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魔女の遺言書  作者: はる あゆむ。
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第2話 魔法と精霊

――――



「ローフォード・べリウス、只今帰城致しました」


 そう言ってべリウスは階段を上った先の玉座に座る人物に向け、片膝をついた。

 鎧の軋む音が玉座の間にこだまする。

 玉座の間はただ広いだけではなく、天井も高く玉座の背後は城下を見下ろせるようガラス張りとなっていて、落ちてきた陽の光が玉座の間を明るく照らしていた。


「ローフォードよ、首尾を報告せよ」


 玉座に座る男が言った。

 長い白髪を後ろで縛り、目元は今にも獲物を狩るような鋭い目つきをした屈強な男だ。

 そんな男が玉座の肘掛けに左手で頬杖をついた姿は威圧感があり、玉座に相応しい人物であると無意識に思わせた。

 彼こそがここライリー帝国を統べる第十四代皇帝ライリー・ガレス陛下だ。

 ライリー帝国は、その圧倒的な武力と魔術の進歩によって瞬く間に勢力を拡大させてきた。

 現在、世界はシルーア王国とライリー帝国で二分化されており、シルーア王国が陥落するのも時間の問題だと言われている。


「はい。彼女はやはり生存しておりました。精霊も一緒のようです」


「そうか。なればやることはわかっているな? ローフォード・べリウス、早急に準備を進めよ」


「仰せのままに」


 そう言って、べリウスは立ち上がり踵を返して玉座の間を後にした。

 これから起こる事を予見しての高揚感からか、ガレスとべリウスの表情は不敵な笑みを浮かべていた。

 知らない所で、不穏な動きがあることをこの時のクリムたちは知る由もなかった。



――――



「くぅ、うぅ……」


「集中せんか! そんなんじゃ精霊たちは応えてはくれんぞ!」


 ばあちゃんに一頻り叱られてまた頭にげんこつを食らった僕は、腫れたたんこぶのジンジンとした痛みに耐えながら自宅から少し外れた森の中の開けた場所で、朝の予想通り厳しい魔法の修行を受けていた。

 叱られたときに受けたげんこつと魔法のスパルタ修行で受けたげんこつで、僕の頭はたんこぶでボコボコになっていないかそれだけが心配だった。

 そら集中できないってもんだ。


(そもそもいきなりこんなデカい岩を浮かせろとか無茶すぎんだろ……)


 僕の目の前には二メートルを超える大岩があり、修行内容はこの大岩を浮かせろとの事だった。

 僕はその大岩に向かって両手をかざし、必死に魔法をかけようとしていた。

 しかし、僕はろくに魔法を使えた試しがない。

 これまでにも自宅の雨漏りを魔法で直せだとか、割れたコップを元通りにしろだとかの修行があったが、結局出来ずじまいで雨漏りは魔法で屋根をぶっ飛ばしてあわや半壊寸前になり、割れたコップは砂と溶け込む程に木端微塵にしてしまったり、そして最後には、ばあちゃんに叱られげんこつを食らうというような流れを繰り返していた。

 どうやら僕は魔法をかける際に魔力を注ぎ込みすぎる癖があるらしく、今日の修行でもそれを注意しながらやっているためこうして必死になっているというわけだ。

 そんな必死な僕に対して、岩の上で横に寝そべりじとーっとした目で今度はアイナが声を掛けてきた。


「そう、集中よ集中。あんたが早くこの岩浮かせてくれなきゃあたしの食事の時間も遅れるんだから、早くしてよね」


(こいつ……)


 さっきから岩の上で寝そべっているだけのアイナに腹が立ち、僕はいっその事岩ごと吹き飛ばしてやろうかと思った。

 まあそんな事しようもんなら僕が返り討ちに遭うだけだろうが。


「そう思うんなら、お前も手伝え」


「はぁ? そんな無属性魔法、あたしの担当じゃないから無理に決まってるじゃない。バカなの?」


 よし、やっぱりこいつはぶっ飛ばしてやろう。

 そんな事を思いながらフフフっと不敵な笑みを浮かべていると、ばあちゃんが口を開いた。


「クリム、精霊たちの声は聴いているかい?」


「はぁ? 聞こえてるからアイナと会話してるんじゃない。バカなの?」


 どっかの誰かさんのマネをしながら僕は答えた。

 岩の上では「ちょっと! それ誰のマネしてんのよー!」とかなんとか喚いているのが聞こえてきたが、僕はそれよりもこんなふざけた返事をした僕に対して、ばあちゃんがいつものようにげんこつを食らわせてこなかったことに驚いた。

