなづきは慌てたが、隠しとおすしかなく、風邪気味だから御簾越しで話すと言ったが、構いませんと御簾を開けられてしまったので、身代わりが露見してしまったのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「きさらぎは何故来たのじゃ、今日は来ない日であろうが」
だからこそ抜け出したのにである。
「茶の湯の先生が帰り道に途中にある屋敷に寄ったそうです。今日の姫様はことのほか気品があらせられた、ようやく茶の湯の心が伝わったようだと言われましてな。褒められた母上が、さくらに伝えようと思い来られたそうです。
まさか私の品の良さが仇になるとは、さくらより品のある私がいけなかったとは……」
みなづきは芝居がかった言い方で、よよよとばかりに裾で顔を覆った。
それをみてさくら姫は、品が無くて悪うござんしたなと、心のなかであかんべぇをする。
「で、わらわより品の良いみなづきは、どうしたのじゃ」
嫌味たっぷりで訊くが、みなづきは平然と受け流し、
「母上が父上に伝えて、二人して探しだして連れ戻すと息巻いているのを、さくらが戻り次第、私が稽古をつけますといってなだめました。ですから明日は父からも怒られますわよ」
「うう」
ひと唸りしながら、さくら姫はあたまを抱える。
きさらぎは叱ってくるが、瀬月は泣いてくる。とても歴戦の武士とは思えぬ姿で泣きながら、どうしてこんなことをと切々と訴えるのだ。此方の方が正直こたえる。
「明日は明日で叱られなさい。さ、今から舞と琴と茶の湯の稽古しますよ」
「今からか」
日もとっぷり暮れ、もう寝るばかりだと思っていた さくら姫は、うんざりしたような顔をした。
「さくらに稽古をつけるというので母上から逃げられたのですよ。稽古しなければ、私が叱られます。さ、はじめますよ」
そう言いながら、みなづきはそれぞれの稽古の用意を始めた。
さくら姫はやれやれと思いながらも、まずは舞の稽古からはじめるのだった。
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