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生者と死者に祝福を  作者: もこもっこ
第二章  転変
26/36

第4話 「Day of the dead ④」

長くなったので分割しました。

今回のお話は中編に該当します。







 




 九月十五日、東京都練馬区朝日町、東京都立光台高等学校。

 夕闇が迫り、空を埋め尽くしていたまばゆだいだい色が急速にその力を失い、代わりに夜の主役たる黒が色彩を強調する、そんな時間帯。

 日暮れに伴う薄闇に包まれた空間を、家屋や商業施設の照明、更に街路灯などの多種多様な人工灯が、まるで無限に広がる暗黒を少しでも払拭ふっしょくするかのようにポツポツとまたたき始めていた。

 しかし今は、光台高校を取り囲む警察車両群が発する赤色回転灯のきらめきが、それら点在する夜間照明のはかなげなあかり全てを朱に上書きするのだった。



「――既にお伝えした通り、本件事案の迅速な解決並びに人質となっている学生らの人命優先を勘案した上で、特殊班による強行突入が実施される事となりました。また、当該執行手段につきましては皆さんも既にご存知だと思われますが、警察庁の決定事項である旨をここでもう一度ご報告します」


 緊張と疲労を強くにじませた顔で、通称SITと呼ばれる警視庁刑事部捜査第一課、第一特殊班捜査係の管理官である四十代後半の小野谷おのや警視が、座席から立ち上がりその場に居合わす幹部指揮官や捜査員らに対して説明を行っていた。


 場所は、前線本部として間借りしている『光台自治会館』二階の会議室であった。

 地上二階建て鉄骨造りの光台自治会館は、現在進行中である人質テロ事件の現場――光台高校の校舎から二車線一般道をへだてた約一〇〇メートル南側の場所に建築されていた。

 そして現在、大勢の警察官でごった返している間取りが五十畳ほどの会議室内には、状況の推移と校内及び学校外周の航空写真や地図、見取り図などが貼付ちょうふされた可動式のホワイドボードと、持ち運ばれたノートパソコンや警電、一般加入回線電話が雑然と上にっている長机が集合した“デスク島”が、所狭しと配置されていた。


「続いて強行突入の前に、各捜査員に対する情報の共有並びに最終調整の意味合いを兼ねて、私の方から本件の概略と現況について述べたいと存じますが、よろしいでしょうか?」


 背広姿の小野谷管理官が先の言葉に引き続き、会議用に並べられた折り畳み椅子へとそれぞれ神妙な面持ちで腰を下ろしている刑事や各隊員に向かって、丁寧な口調で問うた。

 無論、会議に集まった本庁ホンブの刑事部捜査一課員や特殊班SITの隊員に加え、警備部の公安課員及び同じく警備部の銃器対策レンジャー部隊員と特殊急襲部隊SATの隊員、そして機動鑑識課員や所轄しょかつの刑事・警備課員といった面々から反対の声など上がる訳もなく、幹部組から促された小野谷管理官は、壁際に並べられているホワイトボードの方に目線を動かしつつ話を継いだ。


「現在、多数の人質と共に光台高校に立てこもっている武装集団は、本日の正午前、学校側が委託している宅配及び食品業者などに成りすまして応対の事務職員を銃で脅迫。続けて武装した被疑者マルヒらは、同職員を人質に取り校舎内へと強引に押し入った後、幾つかの組みに別れて一階の職員室と五階の各教室を同時に占拠している事が、目撃者の証言などで判明しております」


 小野谷管理官が、ホワイトボード上に殴り書きされている時系列を確認しながら述べ、更に説明を続ける。


「それらの状況から人質……つまり被害者マルガイとなっているのは、職員室で待機中だった一部の教職員並びに、五階の二年E・F・G組で授業を受けていた生徒と教員の、おおむね一二〇名程度である事が避難した学校関係者からの聴取で確認済みです。また、今回被疑者(マルヒ)らが占拠した場所が先に述べた職員室と二年生の全七クラス中の三つである事から、被害者マルガイは当然ながらそこに居合わせた人間となりますが、懸念事項としては事件発生直後に避難できなかった者が未だ校内に留まっている可能性が高い、という点です」


