第8話:特訓開始
第8話になります。
なぜかちょっと吐き気がしてしんどいです。寝不足かな?
第8話:特訓開始
スーシーの街を出たから3日......。レンゲとアイシャは”火鼠の巣窟“へ向けて移動している最中だった。
街を出る前に買った寝袋とサバイバルキットは中々使い心地がよく、道中は割と快適に休む事が出来ている。
アイシャの寝袋がボロボロだったので、お揃いの寝袋を買ってあげたらものすごく喜んでくれたりもしたが、道中で遭遇する魔物は可能な限りアイシャが倒すように言ったら、若干引き攣った顔になってしまったのが面白かった。
これは別に嫌がらせとかではなく、少しでも多くの経験値をアイシャに稼いでもらうためで、決してレンゲが楽をしたいからではない。
実際問題、レンゲのレベルはすでに上限の120に達しており、これ以上経験値を稼いでも意味がないのだ。それなら、早く強くなりたいというアイシャに倒させた方が良いと考えたのである。
とは言え......出てくる魔物全てをアイシャに任せていては体力的に持たない時もあった。特に、クロウ・スパイダーという体長10mを超える蜘蛛型の魔物が30匹ほどの群れで現れた時は、アイシャが「ムリムリムリー!私、蜘蛛は苦手なの〜!!」と言いながら逃げ回り始めたので、仕方なくレンゲが倒したり.....なんて事もあった。
そんな感じで、ちょっとしたトラブルもありながらも、”火鼠の巣窟“に着く頃にはアイシャのレベルも2レベル上がり、確かな手応えを感じながら洞窟内へと入っていった。
“火鼠の巣窟”.....ここはスーシーの街から南西に5日ほど歩いた場所にある洞窟で、近くに火山がある事から火属性の魔物であるファイア・ラビットが巣にしている所謂ダンジョンだ。
全7階層で構成されており、出てくると魔物はファイア・ラビットのみだが、下に行くにつれて同時に出現する数がどんどん増えていくようになっている。上層なら3〜5匹程度だが、最下層ともなると一度に100匹近い数が襲ってくるため、近接のみのパーティだと踏破するのはかなり難しいダンジョンだったりする。
逆に.....かなり密集しているため、範囲攻撃で一網打尽にしやすく、そのため魔法職のレベル上げにはもってこいなのだ。
「まずは.....3階層まで一気に降りる。アイシャの実力なら、そのあたりが効率いいはず。そこで30レベルまで上げて、範囲魔法を....覚えた、ら........今度は5階層まで行ってレベル上げ.....かな」
「だ、大丈夫かな?前に来た時は皆んなと一緒でも4階層までしか行けなかったんだけど.....」
「問題ない.....ちゃんと、倒し方も教える。アイシャなら、やれる」
レンゲの確信に満ちた表情に、不安はあるもののまずはやってみようと思い始めたアイシャ。ただ、当然のように道中の鼠も全てアイシャに狩らせていたので、苦笑を浮かべるくらいは許して欲しかった。
そうして到着した3階層。降りてきてすぐに20匹程に襲われてテンパってしまったアイシャだったが、ここまで狩り続けた経験が活きたのかそれほど苦戦せずに倒し切って見せた。
「ん......やっぱり、アイシャは筋が良い。とりあえず、いったん交代....ね。今から私が、お手本...見せるから、見てて?」
「わかった〜。うぅ.....やっぱり厳しいっていうのはホントだったよ〜。でもでも、ここまで降りてくる間にまた1レベル上がったし、厳しいけど頑張れる!」
そんなに厳しいだろうか.....?と疑問に思うレンゲと戀華だったが、丁度鼠の2波目が現れたので腰に佩いた剣を抜いて構えた。
ちなみに、この剣はただの鉄製のロングソードだ。普段愛用している剣では参考になりにくいと思ったため、適当に買った安物である。
(さてさて......剣は安物だけど、レベル差がありすぎるからこれでもまだオーバーキルすぎると思う。それに、お前が全力で振ったら今のアイシャには見えないだろう。って事で、出来るだけ力を抑えて戦え)
「ん........じゃ、見ててね.....アイシャ」
「わかった!」
その返事を皮切りに、レンゲは鼠の群れへと突撃した。先程まで見ていたアイシャの動きを参考に、出来るだけ同じくらいのスピードで接近する。そして1つ.....2つと剣を振るう度に、ファイア・ラビットの頭が胴から別れて命を落としていった。
「え.......まさか、あれだけの数を.....全部首を落として倒してるの!?」
アイシャは目の前の光景が信じられなかった。レンゲが本当に強いのは、天使達との戦いを見ていたから知っていた。だが、それは魔法を使った場合の事だとも思っていたのだ。
魔導剣士と言えば、剣で時間を稼ぎながら魔法を詠唱できるのが最大の利点。剣はあくまでも魔法を放つための時間稼ぎの道具.....。そう考えていたアイシャだったが、今目の前で振るわれている剣は、そんな彼女の考えを根底から覆すものだった。
しかも......明らかにアイシャの能力に合わせた動きでの技。つまり、これと同じことをアイシャにもやれと言っているのである。
「うそ......Bランク..........うぅん、剣技だけでも、多分Aランクの剣士に引けを取らない。凄い......凄い凄い!」
