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【メガネ君は関わりたがらない】

 クレープ騒動の翌日。

「はぁ、また君達なのか……」

 生徒会長である(ふゆ)(つき)(れい)()は深い溜息と共に落胆の声を漏らす。昼の日差しが窓から零れて、地面を照らす生徒会室。二度目になる光景に見慣れた顔ぶれ四人が一室に集まっている。

 廊下では生徒達が行き来する足音が微かに聞こてくる。

 昼食を取り終えた可憐と俺は二度目になる呼び出しを受けていた。

「なぁ、史弥。一つ訊きたいのだが、トラブルメーカーって呼ばれたりしないか?」

 やけに真剣に訊いてきた人物は戦国先輩だ。余りにも真剣な質問だから真顔で返答してしまう。

「小・中では言われたことないですね……」

「ふざけたことを訊くな戦国! 須山君も真面目に答えなくていい‼」

「あいった! 会長そんなもので叩かんでくださいよ~……」

 戦国先輩は情けない声を上げる。

 何処から出したか分からなかったが、用紙プリントを棒状に丸めた筒で戦国先輩の頭をポカポカ冬月会長が殴り始める。一撃目は見事命中したが、二撃目からはその両手で頭を覆い、なんとか防御態勢をとっているものの攻撃は止む気配がない。

 そこで口を閉ざしていた可憐が普段は滅多に出さないような大きな声を上げた。

「──あ、あの冬月会長! 戦国先輩! 今回は私が原因で史弥くんを巻き込んでしまいました! 責任は全部私にあります! だから史弥くんに非はありません!」

「ふむ、今回、春山さんに原因があると?」

 戦国先輩を叩く手を止め、冬月会長は可憐の話しに耳を傾ける。

「そうです……」

「春山君がそこまで言うなら何があったか説明してくれるね? 実は私達も、それに教職員も詳しい事情は分かっていない。ただ当校の生徒に商業施設で騒ぎを起こした者がいると連絡を受けた。もちろん名前付きでね。私は最初その名前を聞いたとき驚いたよ。つい最近も会ったからね。

 まぁ、それで教職員は生徒間で、しかも前回も立ち会っている我々で話し合った方が話しやすいのではと、お膳立てしてこの場をまた設けた次第なんだ」

「そうですか……」

 どうやら可憐は酷く落ち込んでいるのかポツリと呟いた。

「じゃあ、ゆっくりで良いから、詳しく話してもらって良いかな?」

 そんな可憐に気遣いをみせて優しく冬月会長は促した。

「はい……」

 可憐は事の顛末を順序立てて話した。素行の悪い男二人に連れて行かれそうになり、それに対して抵抗し、逆上させてしまったと。史弥が仲裁で間に入ったこと。引き金は最初に手を挙げた自分だったのも包み隠さず。最初はこちらが手を出したのは省いても良かったと思ったが、可憐本人が罪悪感を持っていたのだろう。だから可憐は正直に話した。

 その話しに適度に相槌を打ちながら冬月会長は聞いていく。戦国先輩も同様だ。

 可憐は落ち着いて話し終えると、聞き終えた冬月会長は真剣な面持ちで口火を切った。

「話は大体理解した。確かに可憐さんに原因がある」

「その通りです……」

「俺にも責任はあります。自分がしっかり止めていればこんな騒ぎにまで発展する事には……」

 俺は隣で黙って話に耳を傾けると同時にいつでも可憐へフォローできるよう、常に可憐の発言にはアンテナを張って待機していた。だからこそ、すぐに擁護(ようご)の姿勢に移る。

「史弥くん、いいの……」

 断定口調の冬月会長に対して普段から汐らしい可憐は、より普段より遠慮がちで、今にも消え入りそうな返事をして、悄然(しょうぜん)と俯いている。

 その表情は後悔と反省に満ち溢れた悲しくも暗いものだった。

 そんな可憐にすぐに冬月会長は言葉を継いだ。

「だが、それはすべてと言う訳ではない」

「えっ?」

 予想外の冬月会長の言葉に俺は驚く。可憐も目を見開いて冬月会長を凝視していた。

「二人ともどうして、という顔をしているな。……確か君のEAは“デュアルフェイス″だったね。その内にもう一人の人格を有する特異能力。だとするならば、もう一人の君にも責任の一端がある。だから君一人の責任ではない」