 その言葉に、会議に参加している各課の責任者……特に強行突入を担当する特殊班SIT、銃器対策レンジャー部隊、特殊急襲部隊SATの隊長らが険しい顔つきと共に、うなりのような溜め息を口腔こうこうから零れ落とす。

 すると続いて、警視庁警備部隷下の第六機動隊特科中隊第三小隊、つまりSATの小隊長である結城和真ゆうきかずまが座したまま挙手し、発言を求めた。

 小野谷管理官の「どうぞ」という言葉に促され、特殊治安出動装備と呼ばれる黒色の突入服の上に各種プロテクターを装着している三十代の若き警部補、結城小隊長が口を開く。その声音は、精悍せいかんな顔立ちと同じくおごそかなものであった。


「管理官。銃器で武装した被疑者マルヒらの制圧下にある校舎内の現状はおろか、人質に関する安否情報すら漠然ばくぜんとしている状態では、強行突入の際に伴う危険リスクは非常に高いものとなりますが、本当に宜しいのですか?」


「……無論、ある程度(・・・・)危険リスクを覚悟した上での強襲作戦であるのは間違いありません。ですが、彼らテロリストの要求を政府が呑む訳もなく、また相手側が我々との交渉にも全く応じない以上、必然的に手段は限定されます。だからこそ先程もお伝えした通り、殺傷力の極めて高い武器を持った被疑者マルヒらを一刻も早く排除制圧する事が、結果的には人質だけでなく本件に従事する警察官の生命・身体の安全確保に繋がるとの判断を上層部は下したのです。またこの決定につきましては、長官直々の厳命通達である事を肝に銘じておくよう願います」


 歴然とした階級差があるにも関わらず、SATの小隊長の問いに答える小野谷管理官の物言いは丁寧なものであったが、しかし彼が告げた言葉の意味は有無を言わさぬ命令に他ならないものであり、何より険しさに満ちた風貌こそがそれを如実に示していた。

 そもそもテロや立てこもり、ハイジャック事犯などの通常の警察力では対応不可能な凶悪犯罪を担当する、刑事部・・・内において組織された専門家集団スペシャリストが特殊捜査班(SIT)であるが、ほぼ同じ趣旨しゅし警備部・・・内に存在するドイツの特殊部隊GSG-9を参考とした突入執行部隊こそ、スペシャル・アサルト・チーム――SATなのである。


 そして当然のことながら、刑事部のSITと警備部のSATでは事案の対処法に明確な差が生じていた。

 特に、事件解決に必要な情報の収集と粘り強い交渉に重きを置くSITにとって、武力制圧に特化したSATの強行突入はあくまでも最終手段であり、犯人・人質・警察官に少なからずとも犠牲を強いる強襲作戦の決行を……、それも極めて早い段階で決断するなど到底容認できるはずもなかった。

 事実、本件が“革命軍”を名乗る極左暴力集団による警備事案であり、本来ならば間違いなく警備部が主導権を握るところを諸々の事情(・・・・・)から、小野谷管理官を中心に、これまで人質解放を主眼とした交渉を刑事部主導でし進めてきたのである。


拙速せっそくであるのは重々承知の上です。しかしそれでも今回に限っては、我々は交渉という選択肢を放棄し、早期解決の為の実力行使に打って出なければなりません。裏を返せば、それだけ情勢が逼迫ぴっぱくしているという事を皆さんには是非理解して頂きたいと存じます」


 胸の内に湧き上がる様々な感情を押し殺した低い声音と共に、小野谷管理官が真っ直ぐ結城小隊長が座る方向に目を向けながら言葉を継いだ。

 例え事件が長期化の様相をていする可能性があったとしても、被疑者と被害者の両人命を最優先に考えて事件の解決を模索する刑事部にとって、この強行突入は明らかに信義を曲げる苦渋くじゅうの決断に他ならなかった。

