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生者と死者に祝福を  作者: もこもっこ
第二章  転変
35/36

第13話 「始動」

遅くなりました。長いです。

※9月17日、本文の一部、加筆修正しました。







 




 ――九月二十二日、午後二時半。

 中国から端を発した未知の新型ウイルスは病者を人喰いの化け物……『ゾンビ』へと変え、日本を含む全世界を窮地に追い込んだ。

 まさにこの新型ウイルスは、過去のあらゆる戦争、過去に起こったどの自然災害、これまで世界に吹き荒れたどんな病気や細菌による感染爆発(パンデミック)とは比べものにならないほど凶悪で最悪で絶望的であって、何よりも極めて非現実的だった。


 死者が生者を襲い、その肉を貪り喰う。

 そんな人類史上類を見ない奇妙かつ奇怪な()()()は、日本国内の大都市や地方の市町村を含めた様々な場所で惨状を生み出した。

 しかし、その中でも特に首都東京の被害は甚大かつ想像を絶していた。

 原因は、ある()()を企てた者達が都心に新型ウイルスを持ち込み、意図的に感染爆発(パンデミック)を引き起こしたからであった。更に、ある“組織”の武装グループ及びそれに関連する別な集団や団体に属する者達が、混乱に乗じて自衛隊や警察などの法執行機関の主要施設に対し武力攻撃を仕掛けたことで、東京都内の治安基盤が壊滅的なダメージを受けたからだった。


 “組織”――名を『研修所』と呼び、その機関の実体は国家規模の表沙汰(おもてざた)にできない後ろ暗い()()()()に生ずる厄介な問題を、脅迫・拉致・殺人といったありとあらゆる非合法手段で処理、解決する裏社会の暴力装置であった。

 そんな危険極まるトラブル処理機関の母体となるのは、日本有数の巨大企業である『蔵本商事株式会社』であり、同時に(おおやけ)の秩序維持機構とは一線を画す国家の暗部を担う最高機密の()()()として、『研修所』は闇の権力者たちから畏怖(いふ)されていた。

 故に『研修所』のクライアントは国家の実権を握る者や巨万の富を持つ者、裏社会を牛耳る者らであり、同“組織”の存在は非公然ながらも国の“影”として彼らに認知されているのだった。


 一方、“影”の構成分子となっているのは『研修所』にて幼少期から徒手・刃物・銃器・爆弾・劇薬などの()()()に必要な戦闘技術や専門的知識を徹底的に叩き込まれた特殊技能工作員――いわゆる“執行者”と呼称される者達であった。

 そして始末屋(トラブルシューター)たる“執行者”らの全ての行動は、一人の指導者によって決定づけされていた。

 指導者の名は、香月稔(かづきみのる)。彼は『蔵本商事株式会社』の副社長という立場に加え、『研修所』の管理及び運営の最高責任者だった。

 もっとも名目上は、同社の筆頭株主兼代表取締役社長である蔵本英雄(くらもとひでお)が『研修所』のオーナーとなっていたが、“組織”の諸活動や作戦の具体的指示、更に人材の育成、行動指針や配置等に至る重要事項の実質的な権限は、全て香月が掌握していた。


 要するに『蔵本商事株式会社』が手を染める闇ビジネスのトラブルを解決する非合法の“組織”――『研修所』は事実上、香月稔という男の支配下にあり、それに伴い『研修所』の実動員である“執行者”もまた、彼が自在に動かせる配下に相違なかった。

 無論、優れた身体能力だけでなく強力な火器の扱いや卓越した戦術能力を有する“執行者”を手中に収めている香月の暴走を危惧する声は、会社の内外を問わず権力を握る者達から少なからず上がっていた。

 だからこそ会社のトップに立つ蔵本英雄は、自分に何か不利益を生じるような動きを副社長の香月が見せたとき、即座に彼を排除する為の予防措置を講じていた。


 しかし香月とて、それを見抜けぬような愚物ではなかった。

 故に彼は、社長の蔵本英雄を始め、己の敵となる可能性を持つ者達に不信感を抱かれぬよう燃え盛る野心を内に秘めつつ、これまで従順を貫いてきた。がその一方で、水面下では様々な画策を長年行ってきたのだった。

