学園とお見舞いと先のこと
「師匠!」
最初はカイトくん。まあ、なんとなく切り出し方から大した内容じゃないんだろうとは思っている。
「師匠じゃないと……」
「そこの男はなんだ!」
「……ツルギ・ムラマサよ。聞いたことはあるでしょう? 剣聖の名を持つ貴族よ」
「ああ、その名は知っている。鬼神のように強く、シルヴィア殿から戦っても勝つことは敵わないと聞いたほどの男だ。だが、なぜ師匠を殺しかけたというのにそこでのうのうと座っているのだ!」
「私が許したからよ」
その言葉に納得の行かないという表情をする。
まあ、カイトくんはオウドー家っていう4大貴族の家系だからな。無礼を働いた相手に対して寛容な態度を取ることは家の存続にも影響するので甘い対応は意味がわからないのだろう。
「貴様も己が何をすべきか分かっているだろう! ムラマサ!」
「アクレージョ殿に処罰は任せている。拙者に言う権利などはない」
「……むうう! 師匠、駄目だぞ! こいつは生意気だ!」
(シンプルに口で負けてる……)
多分、レイカ様を尊敬してるから見てない所でぶっ倒したツルギくんが気に入らないのかな……原作だとヒカリちゃんが同い年だからもうちょい大人ぶってるシーンは多かったのに、レイカ様相手だと年下感が凄いな……
しかし、詳しい説明も面倒なのでサクッという。
「いずれ私がもう一度戦って今回の雪辱を果たすのよ」
「もう一度……? 戦う……そうか、なるほど! つまり師匠のライバルというわけだな!」
「……まあ、それでいいわ」
なんか凄い受け取り方をしたな。ライバルか……?
倒した相手にもう一度戦ってぶっ倒すから覚悟しろよという宣言をした。……要素を抜き取ったらたしかにライバルっぽい。
「なるほど……さすがは師匠だ! 向上心を忘れず、敵を許す度量! オレも見習うべきだな……短絡的な考え方は家でも注意される。ううむ、師匠の行動は勉強になる!」
「……次」
話を打ち切って次の入室者を促す。
なんだろう。ただ疲れただけだったような気がする。
「レイカさん……」
心配そうな表情をしながら入ってくる。
一応はレイカ様も怪我人なので気遣って入ってきてくれたようだ。ヒカリちゃんは優しいな。とはいえ、レイカ様らしい対応で……
「何? 無駄話をする時間はないわ」
「その、お体の方は大丈夫ですか!? 私が何も出来ずにあっさりと気絶させられちゃって、なんの助けにもなれませんでしたし……」
「コレと戦うのには邪魔だったから、むしろ最適解よ」
ツルギくんを指をさす。
その言葉にゆっくりと頷くツルギくん。医務室の床に正座してるのに、貫禄だけは一人前だな……
「そう、ですか……すいません。今回も助けになることも出来なくて……」
「魔獣を倒す以外のイレギュラーまで期待していないわ。自分を高く見すぎじゃないかしら?」
「はい……」
しょんぼりヒカリちゃん。可哀想に感じるけど、レイカ様らしい対応ということで心を鬼にする。
まあ、実際問題下手に手を出してツルギくんにヒカリちゃんが再起不能な怪我をさせられるとかの方が問題だったし。
「でも、気がついて見た時にとても酷い怪我で……もう、レイカさんが死んじゃうんじゃないかって」
「必要な犠牲よ。生きているのだから無用な心配だわ」
……というか、後半に関してはレイカ様が一方的にボコボコにされるのはムカつくな! で自爆してまで反撃したからそれを言われると罪悪感が出る。無駄に怪我をしたり痛い思いをしないように反撃したら最終的に大怪我をしましたって流石に……ね?
ま、まあ! 悪役令嬢なんて不合理なもんだし!