「ですが結局、私一人の、個人の問題に変わり──」

「なんでも一人で抱え込む必要はない。君の能力を理解しているからこその結論だ」

 俺達二人の顔を交互に見て、冬月会長は少し微笑む。だがすぐに厳しい顔に戻る。

「だからこそ私はもう一人の君と向き合っておきたい。春山さんばかりに責任がある訳じゃない。もう一人の彼女にそれを私は直接伝えたい。私の口からね」

 可憐は少々目尻に涙を溜めて、感涙に陥りそうになるのを何とか堪え、「……分かりました」と短く述べてその容姿を変える。

「……」

 邪険な雰囲気を醸し出した彼女──憐可はその姿を見せる。初めて見るその姿に戦国先輩と冬月会長は目を奪われる。金色の妖艶な髪がなびく双玉の瞳の美少女に感銘を受ける。

 二人はこれほど印象が変わるのに一驚しているようだ。

 そして、見つめる冬月会長に対して憐可は一切目を合わせない。まるで反省の色をみせない太々しい態度。

「君は可──」

「憐可」

「──憐可さんか、覚えておく」

 冬月会長は言い直した。男顔負けの堂々とした胸を張った姿に何処か微笑を浮かべる。

 彼女は機嫌をとるつもりなど毛頭ないが、決して他人を逆撫でするつもりもなかった。

 対して憐可は、

「呼び捨てで良いよ」

 素っ気なく一言、その柔らかな唇で言った。

 言葉とは裏腹に距離を取るような冷たい口調──他人と認識してやまない初対面のドライな対応なのが俺には分かる。

 それでも呼び捨てを許したのは可憐を通して聞こえてきた、彼女も可憐の一部と認める冬月の言葉が響いたからなのだろうか。

 少なくとも好意的、前向きな、感情を憐可が抱いているのを信じるしかない。


「君が先に手を出したそうだね」

「あぁ、そうだよ」

「反省はしているかい?」

「全然」

 二人は完全に熱血教師ドラマのようなやり取りを繰り広げている。ここで馬鹿野郎の一つでも罵声を放って、殴り倒せばまさにそれではないだろうか。

 だが冬月会長は一生徒であり教師ではない。鉄拳制裁をする筈もなく、どちらかといえば一個人として寄り添うような語り口調で話していく。

「もし私もその場で同じことをされたら、憐可と同じ対応を取っていたと思う」

「はッ?」

 予想外の言い草に素っ頓狂な声を出してしまう憐可。

 冬月会長は恐らくその表情が予想通りだったのか、面白そうな笑みを浮かべる。決して不快じゃない何処かおどけた様な。

「私だってそういう気持ちになる。男など汚らわしくて、下心しかなくて、女をすぐに小馬鹿にとって、都合のいいようにしか利用しない身勝手な生き物だと思うからな」

 ジト目になりながら、俺と戦国先輩へ冬月会長は視線を送る。その表情は冗談なのか本気なのか判別し難い小悪魔的なもの。そしてまさかの矛先(ほこさき)に俺も戦国先輩もびっくりだ。おかげで条件反射的に二人して弁明する。

「自分はそんな風に女性を見ていませんよ」

「いや、会長そこまで言わなくても……」

 二者二様の返しをする俺達に対して、懐疑的に肩を竦め、冬月会長はフっと笑って応えて見せると話しを戻す。

「……まぁ、全ての男がそうかは置いておいて、私もそういう気持ちを持ち合わせているという意味だ。それほどまでに今回は素行の悪い男達だったみたいだしな」

「なら、あたしは悪くな──」

 顔を上げ、憐可は冬月会長をその瞳に捉える。

 しかし同時に被せて否定を喰らう。

「だが、力あるものが振る舞うには小物すぎる相手だったとも同時に思っている」

「…………」

 その顔を上げた表情に影を落として、また視線を何もないフローリングの床へ落とす。

 すぐに言葉の意味を理解して、的確に痛いところを突かれたのか、黙り込んでしまう憐可。

「低俗な相手に付き合う必要はなかった。それこそ同じ土俵に立つ必要はなかったのだ。君は力を振るう相手を選べたのに。憐可、必ずしも戦うだけじゃない。時には耐える選択だって重要だ。自分より弱い相手を嬲って君は満足か?」

