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魔女の遺言書  作者: はる あゆむ。
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第8話 第二次魔女狩り - 4

 そこにいる者全ての人が突如として起こった地響きに動揺を隠せなかった。

 先程まで帝国騎士の侵略を拒むようにざわめきだっていた森も今は怒り立っているというような印象に変わり、ある者は立っていられない程のその揺れに耐えきれずしゃがみ込み、ある者は近くにある木にしがみついたりと、各々が地響きに対応するべく行動していた。

 そして僕ももれなくしゃがみこんでしまっていた一人で、僕と対峙していた帝国騎士もまた僕と同様にその場にしゃがみこみ揺れに対応していた。

 それ程の地響きの中僕の意識はばあちゃんとアイナの方へと向いていた。

 ばあちゃんの首元に突き付けられていた女性騎士の剣は、揺れに耐えきれなかった女性騎士の体勢を支えるため、首元をかすめ地面へと突き刺さっていた。

 複数の騎士に取り押さえられていたアイナはその騎士たちの下敷きとなっていて痛いだの重いだのと叫んでいた。


(なんかあいつは元気そうだな……)


 こんな状況にも関わらず相変わらずのアイナに僕の緊張感は少し解れた気がした。

 そう感じたのは、危機一髪のところでばあちゃんの命がまだ続いていた事も影響しているのかもしれない。

 そこまで確認したところで、どこかからか叫ぶ声が聞こえてきた。


「……なんだあれは!!」


 声のした方を見ると木にしがみついていた一人の帝国騎士が、上空を指さしていた。

 その声を聞いた皆が一斉にその指の指し示す先を見上げた。

 そしてその圧倒的な光景に見る者全てが息を飲んだ。

 見上げた先には夜空を支えている様にも見えてしまう程に太い光の柱が、なおも揺れ続ける地響きをものともせず真っすぐに地上から天高くそびえたっていた。

 その光の柱は一本、また一本と増え続け、森の中の至る所から出現していった。

 僕は段々と増えていった光の柱の正体をなんとなく察した。おそらくこの場でその正体に気づく事ができるのは”村”に長らく住み続けていた僕を含めて三人だけだ。

 それから程なく柱は徐々に縦横無尽に移動していき星が瞬く夜空に巨大な魔法陣を描いていく。

 夜空に広がる満天の星の輝きをかき消すかのように、光の柱は魔法陣を描いていき、それに負けじと星々もより一層輝きを増したように見えた。

 そこで僕は確信した。柱が出現した場所は人が住む小屋があった場所。そして、これほどの魔法陣を展開できる人間を僕は一人しか知らない。


「ばあちゃんだ……」


 僕がそう呟くと、僕の前でしゃがみこみながら空を見上げていた帝国騎士が口を開いた。


「全員今すぐ撤退しろ!!」


 彼は侵略していた自分の団員達に向かって語気を荒げた。

 団員達は急な撤退命令に耳を疑った様子だった。それまで余裕綽々と話していた彼が語気を荒げた事もそうだが、魔女狩りを完遂できていない事。

 そして、この地響きの中撤退する事もままならない状況で下された撤退命令に、団員全員が戸惑いを隠しきれずその場に立ち尽くしていた。

 見ると彼の表情は先程まで見せていた不敵な笑みは消え去り、額に汗をかき緊張で強張っていた。


「し、しかし――」


 ばあちゃんのすぐ傍で地響きに耐えていた女性騎士が声を発したが、それを遮るかのように彼は再度語気を荒げた。


「聞こえなかったのか!? 全員今すぐ撤退しろ!! 撤退できなければ死ぬと思え!!」


 そうしてやっと団員達は地響きの揺れによろめきながらも撤退を開始した。

 そして、僕と対峙していた彼もユラユラとよろめきながら立ち上がり、撤退し始めた。

 僕の横を通り過ぎる際に彼は僕に話しかけてきた。


「クリム君。この続きはいずれまた……。」


 そして一呼吸置いてから「生きていればね……」とそう言い残し去っていった。

 僕の背後へと消えていくその姿を確認し、僕はまた空を見上げた。

 魔法陣はもう完成に近づいているようだった。

 点在していた全ての光の柱は魔法陣の中央へと集合し始めていたからだ。


(はやくばあちゃんとアイナを連れて逃げないと……)