 だからこそ、それを十分に理解している結城小隊長は眼前の管理官の姿をじっと見返しつつ、やがて重々しくうなずいた後、余計な言葉を付け足すような愚かな真似はせず、ただ「了解しました」とだけ口にした。


「…………情報は未だ錯綜さくそうしているが、練馬と朝霞の二ヶ所の自衛隊駐屯地にて発生したテロ攻撃。それに加え、日本史上において前代未聞となる新型ウイルスの感染患者が引き起こした広範囲かつ大規模な“暴動”の被害は、警察組織だけに止まらず、我が国の治安と秩序そのものを根底から崩壊させる程の危険性をはらんでいる。つまりこの混乱の最中さなかでは、我々に残されたタイムリミット及び当該人質テロ事件を解決する手段は極めて限定的である、という事だ」


 それまで居並ぶ捜査員らの正面に陣取り、目を閉じて腕組みをしたまま椅子の背にもたれかかっていた、前線本部長として現場の統括とうかつと指揮を担っている警視庁公安部長、櫻井誠司さくらいせいじ警視監がからだを起こして軽い咳払いを行った後、重い語感にて声を発した。

 五十代前半の櫻井公安部長であるが、彼がかもす落ち着いた雰囲気は警察官というよりむしろ銀行員に近いものがあった。もっとも、公安という秘匿捜査に従事する関係上、あからさまに警察官然とした者など無能以外の何物でもないのだが。

 その櫻井公安部長が、静まり返る捜査員たちを眺め渡しながら言い継ぐ。


「過去において、連合赤軍によるかの有名な『あさま山荘事件』でも条件は劣悪そのものだった。厳しい自然環境、銃器にパイプ爆弾、そして人質。だが多くの犠牲を払って被疑者の検挙を成し遂げた往時おうじと比べ、今は装備も技能も格段に進歩している筈だ。それ故に、特殊部隊員である君らには本件の最大目標を人質救出という一点に絞り、首魁しゅかいを除く被疑者らに対しては“完全無力化”を前提とした強行突入に着手してもらう。無論これは、現在都内で続発している特異な情勢にかんがみた緊急対処である事を忘れてはならない」


 厳しい眼差しで告げる櫻井公安部長の相貌を、会議に出席する誰しもが唇を一文字に引き結び無言で見詰めていた。

 緊張とぬぐいきれぬ不安が重苦しい沈黙となって室内を満たす中で、全員の覚悟を確かめるような鋭い視線を送った櫻井公安部長は、続いて目顔で小野谷管理官を促す。

 軽く顎を引いた小野谷管理官が、後を引き取って話を続ける。


「続けます。“革命軍”を名乗る本件事案の被疑者マルヒらは、光台高校を占拠する直前に各新聞社やテレビ局へ犯行声明のメールや決起映像を収録した動画を送り付け、自らの武装蜂起を宣言しております。また同人らはインターネットの動画サイトにも同じような内容の動画を投稿していますが、代表者名はいずれも新左翼党派に属する過激的思想を有した活動家であり、公安で行動確認こうかく対象者として指定されている飛田泰章とびたやすあきという男です。尚、同人の人相は写真付きの資料がありますので、各員は後ほど必ず確認を行って下さい」


「武装グループについての具体的な情報は?」


 不意に、座列の後方からただす声が飛ぶ。

 質問者は所轄の強行犯係の班長からであったが、その返答は小野谷管理官ではなく彼の隣に座るSITの主任であり実働部隊を率いる、鋭い眼光を放つ三十代後半の壁村かべむら警部補であった。


「本件の首謀者に関しては、目撃者の証言並びに我々との電話連絡の際に自ら名乗っている状況から、飛田本人であるのはほぼ確実だと思われます。只、飛田の革命思想に同調した共犯者となる活動家が何人に上るかは不明ですが、少なくとも現時点で明らかになっているのは、強力な銃器で武装した複数名の被疑者マルヒが教員と生徒を合わせた約一二〇名の人質と共に学校に立てこもっている事、そして戦争法案の即時撤廃や改憲を阻止するという名目の下、平和国家を脅かす現阿武内閣の速やかな退陣を彼らが政府に対して要求しているという点です」