 冬月会長は理詰めで、一つ一つの憐可の逃げ口上を先に潰していく。ゆっくりと憐可も自分の言い訳が消されていくのを感じているみたいだ。

「ただ自己満足で使って良い力なんてない。それだけは理解して欲しい。君は手段を間違えただけだ。他に上手いやり方は一杯あった。だから、次の君に期待しているよ」

 その言葉に今度は俺が冬月会長の顔を見てしまう。

 向こうも俺の視線に気付いて見つめ返してくる。返ってきた表情は優しい。けど整然と、それで気高い志を感じさせる凛々しいものだった。

「さて、この後の処理だが不可抗力とは言え、手を上げたのはこちらが先だ。その処分は避けられない。そこは分かってもらうよ?」


 逃げるように伏し目がちに目をそらす憐可。どうやら図星のようだった。

 こちらとしても先に吹っ掛けられたから悪くないと言いつつ、対処に落ち度──負い目がないと言えば嘘になる。

「その反応は肯定だね」

 そのまま黙り込む憐可を見ると答えを聞くまでもなく、冬月会長は戦国先輩の名前を呼んだ。仕える家臣に命を下すかの如く。

「はい、会長。なんでしょうか?」

 だがその家臣たる戦国先輩は不遜な様子だ。主人に仕えるには程遠い含み笑いを抑えながら応えた。何を言うのか知っているような素振りでその下知を待ってるように。

 逆に俺達は固唾を飲んで何を言い出すのか待つのみ。

「学校側には今回の聴取内容を報告する。ただし、不可抗力でやむを得ない状況であった。対処方法についても当事者達は深く反省していると、な。それと処分はなるべく寛大にしてもらうようにお願いしておく。戦国も問題ないな?」

「はい、問題ありません会長」

 戦国先輩は甲斐甲斐しくお辞儀をして見せると俺達に向き直る。

 お咎めなしとまではいかないが、口添えしてもらえて「良かったな」と言っているような不敵な笑顔だ。

 冬月会長は最後に憐可へ、

「君は後悔と反省をしている。私はそう受け取る。今回の報告による処分は私の見立てで教師からの厳重注意の上、反省文指導と言ったところだろう」

 最後にクスっと笑うと「反省文の内容を今のうちに考えておいた方が良いな」

 と、半笑い気味に告げる。

 本当にこの人は……。憐可の気持ちも汲み取ってくれる良い人なんだな。だから俺は精一杯のお礼を口にする。

「ありがとうございます冬月会長」

「何、君が感謝する必要はない。どちらかといえば君は被害者だよ須山君」

「いえ、自分も充分当事者ですので」

「なかなか君は誠実だな」

 少し感心したのか右手を顎に置いて、こちらを改めて直視してくる。なんとなく冬月会長が次に言いたいことが分かった気がする。

「益々、風紀委員に抜擢したいな」

「お世辞はそのくらいにして下さい。それにそのお返事はまだ期日があるはずです」

「ハハッ、なかなか須山君は手厳しいな。では気長に待つとしようかな」

 冬月会長は軽く苦笑すると憐可へ視線を戻す。

 未だに黙っている憐可はどうしたらいいのか分からないのか視線が床を彷徨っていた。

 そんな友人に俺は小声で声をかける。

「憐可……!」

 声をかけられた本人も理解していたのだろう。俺が何を言いたかったのかを。

「……ご厚意ありがとうございます」

 ただただ傍若無人というわけでもなく、他人の言葉に耳を傾ける器量も持ち合わせるこの破天荒美少女に俺は少し勘違いをしていたようだ。だからそっと付け加えるように呟く。

「またクレープ食べに行こう。今度は邪魔されないところで、なッ!」

 トラブルが付いて回る美貌の容姿を併せ持つ彼女を理解しつつ、次の約束──ひいてはお礼の仕切り直しで鬱憤を吹き飛ばしてもらおう。そう俺は思うのだ。

 しかし、冬月会長ってただの堅物ってわけでもないんだな……。

 冬月麗華という人間性に助けられたのを、俺はただただ胸の内で感謝するしかなかった。


 ◇◇◇


 クラスへ戻った俺達は残り少ない昼休憩を過ごすため、窓際後方、風当たりが良いという好立地である俺の席で空いている席をくっつけて談笑に興じていた。

 相変わらず席周りはクラスメイトから敬遠されているのか妙にポッカリとした空間を作っていた。異物を避けるように空いた空間。作られた外堀でもあるかのような外周。

 そこを唯一超えてくる人物はこの学内でも屈指の美少女しかいない。

「史弥くん、ごめんなさい……巻き込んじゃって……」

「いや、もういいんだ。憐可も珍しく反省していたし、今後はお互いに気を付けよう!」

「……ありがとう史弥くん」

 あの後反省したのかすぐ憐可は可憐の内へ引っ込んでしまった。

 今度は現実に戻ってきた可憐が落ち込み、机に頭が落ちるのではないかと思うくらいに項垂れている。

 この後、教員指導と反省文指導が待ち受けているのかと思うと杞憂ではあるが、この友人であるクラスメイトがいつまでもその表情に陰りを作るのを良しとしないのがこの俺、須山史弥だ。といっても盛り上げる話題なんてないんだけどな。

