フラグの仕込みは完璧です
「お誘い頂いて感謝するわ、シルヴィア様」
「いや、アクレージョさんにはご足労頂いて申し訳ないよ。僕がエスコート出来ればよかったんだけどね」
「ふふ、シルヴィア様にエスコートをされる方が緊張してしまうわ。それに、一人のほうが気楽だもの」
「はは、僕はそう大したものじゃないけどね。それならよかったよ」
軽い挨拶とお世辞を終わらせて、お茶会の席に座る。
……さて、あれからもちゃんと悪役令嬢フラグを積み重ねていたのだが……シルヴィアくんからのお呼ばれイベントが発生した。
攻略キャラクターであるシルヴィアくんは文武両道な完璧人間。あらゆる人間のイメージする王子様に近い造形のキャラだ。実際、公式説明でも現状では彼が一番次の王に近い存在だと明言されている。
そして、彼は有能であると認めた人間や興味をいだいた人間をお茶会に招待する。通称シルヴィア面接をする王子様である。プリブレ原作では、そのお茶会に主人公を招待した際に面白いと感じて何かと世話を焼くようになるのだ。なので、攻略には素のステータスが必要だったり。
ちなみに、ファンブックにレイカ様もシルヴィア面接を受けたことがあると書いてあった。その時のイメージがとても強かな貴族令嬢だったので俺もそうなるように好感度調整しないと。
「アクレージョさんは最近は精力的に活動してるみたいだね」
「ええ。お父様が亡くなってから私が当主ですもの。アクレージョの名に恥じぬように努力をするのは当然でしょう?」
「ああ、ごめんね。そういう嫌味を言いたいわけじゃないんだ。アクレージョさんは、この学園でも一目置かれているんだけど……知ってるかな?」
む、さすが目敏いな。同学年ではあるけども、シルヴィアくんもレイカ様の活躍を耳にしているのか。
まあ、俺も原作知識で裏でなんと呼ばれているか知っている。冷血の女王。悪辣なるアクレージョだったはずだ。ふふ、推しの悪役令嬢っぷりに嬉しくなってしまうぜ……
「ええ、自分の立場くらいは自覚しているわ。どう呼ばれているかも、なんとなくね。だとしても、それは関係ないわ」
「関係ない?」
「ええ。どのような言葉を投げかけれられても、それは私にとっては雑音でしか無いわ。私はレイカ・アクレージョ。そうあり続けるだけよ」
レイカ様らしい発言。実際、この風評に左右されない強い女性だとアピール。推しのかっこいいセリフを自分で言えるなんて転生してよかった~って思える瞬間だ。
そして、この発言の強さに感心したシルヴィアくんに一目置かれる……そういう想定である。
「――なるほど。レイカさん。僕が思っている以上に、君は真っ直ぐな女性だったようだったよ」
「あら、それは単純ということ?」
「はは、面白いジョークだね」
「……冗談のつもりはなかったのだけど」
その言葉に、あははと声を上げて笑うシルヴィアくん。
まあ、レイカ様って本当に本編でもストレートな御方だからな。主人公ちゃんを認めるときはちゃんと素直に褒める。そういうところも素敵だよね……レイカ様いいよね……いい……
「まあ、つまらない話をしてごめんね。お茶会だからお茶とお菓子を楽しまないとね。今日はちょっと特別なお菓子を用意したんだ。口に合えばいいけど」
「ええ、頂くわ」
そう言って差し出される見覚えのないお菓子。何のお菓子だろ?
とりあえずつまんでパクリと。
「……ん、美味しいわね。どこのお菓子かしら?」
「実はね……僕のお手製さ。はは、実はお菓子作りが趣味なんだよね。男らしくない趣味だけど……」
「ふふ、いい趣味だと思うわ。それに、これだけの腕があれば明日にでも有名店が開けそうね。もう一枚頂いてもいいかしら?」
「うん、どうぞ。しかし、そこまで言ってもらえるなんて……お褒めに預かり光栄だよ。ありがとう、アクレージョさん」
そう言って和やかにお茶会が進んでいく。
……シルヴィアくん推しのブレファンに、俺がシルヴィアくんお手製お茶菓子を食べたと知ったら殺されるだろうな……いや、むしろ各所で女性の投身が頻発するような異常事態が起きるかもしれない。私も転生させろって。
こうしてみると人気になるよなぁ。お菓子作りが趣味で、実家は文官出身の線の細いイケメン王子様。でも、見た目に似合わず文武両道で時に冷酷な決断も出来るとなれば推さざるを得ないとは知り合いのブレファンの言葉だ。
(しかし、本当に美味しいな……)
レイカ様が食べていたお菓子よりも美味しい。素人が作ったレベルじゃないなこれ。こんな美味しいお菓子を用意してくれるなんて、レイカ様が好きに違いない!