 会議に参加する者達の間から、「極左のクソが」という誰かの小さな悪罵が湧いた。

 そして、席に腰を下ろした小野谷管理官の入れ替わりに立った壁村主任の言葉が続く。


「主犯である飛田は、既存の共産系活動団体を脆弱ぜいじゃくであると批判し、反帝国主義、反戦・反基地運動や反原発運動を形骸化けいがいかさせない為、そして悪しき政治体制を駆逐くちくするには純然たる暴力革命こそが最善であると豪語しております。また革命成就(じょうじゅ)の必要悪として、自他の犠牲は不可避であると言及している事からも、事件が長期化すればする程、人質に危害が及ぶ事態は避けられないと思われます。……幸いにも視察班から被疑者マルヒらが被害者マルガイを殺傷したという報告は未だ受けておりませんが、予断を許さない状況であるのは間違いありません」


 すると、SITの壁村主任の説明に付け加える形で、捜査一課の係長である四十代半ばの滝波たきなみ警部が席を立ちながら言葉を発した。


「犯人グループは、二十四時間以内に日本国総理大臣の記者会見をもって明確な回答を行うよう指示しています。つまり人質の命と引き換えに、壁村主任が先に触れた戦争法案……正しくは安全保障関連法案の即時撤廃や憲法九条改正の中止、更には全原発の廃炉や全在日米軍の撤退を含めた、帝国主義及び独占資本主義的な現代日本社会の抜本的改革を断行する為の内閣総辞職を、というのが強迫内容の要旨となっております。しかし現在の日本政府は、都内で発生中の広域暴動や自衛隊駐屯地及び重要防護施設における武力攻撃の対処に追われ、犯人側との交渉すらままならない有様です」


 苦渋に満ちた語気にて、白髪交じりの頭髪が特徴の滝波係長が続ける。


もっとも、仮に政府が犯人側との交渉を行える状態にあったとしても、このような無茶な要求を受け入れるなど言語道断である事から、我々警察組織は戦後日本の歴史上、最悪となった本事案の解決を独自で決断・決行しなければなりません。そして、その結論こそが強行突入であるのは既に皆様もご承知の通りですが、先ほど指揮本部となっている光台警察署からの入電によれば、目下都内にて発生中の人的災害・・・・は尚も拡大傾向にあり、鎮圧の見通しは非常に厳しいとの事でした」


「――その意味するところは、この前線本部にこれ以上の応援は不可能であり、更にいつ感染患者の“暴徒”集団が現場に押し寄せてくるかも知れないという事だ。勿論もちろん、そうならない為の措置を行ってはいるが、それも状況次第でどう転ぶかは分からん。また、我が国の軍事拠点となる駐屯地を襲撃した犯人については、治安出動中の自衛隊が鋭意捜索しているもこの混乱の最中では難しく、本件のテログループとの関連性も視野に含め最大限の警戒を行わなければならない」


 座ったまま櫻井公安部長が口を開き、滝波係長の話に割り込んだ。

 そして、腕組みを解いた櫻井公安部長の「こちらの配置状況はどうか」と続いた物憂ものうい問い掛けの声に、特殊班SITの壁村主任が再び説明を始める。


「現在も所轄の勤務員及び本庁ホンブ捜一の第四、五、六、七の四個班が現場を包囲、警戒中でありますが、更に臨時編成の特機部隊員らが阻止線を構築し突発事態に対処する為の警戒任務に服しています。……それと併せて、警備部の第七機動隊より銃器対策レンジャー部隊、第六機動隊より特殊急襲部隊のSATから選抜の特殊銃手ライフル班が付近建物の屋上などに展開中、複数個所(かしょ)から対象の監視を実施しております」


