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生者と死者に祝福を  作者: もこもっこ
第一章  序開
13/36

第12話 「前兆」

少し短めです。







 




「これ以上は先に進めないね、楓ちゃん」


 狭い住宅路地の物陰に隠れながら、眼前の光景を目の当たりにした宇賀達也うがたつやが、小声で隣の少女へささやく。


「……ええ」


 それに対し、鋭い眼差しで前方を見据みすえたままの少女――黒崎楓くろさきかえでが同じく小さな声で言葉少なに返答する。


 現在二人が居る場所は、区立北小泉中学校北側の正門からやや離れた場所にある曲がり角、そこに建っている民家の塀の陰であった。

 気配を殺しつつ、避難所に指定されているくだんの中学校の外観が望める通りの様子をそっとうかがう楓と達也であったが、すぐにこれ以上進むのは不可能であることを悟った。

 何故ならば、おびただしい数の感染者ゾンビが路地を埋め尽くす勢いでたむろしているからであり、しかもその数は学校の方に近付くにつれて更に膨れ上がっている状態であるからだ。


(どう考えても避難所の中学校が無事とは思えん。もっとも、仮に今も校内に立てこもっている避難者が居たとしても、こんな状態では地上からの接近は到底不可能だ。……これ以上ここに留まるのは危険だな。仕方が無い、引き返すか)


 そう結論付けた楓が、達也の肩を軽く叩いて合図してから、音を立てぬように慎重な歩行で後退を始めた。

 二人が目指す拠点は、避難所の中学校と『グレートバリュー練馬小泉店』という店舗名のスーパーマーケットの二ヶ所であり、楓は優先順位的な見地から避難所の様子を先に確認すべく、達也と共にこうして訪れたのであった。

 しかし結果は、まさに楓の予測していた通りのものだった。すなわち、避難所が感染者ゾンビの襲撃によって機能不全に陥っているという悪い予感である。


(避難所が駄目となると、後はスーパーの方に向かうしかないが、この有様では店が無事かどうかも怪しいものだな。仮に店が破壊し尽くされて使い物にならなかった場合、近くの民家に潜り込むしか選択肢がないが、最低でも今晩をしのげるぐらいの食糧品は調達したいところだ)


 来た道を戻りながら、楓は徐々に夕暮れへと向かいつつある空を見上げて考えを巡らせていた。

 すると、隣を歩いている達也が眉根を寄せながら難しい表情を浮かべて、低く「うーん…」とうなるような声を発しているのに楓が気付き、疑問の声を投げた。


「何か気掛かりな事でも?」


「え? いや、まあ気掛かりというか、やっぱり避難所があんな風に駄目だと、スーパーの方も相当厳しいかなぁって思ったんだ。それにゾンビもの……というかサバイバルホラーやパニック系の物語だと、大体ショッピングモールやホームセンターなんかの大型店舗に向かうと高確率でヤバい目に遭うのがパターンなんだよね。だから、計画を多少変更した方が良いんじゃないかなって思ってさ」


 そんな達也の提案を聞いた楓は、幼いながらもその端整な色白の面貌にいぶかしげな色を浮かべると、重ねて問いの言葉を口にした。


「もうすぐ日暮れが迫っている中で、不用意に目的を変更するのはあまり得策とは言えませんが…。それとも宇賀さんには、何か良い心当たりでもあるのですか?」


「うん。取りえずはこのままスーパーまで行って様子を探ってみて、ちょっとでも危ないって思ったら無理せず引き返して、今度は指定の避難所じゃなく朝霞駐屯地か練馬駐屯地を目指した方が良いと思うんだよね。まあ、ここから自衛隊の基地までは多少距離はあるけど、歩いて行けないほど遠い訳じゃないし」


「……なるほど、確かに宇賀さんがおっしゃるとおり、治安維持能力と防衛能力に優れた自衛隊の駐屯地を目指すのはそう悪い話ではありません。ですが、この劣悪極まる環境下では陽が落ちる前に基地まで辿たどり着くのは間違いなく不可能ですし、それに視界がはなはだしく低下する日没後の強行軍は余りにもリスクが高く、賛同は出来かねます」


