第2話 「Day of the dead ②」
ちょっと長いです。
――九月十五日、東京都豊島区池袋上空、夕刻前。
瑠璃色の空に強烈な存在感を示す太陽がその輝きを徐々に失い、少しずつ世界が日没前の熔けた鉄の如き赤へと染められていく、そんな時間帯。
千葉県木更津市の陸上自衛隊木更津駐屯地を離陸した、有事の際に緊急展開する中央即応集団(CRF)の機動運用部隊である第一ヘリコプター団並びに東部方面隊隷下の、第102飛行隊に所属する多用途ヘリコプターUH-60JA“ブラックホーク(別称ロクマル)”が、区本庁舎一体型の地上四十九階建ての大規模複合タワーレジデンス『ブリリアタワー池袋』や池袋のランドマーク的役割を果たしている巨大複合商業施設の『サンシャインシティ』などの高層ビル群の上空を通過する。
新宿や渋谷と並ぶ山の手三大副都心であり、国内屈指の繁華街を有する雑多なビルが複雑に絡み合う池袋の華やかな街並みを機長席から見下ろしつつ、隊長機となる〈ヒリュウ01〉とコールサインが付与されたUH-60JAの操縦桿……サイクリック・ピッチ・スティックを握り締めた印南三等陸佐は、編隊を組んでいるロクマルと同系統のUH-1J“ヒューイ”であり〈ハンター13〉という識別符号を有した回転翼機に加え、AH-1S対戦車ヘリコプター“コブラ”一機並びにOH-1 観測ヘリコプター“ニンジャ”一機に向けて通信を行っていた。
「ヒリュウ01から各機へ、練馬駐屯地の到達まで三分。各自、既に本作戦については十分理解していると思うが念の為、再度伝える。依然として通信が途絶えている第一師団司令部の状況確認が我々に課せられた最優先任務であるが、同時に怪我人の収容と当該敵対勢力の発見・排除にも努めなければならない。作戦中は常に細心の注意と臨機応変を心掛けろ」
編隊長を務める四十代半ばの印南三佐が、航空ヘルメット(FHG-1)に取り付けられているブームマイクに声を吹き込むと、直ちに僚機となるUH-1Jヒューイの操縦士から「ハンター13了解」という返事に続き、AH-1Sコブラ識別符号〈アタッカー03〉及びOH-1ニンジャ識別符号〈オメガ02〉からも、それぞれ「了解」という返事が次々と耳元のレシーバーから聞こえてきた。
そして無線通信の終了を見計らって、機長席の隣に座る副操縦士の吉澤朋美二等陸尉が印南三佐に対しマイクを通して言葉を掛けてきた。
「機長、一体何が起こっているのでしょうか? 練馬駐屯地ばかりでなく朝霞駐屯地まで今は交信不能だし、街は酷い暴動が起こって滅茶苦茶になっているし……」
「詳しい事情は俺だって知らんよ。だが今確かに分かっているのは、先月から世界中で猛威を振るっている未知の新型ウイルスが人間をおかしくさせちまうって事と、更にこの混乱に乗じてイカれた奴らが好き勝手に暴れた挙句、とうとう自衛隊にまで喧嘩を吹っ掛けてきたという現実だ」
「謎の奇病とテロリスト、ですか。まさか日本の首都でこんな事が起こるなんて……。そうなると、都内に所帯を持つ隊員の士気が心配です。私は独身だし、親兄弟も都内に住んでいないからまだ良いですが、確か機長のご家族は東京の実家にお住まいだと――」
航空ヘルメットの暗色バイザー越しに見え隠れする二十代の若い面上に、不安の翳が差している朋美の憂慮に満ちた声を、印南三佐が遮るようにして言葉を放つ。
「吉澤二尉、俺の家族についての心配は無用だ。一つだけアドバイスすると、このような未曽有の災害下では、まずは他人の事より自分と身内の安否を最優先に考えろ、だ。逆にそうじゃなければ、とてもではないが身が持たん。……大丈夫だ。きな臭くなる前に、妻には両親や子供らと一緒に実家の東京から離れろとはちゃんと伝えてある。あいつは気丈だし何よりしっかり者だから、きっと俺が居なくとも上手くやってくれるさ」
