学園と想いと言葉
――突然のカーマセの宣言に、生徒達はザワザワと動揺している。
そして、それは俺とシルヴィアくんも同じだった。いきなりの辞退に、お互いに顔を見合わせる。
「……貴方は知っていたの?」
「い、いや……僕は、てっきりカーマセくんが自分を追い込むために、なにか条件をつけるのかとばかり……こうして辞退を申し出るだなんて思ってもなくて……なんで……」
その表情は本気の困惑を浮かべていた。そして、その言葉は自分の友達が突然遠くへ行ってしまったかのような寂しさが含まれていた。
しかし、そんな周囲の感情を置いてカーマセくんは司会に問いかけていた。
「言ったあとでなんだけど……辞退は可能かい?」
『え、えええ!? 辞退ですか!? 過去にも剣聖徒で辞退がなかったわけではありませんが……確認をとってみます!』
「ふっ、感謝するよ。どちらにせよ、皆に説明は必要だからね……ダメだとしても、僕は降りるつもりだよ。それでは皆、聞いてくれるかな? このカーマセがこの選択をした理由を」
ザワザワとしていた生徒達はその一言で静まる。動揺よりも真実を知りたがるのはカーマセという人間に対する興味……そして、カーマセの信用によるものだろう。
彼が理由もなく辞退するはずがない、そしてその理由は聞くべきだという信用だ。
「……聞いてくれてありがとう。そうだな、どこから話せば良いんだろうか……僕の家、カーマセは皆も知っているように芸術や経済に対して貢献が大きい……だが、それは理由があってだ。知っているかもしれないが……カーマセ家は、武術の才能がない。魔法も、剣技も一流には遠く及ばない。それは、この僕自身もなんだ」
その言葉に……皆知ってると言わんばかりに黙っている。
「……そうか……皆知ってたのか……そうかぁ……」
それを見てカーマセはちょっとだけ悲しそうにつぶやいた。まあ、自覚してても生徒から否定も驚きもされない流し方をされたらちょっとはダメージがあるんだろう。でも、普通に剣舞会とか色々な所で弱いのは見られてたからなぁ……
と、ショックから立ち直って気を取り直したのか表情をキリッとさせる。
「んん、ごほん! 貴族家とはいってもどこも魔法を戦いに使えるわけでもないし、強い家ばかりじゃない。心当たりのある家も多いだろうね。この僕のカーマセ家も戦いに向けたものじゃない。だからこそ、戦い以外で貢献するためにいろいろな活動をしているんだ。僕は弱い……それは自覚している。それでもね、僕はこうして挑み続けてきた。それは、シルヴィアが居たからだ」
そう言ってシルヴィアくんを見るカーマセ。シルヴィアくんはその視線をまっすぐに受け止める。
「幼い頃から友だちになった彼を、僕は小さい頃から見続けてきた。彼の才能もね……初めて彼の実力を見た時には悔しかったよ。努力なんかではなんともならない、とんでもない才能だとね。……だけど、その才能は彼の周りから対等な人間を奪ってしまった。四大貴族ですら、彼に張り合う人は居なかったんだ。誰だって彼の後を追うだけ……だからこそ、僕は意地を張り続けたんだ。彼の対等な友達となるためにね。だから、勝てなくても彼と並び立つために剣舞会も剣聖徒も参加してきた」
なるほど……「このカーマセ」という自分の家名を宣言していたのは、意地を張るための言葉だったのか。弱いと認める自分を奮い立たせるための。
その言葉に、シルヴィアくんもなんとも言えない……嬉しさと、悲しさを合わせたような感情が見える。そして、視線を今度はレイカ様に向ける。
「でも……アクレージョくんを見て、その気持ちが変わった。彼女は……アクレージョくんは僕の友であるシルヴィアに匹敵する人間だ。今まで本気を見たことのないシルヴィアを本気にさせた。僕の代わりに、シルヴィアに並び立つ人間が出てきて僕が無理をする必要がなくなったんだ……そして何よりも、僕も先日の事件で助けられてアクレージョくんのファンになってしまったんだ」
そう言って恥ずかしそうに笑うカーマセ。
……カーマセ、お前、良いやつだ! 分かってるな! レイカ様いいよな!
