【失踪──残された者達はただ踊る】(3)
「ふぅーあとは公演を待つだけか」
誘導係兼整備に勤しんだ俺は一段落していた。
講堂内最後方の正面出入り口で誘導を終え、所狭しと着席する全校生徒を見つめる。自分でも分かるくらいに疲れの色が声から滲み出る。
かなりの人数を一箇所、一施設に集める大変さを痛感させられたせいだ。
待ち合わせの友人を探す生徒、何処へ行くか悩みウロウロする生徒、歪な隙間を作り集団で着席する生徒。
群勢となって押し寄せる人波を捌くのが如何に大変か、身をもって体験させられた。さらに俺は講堂内を見渡す。
チラホラ空き席もあるところを見ると欠席者はいるようだが、ほぼ全校生徒が講堂内を埋め尽くし、各々が好きな席に着席すると会話を繰り広げている。
「史弥お疲れさん。ここは俺が引き継ぐから次は壇上周りを見てきてくれないか?」
声を掛けられた方角を見ると、壁伝いに戦国先輩が近づいてきていた。
俺と同様に会場整備を終えて疲労の色が顔に出ていた。心なしか肩が下がり気味にも見える。
「了解しました。じゃあここから入ってくる生徒の空席誘導をお願いします。自分は壇上周りを巡回してきます」
「頼む。そっちも任せたぞ」
「はい」
短く了承してすっかり重くなってしまった足取りを壇上へ向かわせる。
壇上脇を回ろうと右外側から歩いていくと人垣が司会進行席で出来ているのに俺は気付いた。
最初はリハーサルと段取り確認かと思い、気にも留めなかったが近づくにつれ何か違う異質な空気を作っている気がした。
実行委員が何度もそこへ慌ただしく走り回っていたからだ。まるで何かを逐一報告するように。
報告を受ける中心には俺も面識だけは知っている面子が円になって井戸端会議を広げている。
生徒会役員達だ。巡回ついでに興味本位でさらに近づいていくと、
「どういうことや! 何でおらへんの⁉ もうすぐ講演時間やよ⁉」
「それが校内どこを探しても……」
「生徒会室は探したか?」
「柳瀬副会長、それも確認済みです」
壇上に近づいた俺はもう声が丸聞こえの井戸端会議の側まで来ていた。
軽い騒ぎになりつつある光景に迫るものを感じる。明らかにトラブルの匂いだ。
すぐ近場にいた楊瀬副会長と呼ばれた男子生徒へ俺は声を掛ける。左肩には生徒会と書かれた腕章を身に着けている。
「どうかされましたか?」
「君は……」
「一年風紀委員の須山史弥です。何かトラブルですか?」
柳瀬副会長が確認する前に俺は右腕の風紀委員腕章を見せ名乗る。
それを見た柳瀬副会長はすぐに理解すると、
「君があの須山君か。冬月会長から君に関する話しはいろいろ聞いているよ。僕は二年 柳瀬創人。生徒会副会長だ、よろしく。先ほどの質問だが実はちょっとしたトラブルが起きていてね……」
「と、言いますと?」
一体何を冬月会長が風潮していたのか気にはなるが好奇心を抑え込むと俺は訊ね直す。漏れ出た会話から大体察しがつくのだが……。
同じ運営に関わる者として情報を共有しようと柳瀬副会長は小さく耳打ちするように俺へ告げてくる。その横顔からは不安が見え隠れしていた。
「実は……冬月会長が行方不明なんだ」
「もしかして風紀委員室にいるんじゃないですか?」
小声で告げられた事実に俺は何の間も無く解を口から漏らしてしまった。すぐに思いついたのは冬月会長の寝顔だ。きっと安らかに眠っているのだろう。
まさにここ最近の行動を知れば当然の帰結。となれば風紀委員室だろう、と推測するのは常だ。
「それが風紀委員室にもいなかった。……というか君は会長がなぜそこに行くのを知って……。はぁー……。風紀委員室に出入りしている君が知っていても当然か……。もうちょっと節度を……」