 という訳で何か話題にならないかと思案してみる。しかし、これと言って思いつかない。何か自然な──。

 話題を探しつつ何気なく教室を見渡した時、それは目に映った。

 同じように異質な空間を作り、読書に黙々と興じる一人の男子生徒の後ろ姿が。

 教室の入り口の席で腰掛ける男子生徒は他の生徒から隔離されているのか、それとも自身で壁を築いているのか定かではないが他の生徒達とは違う空気を放っていた。

 周りもそんな彼に近づこうとしない。居ないかのように扱っている。

 そんな彼に俺は同じ阻害感を覚えたのは必然だ。

 励ます話題を探そうとしていたのに今はもうそれが薄れて何の気もなしに可憐に呟いていた。

「あんなところで一人で本読んでるな」

「え? どこですか?」

 深く反省の色を表して、項垂れていた可憐は顔を上げると俺が視線を送る方向へ同じく視線を向ける。

「あそこ」

「えぇ確かにそうですね。でも読書なら誰だってしますよ?」

「でもほら。なんか雰囲気が他の生徒と違うって言うか、その、変な空間が出来上がってない? 俺と同じ感じがするっていうか……」

「同じ感じ、ですか? 確かに妙に空いてますけど……」

「上手く言葉で表現できないけど、でもなんか気になるんだよね」

「そうですか? え? あっ⁉ 史弥くん⁉」

 気付けば唐突に席を立って歩き出していた。遅れて可憐の声が聞こえる。

 周りのクラスメイト達は可憐に視線を送っていたために嫌でも俺の行動が目に付くのでいち早く避けていく。その対応に最早慣れっこな俺は男子生徒の前まで行くとなるべく友好的な声色で声を掛けてみる。

「なぁ、その本は何を読んでるの?」

 読書に集中していたのか、気にも留めていないのか感情の薄い表情がこちらへ向く。

 清潔感を持たせた長くもなく短くもない黒髪。鼻は高く、顔立ちは決して崩れてはいない。整った方だ。細長い手足が伸びる肢体は決して彼がスポーツは得意ではないと表現しているようだった。

 気になるのはその瞳だ。まるで死んだ魚のような目をした覇気のない印象を感じる。そこで訊ねられた男子生徒は俺を捉えるとすぐに自分が持つ本へ視線を戻し、一言返す。

「紺碧のアリス」

「へぇー聞かないタイトルだ。それ面白い?」

「人によると思う」

「今度、読ませてもらって良いかな?」

「貸すのは嫌だな。返してくれる保障ないし」

「ちゃ、ちゃんと返すよ!」

「それは返さない人の常套句だよ」

 中々にして素っ気ない返しがきて苦笑してしまう。どうも彼は友好的な姿勢で向き合ってくれないようで根気よくこちらが話しかけないと会話が途切れてしまいそうだ。

 紺碧のアリスを読む目線はそのままに彼は相変わらずのトーンで今度は俺へ問い掛ける。

「それで何か用?」

「いや、特に用がある訳でもないよ。ただちょっと話して見たかっただけ。それだけなんだ。もし良かったらこれから仲良くしてくれ。俺は須山史弥。史弥って呼んでくれ」

「……里中(さとなか)健太郎(けんたろう)

