第3話 「Day of the dead ③」
今回のお話だけ前後編成になっています。
――九月十五日、夕刻。
東京都練馬区朝日町、東京都立光台高等学校。
広大な敷地内に野球場、陸上競技場、体育館、図書館等といった様々な施設が建造されている練馬区最大の都市公園である光台公園と隣接し、同時に陸上自衛隊練馬駐屯地と朝霞駐屯地のちょうど中間地帯に位置する場所に、都立光台高等学校は建てられていた。
在籍生徒数は延べ八百人を優に超え、教員を含めるとその数は九百人近くまで達する光台高校は、緑豊かな光台公園と接した落ち着きのある環境が特徴的な、男女共学の全日制普通科公立高校だった。
鉄筋コンクリート造の五階建て校舎の中、今年で二年生へと進級した瀬戸健太は、教壇と色あせた黒板、そして合板とスチールフレーム構造の机と椅子が並べられたいつも見慣れている五階教室の窓から、眩しいオレンジ色に染まった外の世界を見下ろしていた。
黒縁の眼鏡から覗く双眸の先には、沈みゆく太陽を迎え入れる地平線と混じり合うかのように屹立する高層ビルや、所狭しと建ち並ぶ大小様々な住宅地や商業地等といった建造物の群れが景色として映じていた。
それらは蒼茫たる夕闇の空間に無数の影絵を創出し、同時に寂寥感を伴うひと時の朧をこの世に確かな形として抱かせているのであった。
健太は夜の黒が世界を覆い尽くすまでの、太陽がみせる最後の悪足掻きにも似た黄昏時と呼ばれるその時間帯が、一日の中で何よりも好きだった。
幼い頃から、夕暮れの透明感に満ちた空を見上げることや、深紅の太陽が地平に乱立するビルへと沈んでゆく姿を、遠くからぼうっと見詰めるのが健太の癖であった。
夕焼けの美しさは多くの人間を惹きつけるが、一日の終わりを告げる儚い幻想を宿す夕日という存在は、この世に産声を上げてから十七年の年月を重ねた今も未だに健太の心を捉えて放さなかった。
そんな健太であるが、今は普段のように夕刻の景色を飽くことなく見続ける余裕などは皆無であった。
何故ならば、時を追うごとに眩い朱色から生温い夜気を伴う黒色が世界を覆い始める黄昏の中で、この先に待ち受ける現実は生物が眠りに誘われる安寧の闇夜ではなく、凝縮された死の色に塗り潰された無限の暗黒だけだからだ。
「おい、キモデブ。外の様子はどうなってんだ? 教えろよ」
不意に、外の景色が望める窓際に着席している健太のすぐ右隣りから、問いの声が湧き起こった。
声量事態はごく控えめなものであったが、しかしその語感には苛立ちや焦りといったものがありありと滲み出ていた。
ぽっちゃり気味というか、やや肥満体の健太を揶揄する声の主は、同じクラスメイトのどこか反抗的な雰囲気を漂わせる吊り目が特徴の男子生徒――須賀彰吾であった。
「……え? いや、特にさっきと変わった感じはしないけど……。それに、遠くてよく分からないし……」
健太が、掛けている度の強い黒縁眼鏡の位置を直しながら、おどおどした態度で歯切れ悪く喋る。
教室に籠る残暑と緊張により、着ているネクタイを締めた半袖ワイシャツやグレーのズボンの布地は、黙っていても噴き出る汗で素肌にベッタリ張り付いていた。
一方、健太の返事に対し、須賀は表情に憤りの色を浮かび上がらせつつ、軽い舌打ちと共に嘲罵を投げつけるのだった。
「ちっ、やっぱ全然使えねーわ、このキモデブは。あのさぁ、せっかく窓際に座ってんだからよ、少しは役立つ情報を見つける努力をしろっての。……てか、寧ろもう今すぐそこの窓から飛び降りでもかまして、あいつらの注意を引けよ。そうすりゃあその隙にお巡りが学校に踏み込んでくるかも知れねえし、何よりお前はクズからクラスの皆を救った英雄って奴にレベルアップできるんだから最高じゃね?」
「……あ、あはは。いくら何でも五階から飛び降りたら大怪我か下手したら死んじゃうから、冗談だとしてもそれはちょっと嫌かな。僕も皆の役に立ちたいけど、今は余計な刺激を彼らに与えない方が得策だと思うよ?」