「う……」


 たじろぐ達也に対し、更に楓が畳み掛けるように反論を行う。


「加えて、食糧の調達をおろそかにして一日に必要な栄養の摂取を怠れば、体力低下は避けられず、不測の事態における対処能力にも著しく悪影響を及ぼすでしょう。まさしくことわざのとおり、『腹が減っては戦はできぬ』なのです。以上の理由から、スーパーが駄目であれば最寄の商店を探し出して食糧品をどうにか入手し、その後は一夜をしのげる適当な家屋の確保に努めなければなりません。残念ながらそれが本日の最大の目標であり、限界でもあります」


「……むぅ、言われてみれば確かにそうか。ごめん楓ちゃん、俺が考えなしだったよ。何せゾンビ世界じゃ自衛隊っていうと超空気な存在か、またはいつの間にか全滅しているっていう雑魚(ざこ)設定が定番なんだけど、現実はちゃんとした軍隊で実力も半端じゃないだろうから、自衛隊に早く保護して貰えれば安心かなーって思ったもんでさ。ついつい気がいちゃったよ」


「いえ。先程も述べましたが、既にほぼ全ての社会システムが崩壊している中、自衛隊の庇護下に入るという選択肢はむしろ最良だと言えるでしょう。……ですがそれは、余程“左”に思想が傾いた人間でなければほとんどが宇賀さんと同じ事を考え、自衛隊もしくは警察に保護を求めようとするはずです」


「ま、まあ確かに。ってことは、大勢の人間が自衛隊の基地に殺到するって事かぁ…」


 楓の指摘に、達也がうめくように言葉を発した。

 更に楓が説明を続ける。


「十中八九そうなるでしょうね。また、朝霞と練馬の駐屯地は住宅地帯と密接しているが故に普段から目立ち、ましてや緊急事態なら尚更、銃火器を所持する自衛隊員を一般市民は頼りとするでしょうし、逆に自衛隊側も人道的観点から、襲われている人間をそのまま見過ごすような真似は絶対にしない筈です。それが例え、感染者と避難者が全く判別出来ない最悪の状況下であったとしても、です」


「つまり、必死に助けを求めに来た人達を全て受け入れるって事だよね。それこそ感染している人間も、そうじゃない無事な人間も丸ごと全部」


「ええ。あらゆる情報が錯綜する混乱初期時だと、状況が判明するまで一先ず避難民を受け入れざるを得ないのが自衛隊という組織です。故に、それが原因で基地内に感染者が大量発生し、内部崩壊を起こしている可能性は極めて高いと思料されます。ただ、自衛隊もそれほど脆弱な存在ではありませんから、大きな混乱はあるにせよ総崩れまでには至っていない可能性も十分考えられ、宇賀さんが仰る自衛隊による保護もそう悲観的な話ではないかも知れません」


 路地を歩きながら、声量を絞った状態で淀みなく喋る楓の姿に、達也は首をゆるゆると左右に振って感嘆の声を漏らした。


「……成程、とてもよく分かったよ。それにしても相変わらず凄いな、楓ちゃんは。記憶喪失という状態なんて全然お構いなしに、今回もクールな状況分析が超絶冴え渡っているよね」


「あ」


 更に「流石は俺が惚れたおにゃのこだぜ」と、しきりにうなづきつつのたまう達也の声を聞きながら、楓は自分がそう設定・・していたのにも係わらず、それをすっかり忘れていたことに遅まきながら気付き、思わず間の抜けた声を出してしまう。


「ん? どうしたの楓ちゃん。何か『やっべ』って顔しているけど」


 普段は冷静沈着な楓が珍しく慌てたような素振りを見せたので、達也が疑問を口にする。

 すると楓は、それを誤魔化すように取り澄ました表情を浮かべつつ言い放った。


「……いえ、何でもありません。どうやら記憶喪失の方は、先ほど私の排泄している姿を宇賀さんに見られたという精神的ショックが偶然的に作用し、僅かばかり記憶が正常に戻ったようです。色々死ねばいいのにとは思っていますが、その一点だけは感謝するべきなのかも知れません」


