19時
同人ショップで買い物を済ませたわたしは公園のベンチで途方に暮れていました。19時ですので、暮れる夕陽はもう沈んでしまっています。わたしだけが暮れていました。
街灯に照らされたわたしは、成人向け同人誌が大量に入ったパンドラのバッグを抱え、バッグの中にはいない一冊の本に思いを馳せていました。
「通販の予約をし忘れたのは失敗でした……」
好きな作家さんの同人誌が売り切れてしまっていました。何件も店を回ってみたもののすべての店で売り切れてしまっていて、過去の自分を呪ってやろうと思いました。呪術師ではないため呪えませんでしたが……
すでに呪われているような人生です。今更呪いなんて意味がないかもしれません。わたし自身、呪いに逃げだされてしまうような存在なので、呪殺とは相性最悪です。
呪殺に限らず、死との相性が最悪です。シスターのような恰好をしているから呪いや死から守られているだなんてことではありません。恰好は関係なく、体質的なものみたいです。ぺんぎんの帽子さんが守ってくれているわけでもないはずです、おそらく。
公園で途方に暮れるのはいつぶりでしょうか。最近は忙しくてこの公園に来ること自体が久しぶりのような気がします。昔はこの公園で、余りに余った時間を必死に潰していました。それこそ、死にそうになりながら、死にたがりながら、時間が流れていくのを空を眺めながら待っていました。残り7時間、残り6時間、5時間、4時間、3、2……といった具合に時計を確認しては、あまり経っていない時間に、ため息を連発したものでした。下校時刻までの必死のカウントダウンがわたしの部活動のようなもので、帰宅部以上に帰宅部だったと思います。帰宅する時間を待つ部、帰宅部。
わたしはいわゆる不登校でした。朝は学校から出ていく素振りをしつつ、学校には向かわず、ほとんど公園に出席していました。一人ぼっちの登下校にも慣れたものでした。今となってはかわいい後輩が出来なかったことが心残りですが、当時のわたしは後輩のことなんて考えている余裕はありませんでした。
学校は、行き場のない、居場所のない、現の地獄でした。
物がなくなることは日常茶飯事でした。陰口叩かれることもわたしが把握していた以上にあったと思います。理不尽に罪を擦り付けられたり、ありもしない噂を流されたり、ハブられたり、蹴られたり……それから……
「ダメです!!これ以上は!また昔に戻ってしまいますよわたし!」
そう、昔と今は違う。今のわたしは昔のわたしとは違う。生まれ変わったわけではないですが、前を見て行こうと決めたのですから。後ろには花も咲きません。もう過ぎた過去を笑顔にすることは出来ません。何度振り向こうともそこにあるのは、悲しい過去と現実だけです。それならば、未来で振り返った時に、そこに笑顔があるように、楽しい過去と夢があるように、するべきです。
未来はどこまで続くのか未知数ですが、わたしは少なくとも寿命以外では死ねないのですから。
生まれた時、途中棄権はすでに剝奪されてしまっていたのですから。
生きていくしかないのですから。
死を救いにはできないのですから。
「わたしは、もしかしたら、羨ましいのかもしれません」
羨ましいからそれを助けているのかもしれません。
自殺幇助と世間的には言うのでしょうか。わたしは自殺を望む人の自殺を助けたり、遺言を預かったりすることを仕事としています。仕事と言って良いのか怪しいところではありますが、お金を貰っているので一応仕事ということにしています。
依頼される方々は、死に救いを求めていたり、すべてを投げだすために死を選んでいたりします。わたしはそれを否定しません。世界的に自殺は止めるものですが、生きることが絶対に正しいともわたしは思いません。生きることと同じくらいに死もまた尊重されるべきものだと思います。死ねなかったからこそ、死ねないからこそ余計に思うのかもしれませんが……
目線が下がった時、丁度足元に二匹の黒猫ちゃんがいることに気付きました。わたしと目が合い、足元で二匹の黒猫ちゃんが鳴きます。お腹が空いているのでしょうか。
「ごめんなさい、ご飯は持っていなくて……また今度ではだめでしょうか……あっ」
街灯だけでは見えにくかったこともあり、気付くのが遅れました。よく見るとこの子たちは、わたしが帰宅部をしていた頃にもいた気がします。当時もよくわたしの傍に遊びに来ていたような気が……?
「お久しぶり……で合っていますか?ふふっ、元気でしたか?」
二匹の黒猫が先ほどよりもやや高音で鳴きました。どうやら元気だったみたいです。猫語は分かりませんがきっとそういうことなのだと思います。数年ぶりに友達に会うというのはこういう気持ちなのでしょうか。ちょっと恥ずかしいような、でも嬉しいような、胸が温かくなりました。
未来から過去を振り返った時、二匹の黒猫ちゃんも笑っていてくれるのでしょうか。わたしは笑えているでしょうか。
「えへへっ」
こんな感じでしょうか。汚い声が出てしまった気がしますが、不死鳥だって一応笑顔くらいできるんですよ知ってました?
なんて言いながらわたしは死ねない笑顔を返しました。不器用なわたしの笑い声に、二匹の黒猫ちゃんが鳴き返してくれました。
にゃーっとよくある鳴き声で――