「あ? 何お前へらへら笑いながら拒否ってんの? 今の冗談じゃねーし。只でさえ普段からクソうぜえゴミのような存在価値しかねえんだから、こういう時こそ体を張って皆の為に動けって俺は言ってんだよ。ったく、キモオタがいちいち口答えするんじゃねえよ、殺すぞ?」
「…………ごめん」
ボクシング経験者で腕っぷしが強く、いつも自分に対して脅し文句を口にする須賀を憎らしく思うも、だからといって少しでも不快な感情を露にすればその途端、確実に彼から暴力的ないじめを食らうと嫌でも理解している健太は、胸の内で嘆息しながらも謝罪の言葉を発した。
するとその時、教室の教壇側の方から、抑揚に欠ける低音のひび割れた声が健太と須賀の会話に割り込んできた。
「余計な私語は止めろ」
決して怒鳴る訳でも、脅すような口調でもなかった。
だがその短い言葉に含まれる氷河の如き冷厳さと、底無しの冥さを湛えた双眼に射抜かれた健太と須賀の二人は、ごくりと生唾を飲み込んで即座に口を噤んだ。
聞く者の心胆を寒からしめる鋭利な刃物を彷彿させる声音の持ち主は、学校という教育の場には決してそぐわぬ危険極まる存在であった。
無論、その人物の正体は教師などでは無いし、風体もまた尋常ではなかった。
教壇の脇に置いた椅子に腰を下ろす、彫の深い顔立ちと鋼鉄材が芯に入ったような頑強な長身体躯が印象的な、三十手前の年齢と思しき男性の出で立ちは、まさしく“テロリスト”と呼ぶに相応しいものであった。
黒地の戦闘服の上に、各種ポーチ類を取り付けて装備品を収納・携帯できるタクティカルベストを装着し、更に右脚のレッグプレートに取り付けたホルスターには自動式拳銃――H&K Mk23 ソーコムピストルが収められ、座した両膝の上には同じくH&K社製の個人防御火器(PDW)である新型短機関銃――MP7が横向きに乗せられていた。
他方、健太や須賀が在籍する二年E組の担任である男性教師は、強制的に自分の席へ座らざるを得ない状況に追い込まれた四十名の生徒らと同じく、黒板付近で他のクラスから持ち運んだ椅子に座りうなだれていた。
武装した長身の男は、教室窓側の一番奥が席となっている健太らに向かって短い言葉を放った後、最初から何の興味も無かったかのように再び視線を左手に持ったスマートフォンへと戻し、タッチパネルを指で操作し始めた。
そのとき健太は、スマホを弄る“テロリスト”の男の動きを見遣りつつも、同時に教室内や周囲のクラスメイト達の様子を窺っていた。
ちなみに健太や他の生徒、そしてクラスの担任が持っている携帯電話は全て闖入者らに没収され、外部との通信手段は遮断された状態となっていた。
それでも今の段階で健太が理解している事は、二年E組を占拠している正体不明の“テロリスト”の人数はスマホの画面に目を落としている長身の男を含めて四名であり、尚かつ彼らが人を殺傷する凶器を所持して自分達を人質に取っているという現実であった。
但し、本日の昼過ぎに学校へ侵入し人質テロ事件を敢行した武装集団の総数を始め、何故この平和な日本の、しかも何の変哲もない公立高校を襲撃し生徒を監禁した理由や目的、そして要求に関しては只の高校生であり、絶賛人質中である健太には知る術が無かった。
(でもこのテロリストの人達って、妙にアンバランスなんだよなぁ……。椅子に座って携帯を弄っているあのごつい男の人は、多分リーダーだろうから装備も最新式なのは自然なのかも知れないけど、それにしたって他の部下っぽい人らが持っている銃は旧ソ連時代に開発されたAK47だし、着ている服も皆バラバラな恰好だしで、ちょっと違和感ありまくりだよね)
そんな感想を抱きつつ、健太は視線を走らせて現在の状況を再確認する。
重苦しい沈黙に支配された教室の中、黒板横の壁に寄り掛かっている男一名と、廊下へと続く前後の戸口には各々一人ずつ見張りがついており、彼らは自席に拘束されている生徒達の動向を監視していた。