「じゃあ健太郎って呼んでも良いかな?」

「別に良いけど」

 ちょっよ何を考えているか分からない無表情が俺を見つめる。

 もしかしていきなり下の名前で呼ばれるの嫌だったか? でも今更引けないしなぁ。とりあえずこのままにしておこう。

「ところで健太郎の周りってなんていうか人少ないね」

 少し間を置いただろうか、ページを繰る手を止め、本に栞を挟み込むとそっと机に置く。

 興味が湧いてくれたのなら御の字なのだがどうやらそんな感じではなさそうだ。

 ちょっとめんどくさそうな雰囲気が漂ってるのが分かってしまう。

 ──少しでも会話のキャッチボールが出来て、親交が深められればそれでいいと思ったのだけどな。

 俺は純粋に健太郎がどんな人間なのか知りたいと思いつつ、同時にとある質問がしたかった。

「僕に聞かず、そこら辺の奴に理由でも尋ねたらどうなんだい?」

「生憎、オレ避けられててそんな状況じゃないんだよね」

 苦笑いで言って見せると溜息を健太郎につかれる。

「はぁ……知ってるよ。学内で君を知らない奴なんていない。それだけ有名人だからね。鈴原涼に入学初日に反抗した身の程知らずって呼ばれてるから」

「そうか……まぁ高校生活の最初は色々あるし、そんなもんだって!

「おめでたい程ポジティブだね」

「暗く考えても仕方ない。やっちまったもんは。それに俺は正しいと──ってそんな話しより……」

 話しを元に戻して再度健太郎に問い掛ける。

「もしかしてだけど健太郎もこの学校で何かした?」

 冗談めかして言ったつもりだったが、急な沈黙がこの空間を侵食していく。

 何か因縁浅からぬ過去があるのか健太郎の表情が強張っているようにもとれた。

「はぁー、君は本当に変な詮索をしたがる奴だな」

 俺の口から投げ出されたその言葉を聞いて飽きれ気味に健太郎はなると、二度目の溜息をついて肯定とも否定とも取れない答えが返ってくる。


「君がそう思うならそうなんだろうな。ところで僕は読書を楽しんでいるから少し席を外してもらえない?」

 直球なその要望を跳ね返せば焼け石に水で席を立たれ、今後もっと疎遠になる気がした。だから要望──拒絶を受け入れるしかなかった。食い下がるしか。


「結構、ストレートに言うね。……うん、邪魔して悪かった。また暇なときに話そう健太郎」

 その一言を最後に俺は席を離れようとそう思い振り返ろうとした時、健太郎は意味深な発言をした。

「あまり人を信用し過ぎない方が良い」

 俺はその言葉の真意がわからなった。だから咄嗟に訊き返した。

「どういう意味?」

 しかしそれ以上、健太郎は口を開かなかった。

 多分に彼は変わり者なのだろうかと大多数の者が思うだろう。もしくは極度の人嫌い。

 しかし、健太郎の言葉と現在の環境が何かを物語っているようで無性に引っかかってくる。もうこれは勘のレベルだ。自慢じゃないがよく俺は学力テストの山を張ると当たる。だからこれもあまり看過できない何かな気がする。俺の勘が囁いている。

 でも抑えるしかなかった。

 これ以上の詮索は相手の不快指数を上げるだけで何の答えも得られない。

 機会はいくらでもある。ゆっくり付き合っていこう、そう俺は決めた。


「史弥くん、どうでした?」

「すべからくあしらわれたかな」

 可憐が待つ席へ戻ると失笑気味に可憐へ言ってみせる。

 苦笑を浮かべると可憐は、

「なんて言ってました?」

 俺に再度訊ねる。

「読書の邪魔だから話しかけないでくれって」

「そうですか……。人それぞれに価値観がありますから私達には何も言えませんね」

「そうだね。今日はダメだったけどまた今度話しかけてみるさ」

 そこで可憐が不思議そうにこちらを覗き込んでいた。

「ん? どうかした?」

「いや、なんでそんなに男の子に構うのかなって思ったんです」

「確かにね。でもほら、隅っこで独りぼっちになってる人見るとさ、声かけたくなるんだよね。何してるのって。やっぱり楽しさみたいじゃん。折角同じ学校になったんだからさ」

「史弥くん、それは押し売りと紙一重ですよ」

 俺は可憐に人差し指を立てて忠告されてしまう。

「ま、まぁほどほどにします」

「はい。……でもちゃんと大事なところ見抜いてくれてるんですよね……」

「えッ? 今何か……」

 言いかけて今度は予鈴のチャイムが響く。

 その音色を聞いた生徒達は一斉に楽しく談笑していた友達同士と離れて自分の元居た場所へと着席し始める。昼休憩を名残惜しそうにして。

「もうこんな時間か。可憐また後で」

「うん、また後で史弥くん」

 可憐は分からないが、かくいう俺も名残惜しい気持ちで可憐が離れた席へ戻るのを見送ると、切り替えて放課後にある可憐との()()()()に向かって授業を頑張るのだった。


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