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【やっと終息。でも問題は山積みで先行きは不透明で──】

『おい、まだかよぉ!』

『予定時刻超過しすぎじゃなーい?』

『なんかトラブルでもあったのかな?』

『もしかしてこれって中止になるんじゃない?』

 講堂内は暗い暗雲が立ち込める雰囲気で充満し、生徒達は刻々と遅れていく開演時刻に不満と憶測で口を開いていた。

 先程からアナウンスは流れているが四百人近くの人間が差異はあれど、痺れを切らして同じ感情を抱いている。

 開演時間から三十分も遅れ、生徒一人一人の時間を拘束しているのだから致し方ない。

 そんな参加者だけでなく主催者側も比例するように混乱していた。

 見守る教師陣も急な事態に驚き、時間が経つにつれ公演中止を検討して生徒会役員と話し合いを重ねている。でも役員側でなんとか引き伸ばしている現状だった。

「ふ、副会長、ど、どうしますか〜⁉」

「どうすんの」

 舞台袖、垂幕の内側で打ちひしがれる二人の影。

 前者はあたふたして涙目の梓と後者はこんな状況でもつっけんどんで若干の切れ目を向ける鹿乃だ。

 二人は充満する負の感情を嫌でも感じ取り、現最高責任者である副会長である自分──柳瀬創人に指示を問うたのだ。

 緊張感が張り詰めている最中、その重い唇を自分は開く。

「よし、鹿乃。今から壇上でその慎ましい体形を披露しながらダンスをだな…………」

「ぶち殺すぞわれ」

 真面目腐った表情で検討外れな回答を鹿乃に答えて、鹿乃会計は無表情で即座に汚物を見るような眼差しで応えてきた。正直、ちょっと面白いんじゃないかと思ってた自分が完全に否定される。いちよ同期だよ鹿乃さん。

「では、俺の百八ある一発芸を披露する時がきたか…………」

「行ってよし、責任は自分で取ってね」

「あわわっ、ふ、副会長が壊れた……」

「ふっ冗談だ」

 梓はやりとりを傍目から見て、驚愕と動揺を織り交ぜた表情になっていた。

「全く、訊いた私が馬鹿だった! 梓、こんな奴ほっといて私らで先生達にもう少し演説会を引き延ばしてもらえるように話してこよう‼」

「アッ、か、鹿乃先輩、待ってください‼」

「…………」

 場を和ませるために冗談を言ったつもりで本気でやるつもりは微塵もない。その方向性が鹿乃を逆撫でする効果しかなかったのが残念だ。


 とにかく今は冬月会長が戻ってくるのを疑わず、時間の引き延ばし策を練るしかない。

 しかし、どう見積もってもあと十分引き延ばせれば良いところ。

 鹿乃が壇下へ降りて教師陣と交渉して長く引き延ばすのも良いが今は得策とは言えない。逆に我慢できるかっていえば鹿乃の気持ちも分からなくはない。だからこうやって祈ってる自分にだって苛立ちがないとしたら嘘だ。クソッ。

 悪態を突きながらも結局、自分達に出来るのは無策にもただ待つしかないと鹿乃もそのうち分かるだろう。

「会長、もうあまり時間がありませんよ……」

 ただ関係者用の扉が開かれるを待つしか自分には出来ない。


 ◇◇◇


 壇下ではいつでも開始の準備が出来ている司会進行席で瑞希先輩が会場を見渡しながら感情の読めない表情を向けていた。壇下へ降りた私は司会進行席へ近づくと瑞希先輩と視線が交わる。

「どうやった柳瀬は?」

「妄言しか言ってませんでした。あんな人もう知りませんよ」

「なら柳瀬も打つ手なしなんや。鹿乃、あんまり責めんといたり。あいつやて歯痒い思いしとるんやから。うちらかてこうやって待つ以外何もできへんのやし」

「……ですが瑞希さん…………これじゃあ……」

「イライラしたってしゃーないやろ。……柳瀬見てみ。あいつかて不安やしこの場離れて探しに行きたいよ。でも、したらどうなるか分かる? この場で指揮する人間がいなくなったらそれこそこの演説会は終わるで。それでもああやってドシっと構えて愚痴も溢さずに耐えてるやろ。あいつから学べること沢山あるで鹿乃。よく観察しときぃ」