「機長……」
「後、隊の士気に関してだが、我々は自衛官である以上、有事に際しては危険を顧みず身をもって責務の完遂に務め、国民の負託に答える義務がある。それ故に、例え愛する自分の家族が危険な目に遭う可能性があったとしても、任務を放棄して逃げ帰る事など決して許されない。だからこそ吉澤二尉、今は余計な思考を排除して作戦の事だけを考えろ。そして、任務達成の為の努力を怠るな。全ては多くの救うべき生命の為に……だ」
「……はい……」
仕事から離れれば印南三佐が愛妻家で子煩悩な父親であることを知っている朋美は、全ての憂悶を強引に捻じ伏せて責務を果たそうとする上官の峻厳な覚悟に対し、掠れた声音で返事をするのが関の山であった。
印南三佐が発した決意を秘めた言葉を受けた朋美は、全ての迷いを断ち切るかのように深呼吸を一つすると、強く操縦桿を握り直した。
一朝有事の際は、自らの生命すら投げ出して護るべき他者の盾となり矛となる自衛官としての覚悟を、階級章にあしらわれた桜星のその重みを、印南三佐の任務に臨む姿勢を通じて朋美は改めて認識し、気を引き締めるのだった。
高度一〇〇〇フィート(約三〇〇メートル)、そして最大速度の一三〇ノット(時速約二四〇キロ)で針路を北西方向に取って飛行するヘリ部隊の四機編隊は、地上で発生している車両事故や雑居ビルの火災によって立ち昇る黒煙を視界に捉えながら、猛スピードで目標地点である練馬駐屯地へと向かっていた。
足下の破壊と混乱を置き去りにしながら、編隊は瞬く間に東京進入管制区内である豊島区を過ぎ板橋区の都立城北公園の上空を通過する。
ここまで来れば、練馬駐屯地はもう目と鼻の先だ。
やや潰した葉巻を彷彿させるカーキ色に染められた寸胴のボディとは相反する高機動力を有し、更に夜間暗視装置、航法気象レーダー、GPSや慣性航法装置による自動操縦機能を備えたUH-60JAロクマルは、様々な条件下でも空中機動を活かして小部隊を敵の要地に送り込む“ヘリボーン作戦”の中核を担う優秀な機体である。
そんな信頼性の高い汎用回転翼機であるロクマルを操る機長の印南三佐は、機内キャビンドアの両サイドに搭載している12.7ミリ重機関銃M2――キャリバー50と、前方のガナーズドアに配置された5.56ミリ機関銃MINIMIの射手を務める若い陸曹らに対して射撃準備の命令を下した。
「司令部。こちらヒリュウ01。正面、当該目標地点を目視で確認。視程は良好、これより作戦行動に移ります。送れ」
吉澤朋美二等陸尉が、副操縦席から司令部である木更津飛行管制所へ無線送信する。
その間にもヘリ部隊の編隊は、高度と速度を徐々に落としつつ練馬駐屯地付近の空域まで接近を果たした。
それから間を置かずに低空飛行で待機域となる駐屯地周囲上空へと進入するや否や、赤外線センサー、可視光カラーTV、レーザー測距装置を一体化した索敵サイトを搭載し、加えて乗員二名が前後に並ぶタンデム複座形式の平べったい機体デザインが特徴となる、優れた機動力を誇る偵察ヘリであるOH-1ニンジャが、ドアガンにキャリバー50と機体下部に赤外線監視装置(FLIR)を装備したUH-1Jヒューイと共に先陣を切って索敵行動に入った。
『司令部、了解。ヒリュウ01、練馬駐屯地の現況はいかがか。送れ』
「了解。有視界内における目標地点の状況は……嘘。こんな……、こんな事って…………」
『こちら司令部、どうしたヒリュウ01。状況を明確に、かつ詳細に報告しろ。送れ!』
「か……壊滅。駐屯地は壊滅、状態です……」
怯えに早鐘を打つ心臓が、喉から絞り出す朋美の声を震わせていた。