「突入時の役割分担は?」


「はっ。我がSITの突入部隊と銃器対策レンジャー部隊の両隊は校舎正面方向から近付き、被疑者マルヒらに対して投降の呼び掛けを行います。これは相手の注意をこちら側に引き付けつつ、あらゆる不測事態に即応する緊急行動部隊(ERT)としておとりの意味合いを含んだ配置となっておりますが、本命は校舎裏側に建造されている体育館棟方向から強行突入を実施するSATとなります。彼ら主要突入部隊(DAT)は遮蔽物しゃへいぶつで保護された移動ルートを隠密で進み、犯人側から死角となる場所から校舎内への進入を図った後、驚異の排除と各階の速やかな制圧を行います」


 櫻井公安部長が発する質問に対し、壁村主任の返事はよどみが無かった。

 それと同じく、SATの結城小隊長と銃器対策レンジャー部隊を抱える第七機動隊の各隊長らもまた、決死の作戦を前にして皆一様に張り詰めた顔で正面を見据みすえていた。

 極度の緊張で場内が水を打ったように静まり返る中、おもむろに櫻井公安部長が席を立つと、揺るぎない眼差しをたたえながらゆっくりと言葉をつむぎ出した。


「私にも人質と同じ年頃の子供がいる。そして本件に従事する全ての警察官にも、親兄弟、そして自分の息子や娘がいる筈だ。全ての責と過ちは私が負う。だからこそ、君らには二つの約束を必ず果たして欲しい。人質となっている年端もいかない少年少女らを、一人でも多く親御さんの元へと返すこと。そして危険と隣り合わせの任務に就く君らもまた、自分の家族の元へ無事に帰ることを。……どうか、よろしく頼む」


 そう言って櫻井公安部長が深々と頭を下げた時、場に居る全員が一斉に立ち上がり、どのような形で決着がつくにしろ、全ての責任を一身にかぶる者に対し万感の思いを込めて敬礼を送るのだった。

 しかしこの時、事前に類似事件として説明を受けた、二〇〇二年十月にモスクワで起こった人質一〇〇以上の犠牲者を生んだ劇場占拠事件。そして、二〇〇四年九月にロシアの北オセチア共和国ベスランで起きた人質三〇〇人以上の犠牲者を出した学校占拠事件の惨劇の記憶を、誰もが脳裡のうりから振り払う事が出来ずにいた。


 こうして、間違いなく日本史上類を見ない悪条件下での人質救出作戦が開始された。

 その結末がどうなるかなど、まさに“神のみぞ知る”であった――――





 ――同刻、光台高校周辺の住宅街路上。


「……ったく、これは完全に貧乏くじを引いたかもな」


「基本、立てこもり事件って長丁場だし、何より的にはちょっと地味っスからねぇ。そりゃ犯人と警察の交渉場面は緊迫感があって、刺激的でもあるから多少は視聴率が稼げるんだろうけど、それだって暴徒の群れが街中で大暴れしているシーンと比べるとインパクトに欠けますもんね」


 規制線の外に設けられている報道関係者の集合場所に停めた中継車のそばで、テレビ東都のディレクターを務める山本やまもと忌々(いまいま)しげに呟くのを聞いた運転手兼カメラマンの米田よねだが、放送に使用するハンディカメラの調整を行いながら軽い調子で言った。

 その言葉を裏付けるように、彼らの周囲にはスクープをものにしようと他のテレビ局クルーや番組制作会社の人間、新聞記者ブンヤといった人種が慌ただしく動き回っているものの、テロリストが多数の高校生を人質に取り学校に立てこもるなどという極めてセンセーショナルな事件にかんがみれば、その数は明らかに少なかった。


「まだ政府からの正式な発表はないが、噂じゃ暴徒の正体は新型ウイルスの感染患者で、しかもホラー映画のゾンビよろしく人を襲って喰うようなイカれた集団らしい。都内各所で警察や自衛隊の治安部隊が非常線を張って必死に連中を食い止めているって話だが、状況は最悪もいいところだそうだ。まあ、警察は普段から頼りないし自衛隊も災害救助以外じゃ大して使えない組織だろうから、それも当然っちゃあ当然の成り行きだろうがな」


