3.本心
「電脳戦!」
明美の宣言に湧いて観衆。
体育館――外周の観客席を埋めたのみに留まらず、押し寄せた生徒は主役の3人を間近に取り囲んで熱狂の声を響かせる。その中に立つのは涼介と生徒会長、そして明美。
「私の秘密を覗いた方が勝ちよ!」
いつものように慌ただしく空に指を踊らせて明美。
「障壁は3層!」
涼介と生徒会長は合わせて眼。火花を散らせんばかりに睨み合い、明美の声に耳を傾ける。
「カウント開始! 3!」
明美が右手、指を3本振りかざした。
「2!」
観衆が声を明美に重ねる。
「1!」
熱狂に観衆の声が踊る。
「スタート!」
歓声が場に満ちる。同時に涼介は視野へウィンドウ群を展開。宙のヴァーチャル・コンソールへ指を走らせる。
「あいつここんとこブッてやがるからなー、」
涼介が舌先を口の端に覗かせる。
「連想エンジンをオトメゴコロ方面にちょっくら振ってみて……」
いきなりヒット。ただし引き当てたのは本命の方。暗号キィは――『半懸崖』、盆栽用語。
「おいおい!」
引き当てておいて涼介が焦る。
「相手はキングだぜ? いいのかよ!?」
涼介が思わず明美に眼を投げる。よりにもよってキングを相手に晒す言葉とも思えない。その明美はと言えば。
真剣そのものの眼をひたすら涼介へ注いでいた。
「……マジかよ、」
涼介に冷や汗。
「あいつ本気出してきやがった!」
方針転換。連想エンジンを本命へ全力投球。一方の生徒会長はと言えば――、
焦燥や迷いのかけらもない。こちらも余裕で第1障壁を通過したものと窺える。
「あ~あ知らねェぞォ、」
言う間に涼介の眼が、指が、慌ただしく巡ってヴァーチャル・コンソール。
第2障壁。祖父から直伝という盆栽趣味にカマをかける一方で、涼介が漁るのは明美のプライヴェートに関わる関係情報。好きな音楽は――カーペンターズの『Close to you』がヒット。第2障壁突破。
相手から妨害の気配はない。差し向かい、集中する生徒会長の顔色は読めない。
妨害よりも速度優先、そう当たりをつけた涼介がさらに深層へと潜る。連想エンジンの探索範囲を明美の本音に絞ってフル回転。
好きな食べ物――手応えなし。
好きな言葉――手応えなし。
好きな場所――手応えなし。
「おいおいおい、」
涼介のこめかみを冷や汗が伝う。
「最後の最後で気取ってんじゃねェだろうな?」
手を変える。コンテスト応募時の公式プロフィール。
好きな詩人――手応えなし。
好きな作家――手応えなし。
自称スリー・サイズ――手応えなし。
「待て待て待て、」
涼介の声に焦りが滲む。
「何考えてやがんだあいつ!?」
「――そこまで!」
そこで、生徒会長の声が強く厳かに立ち上がる。
瞬間、その場に満ちて静寂――というより固唾。空気すら重く頭上へのしかかるかのような、沈黙。
あらゆる耳目を集めて生徒会長、その長身。
キングの座を勝ち取ったその容姿が明美へ向き直る。刻んで一歩、誘ってどよめき。明美の表情が硬くなる。
また一歩。生徒会長は明美を見つめたまま前へ出る。明美が今さらのように口元、覆って掌。
さらに一歩。場の空気が期待に震える。
「……冗談だろ?」
涼介が向き合って再びヴァーチャル・コンソール。
「何どこでしくじったってんだ!?」
最後の一歩。生徒会長がわずかにかがみ、明美の耳元へ口を寄せる――囁き。
明美に瞠目。何よりその表情が物語る、勝利の行方。場に硬い静寂が落ちる。固唾を含んだ気配が満ちる。
「……合ってます……」
明美の、震えを帯びた声。
「……何、だって!?」
涼介が耳を疑う。眼を凝らす。だが明美の動揺に嘘は滲まない。
遅れて、歓声が空を揺るがす。
「んな馬鹿な!?」
呑み下せず、涼介がさらに侵入を試みる。
「無駄だよ」
焦る涼介を生徒会長の声が打つ。固まって、涼介が眼を上げる。儚げに笑んだ、明美の表情が意識を奪う。
「……まさか!」
心当たりが一つ。涼介が打ち込んだキィワード――的中。
「……そんな!」
「さてクィーン、」
生徒会長が明美へ声を向ける。
「告白の前に、学生証を見せてくれるかな?」
「……どこまで知ってるんですか……?」
返す明美の声が硬い。
「君の、」
甘い、というよりは冷徹な声で生徒会長。
「最後の秘密まで」
「……じゃ……」
明美が顔を伏せる。
「……全部、判ってるんですね?」
「もちろん」
「訊かせてもらえますか?」
明美がむしろ吹っ切った声で、
「どこで知ったんです?」
「君をコンテストに推したのは……!」
場を貫く生徒会長の声が、歓声を圧した――興味を帯びて声が潜まる。
「……この僕だ!」
静寂の中に生徒会長の声が突き通る。
「じゃ、」
明美の瞳に兆して理解。
「まさかあの写真……」
「そう、」
生徒会長が重く頷く。
「あれも僕がやった」
