第118話 食べるである!
「やらんぞ。」
「クゥン……」
そんな悲し気に鳴いてもダメなものはダメである。我輩だって食べたいのであるからな。うむ、良い酸味であるな。野菜もシャキシャキしているであるし。うまうま。
カウンターの奥からトントンと包丁の小気味良い音とぐつぐつと煮込むような音が聞こえるであるな。それにいい匂いも漂ってくるである。
「はいお待ちどお!まずは肉じゃがねぇ!」
空になった小鉢をゴブリンが慣れた手つきで回収するとすぐさま新しい器が目の前に並べられたである。確かにそれは肉じゃがであるな。
実はこの世界にも肉じゃがは存在していたし、我輩もそれを食べたことはある。元の世界では頑なに食わせてもらえなかったであるからな。何でも"お前には毒だから"であったな。
さて、異世界の肉じゃがを食ってきた我輩であるが、目の前のこれは……格が違う。うまく言葉にできないのが口惜しいであるが、違うというのは良く分かるである。我輩、良く自制できてるであるな。ポチは涎溢れる寸前……何、お前我輩が喰い始めるの待っているであるか?お、おう急かすな急かすな。
「頂くである。」
「ワウ!」
……うまっ!今の我輩は驚きに目を見張っているであろう。それ程までにこの肉じゃがは今までに食ったそれを凌駕していた。味に派手さがあるという訳ではないが、えっと、旨味?であるか。それがとても深い。要するに滅茶苦茶美味いのである。ネコに語彙力を求めてはならんぞ。
「おばちゃん、この肉じゃがは何か特別な物でも使ってるのであるか?」
「いんやぁ?そんな事はないさね!よっちゃん達が市場から買ってきた何の変哲もない肉に野菜さ!」
と言うことは出汁とかそこらであろうか。まぁそんなことはどうでもいい。うまいが正義である!だからポチ!お前はもうちょっと落ち着いて楽しむである!あーもう、口汚して……拭くの普通ロッテの役割であろうが!
「すまんであるが、もう一皿肉じゃがを……」
「はいよ!ワンちゃんはいい食いっぷりしてるねぇ!」
「ワウン!」
ポチは肉じゃがを気に入ったみたいであるな。勿論我輩もであるが。
これは我輩も、肉じゃがのお代わりを頼んでいた方がよかったか?いやしかし、ここまで美味いと逆に他の料理も楽しみであるよな。故に1皿に留めておくである。……やっぱり……我慢……出来なかったである。美味い。
その後も次々と食っては、新たな料理が運ばれ、そのどれもが美味く、そしてどの料理もどこか懐かしさを感じさせた。出てくる料理は我輩も前世で見たことのある料理。食べはできなかったが、匂いは覚えている。……我が友、自炊してなかったからインスタントとかそういうのばかりであったが。
酒をちろちろと飲みながら我輩は気になっていたことをおばちゃんに聞いてみた。
「おばちゃんは、転移者なのであるか?」
「あーそうだよぉ?もう10年前だったかねぇ。台所に立っていたはずなのに、気が付いたら包丁だけ持って草原に立っていたのよぉ!あれはもう度肝抜かれたね!」
10年前……?おばちゃん、見た目50そこらに見えるから40辺りだとしても、魔物という危険生物が存在するこの世界で何と言うハードモードであるか!?
「でも不思議なことにねぇ、この世界がどういうものかってのが分かったんだよ。神様が何かしてくれたのかねぇ?」
クシャルダ……?いや、あいつは転移した人間の面倒まで見るのであろうか。興味なかったからあいつのこと神としか知らんであるが……ま、死んだ後にでも聞くであるかな。
「でもねぇ、歩けど歩けど人の姿は見えない。その代わり凶暴な牛とかが突進してくるわけよ!」
「撃退したのであるか?」
「そうなのよ!私、武道なーんにもやってなかったのにねぇ!体が勝手に動いたのさ!するっと躱して包丁でぐさっ!だよぉ!自分でやってて意味わからなかったね!」
ケタケタと笑うおばちゃんからは、魔物に襲われたときのことを笑い話として話しているであるが、普通動物を直接殺すことなんてない日本で生活していたおばちゃんが、この世界ですぐに魔物殺して今それを平気な様子で笑い話にするって……もしかして、おばちゃん相当強いのでは?いや、戦うつもりは毛頭ないである。
「不思議なことに解体もするするーって出来てね?おばちゃん、普通の大学出てるのに農業科かってね!アハハハハ!」
「お、おう。」
「しかもねぇ?念じたら包丁以外の調理器具も出てくるじゃない。びっくりしたわー!それで野外で料理してたらね?そこで出会ったのよ!」
「ほう、人とであるか?」
「いんや?よっちゃん達さね!」
よっちゃんて、このゴブリン?おぉ、ゴブリン達が昔を懐かしむようにうんうんと頷いている。この様子から見るに険悪な出会いではなさそうであるな。
「私の作った料理の匂いにつられたのかね?遠くからこっちを見ていたのさ。その様子がね、独り立ちした息子たちを思い起こしちゃって招いちゃったのさ。」
「怖くなかったのであるか?」
「いんやぁ?むしろ、可愛いじゃないのさ。目を輝かして私の料理にがっついていたのを見たときは本当に嬉しかったよ。この子たちと会うまで私は1人で作って1人で食べていたからねぇ……」