また、椅子に腰を下ろしている“テロリスト”のリーダーらしき長身の男とは違い、部下と思われる他の三人は皆ファイスマスクで顔を隠し、加えて市販のミリタリーベストにジーンズといった比較的ラフな格好で、各々タイプ1947、カラシニコフ式7.62ミリ突撃銃――AK47を把持していた。
AK47は第二次世界大戦後、アメリカに先行してソ連(現ロシア)が開発した自動小銃であり、今でこそ古色蒼然とした趣はあるものの、単純な構造であるが故に故障が少なく、また劣悪な環境下でも確実に作動するその頑丈さや信頼性と相まって、東西冷戦期の際に世界で最も大量生産された小銃として名を馳せていた。
特にAK47は、碌な教育や訓練を受けていなくても容易に扱えるという利便性から紛争地域を中心として爆発的に広がり、本銃を使用する民兵やゲリラ兵の手によって、多くの人命が奪われる悲惨な現実も同時に生み出していた。
(……ゲームや映画の世界じゃ、悪役の武器ってAK47や改良型のAKM当たりが定番だから結構見慣れた感はあるけど、まさか実物を拝める機会が訪れるなんて思わなかったな。というか、そもそも学校がテロリストに襲撃されるとか、完全にベタなラノベのストーリーや中二病を発症した奴の妄想だろ。こんなの、有り得ないよ……)
自分の通う学校がテロ事件に遭遇するなどという、あまりにも非現実な出来事によって精神力を根こそぎ消耗してしまった健太は、両手で顔面を覆いながら暗澹たる気持ちで思考を迷走させていた。
そして普段からクラスメイトに、“キモオタ”だの“クサデブ”だのと悪口を言われたり無視されたりするいじめを受けている健太の容姿は、確かにイケメンとはお世辞にも呼べないような冴えない面貌と太めの中背体躯に加え、運動が苦手な彼の趣味と特技は、様々な漫画・アニメ・ゲーム・映画といった諸々のオタ的雑学知識を記憶に貯蔵する事であった。
そんな引きこもり一歩手前の完璧なインドア系男子である健太であったが、数ある創作物の中で特に好きなものといえば『俺TUEEEE』と俗称される、生まれつき最強、もしくは何らかの理由によって圧倒的な超絶能力を手に入れた主人公が悪者達を華麗にぶちのめし、更にピンチのヒロイン(美少女限定)を颯爽と救ってモテまくりのハーレムエンドで物語が終わる、ご都合主義&無双系のストーリー展開だった。
だからこそ逆に考えれば、この信じ難い立てこもり事件そのものが常日頃から健太が空想し妄想する主人公最強系の物語を実現化する、唯一無二のチャンスだとも言えるのである。
それこそ、内に眠る潜在能力を遺憾なく発揮した健太が、卑劣なテロリストの一瞬の隙を衝いて猛烈な反撃に転じ、更に怯え切ったクラスメイトを護りつつ数々の苦難の末に学校の平和を取り戻すという、最高の物語を自らの手で演出するのだ。
いつも“ぼっち”でうだつの上がらない自分が、突如ハリウッド映画のアクションスター顔負けの見事な活躍にてテロ事件を無事解決する事が出来れば、確実に健太を取り巻く環境が劇的な変化を遂げる筈であった。
何故なら学校関係者を始め、マスコミや警察などもこぞって健太を英雄扱いするであろうから、そうなれば己よりも頭脳明晰、品行方正、容姿端麗の反則三拍子を備えた極めて優秀な妹の方を露骨に優遇してきた薄情な両親も、きっとこれからは評価を改めるに違いなかった。
それはなんて刺激的で幸福な未来予想図であろうか。このとき健太は、人質という自身の立場を忘れて現実逃避にのめり込んでいた。
(……どうにかしてテロリストの銃さえ奪取できれば、後は無双状態が確定するのになぁ。そうなったら須賀の馬鹿も土下座して僕の助けを求めるだろうし、何よりクラスの女子達……いや、二年男子の憧れの的である柏木菜月さんですらも僕の壮絶な活躍を目の当たりにして、好感度MAXになるのは間違いなしだな。後は、複数ヒロイン攻略のハーレムエンドか、もしくは一途に正規ヒロインルートエンドのどっちを選ぶかが悩ましい問題だよね)
