表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

幕裏編

 透き通る様に白い肌。色と言う色全てが抜け落ちた様な白い髪。夕日を、或いは血潮を溶かし込んだかの様に赤い双眸。

 アルビノ。

 アルビノだけが暮らす村で、アルビノの夫婦の下に生まれたワタシは、不思議な事にアルビノとして生を受けなかった。


 闇を思わせる黒髪。夜空を溶かし込んだ様な双眸。肌の色こそ色白と言える物であったが、其れもアルビノである他の住人と比べれば浅黒いと言える物。


 此処の住人はアルビノこそ全てだと語り、アルビノこそ穢れ無き存在だと信じきっている。成る程、赤々とした双眸を除けば殆ど白一色と言って問題無い外見は穢れが無いと言えば、言えなくも無い。

 しかし住人の妄言は其処に留まらず、自尊心の高さか、或いは今迄蔑まれ続けた事への報復か。住人達はアルビノ以外を“不浄の鬼”と表し、もしも彼等が此の村に来る事があれば処罰(殺害)すべしと声高に叫ぶ様になった。

 ワタシが生まれたのは、そんな差別意識が物心付いたと同時に芽生えるのが当たり前になった時分。勿論生まれたばかりの時はそんな事を理解もしていなかったけど、物心付けば周囲の奇異な目や、両親の赤い双眸に隠しきれない憎悪の念が窺えた。其れでもワタシが生まれた時、村長が過去にワタシの様な見た目で生まれた例は幾つかあり、其のどれも10になる頃には正しい見た目になっていたから問題ないと断言した事、特別な力を持つ巫女様がワタシには穢れを感じない事を口にしてくれたお陰でワタシは生き長らえたし、少なくとも10の誕生日を迎える迄は住人も目に見えた差別はしなかった。


 ただ、ワタシの髪も、肌も、目も10になっても11になっても変わる事はなく。

 巫女様は穢れがないと断言しているから処刑も出来ず。


 両親や住人のワタシを見る目は明確に変わっていって、ワタシは晴れて此の村が出来て以来初めてと言えるだろう本物の異端児になった。

 そんなワタシに村の住人は巫女様や村長さえ近付かず、両親は完全にワタシの親である事を止めた。そうは言っても巫女様の目で見てワタシには処罰に値するだけの穢れも感じられず、ワタシには生き地獄の様な道が押し付けられたのだ。

 まだ7つ8つの頃はワタシも生き残らせてくれた村長達に感謝していたけれど、9つになる頃には何度見ても変わる気配の無い黒髪黒目に辟易として、周囲の冷たい目線、両親の憎悪にも似た光を赤い双眸に感じる内に寧ろ殺して欲しかったと恨む様になっていたから、村が出した結論は本当ワタシにとって絶望其の物だった。いっそ村を滅ぼしてしまおうかとも考えた。


 そんなワタシに村を滅ぼす事を踏み止ませ、生きる希望を与えてくれたのは年下の少女。

 真湖(まこ)という名前は初めて聞いたけれど、ワタシには其の少女がどんな人間であるか直ぐに分かった。情報の殆どが与えられない異端児の耳にすら届く程、彼女は有名だもの。

 村に生まれた1人の女の子。

 其の子は赤子の時分から分かる程の美しさと強い力を持ち、歴代の巫女の中で1番の強さを持つ巫女として将来を有望された。其の美しさも村が出来て1番ではないかと誰もが噂していた。


 赤子の内からそう言わしめる程、件の少女は整った顔立ちをし、肌は穢れの無い水面の様に美しく透き通り、髪は新雪さえ劣る程深く深く純白で、ちらりと窺えた双眸は此の世の何よりも見事な真紅。


 誇張された噂だったと思ったけれど、4つくらいに成長した其の子がワタシの前に姿を現した時、ワタシは思わず息を呑んだ。卑屈になっていたワタシにさえ、特別な力も持たず、アルビノを恨んでさえいたワタシの黒い双眸にさえ、彼女は魅力的に映ったの。