……冗談はさておき、原作でもレイカ様はシルヴィアくんには当たりは柔らかいしシルヴィアくんもレイカ様を気にかけている様子が見て取れる。お互いに認め合うものがあるのだろう。
幻覚勢からはシル×レイはキテるとか言われて殴り合いになったのは懐かしい気持ちだ。レイカ様はカップリングとかそういうのじゃないんだよなぁ。友情までなら認めないでもない。
そんな遠い記憶を思い出しながらプリブレの世界に浸りながらお茶会を楽しむのだった。
「お邪魔してごめんなさいね。楽しいお茶会をありがとう。これで失礼するわ」
「うん、こちらこそありがとう。それで、見送りを……」
「いえ、構わないわ。私には優秀な執事が待っているし、一人が好きだもの。またお茶会にお誘いいただければ光栄よ」
「うん。それじゃあレイカさん、またね……」
挨拶を終わらせて、レイカさんが見えなくなるまで立っている。
「ふぅ、さてと……」
そして見えなくなったら席に座り、僕……シルヴィアは先程まで会話をしていた内容を反芻していく。
それは、お茶会で抱いた印象などを脳裏で纏めることだ。僕のこれは処世術でもあり、他人を評価する手段にしている
「……あれがレイカ・アクレージョか……」
僕が彼女と話をして抱いた感情はたった一つだけ。
恐ろしいだ。
(……自分の父上を亡くして、いきなり当主となり必要以上に頑張ってしまう可愛そうな女性……そんなふうに僕は思っていた)
だが、学園で聞こえる風評に本人を見た。そして、このお茶会で感じた彼女という人間の在り方。
それを持って僕の可愛そうな女性という認識は完全に覆った。
「あれは恐ろしい傑物だ」
彼女は、全く怯えも不安も感じていなかった。それどころか、余裕を持ち僕とのお茶会で笑みを浮かべれるほどにリラックスしていた。取り繕っていても、緊張などは分かる。でも、彼女は本心からリラックスしていた。
生き馬の目を抜くような貴族社会でアクレージョが未だに食い物にされていないのは彼女……レイカさんの所業だ。そんな彼女が、彼女よりも上の立場であるはずの僕の前で緊張すらせずに微笑んで楽しんでいたのは……
「僕程度は眼中にないのか」
僕の差し出した、不明なお菓子。特別に作ったオリジナルのお菓子だ。普通ならためらってもおかしくない。それを、美味しいと感想を述べて一枚などと言える胆力。
あの年齢にして、あの風格。彼女がどういう生き方をしてきて、アクレージョ家の当主になりどんなものを見てきたのかは想像するしかない。
……そして、彼女は言っていた。どう呼ばれているのかを理解していて、それは関係ないと。レイカ・アクレージョであり続けると。
(孤高なる女帝……そう言って畏怖されて、それ以上の憧れと尊敬を一心に背負っている彼女のその言葉は……宣戦布告なのかも知れない)
誰にも媚びず、己の力のみで今の立場を築き上げた彼女は学園でも尊敬を一身に集めている。
女性的な要素など感じさせず、その苛烈さも決断力の高さと見て取れる。己を侮る者を処罰するなど、過激に見える行為もあるが、それは彼女に正当性があるのだ。だからこそ、彼女こそが正しき貴族の姿といえる。
学園という箱庭で、あそこまで完璧であり続けて今の自分に満足をしていない。その事が恐ろしく、彼女の目的はなにかと考えさせられる。
もしかしたら……この学園生活はあくまでも前哨戦でしかないのなら……
(もしかしたら彼女は……違う未来を見ているのか?)
父上は、アクレージョ家が正当な貴族としてさらに成り上がるために学園で縁をつないでるのだろうと予想をしていた。今の今まで、僕もそう考えていた。
だが……おそらく、彼女はもっと上を見ているのではないか?
(……まさか、王の立場を……?)
ゾクリと、寒気がする。それを考えた愚かな人間はたくさんいた……だが、どの愚か者も王になる前に脱落していった。
だから心配などないはず……だが、それでも彼女であればあるいは……そう思わせる程の何かがあった。
(杞憂で済めばいいけど……要注意だな……)
場合によっては……彼女は、僕の敵として立ちはだかるのかもしれない。
僕はレイカ・アクレージョを要注意人物として認識するのだった。
(ふぅ……シルヴィアくんは多分大丈夫だな)
お茶会が終わってから、屋敷へと帰る。
変なボロは出してないし、シルヴィアくんはレイカ様に優しいやつだからな。彼も自分の立場などで色々と悩んでいて忙しいのでそこまで大きく関わることもないだろう。主人公ちゃんとイチャイチャしといてくれ。
さて、最後の一人であるツルギくんだが……
(ツルギくん、学生なのに山籠りして留年するんだよな……)
だから今の俺に出来ることはない。山から戻ってきた時に、その時に一番、武道が優秀な生徒に喧嘩を挑んでくるからそれに対して気をつけるくらいだろう。
ツルギくんはぶっちゃけ、アホの子なのだ。戦闘力は知らない間に全キャラクターの中でもトップクラスになるが、こう……根本的にアレなので駄目な側面が強い。ツルギくんルートだと主人公とツルギくんは姉御と駄犬とか言われている。めっちゃ面白いし人気のルートだけどね。
まあ、いいキャラなんだけどリアルになるとね……まあ、とりあえずフラグ関係は十分か。
(そして最後に……今日の晩、帰ってからレイカ様の手足になる奴らを集める最後の詰めだ!)
