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魔女の遺言書  作者: はる あゆむ。
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第7話 第二次魔女狩り - 3

 僕は湖に向かって必死になって森を駆け抜けた。

 僕のすぐ後ろをアイナがその小さな体を浮かせながらついてくる。

 八歳ぐらいの見た目をした少女が浮いているその異様な光景は見る人によっては目を疑うだろう。

 しかし、この森の中では何も不自然な事でもなく、魔法に精通している人間であればその姿を見て追いかけっこでもしているのだろうと思わず微笑みかけてしまうようなそれぐらい普通の事だ。

 ただいつもと違うのは、僕とアイナは追いかけっこをしているわけではなく、精霊が段々消えてしまっているという未だかつてなかったこの緊急事態に、今もなお走り続けている閃光と凄まじい爆発音に一抹の不安を抱えながら、その正体に近づくため森の中を駆け抜けているという事だ。


 僕は通い慣れたこの下り坂を湖へと向かって猛スピードで下っていた。

 勢いで足が回らなくなりそうな程ついたスピードに負けないように、必死に足を動かし息を切らしながら走った。

 そして、やっとの思いで見えてきた湖にほんの少し不安が緩和されたが、先ほどまで僕の耳元を通り過ぎていた風の音と共に、鳴り響いていた身体を震わす程の爆発音がピタリと鳴り止んでいる事に気づいた。

 何が起きているのかさっぱりわからず、そのまま先へ進むと先ほどまで抱えていた僕の不安や違和感全てが、現実の物となって目の前に姿を現したような光景が僕の目を奪った。


「ばあちゃん!!!」


「……!!」


 そこには血まみれで横たわるばあちゃんの姿があった。

 アイナはばあちゃんのその姿に、悲痛の表情を浮かべ口元を覆っていた。

 僕もその光景に驚愕し、駆け寄らずにはいられなかった。が、その行動はばあちゃんの言葉で止められた。


「クリム! 来るんじゃないよ!!」


「おや? 君はいつかの……」


 ばあちゃんの一言で止められた僕は、さらに聞こえてきた声の主を見て愕然とした。

 僕は彼とは以前出会った事がある。

 その時は銀色の鎧を装備していて逞しい印象の彼だったが、今は銀色の鎧の所々が赤く染めあがっていた。

 僕は一目でそれが血だという事がわかった。

 以前は腰に携えられていた剣は彼の右手でしっかり握られており、剣先から地面に向かい血が滴り落ちていた。

 彼がばあちゃんを斬ったのだと容易に察しがつくこの状況を僕はなかなか受け止めきれずにいた。


(騎士様がなぜばあちゃんを……)


 小さい頃から憧れていた帝国騎士がばあちゃんを斬ったという事実に僕は呆然と立ち尽くしていた。

 そんな僕には気にも留めずに帝国騎士が、僕に向かってニコッと微笑みながら声を掛けてきた。


「この間はどうもありがとう。おかげでこうして魔女狩りを執行することができたよ」


「……?」


「忘れたのかい? 君が私に彼女の存在を教えてくれたんだよ」


 僕はそう言われた瞬間気づいた。

 以前彼は僕に向かって「エパルグさんという方はご存じかな?」と聞いてきた時、僕は彼におばあちゃんであることを伝えていた。ご丁寧に店の場所まで伝えて。

 そして彼は「聡明な魔法使いがこの辺りにいるって聞いてね」とも言っていた。

 要は彼にとっては、ばあちゃんが僕の身内である事も店の場所などどうでもよかったのだ。

 ただこの森に”エパルグ”という魔法使いが確かに存在しているという事だけ確認できればよかったのだと。

 そこまで考えたときに僕はなんて愚かな事をしてしまったんだろうと自分の言動を悔いた。


「僕が……ばあちゃんの事なんか知らないって言ってれば……」


「ちょ、あんたしっかりしなさいよ!! 過ぎた事とやかく言ったってしょうがないでしょ!! 今どんな状況かちゃんとわかってる!? ここで何もしなきゃおばあちゃん死んじゃうわよ!!!」


 アイナが茫然自失している僕に向かって叫んだ。

 だが、アイナの言葉は絶望的な気持ちで一杯の僕の耳にはまるで届かなかった。

 そして、帝国騎士はばあちゃんに向け一歩、また一歩と歩を進め、剣を振りかざすとこう言った。


「いやいや、悔やむ事はないよ。君の行いは我々帝国にとってかなり有益な情報をもたらしたのだから。誇りに思いながらそこで見学していなさい」


「クリム!!!」


 なおも僕に向かって叫び続けるそのアイナの声を無視して、僕の中では帝国騎士が放った言葉が引っかかっていた。


(…………誇りに思え……?)


 僕の頭の中にばあちゃんと過ごした思い出が走馬灯のように蘇る。

 修行で情けない結果しか出さない僕にげんこつを食らわしてきたり、アイナと喧嘩した時諫めてきたり、思い出すと怒られた思い出の方が多い事に気づく。

 それでも、魔法の美しさや精霊の大切さを教えてくれた事。ろくに魔法を使えない僕に諦めずに修行をつけてくれた事。

 何より、ある日玄関先に捨てられていた僕を拾ってくれた事。

 たしかに怒られた事の方が多かったけど、その中にある小さな幸せが僕をここまで成長させてくれた。

 感謝してもしきれない。


(そんなばあちゃんが殺される事を誇りに思えだと……?)