屋上に国旗がはためき、富士山と七個の桜をあしらった第一師団のエンブレムが掲げられた鉄骨鉄筋コンクリート造三階建ての師団司令部がある営門正面の建物を十一時の方向に捉えながら、左旋回で飛行するUH-60JAロクマルは地上に具現化する悪夢を直視せねばならなかった。
他方、スリムな胴体と縦列複座タンデムのコクピットが特徴的であり、また機首部に取り付けられたTSU(M65望遠照準装置)と20ミリM197機関砲に加え、胴体両側のスタブ・ウイングにTOW対戦車ミサイル、ハイドラ70ロケット弾ポッドの兵装が施された攻撃ヘリコプターであるAH-1Sコブラは、ロクマルの援護を行う為に随伴飛行していた。
路上には人が溢れていた。
それと同時に、狂乱が大気を揺るがしていた。
巡航高度を一気に下げ練馬駐屯地近辺の上空をローパスするヘリ部隊の四機編隊は、今や構造物や敷地内の様子といった対象地形をはっきりと視認しており、その異常さを問答無用で理解せざるを得なかった。
まず、第一師団司令部のある正面建物は四トン普通貨物トラックらしき車両が突っ込んでおり、見るも無残な半壊状態となっていた。
その建物と車両の異常ともいえる大破具合から、営門を強行突破して敷地内に侵入後、停止することなくそのまま建物に激突した四トントラックの荷台には、間違いなく自爆テロ用の爆発物が積載されていただろう事は容易に判別できた。
そして、そんな非常事態に対し更に追い討ちを掛けるように、歩道・車道・交差点・駐車場・広場などの至る所に全身を紅に染めた、無秩序な性別と年齢層の人間達が死の媒介者となって通りを埋め尽くし、人が人の肉を喰らうという地獄の光景を現実世界に顕現させていた。
また、あちこち痛ましい損壊が見受けられる練馬駐屯地内部の隊舎を始めとする各施設や駐車場区画などにも、外部から侵入を果たした群集が無数にひしめき合っていたが、その一方で通称環八通りと呼ばれる国道311号線や、駐屯地と練馬北町宿舎に面した国道254号線にも、原型を留めない程の事故車両群や酷い怪我人が溢れ返っていた。
ヘリのコックピットを覆う窓から見渡せる駐屯地の内外で、事故やテロ行為によって発生した火災から立ち昇る黒煙が、空を毒々しく染めていた。
「これは一体……。テロ? 暴動? でも、それだって変だわ……。だって、何で……何で民間人が同じ民間人を襲って、た、食べているのよ。それに、どうして自衛隊員も集団に加わって暴れ回っているのよ!?」
周辺一帯に轟く回転翼機のローター音を聞きつけ、揉みくちゃになりながら興奮したように天に向かって両腕を伸ばす、肉体的損傷の激しい人の絨毯を眼下に捉えた朋美が、恐怖と驚愕に表情を引き攣らせ喘ぐような語調にて言葉を放った。
「馬鹿野郎っ! 気をしっかり持って状況を正確に把握しろ! いいか、下で暴れている連中は自衛官を含めて全員感染者だ。司令部に突っ込んでいるトラックは間違いなくテロ攻撃だが、それが本件の暴動とどんな関係があるかまでは分からん。とにかく今は、現状の撮影報告に努め司令部の指示を仰げ。カメラは光学系と赤外線の両方を選択、分かったな吉澤二尉!!」
すると、機長席にて左手に有るコレクティブピッチ・レバー及び床下のフットペダルを踏んでヘリをコントロールする印南三佐が、恐慌状態に陥った副操縦士の朋美に向かって叱咤の声を張り上げ、命令を下す。
「りょ、了解!」
「よし! はっきり言って、俺だって訳が分からんしビビりまくってもいるが我々はプロだ。任務は確実にこなすぞ! ――オメガ02、こちらヒリュウ01。そちらも既に把握済みだと思うが、第一司令部の建物並びに有視界内で確認できる駐屯地内の施設は、どこも暴徒とテロリストによる攻撃によって壊滅状態にある。地上からの対空火器の危険性も考慮し、周囲の索敵を厳とせよ。送れ!」
上官からの叱責によって朋美はすぐに我に返ると、承諾の返事と共に素早く機器を操作し始めた。