 そして、ばあちゃんは落ち着いた表情で語り始めた。


「精霊にはいろんな子がいるのは知っているね? 姿かたちだけでなく性格も違う。さらに精霊たちは属性を持っている子もいれば持ってない子もいる」


「アイナが言ってた担当がどうのって話?」


「そう。精霊たちは、より強い属性を持つ子ほど姿かたちがアイナのように人間に近くなるし、声も発する事ができる。逆に弱い属性だったりそもそも属性を持たない子たちは、この子のようにフワフワとした光の玉の見た目をしていて、声も発することができない。魔法は、人が本来持つ魔力と精霊たちの魔力を混ぜ合わせ、協力して発動させるもの。そして今やろうとしている岩を持ち上げる魔法は無属性魔法だから、発せられる声を聞くんじゃなくて声を発せられない子たちの心に耳を傾けて心の声を聴いてあげるの」


 ばあちゃんは周囲にフワフワと浮かんでいた光の玉を優しく、そして大事そうに手に乗せながらそう言った。

 気づけば辺りはすっかり暗くなってきていて、周囲に浮かぶ光の玉がこの森の中の開けた場所を幻想的な光で包み込んでいた。

 いつも乱暴なばあちゃんが、精霊に向かって優しく微笑みかけたその姿に、周囲の影響もあってか僕はすごく感銘を受けた。

 そしてもう一度岩に向かい直し、両手をかざした。

 今度は精霊たちの心に耳を傾けて声を交わすイメージを描きながら、岩に魔力を放出した。



 その瞬間岩は勢いよく爆散した。

 それはもうものすごい勢いで岩の破片が四方八方に飛び散った。

 岩の上で寝そべっていたアイナは五十メートル程後方に吹き飛び目を回していて、さっきまで幻想的な空間を演出していた光の玉の精霊たちの姿はもういなくなっていた。

 意図せずアイナを吹き飛ばす事になったこの結果に僕はおもわず顔を覆った。

 そしてやはりばあちゃんのげんこつを食らうことになったのだった。




 それから僕たちは失敗に終わった修行を切り上げ、店の奥にある部屋で食卓を囲み夕飯を食べていた。

 家の中の各所に置かれたろうそくに灯りをともしたため、夜でもそれなりに明るい。

 だが、その明るさも今この状況においては少し気が滅入りそうだ。

 さっきの修行で吹き飛ばされた事を根に持っているのか、テーブルに頬杖をついてムスッとした表情のアイナが目の前にいるからだ。

 ハァーっとため息を一つ溢し僕はアイナに謝罪した。


「悪かったって。僕もあんなに吹き飛ぶとは思わなかったんだよ。ほら、これでも食ってそろそろ機嫌直せよ」


 僕はアイナの好物であるキノコのバターソテーを差し出した。

 ちなみに精霊たちの食事は少し特殊で、アイナのような人間に近い精霊は人間と同じ食事を摂るが、その食事には人間の魔力が注がれたものでないと食べれないらしい。

 食材そのものの栄養というよりかは人間の魔力が精霊にとっての栄養となる。

 アイナに差し出したキノコのバターソテーにもちゃんとばあちゃんの魔力が注がれていた。


「……フン」


 アイナはそっぽを向きながらも僕が差し出したキノコのバターソテーを乱暴に受け取るとガツガツと食べ始めた。

 修行で食事の時間が遅くなったことと吹き飛ばされた怒りでよほどお腹が空いていたのだろう。


(まあ、これで少しは機嫌も直るだろ……)


 僕は口いっぱいに頬張るアイナの姿を見てホッと胸を撫でおろした。

 そして今日一日起こった事を思い返しふと、帝国騎士に出会った事を思い出した。


「そういえば、今日パヒカナ草を摘みにいった時、湖で帝国騎士に会ったよ。ばあちゃんの事知ってるみたいだったけど、ばあちゃん帝国騎士に知り合いでもいるの?」


 そう僕が問いかけると、ばあちゃんは食事をしていた手を止め、顔を強張らせた。

 こんな表情をしたばあちゃんは見たことがない。


「それは本当かい!?」


「え……う、うん」


「そ、そうかい……。いや、私に騎士様の知り合いはいないよ」


「そ、そう……」


 何かただならぬ空気を感じ、僕はそれ以上その話題を出すことはなかった。

 その後、全員食事を済ませ、ばあちゃんは少し用事があると言って家を出て、僕とアイナは寝室へと向かい眠りについた。





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