ブラック企業診断士のお告げ
続編を書くつもりはない予定ですが、多少でも気に入ってもらえればそれでよしです。
ブラック企業診断士。またの名を、『企業の狩人』と呼ぶ。彼らの名を聞いたものは、恐れおののき、地面から頭が上がらないのだそう。主に……経営者だが。
「今日はこの会社に決めちゃったわ。あら、嫌だ。上場したばっかりじゃないのぉ」
頬に左手を添え、標的の詳細に目を通すと、口角をあげ、不気味な微笑みを浮かべる。
目元にラインをくっきり入れ、長いツケマに濃い赤の紅をさし、薄くファンデーションを塗った整った顔。バブル真っ盛りかと突っ込みたくなるハリのある長い髪。エナメル質の光沢が派手なピンクのスーツ上下に黒タイ、白革靴。おまけに、胸にサングラスを引っかけている。おかげで、胸板が強調される。
彼に目をつけられたら、おしまいだ。どんな企業も瞬く間に、ジェンガのごとく崩れ去る。
異名『クラッシャー伊藤』からの【お告げ】を耳にした者は、二度と社長の座に戻ってこなかったそうだ。要するに、落とせる企業しか落とさない。だが、確実に落とす。それが、彼のやり方だ。
「おじゃまするわねぇ~。あ、どうも~」
受付嬢に軽く手を振って近づき、台に乗り出して彼女を見つめる。
「社長、いるでしょ? だして。待ちきれないって伝えて」
「ど、どちら様で? ご用件は?」
受付嬢は彼の容姿におどけた様子で、目を反らすも。
「あら。あなた、私を知らないの? その対応だと、会社ごと消えるわよ?」
伊藤の目がすわった。彼女は顎を掴まれた。顔を背けられない。
「今日は勧告だけよ。【お告げ】ではないわ。ほら、早くぅ」
隣に座っていた受付嬢が急いで、社長室に電話を掛ける。
「社長、【狩人】が……。至急、ロビーへ」
受話器口を隠しながら彼女が囁くと、直ぐに置いて代弁。
「ただいま、参ります」
「あら、ご苦労様」
手を放し、台から身を降ろして、腕組みをする伊藤。
そこに、汗だくの社長が現れた。ズレた眼鏡を整える。
「も、申し訳ない。今日は、どのようなご用件で……」
「あなた、ちょっと働かせすぎじゃなぁい? 先月、数十人も辞めたとか。今日はその勧告ってこと」
「い、いえ。気のせい……」
「証拠はあるのよ」
たった一言だ。強者に睨まれ、動けない小動物のように固まる社長。
ニカっと微笑んで、伊藤は振り返って玄関に向かった。
「また来るわねぇ」
その言葉は、まさに死刑宣告に等しかった。
ありがとうございました。