その姿を横目で見遣りつつ印南三佐が喋り、次いで無線で〈オメガ02〉――偵察ヘリのOH-1ニンジャに対して呼び出しを行った。
『オメガ02了解。ヒリュウ01の既報の通り、練馬駐屯地の損壊状況はこちらでも確認済み。実にクソッタレなゾンビ映画ばりの展開だが、現時点ではレーダー波の受信及び目視による対空兵器の脅威は無し。引き続き索敵を実行す――――待てっ!』
「どうしたオメガ02! 状況を報告しろ……何ッ!?」
突如、緊迫した怒鳴り声をOH-1ニンジャの操縦士が上げるのをヘッドホンで聞き取った印南三佐は、頬肉を強張らせながら何が起きたかを問い質そうと野太い声を張り上げたが、しかしそれはロックオンを報せる警告灯とけたたましい警報音がいきなり作動したことよって遮断され、驚愕の言葉に取って代わられた。
操縦席のコンソール装置には《ALART》の文字が浮かび上がり、加えて徐々に間隔が狭まっていく凄まじい警報音が、機長の印南三佐に赤外線や画像誘導タイプの地対空ミサイルが発射された現実を無理やり叩き込んだ。
『ミサイル! ミサイル! ミサイル! 回避、回避、回避ぃッ!!』
航空ヘルメットの内側に響き渡るOH-1ニンジャの操縦士の焦燥に駆られた絶叫と、副操縦席から咄嗟に反応した朋美の「二時方向! 飛翔体接近ッ!!」という悲鳴じみた声音の警告を聞きながら、印南三佐は自機の右手側に見える国道254号線の練馬車検場前交差点付近に建造された、地上十階建てのマンション屋上からミサイルが発射された事を瞬時に悟る。
ほんの僅かな白煙を引いて迫る赤外線誘導弾。それは携帯可能防空システム(MANPADS)の代表格、肩撃ち式の個人携行地対空誘導ミサイル――FIM-92Gスティンガーによる攻撃であった。
「――っ! 射出、ブレイクッ!!」
凄絶な顔つきとなった印南三佐が雄叫びを上げながら、ほぼ脊髄反射の動作にてミサイル妨害用のチャフ・フレアディスペンサーを作動させると共に、緊急回避行動に入る。
同時に彼は、躊躇することなく左手のコレクティブピッチ・レバーを一気に引き上げながら、左フットペダルを勢いよく踏み付けた。
するとUH-60JAロクマルは、機体から電波探知を妨害する金属片の“チャフ”と囮となる高熱源球の“赤外線フレア”を空中に大量放出させつつ急上昇し、遅滞なく左へと急旋回を切った。
更にミサイルとの相対距離と角度を目測した印南三佐は、右手に握るサイクリック・ピッチ・スティックとフットペダルを巧みに操り、機首の向きを変えると同時に機体を急角度でバンクさせる。
UH-60JAロクマルの機体が激しくバウンドし、ターボシャフト・エンジンのタービン音が絶叫に近い咆哮を上げていた。
ヘリのキャビンにて、ハーネスを装着した射手を務める若い隊員らが必死の表情で両足を踏ん張りながら、機体の急激な傾きに堪えていた。
尋常ではない速度で景色が流れる。四枚羽根のローターが空気を抉るように切り裂く。
「クソったれがぁァッ!!」
突如舞い降りた死神の鎌を文字通り死に物狂いで逃れようと、印南三佐は恐怖と緊張で全身に滝のような冷汗を滴らせながらも、気合の罵声を発すると共に全神経を極限まで集中させていた。
だが、これだけの至近距離から赤外線追尾式ミサイルを無事に躱し切るのは、まさに一か八かの賭けであった。
何故ならそれは、航空機のジェットエンジン排気等の高熱源体を追尾する赤外線ホーミング誘導ミサイルの欺瞞兵器であるチャフ・フレアを射出させたものの、最新型の肩撃ち式歩兵携行ミサイルは従来のものに比べ、センサーとソフトウェア面の強化がなされてIRCCM(対フレア)能力や命中精度が飛躍的に上昇しており、回避がより困難であるからだ。