過度なストレスのせいか、いつにも増して奇怪な妄想を全開にする健太がハァハァと呼気を荒げつつ、件の美少女――学年で常にベスト5の学力をキープする才色兼備という言葉が最も相応しい、ロングの黒髪と精緻に整った小顔、そして透き通るような色白の肌で構成された素晴らしきプロポーションの持ち主である柏木菜月が着席している、教室中央付近の右斜め前方向に目線を滑らせた。
またそのついでと言わんばかりに、目まぐるしく眼球を動かして二年E組に在籍する二十名の女子生徒の様子を次々と視野に捉えていく。
刻一刻と力を失いつつある西日が入り込む教室内で、自由を剥奪された彼女らは皆一様に表情を強張らせて項垂れ、忍び寄る絶望に身を震わせながらじっと机に向かっていた。
(男子の中にはこんな状況なのに居眠りする緊張感に欠けた阿保もいるけど、女子の方は見てて可哀想なぐらいしんどそうな様子だよな。……ああ、でもどうして柏木さんはあんなに綺麗なんだろう。もちろん不謹慎だって分かってはいるけど、恐怖を必死で押し殺している彼女の姿も普段とは真逆の魅力に満ちていて、保護欲が駆り立てられるかも)
非情な現実の前では、無双ではなくただ夢想する事だけしか出来ない普通の高校生である健太にとって、間断なく思索に耽る行為こそが正気を繋ぎ止める唯一の方法であった。
そして、銃を持ったテロリストに囲まれても尚、平静でいられるほど健太の心は強くはなかった。故に、真綿で首を締めるような過度の重圧を抱えた彼が、有り得ない空想に思考を逃避させたり、精神の均衡を図る為に煩悶の避難先を強く異性に求めようとしていた。
尤もそのような情動は、健太だけに限らず彼を含んだクラスメイト全員においても多かれ少なかれ喚起されていたのだが。
「同志、居るか」
その時、教壇側の出入口の引き戸をガラッと開けて、三人の男達が呼び掛けの言葉を発しつつ教室内へと足を踏み入れてきた。
声の主は、無精ひげの素顔を晒している三十歳代半ばと思われる中肉中背の男性であり、他のテロリスト達と同じく上下を市販のミリタリーファッションで固め、加えて右腰には旧ソ連軍を代表する自動式拳銃――マカロフPMがヒップホルスターの中に当然の如く収まっていた。
顔を隠していないことで薄い頭頂部と無精ひげが目立つその男は、拳銃は装備しているものの自動小銃のAK47を所持していなかった。その代り彼に続いて室内へと入ってきた別の二名は、フェイスマスクで素顔を覆いAK47を持っていた。
健太を始めとする二年E組の担任と生徒らが、不安と怯えが色濃く混じった視線を新たな登場人物達に集中させる。
だが無精ひげの男は、そんな衆目を集めている状況に対して一顧だにすることなく、そのままスタスタと歩を進めて椅子に座してスマホを弄り続けている、黒色の戦闘装具に身を包んだ長身の男へと近づいた。
「おい、いくら我々に対し様々な便宜を図ってくれた協力者とはいえ、その態度はいささか無礼だぞ同志――いや、『ファング』よ」
「……何の用だ」
無精ひげの男が、返事はおろか自分が近くに寄っても顔を上げようともしない『ファング』という暗号名を有する長身の男に向かって、棘のある言葉を吐く。
しかしファングと呼ばれた男の方は、手に持ったスマホから目線を離さずに底冷えのする重厚な声音で素っ気無く応じるのみであった。
すると無精ひげの男は、忌々しげに軽く舌打ちをした後、むっとした顔で再び口を開いた。
「用、用だと? ああいいさ、言ってやろう。お前が指摘した屋上と校内の保健室、果ては体育館倉庫や準備室の中などという意味不明な場所を、わざわざ貴重な人員を割いてまで捜索に当たらせた結果報告と、我が“革命軍”に対する速やかな情報提示だ」
「情報提示……?」
「そうだ、ファング。お前が所属している『組織』が一体何を狙っているのかは知らんが、少数とはいえ我々をあまり見くびっていると痛い目に遭うぞ? もし朝霞と練馬の自衛隊駐屯地で目撃された爆発に関する目撃情報と、現在都内のあちこちで発生している暴動が全て偶然の産物などとホザくならば、そのとき我々“革命軍”はお前の『組織』と袂を分かち独自の行動を取らせてもらう」