「うん、いきなりさらっと酷いこと言われて俺ビックリだけど、違うんだよ楓ちゃん。あれは周囲の見張りを徹底的に頑張った結果の、いわゆる副作用的な事故なんだ。それに君のような真面目な女の子にはちょっと理解し難いかも知れないけど、健全なおとこっていう生き物はね、好きな女の子がオシッコをしているのを見たいし、極めつけはそれを一度は飲んでみたいっていう欲望というか野望が、ごく普通に湧くものなんだよ」


「………完璧な変態ですね。近寄らないで頂けますか」


「うお、歩くのメッチャ早っ。ちょ、ちょっと待ってよ楓ちゃん。ごめん、今のは流石に嘘だから怒らないで。それに、俺は確かに変態という名の紳士ではあるけど、SMプレイの時は別として、大好きな楓ちゃんを無闇に傷付ける馬鹿な真似は絶対にしない……って、ほんとマジ待って下さい」


 そんな達也の変態妄言と姿を置いてけぼりにしつつ、楓は静かさに包まれた住宅路地の中を足早に進み、目指す先であるスーパーマーケット『グレートバリュー練馬小泉店』に向かうのであった。

 その時、油断せず周囲に気を配りながらも、楓の脳裡のうりには一つの懸念事項が思い浮かんでいた。


(宇賀の奴にも言ったが、例え未知のウイルスによる未曾有の大災害によって、首都機能が完全に麻痺している状態だとしても、自衛隊――いや、日本政府そのものの崩壊は有り得ん。とはいえ、街があまりにも静か過ぎる(・・・・・)のは、どう考えても妙だ。仮に感染者を抑えきれず、む無く自衛隊が朝霞と練馬の駐屯地を放棄したとしても、陸自の他部隊がOH-1偵察ヘリや無人航空機(UAV)を用いて空中哨戒(しょうかい)を行うなどの、何かしらの動きは必ずある筈だ。しかし実際のところ、機影どころかその気配すら皆無とは明らかにおかしい。……一体どうなっている?)


 確かな情報を得られぬ現状では、憶測で物事を判断するのは非常に危険ではあった。

 だがそれでも、奇妙に静まり返っている空に視線を泳がせる楓の胸中には、拭い去れない不安がわだかまるのであった。




 やや乳白色がかった鉄筋コンクリート構造の中規模スーパーマーケット、『グレートバリュー練馬小泉店』の正面出入り口は南側に有り、その先には幹線道路に面した、約五〇台分が駐車可能な平面駐車場がある。

 だが楓と達也の経路はその逆、つまり従業員専用出入口や荷物搬入口が有る店の裏手となる北側の方から、敷地内へと入ったのだった。

 ちなみに同店舗の西側には、一層二段自走式の立体駐車場が建造されており、最大で約一〇〇台分の車両が収容可能であったが、今は運転手を失った放置車両がごく少数残されているのみだった。


 他方、スーパーマーケットの北側は戸建て住宅が密集しており、店舗と宅地の境界を隔てているのは低い金網フェンスであったが、そのフェンスの一部分には徒歩及び自転車での買い物客が通行する為の隙間がしつらえてあった。

 そして現在二人は、フェンスの隙間を抜けて二階建ての造りとなっている店舗の一階、従業員専用出入口の扉の前に居た。


「うーん…。やっぱり鍵が掛かっているよ、楓ちゃん。バールで無理矢理こじ開けるか、窓ガラスを叩き割って強引に中へ入るしか方法がないかも」


 荷物搬入口に隣接している従業員専用出入口の分厚い両開きドアを確認した達也が、悔しげに言った。

 達也と楓の眼前にあるドアはしっかりと施錠されており、侵入は不可能な状態であった。


「宇賀さん、待って下さい。幸いにも付近に感染者の姿が無いとはいえ、油断は禁物です。工具でドアを壊して侵入するのは容易たやすいですが、その場合、どうしても物音が周囲に響いてしまいます。それは最後の手段としましょう」


 バールでドアを破壊して中に入ろうか思案している達也を、落ち着き払った声音で押し留めた楓は、更に淡々と言葉を継いだ。


「施錠がきちんとされているなら、恐らく店内は荒らされていない筈です。だとすれば、折角の好機を逃さぬようもう少し店の外周を詳細に確認した後、改めて侵入方法について考えましょう」