 山本ディレクターは手に持った缶コーヒーで喉をうるおすと、皮肉に唇を歪ませながら言った。

 次いで、カメラマンの米田が不安そうな口ぶりで言葉を発する。


「日本橋で暴徒と激突した機動隊は死傷者多数で撤退するわ、何より頼みの綱の自衛隊も暴徒かテロリストの攻撃を受けて駐屯地が壊滅状態にあるらしいじゃないですか。政府はまだその事実を公表はしていませんが、SNSやネット上じゃ今その件で大騒ぎになっていますよ。つーかこの状況って、俺らも相当ヤバいっスよね?」


「おいおい、そんなにビビんなよ。大体ヤバけりゃヤバい状況ほど、俺らにとっちゃ特ダネを掴むチャンスだろうが。……まあ、情勢がこれ以上悪化すれば警察や自衛隊の他に在日米軍も出張ってきて、我々のような弱き一般市民を命懸けで助けてくれるだろうからそこまで心配する事はないさ。それよりもこんな所でチンタラしている間に、他社がスクープを抜いちまう方がよっぽど俺は恐ろしいよ」


「いや、まぁ……確かにそう言われればそうなんスけど、普通は自分の身の安全の事とか色々心配するはずなんスけどね。プロ根性っつうか、そのあたり山さんは全然ブレないからすげぇって思いますよ」


 山本のふてぶてしい態度と言動に、米田が半ば呆れ顔を見せながら思ったことを口にする。

 その言葉にフン、と軽く鼻を鳴らした山本が、首をぐるりと巡らして報道関係者とは別に集まっている野次馬たちの方を一瞥いちべつしてから、吐き捨てるような語調で言った。


「そもそも、今どき極左だの暴力革命だの共産主義社会の実現なんて言葉は完全に死語だろ。そりゃ一部の人間は大真面目に理想的な平等社会を追い求めて活動しているんだろうが、芸能人でもないずぶの素人がネットで動画を上げて人気者になりゃあ億の金を稼げる、そんなぶっ飛んだ時代だぜ? 貧富の差や私有財産といった格差社会を全否定するって事は、すなわち自由な発想で“成功”を目指す努力すら非難されちまうって意味だ。そんなのが本当に理想の社会かどうかは、中国やかつてのソ連が辿たどった歴史を学べば自ずと答えは出るってもんさ」


 そのまま目線を立てこもり現場となっている校舎へと移した山本が言い継ぐ。


「犯人がネットに投稿した動画や、我々マスコミ関係各社()てに送り付けられた犯行声明や決起映像とやらを俺もここに来る前に見たが、あれこそ只の自己満足……いや、自慰行為もいいところの駄作だな。気高い思想を熱く語るのも結構だが、所詮しょせんやっている事は微塵みじんのセンスも感じられない人質立てこもり事件だ。正直、犯人がトチ狂って教師か生徒を次々とぶち殺してくれねえ限り、都内のあちこちで発生しまくっている暴動を取材している他社にゃあ絶対勝てねえ。クソッ、警察も犯人との交渉なんざさっさと打ち切って突入でもしろってんだよ。派手な銃撃戦で多数の死人が出りゃ、それこそ一大スクープってやつだ」


「ちょっと山本さん、その発言は流石にマズいって。もし、今の話が一般人の耳にでも入ったらそれこそ大炎上どころじゃ済まないし、下手したら人質の家族からマスコミが不適切な発言をしたって訴えられちゃうわよ?」


 山本ディレクターの不謹慎ふきんしん極まる本音の吐露とろに、今まで黙って身なりのチェックを行っていたリポーターの塚原歩美つかはらあゆみが横合いからたしなめの声を放った。

 白いブラウスとややキツめの目つきが印象的な整った顔立ちの美人リポーターが、僅かにその柳眉りゅうびひそめつつ言うのに対し、山本は唇をとがらせて不満げに返した。


「ああ? 綺麗ごと抜かしてんじゃねぇよ塚原ぁ。うちらの業界はネタ取ってなんぼの世界だろうが。どんなに清廉潔白でも、ネタ取りの出来ないジャーナリストなんてゴミくず以下なんだよ」