アイシャが興奮している中、レンゲはものの1〜2分程度で20匹以上のファイア・ラビットの首を全て落として見せた。勿論、レンゲは無傷どころか、返り血すら一滴も被っていない.....。
「ん......最終的には、このくらいできるように...なってもら、う。けど、最初からは....無理だと思うから、次に見せる方を先に覚えれば...良い」
レンゲはそう言いながら、またも湧き出してきた鼠たちを倒し始めた。しかし、今度は首を狙うのではなく、一太刀で複数の鼠たちを纏めて薙ぎ払っていた。先程の技が洗練され美しく舞っているかのようだったのに対して、こちらは荒々しく豪快な剣というイメージだった。
それでもなお、返り血は1つも付いていないのだから、若干意味がわからなくなりそうだったが、確かに.....あれだけ纏めて倒す事が出来れば効率は良さそうだとアイシャは思った。
「ふぅ.....こっちで綺麗に倒すの.....やっぱり難し、い」
「え......?」
あれだけ豪快に斬り倒しておいて、綺麗に倒す?そう思ったアイシャだったが、レンゲが倒した鼠たちの死体を見て戦慄した。
普通.....あんなに力任せに振り回していたら、死体の損傷が激しくて、例え素材として買い取ってもらえたとしても最安値でが当たり前になる。むしろ、素材として使える部分が減る事から、使えない部分の処分でギルド的にはマイナスだと言っても良いくらいなのだ。
だが.....レンゲが倒したファイア・ラビット達は、確かにバックリと斬り裂かれてはいるが無駄な損傷がなく、毛皮として十分高値で買い取ってもらえる状態になっていたのだ。
「うそ........どうやったら、こんなに綺麗に倒せるの?普通、あんなに纏めて斬ったら最初の1匹目は兎も角、2匹目からは斬り口が凄く雑になる筈なのに」
しかも、これを安物のロングソードでやったと言うのだ。実際に目の前で見ていたというのに、アイシャは自分の目が信じられなかった。
「ん......剣に、魔力を纏わせる......と、綺麗に斬れる。普通の剣士じゃ、無理だけど.....魔術師も取ってるアイシャなら、できなくは...ない。私を目指すなら、魔力特化型になるから、この技術は.....必須」
本来、今レンゲが言った技は魔法剣士になって初めて使える魔法剣という固有スキルなのだが、戀華はそれをスキルを使わずに使えないかと考えた。
魔力を薄く伸ばし、剣に纏わせ斬れ味を底上げする。言うほど簡単な技術ではなく、しかも魔法剣に比べると性能も悪いが、魔物の中にはスキルを無効化してくるような者も存在する。そうなった時にこの技術が使えれば、かなり楽ができると考えていた。
こういった所は、現実となった事による利点だと言えるだろう。ちょっとした事ではあるが、ゲームではできなかった事が色々と出来る可能性があるのだ。
一瞬......無理だと言いそうになったアイシャだったが、ブンブンと頭を振るとギュッと両手を胸の前で握ると気合を入れて応えた。
「そっか.......うん、頑張ってみる!」
「ん.......ちゃんと、教えるから。それと、アイシャのお小遣いは自分で倒した.....魔物の素材。綺麗に倒せれば.....その分、お小遣いも増える。......ガンバッ」
レンゲがそう言った瞬間、アイシャの目が輝いた。レンゲが倒したファイア・ラビットの死体は、状態の良さから恐らく1匹あたり500セリカ程で売れると思う。それが50匹くらいで2万5000セリカ。それだけでも今までの何倍もの収入だが、恐らくだが......これから何百、何千とファイア・ラビットを狩る事になる。
同じくらい綺麗に倒せるようになるのはまだまだ先になるとは思うけど、それでもそれだけの数を売れば何十万の稼ぎになるか.......。
そう思ったアイシャのやる気は最高潮に達した。
「やる.....絶対覚える!それでいっぱい稼ぐ!」
(まったく......厳禁な奴め。ま......やる気が無いよりはマシか)
「ん.......でも、1番の目的はレベル上げ。それは、忘れちゃダメ」
「あぅ........わ、分かってるよ〜」
変なやる気を出しているアイシャの後ろから、剣の腹でポコっと叩きながら嗜めると、頭を押さえて蹲りながら情けない声を上げた。それがちょっと面白かったのか、レンゲは少し笑いながらも新たに現れたファイア・ラビットの群れを指差した。
「ふふ.......あ、また来た...よ。ここからはアイシャが倒す」
「う〜......うん!やってやる〜!」
そこからはとにかく狩って狩って狩りまくった。
時には注意され.....。
「違う......もっと薄く張らないと意味がない」
「うん!」
時に大きな傷をおい.......。
『回復.....治せ、治せよ、治し給え......。汝を癒すは治癒の光』
「い、痛い......ちょっと休憩を......」
「ダメ......」
「そんなぁ〜!?」
時には褒められながら.......。
「ん........今のは、良かった」
「ホント!?よーし.....この調子で......」
「ダメ.....雑になってる」
「あいたっ!?」