最近忙しくしていた理由の一つがこれだ。
使える手駒をレイカ様は原作でも持っていた……が、あくまでもレイカ様は手駒としてしか扱わず、あまり細かい描写はされなかった。
なので俺が選ぶ手駒は自由に選ぶ。そこで俺が選ぶのは当然優秀な精鋭……ではない。微妙に実力不足で、レイカ様が最終的に死ぬ運命になりそうな奴らだ。下手に優秀だと救出されるし、場合によっては王家にチクられちゃう。
殉教されると展開変わりそうだが、変なところで裏切られるとレイカ様の死にケチがつく……難しいところだ。ちょうどいい塩梅のやつ居ないかなぁ……
そして屋敷に帰り、執事に声をかける。
「準備はできているの?」
「はい、お嬢様。こちらに」
「……お嬢様はやめなさい、ルドガー。もう今はこの屋敷の主人よ」
「いえ、お嬢様はお嬢様ですので」
そう言って執事のルドガーさんは渋い笑みを浮かべる。ちなみに、転生して最初の時に声をかけてくれた執事もルドガーさんだ。
やっぱりルドガーさんはいいな……悪役令嬢に仕えるいぶし銀の老齢執事。カッコよさで死んでしまう。レイカ様とルドガーコンビは理想の主従って感じなんだよな……
心のなかで充足感を覚えながら執務室に入る。ルドガー達が用意してくれたピックアップされた書類を……書類を……しょる……
……多くね? 机の上に山積みになってる書類の山がそれか。貴族としての仕事で見る書類よりも多くない? ピックアップって言葉知ってる?
「……思ったよりも数があるわね。省いたのでしょう?」
「ええ。省いた上でこれでした。これもお嬢様の手腕と人徳です」
「あら、ルドガー。貴方はお世辞も言えたのね」
「いいえ、本心でございます」
ニコリと笑う。めちゃくちゃ格好いいのやめて。何も言えなくなっちゃう。なんで出来る執事ってこんなにかっこいいんだ。
仕方なく座って書類を捲る。
「……ふうん」
「如何でしょうか」
「悪くないわね」
表面上はそう言ってるけど、内心はめっちゃ困惑してる。
……え? いや、悪くないどころか優秀な奴らばっかりじゃね? どこまで捲っても、経歴から構成メンバーまで完璧な経歴なんですが? 何なら、自主的に志願してきた名簿には元王宮務めの兵士とか書いてあるんだけど?
レイカ様が人気なのは嬉しいけど、こんな優秀すぎる人材集まったら国家転覆しちゃうじゃん? もしくは事をしでかす前に国家にチクられてレイカ様が終わるじゃん? 加減しろよ!
「お嬢様、こちらなどはどうですか?」
「……却下よ」
「ふむ、ではこちらは?」
「却下」
やめろルドガー! いやマジで! 本当に優秀な奴ら推薦するなよ! 忠誠心があってもなくてもヤバいんだよ!
ルドガーも徐々に困った表情になっていく。まあ、一体どんな人材を求めているのか分からないんだろうな。俺だって説明しづらいよ。いずれ負けるためにいざという時に動かない感じの手駒が欲しいって。
と、そこで目にとまる。……ふむ、いいじゃん。これ。
「これがいいわ」
「はい……本当にこちらでよろしいのでしょうか?」
「ええ。いいのよ。すぐに準備をしてくれるかしら?」
「わかりました」
難しい表情を浮かべながらも、そう言って下がっていくルドガー。
ふふふ……俺が選んだのは、金で動く傭兵だ。実績は悪くないが、この経歴の中ではパッとしない。下の方に埋まっていたやつだ。金で動く傭兵だし、いざというときは役に立たないだろう。
よしよし……これで俺の死亡フラグは完璧だ。
ヤンキー王子、ロウガくんは敵対された。
ガチ王子、シルヴィアくんとはお茶会で仲良くなれた。
駄犬、ツルギくんは普通に留年する。
(さあ……後は主人公との遭遇イベントだけだ!)
そこから俺の物語が始まるのだ……!
待ってろ、まだ見ぬ主人公ちゃん! 名前とルートは早めに教えてくれよな!
2日連続投稿なので初投稿です
突然の用語説明
【幻覚勢】原作に存在しないカップリングなどを、幻覚を見ているかのように話し始めるファン。たいていは「ほとんど絡みはないけど、俺の見ていないところで絡みがあるんだ」と言い出す。二次創作などを始めると新規ファンが「本当に存在する」と思って読み始めて「存在しねーじゃねーか!」と突っ込む事になる。幻覚は幻覚だぞ