 全ては、いつか訪れるであろう()()()に備えてのことであった。

 その過程において、香月は絶大な“力”を持つ蔵本に抗う一つの(すべ)として、ある研究分野に目を付ける。

 それこそが通称『スーパー・ソルジャー計画』と呼ばれる研究であり、内容は最先端技術を用いて兵士の肉体及び知的能力の強化を行う軍事プロジェクトであった。


 人間を超える人間、兵士を超える兵士を生み出す為の生物学的最適化技術(バイオテクノロジー)と最新の脳科学研究(ニューロサイエンス)に着目した香月は、会社の多額資金を巧妙な手段かつ秘密裡に流用し、その全てを『スーパー・ソルジャー計画』の研究費と関連事業に投じた。

 遺伝学を用いた高次の身体的機能と代謝機能の開発、兵士の任務遂行能力の飛躍的な向上及び改良を目指した神経学と薬理学の応用による人格改造、特殊薬物の投与。

 倫理という言葉は完全に無視され、軍事利用に特化したあらゆる非人道的な人体実験が香月の指示によって幾度も繰り返されてきた。

 なかでも特に群を抜いて異質で異端な研究分野があった。それこそが魔法、神秘主義、超自然現象、オカルトなどの超常現象(パラノーマル)と称呼されている研究プログラムであった。


 元々、超常現象(パラノーマル)の研究に関しては、軍事と諜報の効果的なツールになると考えた冷戦時代のアメリカやソ連、そして両大国に追随する形で中国が熱い視線を注いできた。

 科学界では疑似科学と言われ、正規には認められていない超自然(超常的)現象に包括されている超感覚的知覚(ESP〔テレパシー、透視、予知といった五感以外による知覚の総称〕)、サイコキネシス(PK、念動力)、マップ・ダウジング〔棒状の物を使用して地下資源や人工物体を発見すること〕などを研究室で実証し、再現する方法を大国は競って模索していたのである。

 その理由は当然ながら、もし超能力(サイ)の謎を科学の力で解き明かし同時にこれら未知の“力”を軍事技術として利用することが出来れば、極秘作戦における優位を確保できると冷戦期の米露中が考えていたからであった。


 そんな各国政府の秘密プログラムは、試行錯誤と紆余曲折を経て進歩を続けた。

 進歩の源となったのは、国防科学者や情報部員などの軍関係者を始め、生まれながらにしてESP及びPKに代表される異能の《力》を授かった、極めて希少かつ特異な存在である超能力者サイキックたちの()()()()()()に他ならなかった。

 そして時が流れ二十一世紀に入ると、超常現象パラノーマルの研究と探求に神経生理学者、神経生物学者、人工頭脳学者、情報技術者、コンピューター技術者といった過去には存在しなかった新たな分野の専門家たちも加わった。

 これによって超常現象パラノーマル研究は、既存の科学的アプローチとは一線を画す新たな段階へ進むことに成功したのだった。


 驚異的なスピードで進化する現代テクノロジーをもとにしたデジタル技術は、結果として超能力サイの発現に関する謎めいたプロセスを、限定的な範囲ではあったが解明することに成功する。

 超感覚的知覚(ESP、テレパシーなど)やサイコキネシス(PK、念動力)の超自然的能力の発動プロセスと軍事モデル化については、超大国のアメリカ・ロシア・中国が莫大な研究費を投じていたのだが、それに目を付けたのが他ならぬ香月稔であった。

 大企業である『蔵本商事株式会社』の副社長として、また非合法の特殊機関たる『研修所』の最高責任者として香月は自身の立場を最大限に利用し、最新の超常現象研究プログラムの調査を実施した。もちろん極秘裏に。

