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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第一章 白邸領と城下町
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蔵人の過去

 商人の父母は息子を立派な商人になるようにと蔵人の名をつけたが、育つに連れて父親は商人よりは職人に向いているような気がしてくる。


 そこに父親の知り合いである刀鍛冶が弟子としてとろうかと話を持ちかけてきたので、好きな道を行かせようという親心半分、口減らしとして半分の思いで預けられたのだった。

 蔵人は親と離れるのを寂しがったが、もの作りの楽しさと、腹いっぱい食べられるおかげで、こき使われる生活も少しづつ慣れてくる。


 そしていよいよ、世の中に大きな合戦が起きるとはっきりしてきた頃、鍛冶屋は刀打ちで大忙しとなり、まだ十四だった蔵人には本来なら教えるのは早過ぎたが、背に腹はかえられないと師匠は奥義やコツを惜しげもなく伝え、蔵人も真綿が水を吸うようにどんどん覚え、十五のときは日々の労働と腹いっぱい食べられる生活のおかげか、いつの間にやら蔵人は大人顔負けの身体になって一端の刀鍛冶になっていた。


 そして[最後の大いくさ]がはじまる。


 場所は美濃国の西にある戦ヶ原(いくさがはら)。前政権を握っている西軍と神朝廷から勅命を受けた東軍との戦いである。


 どういう縁か、まだ少年の蔵人は師匠とともに東軍に加わりこの大いくさに参加している。

 とはいえ少年兵の蔵人は最前線ではなく後方支援の陣に配置されていた。


 合戦は東軍の勝利に終わり、東軍大将の護廷将軍が江戸で幕府を開き、今の世となる。

 だがこの時、蔵人の師匠は傷を負いそれがもとでこの世を去った。


 大いくさが終わって泰平の世、師匠の残した鍛冶屋で蔵人はまた刀鍛冶をはじめたが、何せいくさのない世になってしまったので、仕事が無い。

 さらに師匠が亡くなってしまったから古くからの客も弟子ではと遠慮されて、僅かな仕事も来なくなってしまったのだ。


 蔵人はさすがに困り親を頼ろうとしたが、いつの間にやら妹達ができており、とても食わせる余裕がないと断られる。


 そんなときであった。大いくさでお世話になった人物が訪ねて来て仕事を頼まれたのだ。それも師匠ではなく蔵人の打った刀が欲しいと。

 蔵人は喜んだ。そして全身全霊をかけて打ち、造り上げて献上する。


※ ※ ※ ※ ※


「しかもそれがですね、何故そうなったか分かりませぬが、ときの尾張藩主様にその刀が献上されたのです」


「なんと」


「藩主様に気に入られまして、鍛冶屋蔵人かじやくらんどの刀は白眉であるとお墨付きをいただき、諸藩の大名や上級武士などより褒美用に欲しいと頼まれ、仕事がどんどんきまして、それが鍛冶屋蔵人の名を広める事になりました」


「なるほど、わらわ達が知った鍛冶屋蔵人の評判はその事があったからか。その者、クラを助けるためにやったのだろうな」


 自分と同じことを考えて、もうやっている者がいたのは少々悔しく思ったが、なかなか粋なことをする者がいるものよなと、さくら姫は思った。


※ ※ ※ ※ ※


 ──そんな生活で数年が経ち、ある日のこと壱ノ宮領にいる親から、一緒に住まないかと文がくる。

 いくさも無くなったので安寧になり店を構えて暮らすようになり食えるようになったので、また一緒に暮らそうと書かれていた。


 その頃の蔵人は慢心していて、無心が本音だろう思い、一緒に暮らせないと返事をする。。

 すると一緒に暮らせぬのなら、一度くらい顔を見せよ妹達にお主の話をしたら、あいたいあいたいとせがまれていると文が来るが、どうせ無心であろうと、毎月仕送りするからそれでよかろうと返事をし、それ以降文が来ることはなかった。


 そして運命の日、野風(台風)により木曽川群流(はちりゅう)が暴れ、大水がくる──。


 治水のため堤はちゃんと造られていたが、それすらものとせず木曽川群流(はちりゅう)は暴れて尾張藩そのものが大打撃をうける。

 尾張藩の上流である白邸領はわりと早く水が引いたが、それでもいくつかの村が無くなる程の被害があり、ましてや川の曲がり処である壱ノ宮領とその下流の四之宮、護ノ宮はほぼ壊滅状態であった。


 蔵人も己を守るのが精一杯で、野分が去った後もなかなか泥水が引かずどこが川やら丘やら分からない程の水浸しのまま、引くのに十日ほどかかった。


 蔵人は水が引いてすぐに壱ノ宮領に行く。泥水ですっかり景色が変わり、父母と妹達がいるはずの店そのものがなかった。

 そして尋ねてまわり探して探して、ようやく……父と母の(むくろ)を見つけたのだった……。


※ ※ ※ ※ ※


 その事を思い出したのか、クラはしんみりとし黙りこくる。


「おっさん……」


 平助もしんみりとする。


 さくら姫は平助の身の上を思いだし、ああ頷く。

 平助と兄貴分の林太もその時に親をなくし孤児(みなしご)となったのだ。


「ふた親の骸の前で悔いました。ちゃんと会っていればと、そしてその時、白邸領に連れてきたならばと。

 幼い妹たちも行き方知れずのままです。某は罰が当たったのだと思いました。

 大いくさで人を殺めたのと、泰平の世になったのに人を殺める刀を打って生業にしているからだと。

 それ故、人を死なす刀の鍛冶をやめました。鍋釜や鋤鍬という、生きる為の物の鍛冶をすることにしたのです」

お読みいただきありがとうございます。


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