「だから僕は見たくなったんだよ。アクレージョくんと、シルヴィア……どちらがこの剣聖徒に選ばれるのかを。僕を応援してくれた皆には申し訳ない。自分のわがままだって理解もしている……でも、僕は最初からシルヴィアに勝てるなんて思っていなかった。そんな人間がこの場に立つべきじゃない」
そう言って生徒達を見る。
生徒達の声が聞こえる。彼の選択を支持する声もあれば、反対するような声もある。中には、辞退してもカーマセに投票をするだなんて叫んでいる人もいる。
「それにだ! 僕は自覚したよ! まだ実力が足りていないとね! アクレージョくんも、シルヴィアもあっさりと倒した魔獣を倒せないようじゃ、なにかの間違いで剣聖徒になれたとしても僕自身が許せない! 僕の実力を認めるなら、投票をしてくれてもいいけどね!」
その言葉に一気に静かになる。
……そんなに有名なんだ……カーマセが弱いの……あんまりにも統率が取れてるせいで自分で言ったのに、カーマセ泣きそうになってるじゃん。
「……そんなにかい? いや、いいんだ。だから、僕は辞退をさせてもらうよ。さあ、二人の勝負だ! 健闘を祈る! このカーマセが道を譲ったんだ! 僕の選択を後悔させない演説を期待しているよ!」
そう言って壇上を降りて……こちらには来ずに、集まった生徒達の方へと行く。
それは、剣聖徒の壇上に関係者ではない自分は必要ないという意思表示なのだろう。……ううむ、カーマセ。見せ場も作って面白いやつだな……今後も話しかけてみるか。
『……な、なんと衝撃のスピーチでしたね! 辞退のための演説というのは初めてでしたが、それでもカーマセ様の思いが伝わってきたとても理解できて納得できるものでした! 学園事務からも、正式に辞退を認めるとのことです! さあ、それではアクレージョ様とシルヴィア様の対決となりました! カーマセ様の辞退で、きっと票も荒れることでしょう! それでは、次の演説をどうぞ!』
そこで、シルヴィアくんが立ち上がった。
「アクレージョさん、僕から演説は行かせてもらうよ……カーマセくんの後に行くべきなのは僕だと思ってね」
「構わないわ。順序なんて関係ないもの。私が勝つのだから」
「ははは……なんだろうね。僕は最初からこうして何かで争うべきだったんだろうな……アクレージョさんとは」
後悔というよりも、もっと早く知り合いたかったというようなニュアンス出そう呟く。
そして壇上に上がるシルヴィアくん。
『さあ、次の演説は剣聖徒の最有力候補であるシルヴィア様! 衝撃のカーマセ様の演説の後ではありますが……その表情には一切の陰りもありません! 今まで、シルヴィア様の本気というものは我々も見たことはありませんでしたが……今回の剣聖徒の彼は、今までに見たことのないほどに全力でした! そんな彼の演説はどういうものになるのでしょうか! それではシルヴィア様、お願いします!』
その言葉に促されて、シルヴィアくんは演説を始める。
「……僕の親友であるカーマセくんの演説の後に喋るべきだと思って、僕はこの壇上に立ちました」
静かな始まりをするシルヴィアくんの演説。
「何を言うべきかと思ったんですが……そうですね。僕自身の話をしましょうか」
その言葉に脳内で引っかかるものがあった。
……まさか、これって……?
「僕の名前はシルヴィア・ブレイド……知っているでしょうが先王の家系であるブレイド家の人間です。とはいえ、僕の母は元々は市井の人間であり当時のブレイド家当主の正妻ではありませんでした……なので、ブレイド家として認められたのは僕の才能が認めらてからでした」
(やっぱり! これシルヴィアくんの個別ルートの話じゃねーか!)
シルヴィアくんが、主人公に対して自分の出自と悩みを打ち明けるシーンで開示される情報じゃねーか! この剣聖徒でそれが出されるの!?
「母は僕を生んでからすぐに亡くなり、ブレイド家には存在を認められずに母の親友に育てられました……このシルヴィアという名前も、母の名前で母のことは育ての親から聞かせてもらいました」
これに関してはこの世界の文化らしいのだが、生まれた時に母親を亡くしたらその名前を子供をつけるのだという。母親の思いと魔力が継がれるという事で、女性みたいな名前の男もたまに見かける。
まあ完全な余談なんだけどね。
「それでも、僕の子供時代は幸せなものでした。育ての母の愛と、偶然市井で出会ったカーマセという友に恵まれ幸せでした……僕の魔法の才能が判明してブレイド家に引き取られるまでは。そこから、僕はブレイド家を継ぐ人間として教育を受け、貴族としてのあり方を求められ……今日まで来ました。だからこそ、僕はブレイド家に対して愛着はありませんし……貴族として上に立ちたい欲もありません。譲れる人がいれば、譲りたいと思っているくらいです」
その衝撃的な言葉に、生徒達はざわついている。
なにせ、誰よりも優秀であり次期の王に最も近いと言われたシルヴィアくんから元々上に立ちたいと思っていないと言われたのだから。だけども、シルヴィアくんの表情には迷いなどはない。
「そう、今まではです。ですが……今は違います」
そして、レイカ様を見る。それは、戦うべき相手を見る男の表情だった。
その表情を見た生徒達も静まる。優しく、いつだって笑みを浮かべていたシルヴィアくんが見せたことのないような表情。ゲームですら見せたことのない表情だ。
「どれだけブレイド家の生活が好きではなくても……僕は母が愛した国を想う気持ちに嘘はありません。ですが、話し合って僕の理想の国とアクレージョさんの思う理想の国はおそらく違うと分かりました。もしも彼女に負けてしまえば、僕は彼女に理想を譲る事になる……だからこそ、僕は彼女に勝ちたいと思った」
色々と細かい事情は伏せているのだが……それでもシルヴィアくんの思いと言葉が伝わってくる。レイカ様の実力主義と、シルヴィアくんの優しさは相反するものだからだ。
ゲームでも見たことのないシルヴィアくんの真剣で戦う男としての表情に、チラリと演説を聞いている女子生徒たちを見たら見惚れている。これは多分シルヴィアくん推しのブレファンが見たら卒倒するか、俺を刺しに来る奴だな……
「今までのような、誰かに任せるだなんて気持ちは僕にはありません。僕の理想は、僕しか叶えられないのです。だから、僕は上を目指します。母のため、友のため……そして、この国のために僕は剣聖徒に相応しい人間としてありましょう」
そう締めて、一礼をする。拍手が鳴り響き、シルヴィアくんは壇上を降りていく。
レイカ様を見て、一言。
「アクレージョさん。負ける気はないよ」
「そう。なら、勝ってみせるわ」
その言葉に、笑みを浮かべるシルヴィアくん。
今度はレイカ様が壇上に登っていく番だ。宣言をしたとおり、負ける気はない。
……見せるか。俺の、レイカ・アクレージョってやつを!
普通にぐっすり寝ていたら朝になっていたので初投稿です