 そして彼女は周囲の止める声を押し切ってワタシに近付き、手を差し伸べたわ。真湖がどんな気持ちでワタシに手を差し伸べたのか分からない。同情であったのかもしれないし、周りとは違う外見を持ったワタシへの興味であったかもしれない。

 そのどちらにもうんざりしていた筈のワタシは、眼前の少女に限り、手を差し伸べてくれるのなら何でも良いと思ったの。例え此の儘強いと言われる少女の力で胸の奥の憎悪を暴かれて殺される事になっても、其れさえ此の子が与えてくれるのであれば幸福だって。



「ふふ、思えばワタシはあの時から狂っていたのかもしれないわね」


 手の中の球体を月に透かして見つめながら、屋根に座る風木(かぜき)は己の回想を一旦打ち切って恍惚の形に笑みを浮べる。

 もしもの話に意味はないが風木が自身の気持ちに気付いていれば何かが変わっていただろうかと夢想し、有り得ないと打ち消す。

 真湖本人は少なくとも風木が真湖の特別な場所で、真湖の特別な人を血の海に沈めたあの瞬間迄、風木を好いていた。其の好意が風木と同種の物であるかは兎も角として、或いは平穏な方法で家族になれた可能性さえあったかもしれない。

 しかし真湖は住人に将来を期待される、次期巫女候補なのだ。もっとも候補なんて建前で、現巫女さえ真湖が巫女になる事を期待していた。

 そうした村にとって重要な宝物を、穢れこそ感知されていないとはいえ、“不浄の鬼”と同じ見た目をした異端児が勝手に奪えるものではない。誰も風木と真湖を祝福しない。

 村総出で風木と真湖の仲を裂こうとする事は明らかで、其れをされれば今の様に自由にあって些細な話をする事さえ叶わなくなるだろう。今迄侮蔑の目にも、実の親から浮べられる憎悪の目にも耐えてきた風木であったが其れだけは想像するだに恐ろしく、とてもではないが耐えられそうになかった。


 だからこそ風木は。


 と、其処迄考えて風木は恍惚の笑みを自嘲的な笑みへと変えると、緩く首を左右に振る。


「違うわね。其れは綺麗事よ」


 しかし自嘲の笑みは一瞬で、風木の中性的な顔立ちを憎悪が一瞬で染め上げた。


「ワタシは許せなかっただけ。ワタシと同じ“不浄の鬼”でありながら真湖の特別に成り得たあの部外者が。真湖の特別がワタシに向けられなかった事が。ワタシに特別をくれなかった事が。真湖が姉と慕ってくれる特別に満足して、満足する振りをしていたワタシが。何より真湖を奪った、真湖が惹かれたあの男が許せなかった。其れだけなのよ」


 1人夜空の下で淡々と呟けば、風木は其の夜空を溶かしたかの様な黒い双眸を閉じ、再び回想へと浸った。思い出と言うのはあまりに苦々しい、其れでいて今の幸福を作り上げる礎となってくれた重要な記憶を噛み締める様に思い返す。

 其れは同時に風木にとって自らの罪を振り返るのにも等しい。どれ程もっともらしい理由を付けた所で風木が真湖の想い人を殺害し、真湖に憎悪の目を向けられている事実に変わりはない。

 其れも風木自身が長年苦しめられ、心底から軽蔑していた住人達の差別意識を逆手に取り、自身は一切の罪に問われぬ様手回し迄して。

 しかし人1人殺した事実も、其の際自らが長年軽蔑さえしていた住人の思考を利用した事実も、風木にとって些末事に過ぎない。


 風木にとって真湖を手に入れるのが全てであった。

 真湖を奪ったあの少年を如何にかして罰したかった。


 其れが果たされたのだ。風木にとって過程等如何でも良かった。

 其の過程で風木が軽蔑し、真湖が難色を示していた住人の差別意識に同調した様に振舞う事さえ、此の未来を手にする為には風木にとって些細な事だったのだ。





 ワタシにとって真湖(まこ)は同情心でもなんでもなしに手を差し伸べてくれた恩人で、同時に真湖がワタシを姉と慕う様に妹の様に愛してた。

 そう。ワタシと真湖の関係は擬似姉妹。姉妹の真似事をしていて、真似事だからこそワタシと真湖の間に確かに繋がれた絆は、いざとなれば蹴落としあう本物の兄弟姉妹よりも強固で確かな物。其れはワタシが一方的にそう思ってるだけじゃない。真湖もそう思ってくれている。