 そして香月は、独自のルートで徹底的に調べ上げた情報を自らが推し進める『スーパー・ソルジャー計画』の研究に盛り込み、一定の成果を得たのであった。


 全ては、遠くない将来において己の敵となるである男、蔵本英雄に抗う為の手段だった。

 無論、香月が抱く野望と野心はそれだけにとどまらず、その先の未来をも見据えていた。

 数限りない犠牲と、数多の流血を承知の上で――




「こう見えても私は映画が大好きでね。若い頃から仕事終わりや休日を利用して、足しげく映画館に通ったものだ。もちろんそれ以外にもレンタルショップでビデオ――ああ、DVDやブルーレイが普及した昨今では、ビデオテープなどという代物はすっかり過去の遺物となってしまったな。まあそれはともかく、店舗で借りたり買ったりなども含めると、私がこれまで観た映画は邦画や洋画、ジャンルを問わずそれこそ数え切れない程だよ。……ちなみに君はどうかね? 私と同じく映画鑑賞が趣味だというのなら、是非とも互いの好きな作品について語り合いたいと思うだが」


「せっかくのお誘いですが、私は大衆の娯楽映画を観る趣味は持ち合わせていないので、作品について語り合うのは無理ですな。本なら多少、暇つぶしに読むことはありますが」


「うむ、それは残念だな。どうやら君は、刺激的な映像よりは魅力的な活字の方が好みらしい。かく言う私も読書は趣味の一つではある。が、やはりそれよりも、奇想天外な物語を視覚や聴覚に直接訴えかける映画の方が私は好きでね。特に最近の観た中で面白いと思ったのは、アメリカン・コミックが原作の特殊能力を持ったスーパーヒーロー達が活躍する作品だ。とはいっても、結局ストーリーの筋道は使い古された昔ながらの勧善懲悪ものではあるが、しかし内容は中々に()っていてね。ど派手なアクションが売りの一つではあるのだが、それ以上に強大で強力な悪と戦うことを余儀なくされたヒーロー達が一致団結し、いかにして苦難を乗り越え巨悪を打ち倒すかが、作中における最大の魅力となっているんだ」


「はあ……なるほど」


 嬉々とした様子で自分の趣味の映画について語る相手に対し、その男はほんの僅かな困惑と大いなる退屈が入り混じった表情を浮かべながら曖昧に言葉を返す。

 高級感あふれるプレジデントデスクのオフィスチェアに座ったまま口元に笑みを刻み付けて話す人物は、香月稔かづきみのるという名の五十歳代の男性だった。

 一方、デスク前に配された応接ソファに腰を下ろし返事をする中年の男性は、鏑木(かぶらぎ)と呼ばれていた。しかし彼を知るごく限られた人間は、冴えない容貌のヨレヨレとなった安物スーツを着たその男こそが、“処分人(パニッシャー)”なる暗号名(コードネーム)を与えられた最強の()()()であることを知っていた。


「いや、すまん。忙しい身である君にとって私の趣味など至極どうでもいい話だろうが、もう少しだけこのまま続けさせて欲しい。無駄話とはいえ一応、それなりに意味合いはあるのでな。で、だ。結論から先に述べると、先に話したヒーローアクションものの映画についてだが、勘どころは二つだと私は思っている。前者は、常人を遥かに凌駕する戦闘力を持つヒーローに対する畏敬の念。そして後者は、本来無敵であるはずのヒーロー達が内包する人間的な弱さが物語(ストーリー)を予期せぬ方向へ進ませる、という点だ。逆に言えば、それ以外は余分なエピソードでしかない」


「他を圧倒する無敵の戦闘能力を誇りながらも、精神面における脆弱(ぜいじゃく)さが物事のスムーズな進行を阻害する、ですか。……スーパーヒーローとやらも、存外に厄介な性質(たち)を抱えているものですな」


 東京都新宿区西新宿に所在する『蔵本商事株式会社』の本社ビル三十八階、役員フロア内の副社長室にて、香月と鏑木の二人が会話を行っていた。

 大きな窓から射し込む明るい陽の光が、広い室内に配置されている高品質の書籍棚やソファ、応接セット、花束が活けられた花瓶、デスク等のインテリア及び床に敷かれたふかふかの絨毯を鮮やかに照らしていた。