 そう使命感に駆られながら、戦闘で生じた切り傷から血が流れている事には気にも留めず、揺れに耐えながら一歩ずつ着実に歩みを進めた。

 ばあちゃんのすぐ横でアイナが、必死にばあちゃんの名前を叫ぶ声が聞こえてくる。

 その光景は僕に、ばあちゃんの死期が迫っている事を告げているかの様に見えた。

 僕はその光景を拭うように首を横に振ってみるが、拭えることは無く何度見ても現れるその光景に苛立ちを感じ、同時に目が熱くなってきて僕の目の前を霞ませた。

 この霞みのせいなんだと今度は目を拭ってみるが、やはりその光景は拭えず、これは現実なのだと僕に実感させてきた。


 やっとの思いでばあちゃんの横までたどり着いたときには、空にそびえる光の柱は全て魔法陣の中央で集合し、湖を覆う程の巨大な一本の柱へと変貌していた。そして中央へと集合したのを合図するかのように、地響きも鳴りやんでいた。

 アイナはばあちゃんの傷口を塞ごうと必死に両手で押さえてはいるが、無情にも止まる事なく血は流れ続け地面を赤く染め上げていた。


「ばあちゃん!!」


 僕がそう呼び掛けると、僕を待っていたのか閉じられていた両目を開き、虚ろな表情をこちらに向けてきた。


「クリム……。」


「大丈夫! すぐ助けるから! ちょっと待ってて!」


 僕はばあちゃんを背負おうと手を取ったが、弱々しい力によってそれは拒まれた。


「いいんだクリム……。あんたたちだけで……逃げなさい……」


「何言ってんだよ! 今ならまだ間に合う!」


「いいかい? クリム……よく聞くんだ……。精霊を大切にしなさい……」


 そう言いながら震える手で僕の頭を撫でてきた。

 これまでたくさんのげんこつを食らってきた頭に掛かる力は、今までとは想像がつかない程に弱々しく、そして優しかった。


「なんだよそれ……まるで最後みたいに……」


「ふふふ……クリムの将来の夢は帝国騎士になることだったね……。もし、今でもなりたいと思っているのなら私はそれでもいい……魔法は必ずその夢を叶えてくれる……だから……夢を叶える魔法を自分にかけるんだ。その為にも精霊を……アイナを……大切にしなさい」


「うわあぁぁぁぁ!!!」


 目に浮かんでいた涙がついに溢れだした。

 僕は本当にこれが最後になるのだと悟り、ひたすら泣きじゃくりながら頷いた。

 そして、ばあちゃんは次にアイナの手を握り、最後の力を振り絞るよう語り掛けた。


「アイナ……シチュー食べさせてあげれなくてすまなかったね……」


「…………!」


 アイナの頬にもすでに大粒の涙が流れていた。

 言葉も出せない程に泣き崩れ、ばあちゃんの手を強く握り返しうずくまってしまった。


「アイナ……最後に力を貸しておくれ……」


 そう言われアイナは一呼吸置いた後、覚悟を決めたかのように上体を起こし、涙を拭って腫らした目を細めた精いっぱいの笑顔で「任せて!」と一言言うと、詠唱を開始した。


《あまねく光の源よ、星々の導きによりて母なる大地へ浄化の光を》


 アイナがそう唱えると、巨大な柱となっていた光が段々と小さくなり、外から内へ抑え込む力と、内から外へと弾け飛ぶ力がせめぎあいながら、凝縮するかのように小さな光の球へと変化した。

 そしてその球は徐々にある一点目がけて降下してきている。

 着地先は、湖のほとりに描かれた魔法陣だ。

 その様子を見届けたアイナは次に泣きじゃくる僕の腕にしがみついた。


「アイナ……クリムをよろしく頼むよ……」


 ばあちゃんはそう言った直後、両目を閉じ笑顔を浮かべた。

 そして、僕とアイナを囲むようにして魔法陣が現れ、僕の目の前を白い光が包み込んでいった。

 包み込まれる直前のコンマ数秒間、僕は時の流れが遅く感じられた。

 最後に見えたばあちゃんはぼそぼそと何かを呟いたかのように見えたが、それを聞き取る事は叶わず、「ばあちゃん!!」と泣き叫んだ瞬間、僕の意識は引っ張り上げられるような感覚に陥り、気を失った。




――――




 薄れゆく意識の中でぼんやりと見えた、地上から夜空へ舞い上がる白い閃光はまるで流れ星のようで、最後に見る景色に相応しい綺麗な光だと感動した。

 人生最後のその流れ星に向かって誰にも聞こえない程、か細い声で彼女は祈りを捧げた。



「どうか……精霊と紡ぐ魔法の物語をもう一度……」



 そう呟いた直後光の球はほとりの魔法陣へと着弾した。







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