生と死の狭間の中で、印南三佐が操縦するUH-60JAロクマルは斜め宙返りの応用機動となるウィング・オーバーに入り、二重推力ロケット・モーターが点火され加速してくるスティンガー・ミサイルの追尾を何とか回避しようともがく。
打ち上げ花火の如き空中散開するチャフ・フレアの効果と、機体の性能を限界まで引き出した回避駆動。しかし今回ばかりは、何よりも運が味方した。
ヘリに向かって放たれた地対空誘導ミサイルは紙一重の差でオーバーシュートし、落下していくフレア群の中に突っ込み誤爆したのである。
「よし、躱したっ! 各機、状況送れ!!」
印南三佐がヘルメットのマイクに向かって声を張り上げ、各機の状況確認を求める。
その間も、ミサイルが爆発したことによって発生した衝撃波が、つんざく轟音を伴って機体に襲い掛かるも、彼の懸命な機動制御が功を奏しヘリは無事に飛行を続けていた。
だがその幸運とは真逆に、無線から届けられる仲間の声は、残酷な現実に塗り潰されていた。
『ハンター13! 七時方向から誘導弾接近っ! 至急回避行動を取れ!!』
『オメガ02、無理だ距離が近すぎる! 回避不能っ! 助け、助けてくれぇっ!』
火急事態を伝えるOH-1ニンジャとUH-1Jヒューイの交信を耳に拾った印南三佐と副操縦士の朋美が、ヘルメットを振って僚機が飛ぶ位置に視線を定めた時、丁度それを目撃した。いや、目を背けることなど出来なかった。
自機であるUH-60JAロクマルと随伴機のAH-1Sコブラからやや距離を置き、感染者以外の要救助者の発見と周囲の哨戒任務に当たっていたUH-1Jヒューイの直近地上……練馬駐屯地南西側にある地上十四階建てマンション屋上から、先程とは別の敵による地対空誘導ミサイルが同じく発射されたのである。
「ハンター13、諦めるな! 逃げろ、逃げろぉッ!!」
尚も悲痛な声を喚き散らしている〈ハンター13〉のコールサインを付与されたUH-1Jヒューイの操縦士に向かって印南三佐が怒号をマイクに叩き込むも、赤外線やレーダー誘導ミサイル等からの母機防護用兵器であるチャフ・フレアディスペンサーが装備されておらず、更に新型のUH-60JAロクマルと比べて航空能力に劣る旧式のUH-1Jヒューイでは、その生存性において格段の差があった。
そして如何せん、スティンガー・ミサイルとヘリにおける彼我の距離並びに攻撃方向が最悪だった。
回避不可能な至近距離からの待ち伏せ攻撃である、計画伏撃。
奇襲となるその武力攻撃は、マンション屋上に潜んだ敵がヘリの弱点となる機体後部――テイルローターを晒す瞬間を待ち、完璧な撃墜を期してスティンガー・ミサイルを撃ち放ったのだった。
結果、満足な反応も出来ぬまま、敵の射界から逃れる術を失ったUH-1Jヒューイは、テイルローター部分に最大飛翔速度マッハ2.2を誇る地対空誘導ミサイルの直撃を受ける。
その刹那、爆発そして爆散の現象が大気を強烈に震動させた。
誘導弾の威力は、UH-1Jヒューイの機体後部はおろか二枚羽根のメインローターまでも容赦なく吹き飛ばし、日本独自に改良された陸自ヘリの傑作機を乗り込んだ隊員ごと只の鉄屑へと変えた。
空中で発生した巨大な火だるまに従い、四散する無数の破片が、草刈り機の金属刃のように高速回転しながら宙を舞い、地上の練馬駐屯地各所へと降り注ぐ。
砕け散ったコクピットの窓から弾き飛ばされた操縦士らしき激しく延焼した物体が、回転翼機の爆発炎上に伴う部品の散開と混ざり合って空中に放り出された後、やがて墜ち消えた。
「ああ……、嘘。そんな……」
「オメガ02、アタッカー03! こちらヒリュウ01、ハンター13が撃墜された! 各機、至急距離と高度を取ってスティンガーのキル・ゾーンからの退避行動に移れ。我々に奇襲してきた奴らは素人なんかじゃない、間違いなく特殊部隊の仕業だ。すぐに次弾が飛んでくるぞ、愚図愚図するなっ!!」