 上質かつ優雅な調和に満たされた部屋にて、足を組んだ姿勢でソファに座る“処分人(パニッシャー)”こと鏑木が発した皮肉めいた声に対し、蔵本商事副社長と『研修所』の最高執行責任者を兼任する香月が軽く顎を引き(うなず)いた後、説明の言葉を返した。


「ああ、本当に厄介さ。だがね鏑木くん、それでも私は普通の人間の枠組みを遥かに逸脱した特異な存在――スーパーヒーローに憧憬の念を禁じ得ないのだよ。例えそれが、フィクションと呼ばれる虚構の産物でしかないことを理解していながらもね。ところがあいにく私は昔から諦めが悪い性格というか、どうしても夢を夢のままで終わらせるということに我慢がならなかった。まあ要は大人になりきれていないのだろうね、五十歳代に突入した今でも。だからこそ私が『スーパー・ソルジャー計画』を立案したのは必然という訳だ。全ては夢を現実のものとする為に、な」


「しかしまた随分と途方もない事を思いつくものですな。フィクション世界の住人たるスーパーヒーローが持つ超人的な“強さ”を現実のものにする研究とは。とはいえ、詳しい事は存じませんが米国なんかでは、その分野の研究に関しては進展が目覚ましいとか」


「ああ。特にCIAや国防総省(ペンタゴン)、並びに海軍研究局(ONR)が兵士のパフォーマンス向上を目的として最新のデジタル技術を研究プログラムに組み込み、着実な成果を上げている。また他にもロシアや中国などもアメリカと同様、“強化兵士”の研究には多額の資金を投入し早期の実用化を図っているようだ。もっとも今は世界的にAIテクノロジーの開発研究が競い合うように進められており、現状いわゆる“超人”計画の方はやや下火となっている感は否めないがな。しかし私の個人な意見を言わせてもらえば、どれほどAI技術が発達しようとも、やはり“ヒト”が秘める無限の可能性の前では全てが色あせて見える。そうは思わないか? 鏑木くん……いや、“処分人(パニッシャー)”」


 わざとらしく言い直して問う香月の眼差しはウエリントン型メガネのレンズを通して、(おぼろ)な気配を総身にまとう鏑木へと据えられていた。

 そして香月から“処分人(パニッシャー)”と呼び掛けられた鏑木は、応接ソファ前のテーブルに置かれたコーヒー入りのカップを見つめながらボソボソと喋る。

 オーダーメイドの黒いスリーピース・スーツを一部の隙もなく着こなし、整った顔立ちに微笑を刻む紳士然とした香月と、何ら印象に残らない安っぽい地味なスーツ姿に加え凡庸な面構えを無表情に固定させている鏑木とでは、見た目もその存在感も全く対照的だった。


「“ヒト”が秘める無限の可能性、ですか。いささか表現が過剰のような気もしますが、頭ごなしに否定は出来ませんな。なにせ現実、私自身がその恩恵の一端にあずかっている訳ですから。とはいえ、今はともかく近い将来――まあ、人類に輝かしい将来があれば、の話ですが――更に高度化するAIテクノロジーを差し置いて人間の優越を断言するのはいかがなものかと」


「別に全人類の英知と栄光を盲目的に信じている訳ではないさ。当然のことながら、この星に蔓延(はびこ)る害虫の(ごと)き無駄な人間は早急に排除せねばならないし、それと並行して未来を担うべき人材の育成・選別・確保を実施する必要がある。その点で言えば、世界的規模に膨れ上がった今回の“ゾンビハザード”はまさしく僥倖(ぎょうこう)だった。何故なら生ける屍(ゾンビ)となった彼らは只ひたすら()()()を繰り返すのみで、他の余計な活動を行うことは一切ない。これこそ真の『エコロジー』だと私は思うがね。戦争や紛争に代表される大規模な破壊行動ではなく、生物の本能に根ざした“食べる”という行為で人口の削減を実現し、ごく自然な形で環境の負担を軽くするのだから、地球の環境問題を声高に叫ぶ者達は生ける屍(ゾンビ)の出現に感謝せねばならないだろうよ」