 真湖はワタシにだけ心情を吐露してくれた。

 真湖の美貌や肩書き、約束された将来の為に求婚してくる人間にうんざりしている事。愛の囁きにすら最早うんざりしていて、彼等の言葉には何処かしら将来の地位と資産に目が眩んでいる様子が窺えてしまうのが嫌な事。


 そんな、他の住人には聞かせられない様な話を真湖はワタシには言ってくれた。

 異端児であるワタシであれば彼女との結婚資格を満たしていないし、安全牌の様に思っての事じゃないと思う。其れはワタシの希望もあるけど、真湖はそんな器用な事が出来る子じゃないから。

 一応は男であるワタシを“姉”の様に慕っているあたり、ワタシの事を同性として見ていたからこそ他の男達の様な感情は持っていないだろうという考えはあったのかもしれないけど。

 其れにはワタシの外見は兎も角として、此の喋り方も原因があるだろうから仕方ないと思ってるわ。何より真湖がワタシを男性として意識していなくても、兄にすらなれなくても、其れで真湖の特別を得られるのなら、真湖がワタシに安心感を抱いてくれるのならワタシは其れで幸せで、可愛い妹の真湖を目一杯可愛がって、良き姉でいようと思っていたわ。


 ただ其れが、全て思い込みだと気付いたのは邪魔者が現れてからだった。


 真湖とワタシは真湖が物心付いたばかりの頃から傍に居て、ワタシは真湖が吐露する彼女の本心にきっと真湖の両親よりも触れていた。深く繋がっていた。

 だからワタシは真湖の本心に気付いてしまったの。そんなに明確な物じゃないけど、ああ、真湖が変わってしまったって直感した。

 あれ程嫌悪していた恋情に真湖が目覚めた事。

 姉としては素直に喜ばしい事だったかもしれない。其れなのにワタシは真湖が恋愛を素敵な物だと思って、幸せに浸っている事実が如何しようもなく許せなくて。


 自分に嘘を吐けたのは其処迄。


 真湖へ感じていたのが姉としての愛じゃない、1人の人間としての愛だったと気付いてからはワタシの崩壊は早かった。

 許せないと思ったのよ。真湖の心を奪った誰かさんが。ワタシに心を開きながら最後にはワタシを特別の座から引き摺り落とした真湖が。

 だからワタシは真湖の後を付けたの。長い付き合いよ、彼女が此の後想い人に会うんだって想像は容易いわ。彼女、恋をする乙女の顔をしていたもの。

 村の中で1番透き通る様に白い肌をほんのり朱に染め上げ、何処か声を弾ませて。

 無論彼女が其れなりに心を許してくれたワタシの前でしかそんな隙を見せなかっただろうけど、皮肉にもワタシには其れで十分で。真湖はワタシが気付いたら祝福してくれるだろうって思っていたかもしれないけど、其れは真湖の思い違いだった。



 真湖が今迄村に無かった筈の洞窟に躊躇無く入っていった其の先で、あの忌まわしい金色を目にした時ね。

 ワタシの中に確かに怒りは湧いたわ。金色をして、ワタシの真湖を奪った“不浄の鬼”への怒りを感じた。

 でも其れと同時にワタシは思ったの。

 此の世に異端児として生を受け、両親からも蛇蝎の如く嫌われる羽目になった。其れについて神サマを恨んだ事もあったし、何年かすれば神サマ自体信じられなくなったわ。でも、でもね。


 此の時ばかりはワタシは神サマに感謝したのよ!!!!!