「あんな人から学ぶことなんて──」

 私は創人(はじめ)をその瞳に捉える。

 あいつは表情一つ変えず、照明で照らせれた卓を見つめている。

 その視線は来るべき人をじっと待ち続ける意思の表れのように固いものを感じさせる。

 司会席からでも動かないという意思さえ伝わってくるようだ。

「……フン、次期会長は私がなるんだからそのための糧になってもらうから……!」

 憎まれ口を叩きながら私は静かに柳瀬の後ろ姿を眺める。

 すると背後から梓が顔を出しながら訊ねてくる。

「時間の引き延ばし交渉はしなくて良いんですか?」

「……たぶん、今それを教師陣に話すと変に時間へシビアな裁定が下される気がする。それこそ逆にこっちが締め切りの催促を促すみたいな墓穴を掘る。だから今は静観して触れずにいるのが最も時間の引き延ばしになると思うわ。向こうが痺れを切らした時に最後のあがきで譲歩してさらに時間を引き延ばすのよ。その方が一番良い……と思う」

「それじゃあ、さっきと……」

「良いのッ! ちょっと頭が冷えてきて気付いたのよ! …………それをあいつは分かってる……」

「鹿乃先輩、いま最後に何か言いましたか?」

「べ、別に何も言ってないわ!」

 自分でも分かっているくらい理不尽な声を上げてしまった。

「ご、ごめん! ちょっと声張り過ぎたわ」

「い、いえ……大丈夫ですよ……」


 梓は困り顔で横の瑞希へ視線をスライドさせていた。その視線に気付いた瑞希先輩はウインクで梓へ返すと梓は私の顔を見て、俯いてしまった。一体二人は何をアイコンタクトしたの⁉