「…………」
ファングが黙していると、非公然武装グループの“革命軍”を束ねている無精ひげの男が、皮肉げに口元を歪ませながら言い継いだ。
「だが何より俺が面白くないのは、マスコミ連中がこの学校占拠事件よりも暴動事件の方を大々的に報じている事だ。せっかく報道各局あてに犯行声明と決起映像を送り付け、我々の武装蜂起を華々しく演出しようと趣向を凝らしたのに、それがどうだ? 報道各社が特番を組んでいるニュースの話題はこぞって暴動の件で、他はおざなりもいいところさ。……だからこそ協力が必要なのだよ、同志。今のままでは、この決起自体が竜頭蛇尾の末路を迎えてしまう可能性が高く、それでは何の意味も無い」
「……協力はしている。それに、手持ちの情報を出し惜しみはしていない。そもそも我が『組織』――いや、あの方がこちらの計画とは別の、仮に今言った駐屯地及び暴動に対して秘密裡の介入を行っていたとして、それら作戦の詳細を俺が全部把握していると思うか?」
彫深い容貌に固着した冷眼を、手中のスマホから目前に立つ無精ひげの男へと移したファングは、陰気な語感にて淡々と話す。
「ふん、『Need to Know』の原則とかいうやつか。確か意味は、情報は知る必要がある者にのみ伝え、知る必要のない者には伝えない……だったかな? 事実を肯定も否定もしない只の下手な言い訳にしか聞こえんが、一介の兵士であるお前は、あくまで軍資金と武器調達の支援と引き換えに、この光台高校で占拠事件を起こすと約束した我々“革命軍”のサポートに徹するという訳か」
「そうだ。大体、この状況下で自分達の首を絞めるような真似をして一体何の得がある? あの方が希求する理想郷と、そちらが目指す“革命”の思想と利害が一致しているからこそ、協力者として俺はこの場に居る。だからこそ、例え我が『組織』の者が都内各所で破壊工作に暗躍していたとしても、それは決してこちらの不利に働かない筈だ。逆にそうでなければ、今回の武装蜂起を手助けする意味が無いだろう」
「……確かにお前の言う通り、窮状にあった我々“革命軍”に対して多額の援助と決起の機会を与えて下さった彼の恩義は計り知れない。それに加え、短期的にはマイナスでも中長期を見据えて考えればこちらの情勢を有利にする為に、ファングの『組織』に属する人間が都内各所で何らかの工作を行っている話も真実味は有る。まあ、これだけ大規模な混乱だ。この事態が想定外であり、他の要因が絡んでいる可能性も否定は出来ん……か」
無精ひげの男がそう言うと、その神経質そうな面立ちを物憂げに曇らせつつ、わざとらしい嘆息と共に言葉を続けた。
「いいだろう。今はお前の言葉と、端倪すべからざる人物である彼の理念を信じ、この腐りきった日本を正す“革命”を共に成し遂げようではないか。正直、お前らが尊敬を込めて“あの方”や“先生”などと呼ぶ彼と直に会い、話をしたのはたったの一度しかない。しかしその強烈な存在感とカリスマ性は本物だった。願わくば、我々“革命軍”を裏切るような愚かな選択をしない事を祈っているよ。何せ、殺すにはあまりにも惜しい傑出した人材だからな、彼は」
「成る程、了解した。……では、これでその話が終わりのようなら、次は校内捜索の結果報告について聞きたいのだが良いか?」
言外に込められた、『裏切れば即お前を殺す』といった挑発めいた無精ひげの男の言辞を向けられても尚、ファングは一切動じずに……というか、全然関心が無さそうな態度であっさりと流し、次いで問いの声を発した。
一方、そんなファングの態度に若干鼻白んだ表情を見せながらも、寂しげな頭髪が特徴的な無精ひげの男は、ややふてくされた語調で報告を開始する。
「報告も何も、お前が述べた懸念事項は未だに訳が分からん。何故、我々が学校を占拠した際に難を逃れていた生徒が危険な存在になるのだ。特に、たまたま屋上で寝坊し授業に遅れた者や仮病で保健室のベッドに寝ている者の戦闘力が異常、とかいう話は一体どういう意味なんだ?」