「だからって言い方ってものが――」


「へっ、腹の底じゃあお前だって動きのねえ今の状況にイラついんだろ? もしこれが暴動の現場だったらお前は今頃、特別報道番組の花形リポーターとして活躍していただろうさ。けど現実は違う、今のお前は誰も注目してねえ事件を中継する只の脇役リポーターってやつだ。焦るよなぁ、どこかで一発逆転のチャンスをつかまないと三十路みそじを過ぎたオバサンじゃ、あっという間に若手に取って代わられちまうんだからな」


「…………最低ね」


 割り込むように告げる揶揄やゆを多分に含んだ山本の言辞に気色ばんだ歩美が、眼前の男をきっとにらみつけながらし出すような声音で返事をする。

 だが、はらわたが煮えくり返る思いとは別に、歩美の脳裡のうりにはとある映像が浮かび上がっていた。

 それは、無残に殺されていく人質と、突入する警官隊と犯人の壮絶な撃ち合いの場面であり。

 また、銃弾が激しく飛び交うような緊迫の最前線を健気にリポートする己の姿と、身内を亡くし泣き崩れる遺族を優しく励ます慈愛に満ちあふれた自分の姿であった。


 確かに山本の言いぐさは最低最悪だったが、同時に的をた言葉でもあった。

 ちまたで大騒ぎとなっている暴動事件すら凌駕りょうがするスクープなど、それこそ山本が先ほど述べた、派手な銃撃戦で大勢の人間が死傷するような事態へと発展しなければ絶対無理であるのは、当の歩美とて重々承知していた。

 とはいっても、人死をあからさまに望むような発言は良心もそうだし、何より第三者に聞かれでもしたら、只でさえ落ち目と周囲からささやかれている自分のイメージと人気に、破滅的な悪影響が及ぶであろう事は論をたなかった。


 それ故に歩美は、尚もニヤニヤと嫌味ったらしい薄笑いを浮かべる山本の顔からさっさと視線を事件現場である校舎の方に移すと、続いて声を出さず心の中にて強く祈った。

 ――お願い、私にチャンスを頂戴ちょうだい

 きたるべきその時(・・・)に備え、再度メイクが崩れていないか入念なチャックを行う歩美が望む未来は、決して粘り強い説得による犯人逮捕ではなく、交渉が決裂し悲惨な結果に他ならなかった。


 誰しもが目を覆うほどの惨劇の中でこそ、己の一挙手一投足、一言一句が輝きを増し視聴者をテレビに釘付けする。

 歩美は名声や脚光きゃっこうという名の“成功”を何よりも欲していた。無論、それは山本も同様であるが、この場合は二人とも功を焦っているとも言い換えた方が的確であった。

 歩美と山本の二人にとって正義や正論、また正道という言葉などは只の御託ごたくに過ぎず、またその一方で、成功を渇望するが故に危機感すらも鈍麻どんましていた。


 だからこそ、その時に気付くのが遅れた。

 事件を取材する為に集まった報道関係者と、騒ぎを聞きつけて物珍しげな眼差しで事の成り行きを見守っている野次馬のはるか後方にて、続々と湧き起こり始めた薄気味悪い咆哮ほうこうの存在を。

 生者の肉を欲するおびただしい数の死者が、各所に設けられた非常線を容易たやすく打ち破り、凄まじい勢いで被害を拡大しているというその現実を。



 戦後日本史上、類を見ない程の凶悪な人質テロ事件の現場に、想像を絶する地獄を生む別な惨劇が差し迫っていた――――














皆様、新年あけましておめでとうございます。

そして昨年は大変お世話になりました。

また、大変長らくお待たせして申し訳ございませんでした。

去年の11月の半ばから自分や家族の病気に加え、仕事が激務だった事で全く執筆が進みませんでした。

そんなこんなで投稿が大幅に遅れてしまったことを、この場を借りてお詫び申し上げます。

今年も新年早々から仕事があったりしていきなり忙しいですが、細々と執筆は続けていきますので、どうか超気長にお待ち頂ければ幸いでございます。

いつもこんな感じですが、これからも当作品を何卒よろしくお願い致しますm(__)m


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