第132話 フォルコの願いである
「魔核を取り込んで欲しいとは、自分が何を言っているのか分かっているのであるか?」
我輩の問いにフォルコは、黙って頷くことで応えた。その眼に一切の恐怖もなく、ただ疲れ切ったようであった。
魔核とは魔物にとって心臓部に当たる重要な物。勿論、我輩の中にもある――と思う。見たことないであるし?それはさておき、そんな重要な部位を体から抜き取ってしまえば、人間から心臓を抜いたら死ぬように魔物も死に至る。フォルコは死を願っているのだ。
すぐそばにいるキッカに視線を送ると少し言いづらそうに口を開いた。
「言っておくけど、彼女が言い出したのよ?私はギルドのテイマーと組んで生きていくって提案をしたわ。もしくはあなた達とね」
『提案は嬉しく思います。……ですが、疲れてしまいました。私の唯一の家族であったエンゲルトもタナカタロウに操られた私が殺してしまった。これ以上、生きていく気力が無いのです。それならば、死して私の血肉を他の人の糧にしていただいた方がよろしいでしょう』
エンゲルトと言うのはフォルコの主のことであろうな。自分の手で大事な者を殺され、殺したいほど憎い相手に操られ悪逆非道な行為をさせられる。口調からも分かる通り理知的なフォルコには筆舌に尽くしがたいほどの絶望感であっただろう。
恐らくフォルコの中には、タナカタロウに復讐してやろうという気力すらも殺がれてしまったのであろう。
誰も声を発せない中、
『私は上位の魔物。余すところなく有効活用できると思います。ただ1つの我儘として、魔核をあなたに喰らっていただきたい』
「何故我輩であるか?」
『私を止めてくれたから……というのもありますが、タナカタロウはいずれあなたの前に現れるでしょう。奴は珍しい魔物を好み、そしてそれを手に入れるために強行な手段も厭わない厄介な男です。その前に少しでもあなたに力を付けていただきたい』
確かにタナカタロウは目の前のフォルコという強力な魔物を操っていたが、そのフォルコも既に奴の力からは解放されている。であれば、何の問題もないのでは?……いや、まだ何か隠し持っているのであるか?
「まさかお前以上の魔物を従えているのであるか?」
『その通りです。奴は確かに狂操状態にて魔物を操ることが出来ますが、それ以前にテイマーです。捻くれた形ではあるものの、奴と信頼関係を結び自ら力を貸す魔物が複数存在します。私が見たのは1体だけですが……ドラゴンです』
ほう、ドラゴンをテイムしているのであるか。ファンタジーの強力モンスター代表格ともいえるドラゴンを従えているとなると、タナカタロウは油断ならない存在と改めて認識せねばならんであるな。口調はあんなにも小物臭いのに。
「で?そのドラゴンに貴様は勝てるのであるか?」
『勝てます。エンゲルトと一緒であれば……ですがね。私1体では勝てないでしょう』
そう告げ、悲し気に目を伏せるフォルコ。主と一緒であれば勝てるというのは真実なのであろうな。操られた状態でもあれだけ強かったのであるから、相棒と自らの意思で戦えればその力は何倍にも増すことであろう。
ため息を漏らすフォルコ。彼女は瞳に涙を貯めながらこちらを見据えた。
『では、そろそろ逝くと致しましょうか』
「見送りはいるであるか?」
『そうですね、お願いします』
キッカは見張りをしていたギルド職員に「お願い」とだけ声を掛ける。その声に頷いたギルド職員は懐から透明な液体の入った小さな小瓶を取り出し、栓を抜くとフォルコの前に置いた。
あれは……聞かずとも分かる。毒であるな。上位の魔物でもあるフォルコを殺しえる物なのであろう。
『ありがとうございます。それでは――』
そう震えた声で礼を言うと小瓶を口で摘み上げクイッと毒を呑み込んだ。
効果は顕著に現れフォルコは力なく倒れるように伏せ、視線だけこちらに向ける。
『あぁ、なるほど。これで終われるのですね』
「ゆっくり休むといいである」
『そう、させていただきます……嗚呼、ネコさん。私は、エンゲルトと同じ所に逝けるでしょうか』
「きっと行けるである」
『フフッ、だと、いい、で……』
最後まで告げず、フォルコは眠るように逝ってしまった。
同じところに逝けるか、であるか。それを我輩に聞かないで欲しい。
「我輩は行けなかったであるがな」