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魔女の遺言書  作者: はる あゆむ。
9/29

第9話 始まりの日差し

――――




 あれから二か月が経った。

 一夜にして森を消し去り、森に侵略していたべリウス率いる三百程のマリウロス騎士団員の半数以上を亡き者にした、歴史的大爆発のニュースは瞬く間に各地へ広がった。

 魔法の使用を禁じており、魔法は悪という思想が根強いライリー帝国内では、その大爆発を引き起こした元凶である魔女アイティ・エパルグに対し、ライリー帝国史上最大の大罪人という汚名を着せ、改めて魔法は悪であるという思想を強く人々に植え付けた。


 そして、そのニュースはここフォカイムまで届いた。

 フォカイムはライリー帝国帝都・エリゴールの南西に位置していて、現在はライリー帝国の領土となっているが、フォカイムのすぐ西にはシルーア王国の領土が広がっている為、間に挟まれたフォカイムは昔からライリー帝国とシルーア王国の戦いの舞台となっていた。

 かつては商人で賑わい、周りを見渡してみると各地の名産品が並んでいて、その中歩いていると明るい声が四方八方から聞こえてくる程、商業が盛んな街だったらしいのだが、度重なる戦争によりボロボロの廃屋が並んでいてそこで暮らす人々も疲弊しきっており、かつて栄えた街だったという事は信じられない程だった。

 その為、人々は戦争の主な軍事力となっている魔法や魔術に関しては否定的な意見が多く、ライリー帝国の領土となった今でも中立的立場を取っている。



 僕とアイナは森から離脱した後、このフォカイムに着いていた。

 気を失っていた僕はアイナがその小さな体で、一生懸命近くの廃屋に連れ込んでくれたらしい。

 目を覚ましてからの一か月間は、ばあちゃんが亡くなった事と救えなかった事のショックに塞ぎこんでいて、とても清潔とは言えない布団に潜り込んでいた僕に、口うるさいアイナがご飯だの散歩だのと喚き散らしていた。

 一日三食の食事に、日の光を浴びるための散歩、落ち込んでいる僕にとってそれは酷な誓約条件だったが、無理やりにでもそれに従う事で何とか立ち直れた。

 と言うよりも、フォカイムに着いてからというもの「ご飯!!」、「散歩!!」、「ご飯!!」、「これからどうするの!」、「ご飯!!」とアイナに言われ続ける毎日にうんざりして、半ば強引に立ち直ったと言った方が正しい。

 それでも、ここまで立ち直れたのもアイナのおかげであり、アイナがいなければ僕は未だに布団の中だったと思う。

 

 そして今日も――


「ごーはーん!!」


 僕の安眠を妨害するかのように、優しく包み込む僕の布団を引き剥がさんとするアイナに、僕も寝ぼけながら布団の裾を握りしめて必死の抵抗を見せていた。


(う、うるせぇ……)


 何度も抵抗する僕に鳴り続けるその目覚ましは、気持ちの良い朝を運んではくれない。

 いくら抵抗しても鳴り止まない目覚ましに対し、いい加減抵抗する事にも飽きてきた僕は、布団の裾から手を放した。その瞬間、急に布団が僕から離れた事にびっくりするかのようにアイナが布団と共に後方へと転げていき壁へと激突し、今度はその廃屋の壁がびっくりしたかのように礫を天井から落としていた。

 もう完全に目を覚ましていた僕は、気分を一新するため、上体を起こし大きなあくびを披露した後、今にも崩れそうな程にひび割れた廃屋に、こちらは完全に割れていて外と中を隔てる壁は無くなって、もはや役目を全く果たしていない窓の外を見た。

 この暗い廃屋を明るく照らす朝の光が僕の目にも差し込んできた。それまで布団に潜り込み眠っていた僕は、その急な明るさに一瞬目を細めるがすぐに慣れた。

 そして、温い部屋には心地いい冷たい風が吹き込んできた。寝苦しい季節の終わりを告げるそのどこか切ない風は、僕らに季節の終わりだけではなく新たな季節の始まりをも告げていた。


「おはよう」


 すっかり気分を一新する事に成功した僕は、一言アイナに挨拶を交わした。


「やっと起きた……。早く支度して出ないと今日の配給に間に合わないわよ!」


 覆いかぶさっていた僕の布団から勢いよく顔を出したアイナが呆れたように言った。

 ここフォカイムはライリー帝国の領土となったとはいえ未だに争いは絶えてはおらず、そんな戦地で暮らす人々に対しては朝と夕方の二回、食事の配給がある。


「わかったわかった。さあ行こう」


 そう言葉を交わし、僕とアイナはいつもの配給場所へと向かった。




 配給場所に着くと、すでに長蛇の列ができていた。僕とアイナは、いつも通りその列の最後尾に並び、順番を待った。

 ふと、前に目をやると、この戦地には似つかわしくない装いをした女性が周りをキョロキョロと見渡しながら立っていた。


(同い年ぐらいかな?)


