第109話 狐である
その狐は、白く煌めく毛皮を血に染めて大きな音を立てて洞窟の奥から姿を現した。口には完全に絶命し、だらんと舌を垂らした男の頭。狐はそれをぽんと上に放り投げたかと思えば、一噛みで頭部をかみ砕いたのである。
ショッキングな光景に耐えきれずロッテは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。仕方ないことであろう。だがいかん!その声に狐は血走った眼をこちらを向け――奴の後ろから何かが草木に隠れていたロッテ目掛け飛び出た。
「ガルゥ!」
いち早く攻撃を察したポチは主であるロッテの目の前に飛び出、その物体に噛みつき、受け止めた。――しかし、勢いは殺せず、ポチはロッテ諸共吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
「ッ……!カハッ」
「グガゥ……」
強い衝撃にロッテとポチは苦しげにうめく。1年の間でポチも間違いなく強くなったのである。それこそ、自身より体の大きな者を噛みつき持ち上げ、投げつけるほどには。だが、狐のそれはポチの成長をあざ笑うかのように軽々と吹き飛ばしたのだ。
ロッテ達を突き飛ばしたそれはシュルシュルとうねり、狐の背後に戻ったところでそれの正体が分かった。
「尻尾……であるか。それも9本て!」
そう。白いものの正体は奴の尻尾。しかも1本ではなく、9本……それが意味するものとは1つしかない。
九尾の狐。鑑定の使えない我輩でも奴の種族は何となく把握することができた。それほどまでに分かりやすい見た目をしていたのである。
日本でも中国でも有名な九尾の狐はどの物語でも、類にもれず……上位の存在。そしてそれはこの異世界でも同等であろう。
「コーリィ!ロッテ達を!」
「畏まりました!」
我輩はマジックボックスより回復薬を取り出しそれをコーリィに投げ渡し、それを用いての治療を命じる。
ここでロッテもポチも脱落させるわけにはいかない。ロッテのバフもポチの力も絶対必要なのである。
「ティナ、我輩たちだけでやるであるぞ!」
「うん!」
ティナを伴い我輩は奴の意識をこちらに向けるよう、九尾の前に躍り出た。
目論見通り、奴の目線は我輩に釘付けのようでその口から涎を滴らせている。……もしや、餌と認識されていないであるか?
「クルルルァ!」
九尾が雄たけびを上げると我輩を刺し貫かんと全ての尻尾を我輩に仕掛けてきた。ティナに目をくれぬとは……!!だが逆に言えばティナが自由に動けるというものである。
我輩は3本の尻尾で九尾の3本の尻尾に巻き付き抑えにかかる。予想はしていたであるが、力は強く、気を抜けばすぐにでも振り払われそうである。しかもまだ6本も残っているである。
勿論、やられるつもりはない。グラビティの魔法で何とか落とし……あ、無理であるわこれ。強行突破してくる!それでもスピードは多少遅くなったので飛び上がって回避することができたである。
そんで我輩に注意が向いたということはティナはノーマーク。
ティナはスグサマに九尾の背後に移動し、音もなく氷を纏った拳で殴りつけた。普通の魔物であれば、これだけで1発KOなのであるが……殴ったティナの表情が驚愕のそれに代わる。
「嘘っ凍らないのー!?しかも手ごたえないー!」
悲鳴にも近い声を挙げながらティナは九尾の虫を払うかのような尻尾の動きを回避する。
……我輩達、どうやらとんでもない魔物と出くわしてしまったようであるな。こんなことなら依頼受けるんじゃなかったである。言っても仕方ないであるがな。
その後も我輩とティナの攻撃は続くが、一向に聞く気配がない。というよりもこの九尾、我輩の攻撃を通させてくれないのである。猫パンチを繰り出そうとしたらそれはもう過敏に反応して避けるのである。……ん?あ、そうである。
「ティナ!お前、巨大ゾンビ凍らせたアレ、使えるであるか!?」
「あれー?分かった!」
我輩の指示を受けたティナは地面に手をつき、技の名前を口にした。
「"冷凍保存"っ!」
……いや、何であるかその技名よ。確かに冷凍保存できそうではあるが。
技名はさておき、それを口にした瞬間、手をついた場所から一気に冷気が迸り九尾を襲う。九尾は今までと違う何かを感じたのか飛び退こうとするのであるが、遅い。地面から離れる瞬間、冷気が九尾の足を捕らえそこから蝕むように九尾の体を凍らせにかかった。
「キュルルオ!?」
ほう、初めて焦るような声を上げたであるな。であれば、喰らえ。我が右前脚の必殺の一撃を!
何が繰り出されるのか分かったのであろう、九尾は必死に体を捩らせ氷を引きはがそうとするが、剥がれない。尻尾を動かそうにも凍って動かない。そんな無様な九尾のどてっぱらに猫パンチを叩き込んだ。