気づけば、狩を始めてから1週間が過ぎていた。アイシャも魔法剣もどきをだいぶ使いこなせるようになってきて、レベルも32まで上げる事が出来た。その代わり......と言うべきか、アイシャの装備はかなりボロボロになっており、たった1週間とはいえ彼女が全力で頑張った事が嫌でも理解できる。
あまりにもボロボロすぎて、もう少し破けたら胸なんかはポロリと見えてしまいそうな程だったが、アイシャ自身はそんな事が気にならないほど、満足そうな顔で眠りについていた。
(ホント......アイシャには驚かされたな。正直、あれを使いこなすのに一月はかかると思ってた)
「ん.......やっぱり、筋がいい。次からは、魔法でも......良い」
(そうだな......もう一回だけ、最終確認も兼ねて4層の敵は剣だけで戦わせよう。それで大丈夫そうなら、5層からは魔法だな)
「ん......装備は、どうする?」
(あ〜..........)
今もレンゲを抱きしめながら眠っているアイシャ。胸がかなり露出してしまっているため、レンゲ(戀華)としては嬉しい状況なのだが、流石にいつまでもこのままというわけにはいかないだろう。
何より、素直に慕ってくれているアイシャの素肌を、他の男どもに見せるなど.....到底許容出来ることではなかった。
(確かローブとか余ってるのあったよな?あ、でも装備レベルが足りないか......)
「ん〜ん.......装備レベル、無くなってる。だから.....アイシャでも、装備出来る...と思う」
(なぬ......?)
レンゲに言われて確認してみると、確かに装備のステータス内に書かれていた筈の“必要レベル”が無くなっていた。ということは、アイシャに強い装備を持たせればそれだけで戦力アップになるのだが.......。
(いや、ダメだな。最初から強すぎる装備を渡したんじゃアイシャのためにならん)
とはいえ、今の装備のまま5層に降りるのも問題点があった。元プレイヤーのレンゲは、自身のメニューからステータスポイントを割り振る事が出来るのだが、アイシャ達はそうもいかなかったのだ。
アイシャのような...元々この世界で生きてきた者達は、ステータスポイントを割り振るにはギルドに設置されている専用の設備を使用する必要がある。そのため.....現時点では割り振る事が出来ず、レベルアップ分の上昇値だけでは5層のファイア・ラビットを、魔法1発で倒せない可能性の方が高いのだ。
(そうだな......どうせ街に戻れば上位職になるんだ。賢者のローブと賢者の上衣に下衣、それと水精のブーツに......水鳥の剣を装備させよう。これなら必要レベル50くらいのやつだったし問題ないだろ)
「ん.......わかった。それじゃ.....私も、ね.....る」
(おう......おやすみな。.........って、おいコラ!アイシャの胸に顔を埋めるのはやめなさい!)
「くぅ..........んぅ.....くぅ」
(もう寝てる!?あ〜......また悶々としながら待ってなきゃいけないのか.......)
これだけはどうにかならないものか...........。そう思いはするものの、どうにもならないし役得である事は間違いない。だが、思春期真っ盛りな青少年にとっては、少々刺激が強すぎるのもまた事実なのであった......。
☆
次の日の朝.....。簡単な朝食を食べ終わったレンゲ達は、早速アイシャに昨日話していた装備を渡していた。
「それを装備すれば......魔法攻撃力と、水属性に....補正がかかるから、今のアイシャのステータスでも.....1発で倒せるように、なる筈」
「お〜!でも.....良いの?これ、中級冒険者とかが装備するようなやつだよ?私なんかが......」
「ん.......今のアイシャの実力なら、レベルとステータスさえ上がれば、Bランクにはなれる.....はず。それと......1週間で、魔法剣を覚えた.....ご褒美」
ご褒美.......。その言葉はアイシャにとってとても嬉しい響きを伴っていた。なぜなら、自分の努力がレンゲに認めてもらえた証だからだ。
今にも飛び上がりそうなほどに嬉しいのをグッと堪えながら、アイシャは大事そうにレンゲから装備を受け取った。
「ありがとう!さ、早速着替えても良いかな!?」
「ん......というより、着替えた方が...良い。今の装備.....ボロボロになりすぎて、色々と...見えそう」
「え.........?」
レンゲに言われて、改めて自身の姿を確認するアイシャ。
いたるところが破けており、胸は今にも見えてしまいそうで......動きやすさ重視で選んでいた短パンも、今は辛うじて腰の辺りで繋がっているという状態。後一回でも何かがあれば、切れて下半身が丸出しになってしまってもおかしくなかった。
あまりにも酷い自身の姿に.....顔を真っ赤にして蹲りながら、恨めしそうにレンゲを睨むアイシャ。
その目は、なんでもっと早く教えてくれなかったのかと、雄弁に物語っていた。
だが......レンゲが何かを言うよりも早く、テントの中へ入っていくと物凄いスピードで着替え始めた。
「................悪い事.....しちゃったか、な?」
(まぁ.......そうだな。レンゲだって、知らない男にあんな格好見られたら恥ずかしいだろ?)