 ◇◇◇


「本当に大丈夫なのか会長? こんな状態で演説会なんて……」

 旧校舎内から出て、正面玄関前で俺は冬月会長に向かって言葉を掛けた。

「あぁ、なんとかなる。すまないな戦国」

「……そうか、分かった。ならとにかく急いで講堂へ向かおう」

 どうやらこの状態で冬月会長は演説会に参加する決意は揺るがないらしい。

 今、校舎内に転がる生徒達は後で他の風紀委員が処理するとして、俺達三人は冬月会長に肩を貸しながら外に出ていた。

 もう既に俺は迅速に風紀委員用端末で応援を呼ぶのを済ませている。

 ついでに確認した時間はとっくに公演時間を超過している。

「でも、こんな状態じゃ急ぐなんて無理ですよ」

 史弥が至極真っ当な意見を言ってくる。俺と史弥が肩を貸している時点で既に冬月会長は満身創痍だ。

「あぁ、分かってる。それについては俺に考えがある」

 立ち止まるように史弥へ促し、俺は立ち止まると空いた片手で茫々と生い茂る草むらに放置され、廃棄された鉄板を指さす。

 野晒で晒された鉄板は雨や大気の影響で酸化して錆だらけ。完全に腐蝕している。

 一見しただけでは最早、何に使うものだったのか分からず、注意深くみないと理解できない状態。その年季の入りようは誰が見ても頷けてしまう。

「え? あれを何に使うんですか?」

「あれは工事用の敷設用鉄板だ」

「はぁ…………?」

 怪訝な顔つきで史弥は俺を見る。

 工事現場で一昔前まで利用されていた敷設用鉄板。

 工事車両や作業員が不整地で泥濘(ぬかるみ)に脚を取られないために敷設する代物だ。

 簡単に整地できる上、重い重機が通るのを想定して古くから鉄板を好んで現場作業員達は使用していた。

 しかし近年では強化ポリエチレンなどの頑丈で軽量、腐食しない新素材製品が市場に出回ると主流になりめっきり成りを潜めてしまう。

 一昔前に建設されているこの旧校舎設立だからこそお目にかかれる訳だ。

「御伽話に出てくる魔法の絨毯(じゅうたん)は分かるか?」

「それも知ってますが……えッまさか……」

「いま想像した通りだ。冬月会長を動かさず、最短で尚且つ迅速に講堂へ急行する方法だ」

「あれで俺達を乗せて、と、飛ぶんですか⁉」

 史弥は驚嘆の声を上げた。

 俺は不敵に笑ってみせると何処か悪戯心を持った楽しさをその表情に滲ませやる。

「あぁ、まぁ三人も載せたことはないけどな」

「……えぇぇー…………⁉ 本当にそれって大丈夫なんですか⁉」

「多分、大丈夫だろう!」

 さらに人の悪い笑みを浮かべると史弥がジト目で痛い視線を送ってくる。

 信じないわけではないが曖昧な返事に対する相応の対応のつもりだな、これ。

「落としたら覚えておけよ戦国」

 今度は間で耳を傾けていた冬月会長が恨みがましい声音で肩を貸す俺を睨む。と、とりあえず乾いた笑い声をあげて誤魔化しておく。

 しかし、一番良い方法も今のところそれしかない。


 そんな笑いをしていると一番端で冬月会長を支えている史弥が「……やりましょう」と同意する。

 何処か覚悟を決めた様な意思を感じる。背に腹は代えられないのを悟ったのだろう。

「なら決まりだな」

 放置された敷設用鉄板へ三人で向かう。

 敷設用鉄板まで来ると冬月会長を鉄板の上に腰を下ろさせ、俺も平らな鉄板の上に乗る。史弥は冬月会長の後ろに回り込み支える様に付き添う。こんな時でも気が利くな。

「史弥も腰を下ろすか落とした方が良い。直立していると空気抵抗が掛かって振り落とされるぞ」

 そう俺は告げると腰を低く落として前屈み気味になる。史弥も俺に倣って同じ態勢になると問いかけてくる。

「空気抵抗って……そんなに早く動かせるんですか?」

「正確に測ってはないが、およそ時速六十キロ以上は出せるはず」

「は、速いですね。でもこれって鉄板の上に乗らずに直接俺達を浮遊させて三人で飛べば問題ないんじゃ……」

「それは無理だ。レビテーションは使用者自身へ能力を行使できない。俺達はある特殊な波長(テレキネシス)を発生させているんだが、波長は外にしか向けられなくて内には向けられない。それと基本的にはニューマンには対象をとれないんだ。理由はここを切り抜けてから説明する。まぁ俺は出来なくもないんだが……、とにかく今はこれが最善だ」

 同種も別種もそうだが、ニューマンは特殊な脳波を発している。そこへ干渉しようとすると相殺される。だから“基本的には”浮かせられない。ただ俺の場合レベル三になると格下の相手にはこちらの脳波が勝り、相殺されないので浮かせられる。でも自分を浮かせるのは脳波の強弱に関係なく出来ない。