「俺もにわかには信じ難いが、あの方が仰るには占拠時に偶然居合わせなかった生徒は、大体が『しゅじんこうほせい』とかいう謎の力の持ち主で至極危険な存在らしい。何せその生徒は、素手で銃器を持った兵士を打倒し得るだけのCQC(近接格闘)に熟達し、尚かつ教室の机を盾にして銃弾を防いだり反撃用に蹴り飛ばしたりする奇襲戦法をも容易にこなす上に、一度銃を手にすれば果敢なCQB(近接戦闘)にて敵を瞬時に殲滅する最強のポテンシャルを秘めているとの事だ」
厳めしい相貌のファングが、むっつりと言う。
喋っている内容は明らかにぶっ飛んだものであったが、冗談ではなく大真面目に言っているだけに、それが却って不気味な雰囲気を醸し出していた。
「……9ミリ拳銃弾や7.62ミリライフル銃弾を防ぐ机など、一体どんな鋼鉄製の防弾机だ。まともに考えてそんな物が一般の学校に有る訳ないだろうが。それにさっきから聞いていれば、只の高校生でそんなランボー顔負けの戦闘技能を持つ奴など居る訳がないだろう。お前、ふざけているのか?」
「別にふざけてなどいない。俺は足元を掬われないように、深謀遠慮なあの方の忠告をそのまま飛田さん、貴方に伝えただけだ。尤もその様子では、超危険分子に該当する生徒の発見には至らなったと見受けられるが?」
「ああ。その通りだ、ファング。保健室に女子生徒が一人ベッドに横になっていたが、何の変哲もない実に普通のお嬢さんだったよ。更に言えば、屋上を始めそれ以外の施設内にも学生が潜んでいる可能性を考慮し念入りに捜索を命じたが、結局お前が言う超危険分子など皆無だ。どうだ、これで満足か?」
飛田と呼ばれた無精ひげの男の表情と声音は、瞭然たる侮蔑の色と憤慨で毛羽立っていたのだが、それをファングが気に留める様子などは一切無かった。
そして、無感情な語感にてファングは返事をする。
「了解した。では、これで学校の制圧は完璧という訳だな。後はそちらが口頭で伝えた要求を外でまごついている連中が呑めば、歴史的な“革命”の第一歩がこの地で刻まれる事となる。俺に出来る仕事が有るならば遠慮せず言ってくれ、最善の努力を尽くすと約束しよう」
「いけしゃあしゃあとよくも……ちっ、まあいい。安心しろ、その時が来ればお望み通りにお前を最前線へ配置してやるさ。それまでは、ここで大人しく座ってスマホでツム○ムの続きでもやっていろ」
これ見よがしな舌打ちと共に、ファングに向かってそう吐き捨てた“革命軍”の筆頭である飛田は、相手の返事を待つことなく肩を怒らせながら大股で教室の出入口へと向かい、お付きの部下を伴って早い歩調で退室していく。
バタンという引き戸が荒々しく閉まる音のみが、息苦しい沈黙に支配された教室内に響き渡るのだった。
夕暮れに染まる校舎の外壁や校舎内には、無数の赤色灯が反射し瞬いていた。
九月十五日の夕刻現在、東京都立光台高等学校の外周を埋め尽くしているのは、夥しい数の警察車両及び、前代未聞のテロ占拠事件を報道する、屋根にパラボラアンテナとサイドのドアパネル部分に局のロゴマークが描かれているテレビ中継車群であった――――
大変長らくお待たせして申し訳ございません。
10月は季節外れの台風やら、その他仕事上の諸々で執筆が全然はかどりませんでした( ;´Д`)
気付けば11月に突入し、今年もあと少しで終わってしまう状況になってしまいました。
次話こそはなるべく早く投稿し、何とか今月中には番外編を終えて、楓ちゃんら主人公の方の物語を進めていきたいと思っています。
ですので、何とか次話で物語の解明編となる「Day of the dead」を終わらせるよう努力しますので、何卒よろしくお願い致します。
いつも感想を下さったり、ブックマークして下さる方、読んで下さる方の存在は本当に執筆の励みになります。超遅筆ですが、これからも読んで下さると嬉しいです(*´ω`*)