呆れ顔になり柳瀬副会長は愚痴りかけて言葉を切った。どうやらこの人も知っているようだ。でも今はそんな話をしているべきではない。
「それで今も校内の至る所を探しているが何処にもいない。一体急にどうしたんだ会長……。こんなのは初めてだ……」
最後に柳瀬副会長は戸惑いを口にすると黙り込んでしまう。
「最後に見た場所はどこですか?」
「それがこの講堂内なんだ。実行委員に『外の空気を吸ってくる』と言ってから行方い知れずになってる」
「そうですか……。じゃあ講堂外に出たと?」
「出たとしても講堂外周に留まるだろう。いちよその点も念頭に置いて実行委員と運営委員に探してもらったがいなかったよ」
俺はそこでふと腕時計へ視線を落とす。
時刻は講演三十分前。
校内にいるのなら別段、問題の無い時間。
ただ本当に校内に居ればの話だ。いないと仮定すれば危うい時刻。もし講堂外──それもかなり離れた場所にいたとしたら……。
何処にいるかにもよるがそれだけ稲沢高等高校の敷地内は広い。見当をつけている柳瀬副会長へ視線を戻すと冬月会長の性格を思い出す。
決して完璧ではない。完璧と思われた彼女も欠陥を抱えた人間だった。
逆にそれが魅力であり、人を惹きつける何かを持っていた。
怠惰な一面に気さくな性格、妙に義理堅く、面倒見が良い人。
求心力があり、芯が通った人という印象も俺は抱いている。
そんな人が突然、演説会を放り投げて逃げたりするだろうか。
ましてや誰にも言わずにいなくなるなど考えられない。
演説会も重なっているとはいえ、これだけ周りから心配されているのだ。
そんな人物が適当なことをするだろうか。何か嫌な予感と純粋な心配が俺の心の内を染めていく。
だからだろうか、俺の口から自然と滑るように言葉が紡がれた。
「自分も一緒に探させて下さい」
突然の申し出に柳瀬副会長は驚いていた。
「良いのかい⁇ 風紀委員の君は会場整備の役目が……」
「殆ど役目は終わっていますので問題はありません。それに人手は多い方が良いでしょう」
人海戦術で捜索範囲が広がれば広がるほど効率は上がる。一人でも増えれば捜索範囲が広がる。今回の人探しでは、人手は多いに越したことはない筈だ。
顎に手を当て、柳瀬副会長は思案すると顔を上げて俺の顔を捉える。答えなど聞かなくても決断した表情だ。
「分かった。君にも手伝ってもらう。僕から風紀委員長には話しをつけておくから頼んでも良いかい?」
「引き受けました。あと自分から風紀委員長には伝えますのでお気遣いなく」
「そうか。気を遣わせてすまない。我々生徒会役員は進行の関係上持ち場を離れられないからこのまま待機している。冬月会長を見つけたら可及的、速やかに連れてきてくれ」
「了解しました」
俺は振り返ると講堂正面出入口へ小走りで進む。もちろん正面出入口では戦国が鎮座している。
「史弥、前席の巡回は終わったのか?」
小走りで向かってきた俺に戦国先輩は訊ねてくる。俺は公演までの時間が迫っているのもあり、手短に事態を説明すると、
真剣な俺の表情と話を聞いた戦国は驚いた表情を一瞬したかと思えばすぐに理解し真面目な面持ちで冷静な口調で口を開いた。
「──分かった。史弥急いで行ってくれ。あまり時間がない。俺からも手の空いている他の風紀委員に声を掛けて捜索させるように言っておく」
「ありがとうございます。自分はこれからすぐに行きます」
「頼んだぞ史弥。ところで何処から探すんだ?」
「校舎外です。じゃあ」
戦国先輩が何か口を開きかけていたが俺は急いで正面出入口を駆け抜けた。
一刻を争う、そんな気がしていたから。