「外をうろつく死にぞこないの化け物連中を『エコロジー』などとは、中々に皮肉の利いたユニークな考え方ですな。ところで、無駄な人口の削減と必要な人材の選別・確保については納得しましたが、それと“先生”が先ほどおっしゃった、無限の可能性を秘めた“ヒト”の件の話とどんな関係が?」


 コーヒーカップから香月へと目線を動かした鏑木が尋ねる。

 すると香月は椅子の背もたれに身を預け、何かを述懐するかのような口ぶりで答えを返した。


「それこそ大いに関係がある。鍵は『超能力』だよ、鏑木くん。テレパシー、透視、念力、未来予知に代表される超自然的な能力の発現が“ヒト”を今より高みへと至らしめる。もちろんその為には、抽象的または概念的なものではなく具体的で現実的な“覚醒”が必須ひっすとなるだろう。逆に言えばその“覚醒”以外に近い将来、訪れるであろう高度に発達したAIテクノロジーによる人類の淘汰(とうた)を回避する道は無い。……とはいっても、あくまでそれは今直面している未曽有(みぞう)の災害を乗り切れば、という前提の話ではあるのだが。いずれにせよ、新型ウイルスに感染し生きる屍(ゾンビ)と化した彼ら群体が、純粋たる浄化装置として人間の削減と選別に大いなる貢献を果たすのは間違いない」


「なかなか興味深いお話ですな。がしかし、人工知能が人類の知能を超える特異点――技術特異点(シンギュラリティ)や、いわゆる2045年問題などで指摘されているAI脅威論と『超能力』による人類の革新論を結びつけるのは、流石さすがにこじつけのような気がしますが」


詭弁(きべん)ではないさ。確かに私も神々廻千尋(ししばちひろ)という女性と、彼女の一人娘である神々廻楓(ししばかえで)という二人の存在がなければ、『超能力』こそが人類に残された唯一の可能性などという説を口にはしなかっただろう。特に楓の母親の千尋にあっては、その筋では世界広しといえども間違いなくトップクラスの実力を持ち、数々の()()を我々の前で実践してくれた。もちろんトリックなど一切無しで、だ。私は、凝り固まった常識という名のくだらぬ概念を木っ端微塵(こっぱみじん)に打ち砕く彼女の“才能”に希望の光を見出し、そして魅了された」


「なるほど。稀代(きたい)の超能力者という訳ですか、その神々廻千尋なる女は。……しかし妙な話ですな。それ程の実力者であるなら俗世間はともかく、裏社会の方で少なくとも噂話ぐらいにはなるはず。それは、神々廻楓とかいう女の娘に関しても同様です。いくら“先生”がその母娘(おやこ)の存在を完璧に秘匿したとしても、何らかの活動を行っている以上どこかに必ず(ほころ)びが生じ、断片的に話が外部の人間へと伝わる。特に敵が多い人間であれば、情報漏えいを完全に防ぐのはまさしく至難の業でしょう」


 両の(まなこ)仄暗(ほのぐら)い瞬きを宿した鏑木が香月に向かって言い、陰気な声音で更に言葉を継ぐ。


「それ故に妙だと私は言ったのです。“先生”がいかに巧妙な手口で神々廻家の母娘(おやこ)の事を隠蔽(いんぺい)したとしても、遅かれ早かれ人の口に戸は立てられぬように噂が独り歩きするのを止めるのは難しい。ましてや裏社会では尚更の話だ。また私とて、例えそれがどんなに些細でくだらない情報であっても裏で流れているものならば、聞き漏らすことなど絶対に有り得ません」


 裏社会、闇稼業の深淵に生きる()()()()()の鏑木が知り得る情報の量と質は、非合法機関である『研修所』の実質上の最高責任者となる香月稔ですら警戒する程のものであった。