 だからこれが最善なのだ。

「そうですか……分かりました」

「よし。──じゃあ、理解したところでやるぞ史弥」

 了承とも観念ともとれる史弥の返事を聞くと、俺は真剣な面持ちでEAを発動する。

 途端に浮遊感が襲う。

 正確には浮遊した鉄板に乗っているのだから足は着いているのだが非情に妙な感覚。スケートボードに乗っている感覚に近い。空中数メートルをホバリングしているのだ。

「う、浮いた……⁉」

 物体が浮くのを史弥はもう見慣れている筈なのに自分がいざ浮くとなると胸が高鳴ったのか声を上げる。

「じゃあ、横方向へ加速させるぞ。振り落とされるなよ二人とも」

「お願いします」

「頼むぞ戦国」


 ◇◇◇


 私は軋む体を預け、史弥は低姿勢のまま戦国が操作する敷設用鉄板の上で身構える。

 そして横方向へ徐々に加速が始まる。

 最初は緩慢でゆったりした動きが、みるみるスピードを上げていく。

 その速さは速そうから速いへと変わっていく。

「おぉ……‼」

 須山君が驚嘆し、敷設用鉄板が加速を続ける中で戦国は須山君へ問い掛ける。

「史弥、ここまで来るのにどれくらい掛かった?」

「確か走って十分くらいでした」

「なら半分以下で行けるな。このまま一気に行くぞぉ!」

「えぇっ⁉ うわっ‼」

 須山君は急加速に伴い、押し付けられるような横G加速がかかって進行方向とは逆方向である後方へ上体が仰け反りかかる。だがその肩にそっと手を私は回して支える。

 そのまま反りかかった状態を押し戻す。

 上体を押し戻されると須山君は手を貸した私に反射的に礼を述べてくれる。

「冬月会長、ありがとうございます」

 私の中で今まで感じたことのないザワツキを覚える。些細なはずなのに気になってしまう。だから訂正せずにはいらない。何故かは分からない。

「…………麗華」

「え……ッ?」

「その……なんだ…………麗華って呼んで欲しい。その……君はいちよ恩人だし、これからもいろいろと関わる機会もあるだろうし……今のうちに親しくしておいても変ではない…………だろ?」

 私でも分からないくらい甘えるような口調で言ってしまった。何を言ってるんだ私は……⁉ 上目遣いで見上げた瞳と須山君と目線が合わさる。いつもと違う様子に気付いたのか彼は困惑してるようだった。私は後輩を困らせて何をしているのだろう。まだ出会って日が浅いのに何を言って……。

「……麗華……先輩……。今はこれで勘弁して下さい。さすがに上級生を呼び捨てになんてできないので。これからもいろいろお世話になると思いますがよろしくお願いしますね」

 ──フフッ、まだ固いな君は。

 そんな私に須山君はほくそ笑む。

 少しずつ元の調子が戻ってくる。今、私は稲沢高校生徒会長 冬月麗華に戻り始めている。

 自分の中にある優先事項がハッキリと戻ってくる。今は一刻も早く演説会の席につかなくてはならない。

 私が内心で気持ちの整理をつけ始めていると須山君が激励を送ってくる。

「麗華先輩、ぜったい演説会成功させましょうね」

「もちろんだ。君と、君達が支えてくれた演説会を誰にも潰させはしない。私はこの学校を変えてみせる」

 強い意志を私は彼に告げる。それを見た須山君は柔和な笑顔で応えてくれる。

「それと自分も史弥って呼び捨てで呼んでください。なんかそうしないと不公平じゃないですか」

「ハハッ、不公平か。分かった、史弥。これからもよろしく頼む」

 何の気なしに呼び返した後輩の名前にまた優先事項が霞んでしまいそうになる。私を一早く助けて身を呈して庇ってくれた打算もなく、掛け値なしの良心で動いているこの後輩に私はたぶん──


 ◇◇◇


 俺の後ろで冬月会長が何処か幼い少女のような普段見せない笑顔を史弥に見せているのがチラっと見えた。

「…………」

 一部始終をEAの制御に集中しながら俺は唯一この中で違和感を覚えている。

 君と君達ね。なんでわざわざ言い直した……? それに会長をファーストネームで呼んでる人、この学校で一人もいないんだけどなぁ。これって会長自身分かってるのかぁ?

 生徒会役員はおろか、冬月会長のクラスメイトでさえも呼んでいるのを聞かない。これは史弥が知る由もない。会長自身も気付いていない様子だ。

 ──何故だろう。これに触れると何か厄介な目にあう気がする……。

 今、彼女は演説会に向けて切り替えているためか元の調子に戻りつつある。

 俺は軽く二人に気付かれないように身震いをすると注意を周囲の空間に向ける。ツッコむのはやめておこう。そう、俺の勘が囁いている。

 だから自分が鉄板を浮遊させているという意識をより集中させて、事実から目を逸らして忘れるように自身で仕向けた。

 今は講堂へ少しでも早く着くのを最優先にして、余分な思考は捨て去る。

 他者から指摘を受ける程、俺は自他ともに色恋沙汰には疎い。

 だけど付き合いの長い冬月会長の細かい機微は分かってしまう。色恋沙汰──ラブコメの波動と呼ばれるものの存在を俺は今、初めて知ったのかもしれない。

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