 真湖は何時か村の誰かを婚姻を結び、ソイツの子供を産まなければならない。其れがアルビノとして此の村に生まれた真湖の運命。

 真湖が嫌だと駄々を捏ねても、ワタシ如きが喚いても変わる事の無い事実。

 例えばワタシが真湖の夫を殺しても、ワタシが罪に問われ、真湖には新しい夫が用意されてお終いだ。ワタシは此れ幸いとばかりに処刑される。全て住人の思い通りだ。

 でもこうなってしまえば違う。

 此の事実が公になれば真湖は村での居場所を無くすし、かと言って素晴らしい器を持つ真湖を村も簡単に殺せはしないだろう。そうなれば厄介者に成り果てた真湖を押し付けるに、異端児のワタシは都合が良くなる。

 子供こそ教育上の問題だとか何とか都合を付けて村が取り上げてしまうだろうけど、少なくとも真湖はワタシの物になる。

 其れに“不浄の鬼”は殺せば殺しただけ誉になっても、罪になる事はない。真湖をワタシから奪ったあの男だって合法的に葬り去れる。


 此れだけのチャンスを与えてくれた神サマを、今感謝せずに何時感謝すれば良いんだろう。

 ワタシは抑えきれない喜びに唇を歪ませて。



 其れから数日後、1人きりの、敵地に居るにも関わらず安堵しきっていた男の背中に、封鬼(ふうき)の剣を突き立てた。

 此れが実際鬼を倒すのに役立つ物かは知らないけど、仰々しい名前をしておきながら実質はただの小型剣。刃物で思い切り突き刺せば、其の儘放っておけば、人は死ぬ。アルビノでも“不浄の鬼”でも異端児でも其れだけは平等。

 ワタシは惨めに這い蹲って、其れで居てワタシを睨む金色の双眸を見下して鼻で笑ってやったわ。苛立たしい事に事切れる間際迄真湖の心配をしていたけど。

 真湖はワタシが貰うから大丈夫よ、っていう言葉、あの男に届いたかしら?






 当然と言えば当然の事ながら、風木が真湖に好かれる事はなかった。風木とて其れを理解した上で、しかし神が風木に与えてくれたとしか思えぬ幸運に従う道を選んだ。其の結果は風木の思う通りだ。

 もっとも片目迄貰えるとは期待していなかったけれど。

 手の中の未だ鮮やかな真紅に風木は目を落とす。

 アルビノの象徴である赤い目を片方真湖から奪った事に、アルビノへの恨みや風木自身が異端児と呼ばれる存在である事の負い目は無い。

 風木が真湖の瞳を欲した理由はもっと単純明快で、子供染みた物だった。其れこそ欲する対象が人間の眼球である為残虐めいて見えるだけ、アルビノと異端児という関係上余計な邪推を招くだけでで、風木が真湖の片目を求めた理由はいっそ無邪気な物である。


「やっぱり綺麗ねぇ」


 夜空の下にあっても尚、深く鮮やかな真紅を湛えた眼球を見つめ、風木はうっとりと呟く。

 村の誰もが真湖を美しいと表した様に、真湖はとても美しい。其れはパーツ1つだけを取っても同じ事で、真湖の赤い双眸はどの住人よりも鮮やかな本物の赤色を湛えていた。

 真湖の其の瞳にアルビノに一種恨みさえ抱いている風木でさえ呑まれた。綺麗だと惚れ込み、綺麗な物を欲しただけの事。

 とは言え風木の場合、真湖へ恋情を抱いていた為、其の瞳に自身だけを映していて欲しいという一種歪んだ愛は孕んでいただろうが。

 残った目に憎悪を湛えて風木を見据える真湖を思いだし、風木はうっとりと恍惚に頬を染めながら、手の中の眼球にそっと口付けた。


「抱えているのが憎悪でも殺意でも何でも良いわ!ただ此れからはワタシをずっと見ていて頂戴ね、真湖!!!」


 声高に叫んだ其の声はしかし、住人が全員家の中で眠っている時間であるというのもあって誰にも届かない。

 其れは風木と真湖の住居である、風木が座る屋根の下。復讐と憎悪に片目を燃やし胸中を燃やし、何時しか命果てた先でリオとの再会を心の片隅程で僅かに夢見て眠る、真湖本人にも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