あまりに衝撃的な光景を目の当たりにし、恐慌の波に呑まれた朋美が、唇をわななかせながら呟き声を発する。
一方、素早く首を巡らせて周囲の状況を確認した印南三佐は、部下が無慈悲に殺害された事で生じる激憤と、強力な対空火器と手練れた戦術を駆使する正体不明の敵に対する畏れを胸中に抱きつつも、残存する編隊――OH-1ニンジャとAH-1Sコブラの双方に厳しい口調で危険空域の離脱を命令する。
『ヒリュウ01、こちらアタッカー03! 敵特殊部隊が使用した地対空ミサイルは発射後の航跡がほぼ見当たらない事から、最新式のスティンガーだと思われますが、しかし発射元の位置は既に二つともこちらで特定済みです。奴らが撤退行動を終える前に武器使用の許可を求むっ! 送れ!!』
「駄目だ、アタッカー03! ここでの重火器使用は住民や民間所有物などの付随被害が甚大となる事から許可できない。また、敵の規模と布陣場所の全容も未だ不明である事から、更なる伏撃も予想される。悔しいのは分かるがここは一旦、安全確保を優先して地対空誘導ミサイルの射程圏内まで退避を行え。急げっ!」
『仲間を目の前で殺されたのに、何もせず只逃げ回るなんて俺は嫌だっ! ヒリュウ01、隊長お願いです、ハンター13の仇を取らせて下さい! 反撃を……、我に応戦の許可を再度具申します!! 送れぇっ!!』
無線から伝わる、血を吐くような言葉と感情を吐露する攻撃ヘリコプターAH-1Sコブラの操縦士の叫びに、編隊長である印南三佐は血が滲む程に下唇を強く噛んでいた。
許されるならば、隊長命令で彼に攻撃の許可を与え、仲間の仇討ちを思う存分取らせてやりたかった。いや寧ろ、己が率先して敵の殲滅の為、自機のキャビンにて待機する射手らに12.7ミリ重機関銃M2――キャリバー50と、5.56ミリ機関銃MINIMIの一斉掃射を高らかに命じたかった。
しかしそれは決して許されない行為であった。
何故ならば、幾ら今の武力攻撃が交戦規程……部隊行動基準に照らし合わせて反撃が正当なものであろうとも、激情に駆られた自衛隊の攻撃が無辜の国民を巻き添えにしたその瞬間、自分達の存在意義が全否定されてしまうからだ。
どのような理由があろうとも、例え眼前で多くの自衛隊員が無慈悲に無意味に殺されようが、常に共にある日本国民を誰一人とて傷付けてはならない。
それが自衛隊という組織の矜持であり、また絶対に覆してはならぬ掟でもあった。
だからこそ、駐屯地内の施設ならいざ知らず、大勢の民間人が居住するマンションやビルといった建築物などに対する攻撃を許可する訳にはいかなかった。
その結果として、己が部下から腰抜けや臆病な奴だと蔑まれようが甘んじてそれを受ける覚悟を印南三佐は決め、断固たる言葉にてAH-1Sコブラの操縦士に命令を下そうと口を開きかけた時、
『アタッカー03、こちら司令部第一ヘリコプター団長の草薙だ。直ちにヒリュウ01の命令に従い退避行動を取れ。貴様の応射によって民間人が一人でも死傷すれば、我々は守護者から只の暴力装置に堕落するという事が理解できぬというのなら、今すぐヘリを降りて自衛官を辞めろ! 現時点では無理でもこの先、仲間の仇を取る機会は絶対作ると約束するから、今は堪えて攻撃ではなく撤退に専念するんだ。分かったな? 分かったならば命令を復唱せんか、若造っ!!』
厳然たる語感にて無線に割り込んできた声の主は、中央即応集団第一ヘリコプター団長兼、木更津駐屯地司令を務める草薙将司陸将補であった。
清濁併せ吞むかの如きその重厚かつ精悍に満ちた言葉は、不屈の精神と揺るぎない熱情に溢れたまだ若いAH-1Sコブラの操縦士の心を動かした。