「それだけかしら?」
「いえ、その……もしリハビリが必要なら言ってください。水魔法の治療について医務室の先生に教えてもらったので、私も治療出来るようになりました」
「……最終的に何を目指してるのよ」
「え? それはその……秘密です」
「そう。次」
水魔法の回復も覚えたのか……どんどん強くなっていくけど、万能すぎると方向性が迷子になりそうだなぁ、ヒカリちゃん。
そんな風に思いながら話を終えて次の来客を呼ぶのだった。
「次は貴方ね?」
「はい。アクレージョ様」
さて、次はクイータ先生。正直ちょっと疲れてきた。
生真面目な表情ではあるが、見て取れるほどに申し訳ないという雰囲気になっている。いい大人が貴族とはいえ子供の前でガチで凹んでいる姿を見てると、ちょっと居たたまれないな……
「私が監督していながらの失態、大変申し訳ございませんでした。侵入者も多少の手がかりは入手致しましたが……最終的に取り逃がしてしまいました。そこのバカ……いえ、ツルギ・ムラマサについても失念していて、国内貴族の顔すら覚えていないとは思わず……」
「失態はあったけども、こうしてツテを使って治療した。なら不問にするわ。多少の不満はあるけどもね」
「寛大な措置、感謝いたします」
このような些事はなんてことはないぜと大物アピール。というか、クイータ先生もそうだけど下手にここにいる貴族を雑な悪役令嬢ムーブで処刑だー! とか言い出すと後々問題になるし……
ということで、この怪我とかの恨みはだ。
「元はと言えば、侵入者が原因なのでしょう? なら、そちらを見つけ出すことね。見つけ出して、一族郎党根絶やし……もしも他国なら草の根も残らず磨り潰す事にするわ。それで、取り逃がした理由は?」
「魔獣を使われました」
「……魔獣を?」
その言葉に引っかかる。というか……
「魔獣を使うというのはどういう事かしら?」
「追跡中、意図的な魔力の使用で魔獣を引き寄せました。最初は破れかぶれの行動だと侵入者の捕縛を優先しようとしたのですが……明確に魔獣はその侵入者を助けるように私を襲いました」
「……もっと詳しく聞かせてもらえるかしら?」
そして話を聞けば、侵入者の魔力に引き寄せられるように森にいる魔獣が数匹やってきたらしい。混戦になることを予想して、逃げられないようにとクイータ先生は侵入者の捕獲を優先。しかし、それを見た魔獣はあろうことか捕縛のため魔力を使っていないクイータ先生を優先的に襲ったらしい。
逃げることも出来ずに魔獣と戦闘。その隙に侵入者は逃げ、なんとか倒したものの既に追い掛けることは困難に。そして戻ってきたタイミングでツルギくんが今にもトドメを刺そうとしているのを見てドロップキック……というのが流れだったらしい。
「妙ね。魔力に反応するのなら引き寄せた人間を狙うはずよ」
「ええ。そのため、医者を呼び出す際に宰相に相談をしました。後日、王宮内と外部から専門のメンバーを集め調査隊を出すとの事です。それまでの間は森の封鎖をしております」
「そう。ツルギ、侵入者を最初に見つけたのは貴方よね? 魔獣の件について相違は?」
「ない。拙者と戦った際も魔獣との連携をしていた。その時は約1名。だが、近くに残っていた痕跡を見るに複数人で活動をしていたようだ。魔獣は推定だが大型が1体、中型2体。侵入者は拙者を見て会話に応じる様子を見せて魔獣を呼び出した。確かに言われれば、魔獣は侵入者に対しては一度として意識を向けることはなかった。むしろ、攻撃を当てぬように動いていた節があり」
……サラッとバグキャラらしいことを言い出したな。なんで一人で魔獣三体も倒せるんだ?
クイータ先生に視線を向けると、頷いている。ツルギくんの情報にも間違いはないらしい。うん、バグ具合が上がってる。
「ふむ……それとだ。侵入者は拙者が三匹を斬り伏せた後に逃走したのだが追い掛ける間も、侵入者は何匹も魔獣を呼び出していた。だが、追跡の際に襲ってきた魔獣は中型から小型のみ。おそらく、呼び出すのにも準備がいるのだろう」
「なるほどね……情報感謝するわ」
魔獣を操る相手……うーん、困った。何が困ったかって?
だって……
(原作だと、それっぽいことをレイカ様がやってたんだよな……)
うん。暴走してボス状態のレイカ様を簡単に止めれなかった理由の一つに、ダンジョンから突如として大量の魔獣が溢れ出したのだ。
その対処のために王宮の護衛隊は魔獣ハンターなどは全てそちらへ。そして原因を止めるためにヒカリちゃんは選んだ王子様とレイカ様の元へとやってきた……というのが流れだ。
(つまり、レイカ様が本来やるはずの闇魔法に関する動きをしていないせいでなにか違うイベントが発生してる……?)
ううむ、許せねえな! レイカ様が一番闇魔法を使ってラスボスが出来るんだ!
そこら辺の関係ない奴らに闇魔法を使われて、それで適当に負けてしまえば闇魔法を使うヤツがしょぼく見える。最高のラスボスであるレイカ様の名を貶められるのは耐えれない!
「そうね。そいつらに後悔させてあげましょうか。生まれたことを」
怒りを込めてそう宣言をする。ぽっと出になんかボスは譲らねえぞ!