「何てこった!」
涼介が掌で額を打つ。その意味するところ、それは涼介が秘蔵した明美の水着写真を盗み取った――その事実。
「じゃ!?」
「甘く見ないことだ」
生徒会長の表情はしかし晴れない。
「虚仮の一念は岩をも通すものだよ」
「いつから、ですか?」
開き直ったかのような明美の声。
「学園祭の直前」
生徒会長の見せる眼が遠い。
「そして気付いたというわけさ」
生徒会長は明美へ焦点を戻して、
「……君の正体に」
「待った!」
涼介が声を上げて割り込む。
「そいつは……!!」
「最後の暗号キィ!」
生徒会長が声を張り上げた。涼介が絶叫を絞り出す。
「待て――ッ!」
「それは彼女の本名だ!!」
言い切った。涼介の声を貫き通して、その意味が場へ染み渡る。
「えーっ!?」「だって彼女、中城さんだろ?」「本名って……!?」
体育館にどよめきが渦を巻く。
「待った! 待った!! 待った――ッ!!」
「観念することだな!」
生徒会長が駆け寄る涼介を押し留める、その腕がいやに力強い。
「僕はそんな彼女に惚れたというわけだ!」
「言うな――ッ!」
涼介があらん限りの力を絞り出す。しかし一連の抵抗、その終わりに生じて隙。そこを生徒会長の声が衝く。
「だけど彼女は偽者だった!」
「……言っちまった……!」
一転、涼介に喪失感。なす術もなく生徒会長に力負け。押さえ込んだ生徒会長が明美へ振り返る。
「さあ、学生証を!」
明美は抵抗しなかった。懐へ手を伸ばし、学生証を取り出すと、高く掲げる。顔写真に添えて名前、そこにある名は。
――中城鈴音。
「いつからなんだ?」
力を失った涼介から手を放して生徒会長。
「学園祭の準備に入った時から」
むしろ素直に明美が頷く。
「君は双子の姉――鈴音くんと入れ替わった――なぜだい?」
「全部お見通しですか」
「佐伯君の秘密を覗いたからね」
頷いた生徒会長が諭すように問いを重ねる。
「もう一度訊こう。なぜだい?」
「学園祭を――彼と一緒に過ごしたかったから」
「待て! ちょっと待て!」
割り込む涼介の声が成して色。
「鈴音のヤツが告白しに行ったんじゃねェのかよ!?」
「そっちもあるわ」
明美が涼介へ向き直る。
「でも、こっちも本当」
「……え?」
涼介の声が呆ける。
「つまり君たち双子の姉妹は、」
呆れ半分で生徒会長が腕を組む。
「お互い望んで入れ替わっていたというわけだね?」
「そうです」
明美の眼が涼介を捉えて離さない。明美が涼介へ向けて一歩を刻む。
見やる生徒会長が小首を傾げて、
「けれど彼は……」
「解ってます」
涼介へ足を向ける明美の声はいっそ清々しい。
「彼が好きだったのは姉の――鈴音の方。なのに涼介は私を手伝ってくれた」
「知ってたのか!?」
涼介の声が裏返る。
「最後の秘密を明かしていいかな?」
「それは私の口から」
生徒会長へ眼を向けて、明美がその場へ腰を落とす。涼介の頬へ両の手を添え、その眼を見据えて離さない。
「おいおい……」
固唾を呑む、その静寂だけが場に満ちる――。
「最後の秘密は、」
最後のためらいを、明美は深い息一つで乗り越えた。
「私が一番好きなのは――」
「――待った!!」
涼介に意地の一声、それが明美の本音を遮る。
「涼介?」
思わず明美が言いよどむ。その見据える先に涼介の眼がたたえて意志。
「明美、訊いていいか?」
返す明美にただ無言。その間をさらって涼介に声。
「知っててやったんだな?」
明美に沈黙――次いで頷き。眼にした涼介が据えて声。
「よし!」
明美の肩、涼介が手を添えて力強く立ち上がる。
「まずは、やることがあるよな?」
涼介が掌を向けて傍ら、生徒会長。明美が次いで眼を向ける――キングの長身。
「そっか」寂しそうに呟いて明美。「約束、だもんね」
「権利は権利、」涼介が振り向いて生徒会長。「だよな?」
「これでは体のいいピエロだな、僕は」
生徒会長が肩を一つすくめて、それでも明美へ向き直る。
「だけどこれは本心です。中城明美さん、」
キングが明美の眼を射る。全てを見透かした、その眼で。
「鈴音さんではなく、僕はここへやって来たあなたのことが――」
「ごめんなさい!」
明美が勢いよく頭を下げる。
「私!」
震える声を紡ぎ出す。
「好きな人が……!!」
そこへ涼介が割り込ませて声。
「そこまで!」
そのまま観衆へ振り返って腹の底から声に力。
「聞いたな野郎ども!」
「……ちょっと涼介……!」
明美の挟む声に横眼だけ投げて、涼介が拳に力を込める。
「これで振り出しだ!」
体育館、どよめく観衆に涼介が声を投げつける。
「明美に告白したいヤツはかかってこい!!」
その場に男子生徒のどよめきが満ちる。
「真っ向勝負だ!」
それを貫く涼介の声に宿って生気。
「俺が相手になってやる!!」