 すなわちそれは、鏑木が『研修所』に属する執行者らとは立ち位置が異なる存在であり、さらに香月と同等、もしくはそれ以上の権力を握っている者が“処分人(パニッシャー)”様々な働きかけを行っている事実を示唆(しさ)していた。

 無論、裏で糸を引く人間が誰かなど香月には分かっており、問題の解決に向けた根回しも既に終えていたのだが、いずれにせよ香月稔にとって鏑木という男の存在は、あらゆる意味合いを込めて最高の『切り札』に違いなかった。

 明言する鏑木に対して香月が鷹揚(おうよう)にうなずき、そして口を開いた。


「もっともな話だが、しかしながら君を始め他の誰であれ、神々廻(ししば)千尋(ちひろ)(かえで)に関する情報を得ることは不可能だ。そもそも二人の家系というか家筋はかなり特殊な上に酷く閉鎖的で、私が秘密の保持に奔走しなくとも内情が外部に漏れる心配は皆無に等しかった。だからこそ情報の封じ込めは容易(たやす)かったのだが、今は色々な意味であの母娘おやこの存在は闇へと葬られた。それも完璧にな。何せ母親は既に死去し、残った娘の方も()()()()()で昏睡状態という有り様だ。まともな世の中ならいざ知らず、地獄と化した現状では助かる見込みなど万に一つもない」


「……死人に口なし、ですか。そういった事情ならば納得できますが、だとすると“先生”の唱える人類の新たな可能性とやらはついえてしまったのでは? 優れた超能力者であった母親と娘を失ったとあれば、研究の継続に支障をきたすと思われますが」


「ああ、確かに神々廻千尋を早くに失ったのは大きな痛手だった。だが極めて優秀な()()であった母親と比べ娘の方は、『超能力』の資質に劣り、加えて体質も生まれつき虚弱という問題を抱えていたことから将来性に乏しかった。だからこそ楓には、これまで行ってきた超自然的能力の研究プログラムに一石を投じる()()()()()(いしずえ)として身を捧げてもらったのだ。まあ結果は先程も述べたように当該実験の最中、突発的な事故が起こり()()は昏睡状態に陥ってしまった訳だが。しかし何ら代償も犠牲も払わずに、偉業を果たすことなど出来ん」


「大事の前の小事……いや、この場合は、小の虫を殺して大の虫を助けると言った方がニュアンス的にはしっくりくるのかも知れませんが、いずれにしても神々廻楓なる娘の犠牲によって研究は新たな段階へと進むことが出来た。そして、“先生”のおっしゃる人類が『超能力』によって“覚醒”する道も未だ閉ざされてはいない。その認識でよろしいでしょうか」


(おおむ)ねそうだ。ところで話は変わるが、君には先日、練馬区朝日町の光台高等学校における陽動作戦に従事しMIA(戦闘中行方不明)となった我が社のエージェントの消息を(つか)むよう依頼したが、こちらで少々厄介な問題が発生したことから急きょ戻ってきてもらった。無論、私の方で既に相応の手は打ってあるが、事態の()()()()()を図る為にはやはり君の存在は欠かせなかった」


 香月がいきなり話の内容をガラリと変えたことに、鏑木はやや訝しげに眉根をひそめつつも疑問の言葉を口にした。


「最初に口頭で申し上げましたが、対象となる執行者(エージェント)の『ファング』については現状のところKIA(戦死)の可能性は極めて低く、故意に連絡を絶っていると考えられます。つまりは混乱のどさくさに紛れての逃亡かと。その裏付けと追跡に必要な情報を生存する監視員(ウォッチャー)から得ようとしていた矢先に、まさか呼び戻されるとは思っていませんでした。しかも“先生”自らの指示で。是非とも、遂行中の任務に勝る厄介な問題とやらの詳細を教えて頂きたいものですな」


