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魔法陣から目を離してジェラルドの方を見る。
『エルフの王が俺から奪いたいのは竜の逆鱗。これは、番が見つかると番の色に色付く。それを奪いたかったらしい。だが、レイラから奪うのは…竜の番の心臓だった』
ヒュッと喉が鳴った気がした。
『すまない…辛い思いをさせてしまって。だけど、何も知らずに狙われるよりは、知っていた方が良いはずだ』
ジェラルドは大きな翼で私を包み込むと鼻先で頭を撫でてくれた。私の何かを狙われていると、ここへ来たときから気づいてはいたけど…本当に命の危険と隣り合わせだった。
「大丈夫。ウカ様が私の探し物は守ることが出来ると教えてくれたの。そのために、一杯勉強して練習もしたの!」
私がそう言うと『あぁ、信じている』と頭に声が響いた。
やっと魔法陣の解読が出来た。複雑な魔法陣は、ディザと解読したどの魔法陣とも違っていたけど沢山解読したお陰で似通ったものがあったから読み解くことが出来た。
「魔法陣の解読が出来たから壊していくね」
ジェラルドの下には全部で4つの魔法陣があった。
1つ目は、魔法が使えないように。2つ目は、魔法陣から出れないように。3つ目は、竜の姿から戻れないように。4つ目、これが中心の一番強い魔法陣だった。番の心臓が取り出されたら逆鱗を差し出すように。ジェラルドに説明すると強く目を瞑って動かなくなってしまった。
外側の魔法陣から慎重に壊していっていると、人魚のお姉さんが「こっちの結界は壊せたわよぉ」と声をかけてくれた。
「あのっ…後で治癒するのでもう少し待っていてもらえますか?」
天族のお兄さんと虹の妖精さんには申し訳ないが、今は魔法陣を壊す方に集中したい。
「もちろん大丈夫だよ。て言うか、君に治して貰えると思ってなかったよ。本当に規格外だよね」
天族のお兄さんが逆にビックリしていた。
「ジェラルド、この魔法陣で最後だよ。少し体を此方に移動してもらえる?」
目を瞑ったままのジェラルドに声をかけると無言のまま移動してくれた。
ガリガリと魔法陣に線を入れるとパリンッと言う音と共にジェラルドを縛っていた魔法陣が壊れた。
ジェラルドの拘束が全て解かれるのとエルフの王が部屋に入ってきたのは、ほぼ同時だったと思う。
「なんと!竜の番が見つかったのか。これで材料が揃った、素晴らしい!」
エルフの王が叫んだ瞬間、ジェラルドが咆哮をあげ怒鳴った。
『ふざけるな!』
威嚇と共にエルフの王をドラゴンの尾で叩きつけた。
「まだ、そんな力が残っているのか?」
間一髪、ジェラルドの攻撃を避けたエルフの王が戸惑っている。
「エルフの王、残念ながら世界樹の根はさっき焼き払ってしまったからもう無いわよ?」
肩に妖精さんを乗せた人魚のお姉さんがわざわざエルフの王に油を注いでいる。
「な、なんて事をしてくれだんだ!返せ!私の世界樹を返せ!」
エルフの王様が錯乱状態で魔法を使おうとするのをジェラルドと天族のお兄さんが上手くあしらっている。たまにドゴォォンという爆発音がするけど。
「あの!ちょっと大きな魔法を使うのでエルフの王様から目をそらして貰っていいですか!」
人魚のお姉さんにお願いすると「任せて」とウィンクしてくれた。
《ウォーター・オブ・イリュージョン》
お姉さんが詠唱するとエルフの王が「ハッ、供犠が逃げた!」と目を血走らせていたから私の事は見えてないみたい。
フゥと息を吐いて呼吸を整える。ヴァンの「落ち着いてやれば大丈夫だ」と言う言葉を思い出しながら詠唱を始める。
《天空の高き処に揺蕩いしマナよ…紫紺の雲に集い神雷となれ…我に害為す禍に蒼き鉄槌を下せ》
詠唱が終ると同時に高い天井の一部がドガァァァンと激しい雷と共に落ちてきた。この魔法は、このために必要だったんだと思う……多分そのはず。
驚いたエルフの王をジェラルドが吹き飛ばすと天族のお兄さんが光の鎖で拘束した。
「レイラ!レイラ!大丈夫!?」
アイテール様が、突然目の前に現れて私をギュウッと抱き締めた。
「ごめんね。何も出来なかった」
涙声で震えながら「ごめん」と何度も謝るアイテール様にそれまでの緊張の糸が切れてしまった私は、大声で泣き出してしまった。
「ウゥッ、アイテールさまぁぁ…怖かったぁ…。うわぁぁん」
本当に怖かったの…。
薄暗い部屋も…閉じ込められた檻も…血を流して死にそうなお兄さんも…自分の心臓を狙われていることも…ジェラルドが捕らえられている事も…。怖くて、怖くて、泣きわめいて逃げ出したかった!
でも、ウカ様が言った通り大切な物を守る為に運命の巡り合わせは私に力をくれた。前世では人に頼ることも甘えることも下手だった私をこんなにも大切にしてくれる皆の言葉が後押ししてくれた。
「頑張ったね」
いつの間にか来て、私の頭を撫でてくれるディザの優しい声にやっと安心することが出来た。