 ふとばあちゃんの方を見ると帝国騎士が振りかざした剣が横たわるばあちゃんの首めがけて振り下ろされていた。

 僕の隣からはアイナの悲鳴が聞こえてきていた。

 その瞬間僕は我に返った。

 と同時に、僕とアイナを繋ぐ魔力と魂が共鳴し左手の魔紋が白く光り輝いた。


《光よ、我が身を彼のもとへ》


 無我夢中で咄嗟に出た詠唱だった。

 そう詠唱した瞬間僕の目の前を眩い光が包み込んだかと思えばすぐその光は消えた。

 そしてその光が消えた時僕は帝国騎士の右頬を固く握りしめていた左手の拳で思いっきり殴り飛ばしていた。


「ぐはっ……!」


 光の速さで殴られた事によって帝国騎士は反応できず血を吐きながら湖へと吸い込まれていった。

 そんな僕を見てばあちゃんとアイナは啞然としていた。

 僕はそんな事には気にも留めずばあちゃんの身を案じしゃがみこんだ。


「大丈夫か!? ばあちゃん!」


「私……の事はいい……から、あんたは次に備えな……!」


 ばあちゃんは帝国騎士から受けたダメージに苦悶の表情をしながら僕に言った。

 すると、湖の方から水の弾ける音が聞こえてきた。

 見ると先ほど殴り飛ばした帝国騎士がそこに立っていた。


「くくく。まさか君も魔法使いだったとはね。いやはや油断したよ」


 月明りと水に濡れたことで輝いたように見える金色の髪をかき上げ、不敵な笑みを崩さず彼は言った。


「アイナ!」


 そう呼び掛けると、啞然としていたアイナは我に返り、僕のもとへと駆け寄ってきて臨戦態勢へと入った。

 そして、すかさず僕も左手を彼に向け魔法の詠唱を開始する。


《光よ、我が無数の槍となりて彼の者を討て》


 すると、僕の目の前に無数の魔法陣が展開され、それぞれの魔法陣から白く輝く鋭く尖った円錐状の光が姿を現し、彼に向かって目にも留まらぬ速さで向かっていく。

 しかし、その槍は彼に当たる事はなく、無情にも大きな水しぶきを上げながら湖へと消えていった。

 彼は咄嗟に湖から離脱し、湖のほとりを縦横無尽に駆け回っていた。

 それに追従するように僕の左手は彼を追いかけ、それに倣うかのように展開された魔法陣も彼へと方向を変えていった。

 その光景だけを見れば、僕が彼を追い詰めているのだと勘違いしてしまいそうになるが、実際は彼はただ僕の攻撃を避けるだけではなく着実に僕に近づいてきていて、持っていた剣を僕に向かって振り下ろした。

 それに気づいた僕はすかさず攻撃の手を止め、自分の目の前に魔法陣を展開させ防御してみせた。


「なるほど。君は”精霊の加護”を受けたんだね。だから私の”無効化魔術”が効かないのか。だったら……」


 そう言うと彼は僕に向けられていた剣を一度引き下げ、今度はアイナへと標的を変え剣を振りかざした。


「ちょ! なんでこっちにくるのーー!!」


 アイナはそう叫びながら頭を抱え怯えた表情でその場にしゃがみこんでしまった。

 僕は《光よ、光焔の剣となりて我が手に顕現せよ》と詠唱し、現れた光の剣を両手で持ち彼の攻撃を防ぎ鍔迫り合いをする形になった。

 間一髪難を逃れたアイナは頭を抱えたままこちらを見上げている。


「君はこうして誰かと戦闘をするのは初めてかい?」


「だったら……どうした……!」


 僕は力に押されながら、なおも不敵な笑みを浮かべ続ける彼に腹が立ちつつも、絞るような声で言葉を返した。


「ふふ、初めてにしてはなかなか筋が良いもんだと思ってね」


 そう言って彼は素早い動きで剣を引き下げてはまたすぐに剣を振り下ろしてを繰り返してきた。

 そんな彼の太刀筋にまだ経験の浅い、ましてやしっかり魔法を使えたのもつい今しがたの僕は防戦一方を余儀なくされた。

 彼の剣戟に攻めあぐねている僕は段々と防ぎきれないようになってきて足や腕に切り傷を増やしていき、来た道を引き返すように後方へと追いやられていた。

 そして再度鍔迫り合いとなった時、彼は口を開いた。


「やはりまだ戦闘は初心者だね。自分の事でいっぱいで周りが見えていない。よく見てごらん」


 そう言われチラッと周りを見渡すとすでに大勢の帝国騎士に僕らは囲まれていた。

 そして、ばあちゃんの首元には赤い髪をした女性騎士が剣を突き立てており、アイナも複数の帝国騎士に取り押さえられていた。


「ばあちゃん! アイナ!」


「動くな! 動くとこの者たちの命はないぞ!」


 僕が叫び力を振り絞って鍔迫り合いを跳ね返し助けに向かおうとした瞬間、赤い髪をした女性騎士が叫び返してきた。


「あはは! 残念だったねぇ。これでチェックメイトだ」


(くっそ……)


 自分の不甲斐なさと非力さに唇を噛みしめていると、突如立っていられない程の地響きが起こった。











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