「本日の午前、監視と狙撃の任務に就いていた黒崎諒(くろさきりょう)――『ジャッカル』が突如、配置先の狙撃陣地内において相棒の観測手(スポッター)を打倒。その後、行方をくらました。目下、何人かの執行者(エージェント)を『ジャッカル』の追跡の任に当たらせているが、正直なところ奴の確保は難しいだろう。……君を除いてはな」


 眼鏡の奥にある双眸(そうぼう)に冷光を満たし、香月が言う。

 するとその言葉を聞いた鏑木は、応接ソファに腰を下ろしたまま組んでいた足を(ほど)き、更に姿勢をやや前のめりにさせる。

 そして鏑木は視線を前方へと据え、顔の前で指を組み合わせた。


「黒崎諒。彼の噂はかねがね聞いておりますよ。何でも二十歳という若さで、徒手や刀剣類、銃器などでの近接戦闘を始め、長射程の狙撃技術にも熟達している。またそれだけでなく爆薬や毒物といった扱いに関しても高度な技能を有し、過酷な環境下での生存や破壊工作を含めた総合的な戦術(タクティカル)レベルは『研修所』の中でもトップと聞き及んでおります。いわゆる秀才、天才という部類の人間でしょうな、その『ジャッカル』は。しかし不思議な話です。私の知る限り『ジャッカル』の“先生”に対する忠誠心は他の誰よりも高く、『ファング』とは異なり、裏切りや逃亡などは絶対に有り得ないと思っておりましたが」


 そう喋りながらも、陰気な鏑木の声音には明らかな愉悦が入り混じっていた。

 一方、香月はゆっくりとした動作で席を立つと、デスクの右手側に設置された見晴らしの良い大きな窓へ向かって歩いた。

 きつい陽射しに照り付けられた建造物群を窓越しに見下ろしながら、香月が言葉を発する。


「別に不思議じゃないさ。例え幼い頃から徹底的な洗脳教育を施し、どれほど私や“組織”に対する忠誠心を植え付けようとも『ジャッカル』――黒崎諒が“人間”である以上、想定外の出来事はいつだって起こり得るという話だ。動機は不明だが、現に奴は独断で任務を放棄し我々の下を離れた。誠に残念だが、その事実だけはどうあっても覆らん。また君も指摘した通り、『ジャッカル』の作戦遂行能力は他の執行者エージェントと比べても群を抜いて優秀だ。だからこそ奴を野放しにすれば、間違いなく我々にとって大きな脅威となる。そして同時に問題なのは、奴が“組織”を離れた理由……いや、思惑だな」


「思惑……?」


「ああ。とはいえ、その辺りの事情は本人の口から直接喋ってもらわん限り不明だがな。だが、いかなる理由があっても、またどれほど有能な人材であっても、課された使命を放棄し我々の管理下から脱するような身勝手は許されん。決してな。ましてや、“組織”をおびやかす可能性が高い者に対しては尚更、断固たる措置が必要だ。……という訳で処分人パニッシャー、君にははぐれ者(マーベリック)となった黒崎諒の追跡を命じた他の執行者エージェント()()として、臨機応変な対処を願いたい。頼めるかな?」


()()……ね。まあ何だろうと私は構いませんが、しかし本当によろしいので? ご承知だと思いますが、私を使うという事はすなわち対象の完全な『処分』に他なりません。生け捕りは基本、()()に含まれておらず保証はできかねます。お話を聞く限りでは、黒崎諒に対し“先生”は多少の未練があるように見受けられますが」


 鏑木が音もなくソファから立ち上がると、次いで窓辺にたたずむ香月の方へこうべを巡らし問いの言葉を発した。

 それに対し香月は、窓外そうがいの景色から視線を動かすことなく鏑木に背を向けたまま返答する。


「未練、か。正直なところ、確かに全く無いとは言えんな。理由は二つある。一つは先程も述べたが『ジャッカル』は非常に有能な執行者エージェントだ。あれほど使える()を失うのは、やはり惜しいという気持ちは少なからずあるさ。そしてもう一つ、こちらの方が重要なのだが、黒崎諒は私の命令で神々廻楓に関する超自然的能力の開発研究プログラムに参加した事だ」