 十五、六歳ぐらいの見た目をした彼女は発育が良く、見渡す度に艶やかな長い銀色の髪を揺らし、チラリと見えた彼女の顔は端正な顔立ちをしていて、見るものを魅了するようなその青い瞳に僕は目を奪われた。

 そのスタイルの良さを際立たせるかのようなドレスを着た彼女を見ると、どこかの貴族のお嬢様といった印象を受けた。


(こんな場所に貴族のお嬢様が何の用で……?)


 そんな疑問を抱いたときには僕の彼女に対する印象は怪しい印象へと一変していた。

 僕は、厄介事に巻き込まれるリスクを回避する為にも、いかにも困ったような空気を醸し出す彼女からは目を逸らし、見なかった事にした。

 だが、僕のそんな思惑をことごとく打ち破る存在がいた。


「あんたキョロキョロしてどうしたの? 困りごと?」


 アイナだ。

 逸らしていた目をアイナに向けると、アイナはキョトンとした顔で彼女に話しかけていた。


(本当にこいつは期待を裏切らないな……)


 僕は心の中で皮肉を呟き、誰にも聞こえないようにため息を一つ溢し、困っていると思われる彼女に声を掛ける事にした。


「あの、どうかした?」


 そう声を掛けると彼女は振り返り、僕とアイナを交互に見返した後口を開いた。


「すみません……実はルフライエに向かっていたはずなのですが、道に迷ってしまったみたいで……。それで成り行きでこの列に並んでしまったのですが、この列は何を待っている列なのでしょうか?」


 やっぱり声を掛けるんじゃなかったと後悔してももう遅い。

 彼女が言ったルフライエとは、シルーア王国の王都の名前だ。シルーア王国はライリー帝国とは打って変わって、魔法が善で魔術を悪という思想を掲げている国だ。争いの火種になっているのも、この思想の違いによるところが大きい。

 いくら中立的立場を取っているこのフォカイムでも、今はライリー帝国の領地となっていて、兵士もそこかしこにいる場であるにも関わらず、敵国である王都の名前を出す事は、争いの火種をさらに大きくするだけだ。


「はあ!? あんたどんだけ方向音痴なのよ!」


(いや今はそれどころじゃないだろ!)


 何も考えていなさそうなこのバカは放っておいて、僕はひとまず彼女にこの場所と列の正体について軽く説明しておく事にした。


「この列は配給待ちの列だよ。朝と夕方に食事が配給されるからそれの順番を待っているんだよ。あと、シルーア王国の事はあんまりここでは声に出して話さない方がいいよ」


「そうなのですか……」


「とりあえず、配給されたら食事でもして落ち着きなよ」


 少ししょんぼりとした表情を浮かべた彼女に僕はそう投げかけ、順番を待つことにした。




 それから食事を受け取った彼女は僕らと一緒に散歩がてら、どこか適当な廃屋を探し、その中で食事を摂る事にした。

 今日の配給のメニューはコッペパン一つとコーンスープ一杯だった。

 配給のメニューは一応いつも違ったメニューとはなっているが、まともな食事を摂れる事は滅多になかった。

 たったこれだけの食事だが、二か月ここで生活をしていると食事を摂れるだけでもありがたく、フォカイムで暮らす人々にとっては、この配給こそが生命線となっている。

 配給は一日二回しかない為、アイナの誓約を守るためにはどこかで一食自分たちで調達しなければいけない。僕は調達できなかった時の為に基本的に朝でもらえる配給に関しては、どれか一品は昼まで残しておくようにしている。今回は保存のできるコッペパンを残しておくことにした。

 僕がそんな事を考えてる事なんかお構いなしのアイナは、ムシャムシャとコッペパンを口いっぱいに頬張りながら、コーンスープで流し込んでいる。

 

(食いっぷりが化け物じみてるな……)


 そんな風に思いながら、僕はコーンスープをすすりながら、一緒に食事を摂っている先程の女性に声を掛けた。


「それで、どうしてルフライエを目指してたの?」


 僕が声を掛けると、彼女は食事をしていた手を止め話始めた。


「実は、人探しをしておりまして、その方はここフォカイムにいるという情報を聞いてはるばるルフライエからこの地へ参ったのですが、いくら探しても見つからず諦めて帰ろうとしていたところだったのです」


「で、来た道がわからなくなって迷子というわけか」


「はい……」


 彼女はまたしょんぼりとした表情を浮かべ俯いてしまった。

 やはり何か訳ありのようだ。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はアイティ・クリム。んでそっちのちっこいのがアイナティット」


「ちっこいって言うな!!」


 僕の紹介に不満だったのか喚く声が聞こえてきた。

 シルーア王国王都のルフライエから来たとは言っても、彼女が訳ありなのは目に見えて感じ取れたので、アイナが精霊である事はひとまず伏せておく事にした。

 すると、彼女の表情が先程のしょんぼりとした表情から、青い瞳がキラキラと輝き、希望に満ちた表情へと一変した。その表情の変わりように驚いた僕はたじろぐ事しかできなかったが、そんな僕を気にも留めずに彼女は僕の両手を握りしめてきていた。






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