寝たきりゾンビ
いつも通りの検査の時間になって、看護婦が私の病室に入ってきた。
顔なじみの美しい看護婦であったが、その顔はいつもの彼女ではなかった。
顔から首にかけて青黒く変色し、白目をむいていた。
そんな彼女が、のたのたと私に目掛けて歩いてくるものだから、私はその場から逃げ出したくて堪らなくなった。
「あ”-ーーー」
彼女の口から体液が吐瀉され、私の顔にかかる。
そのおぞましい匂いと恐怖で、私は心臓が飛び出す寸前に思えた。
しかし、私はその場から一歩も動くことは出来なかった。
何故ならば、私は首から上しか動かすことが出来ないからに他ならない。
5年前に趣味だったスカイダイビングで、着地に失敗して腰を思い切り打ち付けた。
それで脊椎を痛めてしまったことが原因だった。
彼女が為す術のない私の両肩に掴みかかると、私の首筋を思い切り噛んだ。
痛みの感覚をほとんど失った私にとっては、あの事故の日以来の激痛に悶えた。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
私は思い切り叫んだ。
いくら叫び喚こうが、彼女が手加減をしてくれることはない。
彼女が人間とは思えない顎の力で私の首の肉を、遂には引きちぎってしまう。
ベッドの白いシーツが真っ赤に染まっていくのを私は見た。
次に彼女が噛みついたのは私の右腕だった。
これは痛みを感じない私にとっては、然したるものではなかった。
私は首からドバドバと流れ出る血液から、自分はもう助かるまいということを悟った。
意識が朦朧としてくると、そこで少し安心している自分に気が付いた。
思えば、この病室に来てから幾度となく"死"を望んできた。
思い通りにならない体。誰かの世話になることでしか得れない"生"。
だからといって、自殺することも叶わない。
(これは私にとっては僥倖であるかもしれない)
私の体を貪る顔なじみの看護婦を見て、私は口元を綻ばせた。
(ああ。食ってくれ。今まで世話かけた分の恩返しさ)
度重なるストレスから精神が摩耗し、彼女に辛く当たってしまうことも多かった。
せめてもの罪滅ぼしになれば と思う。
血を流しすぎたのか、目を開けているのに視界は暗くなってきた。
(これで、やっと終われる。)
こうして私は生を終えた。
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はずだった。
「あ”-あ”-」
私もゾンビになってしまったようだ。
部屋を見渡すが、彼女はすでにここにはいない。
驚いたことが2つある。
動かなかった体が動くようになったこと。指の一本一本までちゃんと動く。
久々の感覚に喜びが溢れる。
そして、ちゃんと"思考"を残していることだった。
あの看護婦の様子を見ると、人間としての尊厳や思考を残しているようには思えなかった。
しかし、私は"頭"で考えて、自分の今の状況を冷静に分析することが出来ている。
これはまさしく私にとって"僥倖"だ。やはり"死"よりも"生"の方が喜ばしい。
...まあ半分死んでいるようなものだが。
私は突然始まった第二の"生"に、人生の希望を見出したのだった。
寝たきりゾンビ -終-