えっ? 悪役令嬢に転生ですか?
「なぁああああああっ!?」
あまりにも信じられない現実にそう叫んでしまった。
すると、ドンドンと部屋の扉を叩く音が豪華すぎる部屋の中に響き渡る。
「お嬢様! どうされました!?」
「んっ、んん! ……こほん、いえ。なんでもないわ。すこし、発声練習をしていただけよ」
「発声練習ですか……?」
とっさに誤魔化すが、扉の向こうからいぶし銀な声の持ち主が困惑したように聞いてくる。
まだ混乱しているが、必死に気持ちを落ち着ける。冷静になれ。まず、目の前にいる少女がこんな声を出すはずがない。今の俺は彼女なのだ。だから、自分の解釈通りに……!
「ええ。発声練習よ。栄えあるアクレージョ家の息女として、恥じなきように挨拶をする機会も多くなるわ。大勢の前で声を上げることもあるでしょう。だから、声を張る練習をしていたのよ」
「そうでしたか……いきなり大きな声をあげられたので、なにかあったのではないかと思いまして……」
「心配をかけたわね。淑女としての振る舞いの練習はしていても、当主としての振る舞いは練習していなかったもの……さすがに緊張しているみたいね。自分でも思ってない程に声が出てしまったわ」
「ふふっ、そうでしたか……お嬢様ほどのお方でも緊張なされるのですね」
「あら、失礼ね。私もまだ小娘よ? しばらくは自分なりに納得できるように練習をしているわ。なにかあれば呼ぶから、下がりなさい」
「かしこまりました。それでは喉に優しい紅茶を用意しておりますので。もしも喉が渇きましたらお申し付けください」
「分かったわ」
その言葉で、使用人は下がっていく。
――よし、なんとかごまかせた。突然のことで、まだ表情も上手く作れず動揺しているままだ。
(しかし……)
……少しだけ気分が落ち着いて、現状を把握し直す。まず、鏡を見る。そこには何度も見覚えのある美しい顔。自画自賛じゃないぞ。俺の顔じゃないからな。
そして、次は部屋を見渡す。これもファンブックで何度も見た光景と寸分違わず同じだ。後で散策しよう
(……もっと色々と確認したいけども……もう間違いない……これは、プリンセスブレイドの世界だ!)
どうやら俺は、巷の創作でよく見るゲームの世界に転生という奴をしてしまったらしい。
まあ、まず俺がゲームの登場人物であるレイカ様になっている時点で気づいていたが。
「プリブレの世界だから、すぐに現状を把握できたのは良かったわね……」
いきなり他人のいる目の前で、俺の意識が目覚めてうろたえたりしていたら大変だ。
そういう意味では幸運だった。しかし、じわじわと実感すると動揺よりも喜びが溢れてくる。
(あこがれのゲームの世界に転生……それだけでめっちゃ嬉しい……!)
――詳しい説明をしよう。俺が転生したこのゲームはプリンセスブレイドというゲームの世界だ。俺が学生の頃に一世を風靡して時代を築き上げた乙女ゲーだ。
よくあるファンタジー世界を舞台としたシナリオゲーだったのだが、そのストーリーのクオリティとキャラデザインの良さから乙女ゲーという敷居の高さながら老若男女問わない支持層の広さによって人気爆発。そのままコミカライズからドラマ化まで成功して社会現象にまで発展した大人気作品だ。
剣と魔法の世界を舞台に、先王の遺言によって王家の血筋を引いている事が判明した主人公の女の子が、次代を継ぐ優秀な貴族を育てる学園に入学して様々な騒動に巻き込まれながら王子候補たちと仲良くなっていくというゲーム。王道ながら、丁寧に描かれたキャラクター達の織り成すクオリティの高い物語は必見だ。
SNSでバズったり、上手いこと需要と供給が噛み合って大手ゲームメーカーとタイアップしたりなどで、運良く人気に乗り続けブレファンなんてプリンセスブレイドのファンを指すような言葉も生まれるくらいになった。
そして、俺もその例に漏れないブレファンだ。まあ、ファンと言うにはまだまだだが。
(はぁ……でも、本当に夢じゃないんだよな……)
鏡の前に浮かべる美少女がだらしない笑みを浮かべる。おっと、こんな顔はしないぞ。ちゃんと引き締めないと。
だが、それもわかってほしい。プリンセスブレイドならどんな記憶でも思い出せるレベルにやり込んでいたし、イベントも欠かさず参加するレベルだったので喜びも一際大きいのだ。
……というか、転生したということは死んだのだろうか? 普通は分かるはずなのだが、今の俺にはその記憶が一切ない。というか前世についてはおぼろげにしか覚えていない。プリンセスブレイドに関しては導入から全てのエンドまで鮮明に思い出せるんだけども。
ちょっと我ながらどうかと思う。キャラの名前を覚えてても自分の名前は覚えてないのはなぁ……美味しかった定食屋とか、買い忘れた本とかどうでもいい記憶はちょこちょこ思い出せるけど。
(まあ、変に前世を覚えてても未練が残るしいいか)
何よりも好きだったゲームの世界なのだ。前世の記憶がおぼろげだから戻りたいと思うキッカケもない。プラスに考えていこう。
(……と、それよりも)
改めて自分の姿を見るために鏡の前に立つ。女性にしては高めな身長。整った顔に鋭い目つき。そして、見事な編み込まれた美しい銀髪……ああ、やはり。いやまあ、さっきから自分の喉から出る美声で気づいていたんだけども改めて見て実感する。
(プリブレの最大にして最高の悪役であるレイカ様だ……!)