「黒崎諒が『超能力』の研究に?」


「そうだ。詳しい経緯は省くが、我々の研究チームはワイヤレスの脳波計や磁気で大脳を刺激して脳の活動性を変化させる経頭蓋磁気刺激(TMS)キャップなどの、先進的かつ精密なニューロテクノロジーを用いた脳同士の直接的な通信――合成テレパシーの研究成果を基に、神々廻楓が『超能力』を発動する際に検出される脳の電磁的活動、つまり限定された少女の特殊な“意識”の摘出に成功した。そして同時に摘出したその“意識”を、もう一方の被検体である黒崎諒の意識下に植え付ける実験を行った」


 いぶかしむ鏑木の声を背中で受けた香月が、深い溜息をつきながら独白するかのように語を継ぐ。


「結果は、前述した予期せぬ()()が発生したことで楓は昏睡状態に陥ったものの、無事だった諒を通じて『超能力』の発動プロセスに関する大変貴重なデータが得られた。だがしかし、裏を返せばそれだけの事に過ぎん。我々が長年おこなってきた超自然的分野に関する研究と実験は、テレパシーや透視などのESP及びPKや念動力と呼ばれるサイコキネシスの一般理論を確立するとともに、これまでは先天性の才能に頼らざるを得なかった『超能力』の開発及び運用に画期的な成果をもたらした。すなわち、神々廻千尋や楓といった生まれつき特別な才能を秘めた者による独占的な《力》から、今や誰もが共有可能な“技術”へと進化を遂げた訳だ」


 言葉と共に吐息が静かに香月の口からつむがれる。


「そういった意味では、黒崎諒という逸材の損失はこちらにとって少なからず痛手ではある。がしかし、“組織”において必ずしも代替の利かない存在という訳でもない。例えそれが『超能力』の移植実験に成功した、希少な被検体であろうともな。……知り過ぎた者の自由を許せば、間違いなくその代償は我々が支払う羽目となる」


「了解しました。では『ファング』の追跡調査と()()については一旦保留とし、すぐ本件に取り掛かります。……これは私的な意見ですが、まさか『ジャッカル』――黒崎諒という極上の標的ターゲットを相手にする日がこれほど早く訪れるとは思っていませんでした。感謝しますよ“先生”」


「……そうか。ともかく吉報を期待している」


 窓の外に遠い目を向けたまま、香月が言う。


「お任せを――」


 そして欲情にも似た、陰の愉悦をたたえた鏑木の声が室内に流れすぐに消えた。

 間を置かず、微かなドアの開閉音が香月の耳に触れた。

 香月が視線を窓から出入口扉の方へと移した時には、既に鏑木の姿はどこにもなかった。

 去り際の足音はおろか、歩行に伴う四肢の動作や気配すらも終始、完璧な消失を維持しまま“処分人パニッシャー”たる男は居なくなっていた。


 まるで、透明人間のように誰にも悟られず。

 さながら、幽鬼の如く濃密な死を総身にまとわせながら。

 香月の命により、極めて危険な存在が黒崎諒の足取りを掴むため、今この時より動き出したのだった。



 そして九月二十二日であるこの日は同時に、奇しくも『黒崎楓くろさきかえで』という名の少女が、某所に建設された研究施設のベッドで目を覚ました時でもあった――――














前話に続き、遅くなりまして大変申し訳ございません。

しかもまた今回も黒幕おっさんの語りで終わるという始末。

いったい主人公はいつになったら登場するんだ!? というお叱りが聞こえてきそうな今日この頃ですが、次話でようやく話がまた動き出しますのでご安心を(?)

まあ名前だけは本話でも何度かでましたが(汗)

続きをなるべく早めに仕上げて投稿したいと思っておりますので、次話もよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりですぅ~。 せっかく更新されていたのに34、35話を全然読めていませんでした。 私も忙しく、気力が無さすぎて何もできず……でもついに読めました~! さて早速ですが。ふむ。 真…
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