2.挑戦
「“卑怯者”はないわよね~」
秋の陽も暮れなずむ正門前、涼介に並んで明美が歩く。
「……いや、猫かぶってんのが悪いと思う」
涼介が片頬を引きつらせながら右手の学生カバンを肩に担ぐ。
「何それ焚き付けといて言う科白?」
明美が愛らしい唇を尖らせた。そこへ涼介が噛み付く。
「だからいつ焚き付けたよ!?」
「これ、涼介のでしょ!」
明美が視界に流して自身の水着写真。明らかにプライヴェートの素顔は容姿ともども夏の陽光にも負けじと輝いている。
「……冤罪だ!」
涼介は半ば否定を避けて、
「つか陰謀だ! それ流したの俺じゃない!」
「『破壊力抜群』って言ってたの誰よ!?」
明美が双眸を不穏に細める。
「『これならクィーンも夢じゃない』って」
「いや言った、確かに言った」
涼介の表情に旗色が悪い。
「けどよく考えてみろよ、それ俺が独占してないのはどうしてだ?」
「あ、認めるんだ?」
明美が嬉しげな微笑を涼介に向ける。
「独占したいって」
「あ、いや、それは言葉のアヤというヤツで……」
途端に涼介の舌が絡まる。
「いいじゃない、素直になっちゃいなって」
「馬鹿言うな!」
涼介が慌てて言葉を継ぐ。
「俺達ゃ……」
「はいそこまで」
後ろから割って入った声がある。
「また星を増やしたんだって、色男君?」
振り返れば長身の美男子――袖章に生徒会長の一語が光る。
「あ、キングだ」
明美がミスタ・コンテストの勝者に向ける声はしかし黄色くない。
「いや、中城がクィーン獲ってから用心棒の出番が増えちゃって……」
涼介の声にも苦笑い。
「ここまで首を突っ込んでおきながら、煮え切らないのはいただけないね」
生徒会長の声には、涼しい中にもなお含み。
「いや、そういう問題じゃ……」
涼介の声は反して苦い。
「じゃ、明日の放課後に僕と勝負と行こうじゃないか。これまでのような告白の権利ではなく、告白そのものを賭けて」
「――ちょっと待った、それは……」
涼介の声が冴えを欠く。
「勝負に勝ったからには、」
涼やかに語る生徒会長の眼が細まる。
「玉砕覚悟で告白してもらわないとね。でなければ負けた側の意地というものが収まらない」
「いやだからこいつとはそういうんじゃ……痛ってェ!」
足元、明美が涼介の爪先を思いっ切り踏んづけていた。
「じゃ、決まりだ。僕が勝ったら告白する。君が勝っても告白する――いいね?」
最後に凄味を目線に込めて、有無を言わさず生徒会長は踵を返した。
「厳しすぎるな……」
涼介の顔に差して翳。
「何よォ、頼りないわねェ」
横で明美が唇を尖らせる。
「それが電脳部長の言う科白?」
「いやそうじゃないだろ、」
腕を組んだ涼介が投げて横目。
「条件の方だよ」
「そんなの簡単じゃない」
明美の笑みに曇りはない。
「涼介が勝っても私が振ればいいだけでしょ?」
「そしたら俺、もう用心棒失格だぜ?」
涼介が眉根をひそめて、
「次からどうすんだよ?」
「……あ、」
明美が口元へ掌。
「そっかァ、そこは考えてなかったな~」
「……だと思った」
げんなり顔の涼介が洩らす。
「負けたら?」
明美が無邪気に問う。
「私がキング振ればいいじゃん」
「んでまた一からサヴァイヴァルかよ」
「ね、」
明美が涼介へ素朴な眼を向ける。
「どうして付き合うフリじゃ駄目なのかな?」
「バレたら殺されるっての!」
涼介が自らを指差して、
「俺が!」
「そんなひどいことされるかな?」
明美が傾げて小首。
「あのな、」
涼介が両の手で指折り数えて、
「この一週間で何人相手にしてきたと思ってんだよ?」
「11人」
「……解ってて訊くなよ」
睨みを返す涼介の眼が白い。
「あいつら雑魚じゃねェ、明美ンとこまで勝ち上がってきた猛者だぜ。水面下にゃ告白狙ってる野郎どもが何人待ち構えてるか」
「そんなに恨まれてるかな、涼介って?」
「色恋の恨みは食い物の比じゃねェっての!」
涼介が両の指をひらつかせて、
「そんなもん、この身にどんだけ沁みてるか……」
「……へェ?」
明美の声が冷気を帯びる。
「な~によ、まだ未練たらッたらじゃん」
凄味をその声に聞きつけて、涼介は明美へ眼を投げた――その眼がこれっぱかりも笑っていない。
「いや待て!」
血の気を失った涼介が跳びすさる。
「そういう意味じゃない! 早まるな!!」
「あ~そう、」
細まる明美の双眸が帯びて険。
「な~んのために私達が……!」
「言うな馬鹿!」
一転、蒼白の涼介が掌で明美の口を塞ぐ。
「ん~!」
暴れる明美。押さえる涼介――の背中へ白い視線。
「何だ何だ!?」「あれ、クィーンじゃない?」「誰だトチ狂った馬鹿は!?」
「やべェ!」
冷や汗と共に涼介が明美の手首を引っ掴んだ。
「逃げるぞ!」
「何よ馬鹿~!」
ヤケ気味の明美が声を上げる。
「こォなったら全部ぶちまけて……!」
「馬鹿はそっちだろ!」
涼介が明美の手を引いて、
「頼むから大人しくしてくれって! 今さらバレてもいいなんて言うなよな!?」
「……!」
上げかけた叫びを明美が呑み込む。
「……何よォ! 何よこの卑怯者~!!」
「逃げるのかい?」
翌日の放課後――を迎えるなり生徒会長は涼介の前へと現れた。
「――誰が?」
とぼけてみせる涼介に引け目がなかったとは言えない。
「気のせいか、」
生徒会長は端麗な口の端を緩やかに持ち上げた。
「気乗りしていないように見受けられたのでね」
「そう見える?」
肩をすくめてみせて涼介。
「そう見えたから言っている」
生徒会長の眼は揺らがない。
「あ、そ」
涼介は舌先一つ覗かせて、
「そりゃあんな宣伝かまされちゃね」
昼休み、校内ネットワークを駆け巡ったニュース速報にいわく、『クィーンのハートを巡る決闘』。挑戦者である生徒会長の名前で直々に突きつけられた挑戦状、その内容は新聞部の手であまねく全校へと伝えられた。
時は放課後、場所は体育館。種目はクィーンの指示に従うとある。
「なんで彼女にこだわるんだ?」
涼介に探る眼が光る。
「彼女の悲しむ顔を見たくない」
生徒会長の表情に本気が覗く。
「じゃ、退いたら?」
一転、おどけてみせた涼介の声が上滑る。
「それで彼女が喜ぶなら」
生徒会長の眼が涼介を射る。
「だが、僕はそう思っていない」
「勘違いってセンは?」
細めた眼から問う涼介が笑いを見せかけ――失敗した。
「少なくとも、」
自信を見せて生徒会長。
「僕の見る限り、それはないな」
「自信家でいらっしゃること」
鼻白んだ涼介が顎を掻く。
「そりゃキングのプライドはさぞ高いでしょうよ」
「話し合ったところで解らないか――なら、」
肩を一つ鳴らした生徒会長が、
「実力で本音を訊き出すまでだ」