このプリンセスブレイドに出てくるレイカ・アクレージョ。このゲームにおける最大の悪役にして、このプリンセスブレイドの世界においても有数の力を持つ令嬢。
古今東西のあらゆる作品を見渡して、悪役令嬢といえば? と聞かれればこの人と言われるのがレイカ様であり……最期には非業の死を遂げるキャラクターだ。
「あ本当にレイカなのね……ん、喋ると勝手に言葉が変わるわ」
……どうやら、喋るとレイカ様フィルターみたいなのが通されてレイカ様が喋るような内容になるみたいだ。まあ、自分で自分に様とかつけないしボロが出ないので助かるか。
さて、このレイカ様だが……主人公のライバルとして出てくるゲーム最大の障害だ。そのプライドの高さや実力主義な側面から学園では影で「冷血の女王」と呼ばれている。
上昇志向の塊で、気に入らない相手は叩き潰し、取り巻きすらも使わず孤高に君臨する。学園の独裁者であり攻略対象である王子ですら手出しの出来ない存在だ。
先王の遺言で入学した主人公に対しても品位や実力がなければ退学にしてくるバッドエンド要因であり、バッドエンドの八割はレイカ様絡みだ。だが、実力を見せればちゃんと引く潔さや最初から最後まで一切ブレない在り方はカルト的な人気を誇っている。
(レイカ様の部屋もファンブックで見たのと完璧に同じだ……まさか、本物にお目にかかれるだなんて……)
ここでブレファンの精神が発動して、うっとりとしてしまう。だって現実にファンブックで見た光景が広がってるんだもん。誰だってうっとりする。俺だってそうなる。
……っと、いやいや。そうじゃない。たしかに大好きなゲーム世界に入ったのはいいけども……まさかレイカ様になるとは。
(……せめて、お付きになりたかったな)
内心で思いっきり凹む。
というか、俺は前世は普通に男だったのに何故性別が違うレイカ様に……百歩譲って女性キャラクターになっても、メインキャラクターになるとか解釈違いなんだよな……
(……いやまあ、凹んでても仕方ないな。入学前ってことは……1年後には主人公の入学イベントか。主人公ちゃんのデフォルトネームってなんだっけな……まあいいか。とにかく、一年経ったら主人公ちゃんが入学してくるわけだ)
レイカ様としての記憶が今の状況を教えてくれる。
父親が死に、アクレージョ家の当主となったレイカ様。入学と同時に頭角を現して生まれ持った実力と家の権力を使って学園に影響を及ぼしていき、たった1年という短い期間で誰も逆らえないような存在になっていく……というのが公式情報だ。
そして主人公が入学してから王子候補たちとも争い、最期には闇の魔術を使いこなす最強のボスとして立ちはだかり己の矜持を通して自死するのが正史だ。
どういうルートを通るとしても、レイカ様は死ぬ。だが、どのルートでもその影響は死後も大きく……だからこそ悪役令嬢として完璧な存在だと認知されたのだ。
いずれ死ぬことが確定している。だから俺は……
俺は……!!
(レイカ様として全うして死ぬ! それが俺の目標だ!)
よくある転生で死ぬエンドを回避というのはお話としてよく聞く。もしも、レイカ様じゃない他の死ぬキャラクターなら俺も生き残ろうとするだろう。
だが、レイカ様なら死ぬ……なぜなら俺は……
(……俺は、レイカ様最推しなんだよ!!)
そう! 俺の推しは! レイカ様なのだ! 俺は自分で言うのも何だが、ガチ勢に比べると微妙かもしれないがかなりのファンだ。レイカ様に関連する情報はすべて収集して、自分でレイカ様wikiを作って情報を完全網羅していた程度だ。二次創作をしたりとかそういう人に比べれば全然まだまだだが、それでもレイカ様ファンと名乗れる程度だと思っている。
そして、俺の最推しのレイカ様は! あの結末があってこそのレイカ様だと解釈しているのだ! デッドエンドだが、その生き様が何よりも美しいんだ!
もしも、俺がお付きならレイカ様の生存ルートを探すという道も考えたかも知れない。その上でどういう結末を選んでもレイカ様に付き従っただろう。だが、俺がレイカ様なのだ! ならばその在り方恥じぬように人生を真っ当すべきだろう!
というか考えてみれば、お付きになったとしたもレイカ様の話で誰か死なないと意味がない。なので、俺が犠牲になってレイカ様に幸せに生きてもらうような選択を選ぶはずだ! つまりどっちにしろ死ぬのでやることは変わらない! あの最高のレイカ様のデッドエンドに辿り着いてレイカ様を全うする! それこそが転生した俺に課せられた使命なのだ! レイカ様を苦しませない天の采配なんだろう!
「ふふ、楽しみになってきたわ……」
思わず言葉が漏れる。ある意味ではレイカ様の人生の追体験だ。それだけでもテンションが上がるし、自分の口から推しの声が出てくる。
最も大好きなゲームの世界で悪役令嬢として生きて、悪役令嬢として死ぬ……推しの目線で推しの人生を味わえる。これはむしろプラスすぎるのではないだろうか?
(レイカ様の知識は……よし、問題なし!)
ちゃんとセリフも全て覚えている。展開も覚えている。ブレファンとしてレイカ様の情報は全て脳に叩き込んでいるので、自分の人生よりもはっきり思い出せる。というか自分の人生をほとんど思い出せないけど、まあ些末な問題だ!
だが、覚えていてもうっかりするかもしれないので、忘れないように日記へメモを取っておこう。ついでにやることの確認だな。
……うん、問題はないな!
(見ててください、レイカ様……!)
俺はレイカ様らしく、真っ当な悪役令嬢として生きて死にます!
そんな決意とともに机に座って日記を開き、レイカ様についての記憶を辿って自分がどうするべきか……それについての計画をしたためるのだった。
急にコメディが書きたくなりましたので初投稿です