ショートコメディ『怒鳴くん』
給食の食器を重ねてカゴに入れた。それから取っ手を持って二人掛かりで運んでいる。そんな時、私の背後から声を張り上げられた。
「速く行けや!」
その声の主は怒鳴くんだった。彼はとても優しい人だ。通路が渋滞にならないように、前の人を急かしている。私も同じように前の人を急かさないといけないのかもしれない。でないと、私だって前に進めない。
「邪魔だクズ」
と、横合いから抜かしていく人がいた。なぜ、私が『クズ』だとバレたのだろう。隠せていると思ったのだが……。存外に人の目はごまかせないらしい。
「ほら、速くしろよ!」
後ろの方から怒鳴くんの声が聞こえる。怒鳴くんは、いつも嫌われ役をやっている。特に、私に嫌われ役をやっていた。いつも内心『死ねえ!』と思いながら彼の怒鳴り声を聞いていた。だって、腹が立つのだから仕方ない。でも、そんな感情と同時に、優しさも感じている自分がいた。
「おい〇〇! 調子こいて休んでんじゃねーぞ! 速くしろ!」
死ね。
「後ろがつまってんだ! 速くしろ!」
死ね。
「後ろの人のことも考えろよ! 速く進め!」
死ね。うん。私はどうやらクズで正解だ。怒鳴くんになにを言われても『死ね』と心の中で反復するだけなどうしようもないクズだった。
だが。
クズにはクズなりの、場のしのぎ方がある。それを私が、見せてやろう。
「おい速くしろ」
「邪魔だ、邪魔だー!!」
根暗で地味な私は、大きな声を上げて前の人を抜かしてどんどん突き進んで行った。
「どけどけー!! 〇〇様のお通りだぁぁ!! オラオラのろまな奴は道を開けろぉぉぉぉ!!」
根暗で地味な私は、食器カゴを持って進んだ。カゴの、もう片方の取っ手を持ってくれてる人が、ドン引きして顔を引きつらせていた。すまない。だが、これが私だ。
現在。怒鳴くんの怒鳴る声は、かなり後ろの方になって聞こえなくなっている。私は、やっと息苦しさから解放された。彼は優しい人だ。自分のために、そして、他人のために動くことのできる素晴らしい人格を持っている。でも、私は、それが看過できないのだ。
だってクズだから、仕方ない。
誰かを責めるくらいなら、私は、誰かに『死ね』って思う。余程のことがないと、けして、口には出さない。心のストレスは、なるべく少ない方がいい。
あの優しい人は、今、どうしてるだろう。後ろを振り向いてみても、そこにはあの高圧的な喧騒は聞こえてこなかった。私は、安堵の息を吐いた。
ほっと一息。人と関わるって、緊張するなあ。