『……アタッカー03、了解。これより退避機動に移り、危険空域からの離脱を行います』
航空ヘルメットのヘッドホン越しに聞こえるAH-1Sコブラの操縦士声は、無念の悔し涙に濡れていた。
恐らく実際に熱い雫が両眼から零れ落ちているのだろうが、それは彼だけではない。
UH-60JAロクマルの機長であり、編隊長を務める印南三佐やその副操縦士である吉澤朋美二尉を始め、OH-1ニンジャの搭乗員もまた臍を嚙む気持ちであるのは同じであり、次から次へと湧き出す涙を抑える事が出来なかった。
程なくして、一機を欠いたヘリ部隊の編隊は練馬駐屯地上空から退避すると、更にそのまま作戦を中止して木更津駐屯地に帰投する旨を、司令部から命じられた。
心中を塗り潰す強い無念・怒り・疑問を抱えたままの帰路となったが、その途中で同じく連絡が途絶えた朝霞駐屯地の偵察に向かった別動ヘリ部隊の編隊も正体不明からの強襲を受け、こちらもまた機体を撃墜される損害を被ったとの報せを印南三佐らは聞いたのであった。
――自衛隊の回転翼機の墜落現場となった練馬駐屯地を見下ろせる場所に、強襲を仕掛けた者達が立っていた。
その彼又は彼女らは、全員が共通して防眩黒色のタクティカルベストや各種装具といった戦闘に必要なものを身に着けていた。
だがその者らが異質であるのは、最新鋭かつ高性能の主に特殊部隊が使用するFN F2000やFN SCARといった自動小銃に加え、地対空誘導ミサイルFIM-92Gスティンガーなどの強力な火器で武装を固めている以上に、たった今、与えられた任務を見事に達成したのにも関わらず、何ら感情の発露が見受けられない点であった。
そしてその戦闘集団は、ここでの任務を終えた今、陣地転換を行う為に戦術移動を開始し始めていた。
幼少期から過酷な訓練を耐え抜き、研ぎ澄まされた精神と肉体を有する彼又は彼女らが一部の隙も無い動作で陣取るマンション屋上を後にしようと踵を返した時、視野の末端に己らが空中から叩き墜とした陸自ヘリの爆発によって生じた火災と破壊の爪痕を捉えた。
勿論、無残に大破した駐屯地施設やその周辺の道路に加え、民間のアパート及びマンション、そして商業ビルといったありとあらゆる所に蔓延り蠢く、夥しい数の感染者の姿も。
「…………全ては、あの方が我らに示して下さった理想郷の為に――――」
戦闘集団の中、一人のうら若き女性が囁くように呟いた。
高い背丈に加え、男性の目を釘付けにする程の魅力的なプロポーションと色香を宿す、見事に完成された肢体。
そして、やや茶色味掛かったセミロングの髪と能面の如き感情を排した白い美貌。
だがその眼光の鋭さと内に秘めたる極めて高い身体能力は、その麗しい顔立ちと相まって只の美人という枠組みを完全に逸脱する、蠱惑的な危険に満ち満ちていた。
それだけに、彼女を端的に評するならば、女豹という言葉が最も相応しい存在に違いなかった。
冷たい双眸を終わりが始まった世界に向けるその女性の名は、志摩明日香。
それと同時に彼女は、『研修所』に所属する“執行者”の一人でもあった。
破滅と死臭に彩られた微風が、戦場と化した東京の空を静かに吹き抜けた――――
お待たせ致しました。
自分なりに何とか投稿を早めようと執筆を頑張ってみたのですが、やっぱり無理でした( ;´Д`)
毎日投稿する他の作者様はいったいどのような性能を有しているのでしょう(泣)
さて、本編の主人公が登場しなくて色々ご不満な方もおられるでしょうが、何卒もう少しだけお付き合い下さいm(__)m
次話かその次で解明編となる『Day of the dead』に結末をつけたいと思っていますので、そこまで読んで頂けると嬉しいです^^
では、次も『Day of the dead③』をよろしくお願いします!(*^-^*)