そう決意を抱いてクイータ先生に下がってもらうのだった。
そして最後はホークくん。
「アクレージョ様。今回の件につきましては……」
「あら、今度は何をしてくれるのかしら? それとも貸しが増えるのかしら?」
「ははは、生憎コレは学園側の依頼でしたからね。責任は学園側への追及をお願いいたします。言いたかったのは、感謝と協力を惜しまないという宣言です」
「チッ、分かったわ」
「ええ。ご容赦を」
ホークくんに返しきれない貸しを作れたかと思ったのに……いや、実際に便利なんだよね。魔法関連では他の家には及ばないくらいに精通してるし。恩を売れば便利に使えるから……
余裕そうに見えているが、よく見れば冷や汗を流しているホークくん。貸しが増えた時のことを想像したのかもしれない。
「……さて、明後日から剣聖徒を決める一週間が始まります」
「そうね。時間はないわ」
そう言われて改めて意識をする。
一週間ほど探しても擁立者が見つからず、ホークくんの依頼を受けて、今回の昏睡。そのせいで今日を含めて残り三日になってしまった。
「二年生の擁立者はそちらでいいんですか?」
胡散臭そうな表情でツルギくんを見る。うん、気持ちはわかる。
「ええ、実力は折り紙付きよ。ムラマサの名は知っている人間なら有用だわ。下手な貴族よりも十分に使えるでしょう?」
「……ふむ、たしかに。失礼しました。では、学園側に随分と僕からの要求を飲まさせて貰った恩も出来ました。ここまでして頂いて何もせずにアクレージョさんに負けられるのはセイドーの名折れ。なので、僭越ながら僕からも軍師として役立たせてもらおうか思います。明日までに戦略などを纏めて提案させていただきます。今日はゆっくりとお休みください」
「あら、いい顔をしても貸しは減らないわよ?」
「ここまで貸しを作って起きながら、何もしないほうが怖いですからね」
そう言って笑い合う。多分今後はホークくんも、今後は自分からアクレージョに声は絶対かけないって誓っていることだろう。絶対に痛い目を見るだろうって。俺もそう思う。
そして、ツルギくんを見る。
「ああ、そういえばそちらのムラマサさんも参加を……」
「参加させないでいいわ。私から指示を出して使うから、余計な話を聞かせても邪魔になるだけよ」
「うむ。拙者も役には立てぬ。剣を振るしか能がない故」
「……本当に役に立つんですか?」
まったくもって同意だよ。
「ふぅ……コレで終わりかしら?」
そしてホークくんが帰宅する。ツルギくんも話が終わったので帰宅させた。
剣聖徒も明日に迫り、なんとかスタートラインに立つことは出来た。正念場と言える。
「いえ、お嬢様。まだ残っております」
「あら。誰かしら?」
「私からです」
ルドガーがそういう。
……ルドガーから? なんだろう?
「あら、なにか報告が?」
「いえ」
そういって、椅子を取り出して座る。
……うん、笑顔だ。いつもどおりのルドガーに見えるのだが……こう、威圧感がすごい。レイカ様ですらちょっと圧されるレベルだ。
「お医者様から詳しい話を私は聞いています。ツルギ様の使う技ではあのような傷は出来ないでしょう。何よりも、お嬢様の武器の破損や状況を見ればこのルドガー。状況を理解することは出来ます」
「……ルドガー?」
「ええ、お嬢様。確かにツルギ様は強敵。おそらく彼に素直に戦闘不能にされてしまえば剣聖徒という催しに支障が出ると思っての反撃でしょう。ですが、途中から目的が変わりましたね?」
あっ、マズイ。コレめっちゃ怒ってるやつだ。
そうだよね。生まれたときからレイカ様を見ているルドガーには分かっちゃうよね。途中から負けたくないから自爆までしたこと。
「ルドガー、たしかに悪いと思っているわ。でも、明日の事を考えたら……」
「そうですね。後の休養と睡眠時間などを考えまして……二時間程ですか。アクレージョ家の筆頭家令としてお嬢様には反省をしていただきます」
「……お手柔らかに」
「約束はいたしません」
にこやかに笑顔のまま、正論でレイカ様の怪我に繋がった日頃の行いや当主としての行いなどをお説教されるのだった。
……きっかり二時間で終わったのは流石である。
気温が低くて涼しかったので初投稿です
いつもご覧下さりありがとうございます。なんと、日刊ランキング135位にいました! いっぱい見てくれているというのは嬉しいことです
今後も励みに頑張っていきます!