「..........................ん。多分......生かして返さない」
一体どんな想像をしたのか.....レンゲは心底嫌そうな顔をしながらそんな事を言った。
(怖いわ!まぁ.......そう思うなら、一応謝っとけ)
「ん........わかった」
そんな話をしていると、着替え終わったアイシャが何故かおずおずとテントから出てきた。
「あの......レンゲちゃん。これ、スカートしか無いのかな?」
「ん.......?うん、基本.....魔術師系の装備はスカートが多い。私もスカート......お揃い」
「そっか.......スカートなんて凄い久しぶりだから....なんか恥ずかしいよ」
そう言いながら、頰を染めてスカートの裾を押さえるアイシャ。レンゲが渡した装備は、紺色を基調としたもので、上衣は所々にリボンがあしらってある半袖タイプで、下衣は膝上丈の結構短いスカート。それにマントを羽織り、ハイソックスにブーツで絶対領域を演出する出で立ちになっていた。
ちなみに......レンゲの装備はこれよりも少しゴスロリ寄りのデザインで、マントを付けていない感じだ。色も白を基調としているので、清楚さが醸し出されていたりする。
戀華は今とさっきまでの装備を思い浮かべて、成る程......と思った。
(あぁ......さっきまでのはボーイッシュな感じだったからなぁ。でも、こうして見ると素材が良いからか随分と可愛らしく見えるな)
「ん.......アイシャ、可愛い。自信.....持つ」
「うぇ!?.....そんな事ない!絶対似合ってないよ〜!」
(いやいやいや.......これで可愛くないとか言ったら、世の女性をかなりの数敵に回すことになるぞ?正直、俺が体を動かせるなら襲いかかってたかもしれない)
「アイシャ.....は、もっと自分の可愛さを....自覚するべき。私が男だったら、絶対襲って.....る」
(こらこら......!そのまま伝えなくて良いから!?)
あまりにもストレートに伝えたレンゲに焦りつつ、チラリとアイシャを見ると、何故かモジモジしながら満更でもなさそうな表情を浮かべていて、あれ......?と思った。
「レンゲちゃんが私を.......そんな....ダメだよレンゲちゃん........でもでもレンゲちゃんになら.....」
(もしかして、アイシャってそっちの気があるのか?まぁ......お互いに合意の上なら俺は構わんが.....というよりバッチこい!なんだが)
「ん......?どういう...こと?」
(あぁいや.....すまんなんでもない。それより、そろそろアイシャを現実に戻してやれ)
「???.......わかった。アイシャ.....戻ってきて」
「あぁ......攻められるのも良いけど私も攻めてみた.......い?.....あ、あれ?」
声をかけただけではダメだったので、軽く体を揺すってみるとようやく妄想から帰ってきたようだった。目の前で不思議そうな顔をしているレンゲを見て、アイシャは目を白黒させていたが、先程までの自分を思い出して.....沸騰したように真っ赤になりながら慌て始めた。
「あ.....ああぁ...........わ、私.....何を考えて!?ち、違うんだよ!?別にレンゲちゃんとあんな事やこんな事がしたいだなんて考えてないんだからね!?」
「ん........?私と....何かしたい、の?私に出来る事なら.....なんでもするよ?」
「はぅぅ!?だ、ダメだよ!まだ早いから!」
(まだってなんだ、まだって......)
「???........とりあえず、5層.....行こっか」
あまりにも純粋なレンゲに、とうとう自己嫌悪に陥りそうになっているアイシャをどうにか引っ張りながら、洞窟内へと入っていくレンゲ。
もしかしたらその内......本当にアイシャと一線を越える日が来るかもしれないな......。そんなアホな事を考えながら、戀華はそうなった時に自分はどうすれば良いのかと割と本気で考えるのだった。