「オッケー、分かったよ。それにしても、パッと見た感じお店は略奪されていないようだし、おまけにゾンビも全然見当たらないのには正直驚いたなぁ。もしかしてアイツ等皆、学校の方に行ったのかな?」


「さあ、どうでしょうか。いずれにしても、私達にとってこの状況が幸運なのは間違いありません。手早く確認を済ませましょう」


 片眉を上げて疑問を口にする達也を促して、楓は建物の外観や駐車場及び周囲の景色といった場所などに次々と視線を走らせる。

 そして、少しずつ場所を移動しながら確認作業を進めていく楓と達也の二人であったが、間をおかずして奇怪な出来事の目撃及び、最適な侵入経路を発見する。


 まず奇怪な出来事の目撃とは、まばらとはいえ店舗正面出入口前や駐車場に滞留している何体もの感染者ゾンビらが、ご丁寧にも両足を砕かれて地面を這いずっている姿であった。

 その一方で、建物の外階段を上がったところに設置されている、スチール製の片開きドアのめ殺し窓には拳大の穴が穿うがたれていた為、二人は労せずに店内へ入ることが可能だった。

 どうにも薄気味悪い事実に警戒心を強めながらも、達也が明り採り窓ガラスの割れている部分から手を突っ込んで施錠されているドアを開けると、次いで楓と共に二階事務所や従業員控え室などの部屋へと続いている廊下に足を踏み入れた。


「俺らと同じ生存者……だよね、間違いなく。ゾンビがわざわざ侵入したドアの鍵なんて掛ける訳ないし、外のゾンビをあんな風にするのも人間の仕業だよなぁ。お店の中に誰が居るんだろう」


 閉めたドアのサムターン錠を回して再び施錠を行った達也が、やや不安げな色を相貌に浮かべて言う。


「確かに、わざわざ窓を割って施錠を外すような知性が感染者に残っているとは思えませんので、一連の行為が生存者の仕業であるのは確実でしょう。そうなると後は、相手側が友好的でなくとも、せめて好戦的なやからではない事を願いたいものですが」


 すると、廊下や室内のあちこちに注意深い眼差しを向けていた楓が、全く動ずることのない平坦な声音で答えた。

 そして、腰高窓から陽光が入り込んでいるとはいえ、停電の影響で薄暗くなっている二階の様子をうかがいながら楓がゆっくりと歩を進めた時、後ろにいる達也が躊躇ためらいがちな口調でただした。


「ねえ楓ちゃん。もし、今お店の中に居る人間が、俺の家に不法侵入してきた三人組みたいな危険な奴等だったらどうする?」


「勿論その為にも、いきなり接触するような愚策は採らず、まずは店内の偵察を行った上でどうするかを慎重に決めましょう。仮に全く話が通じなさそうな相手ならば、対象の人数や状況にもよりますが、撤退もしくは脅威の排除という方針で事を運びます。一方で相手側がまともな人間であれば、その時は宇賀さんに交渉をお任せしますのでよろしくお願いします」


 足を止めた楓が、振り返って言う。


「一応了解したけど、俺しばらく引きもりだったから、完全にコミュ障なんだよね。楓ちゃんとなら一日中ずっと喋っていられるけど、これが赤の他人だと全然会話が成立しなくなっちゃうかも知れない。それでも大丈夫かな?」


「……少なくとも、私より成人男性である宇賀さんが率先して相手と交渉するべきです。初対面の人間と接触する際、相手側から余計な不信感を抱かれないようにするには、宇賀さんを差し置いて私が出しゃばるよりも、貴方が私の保護者的な立場で相手と接触した方が遥かに自然な形ですし、より信用も得られやすいと思います」


「まあ…、外見的にそうだよね。確かに大人の俺と萌えメイド少女の楓ちゃんを見比べた場合、初対面でどちらを信用するかと問われれば、間違いなく紳士的なたたずまいを有する俺の方だよなぁ。うん、分かった。喋りは俺苦手だけど、何とか頑張ってみるよ」


 まるで諭すかのような口振りで話す楓の言葉に対して、達也がさも納得したと言わんばかりに首肯しゅこうを行いながら、しれっと言い放った。


「…………では、お願いします」


 なにが萌えメイド少女だこの野郎、と思わずイラッとした楓は、達也の喉仏に地獄突きをかましたくなる衝動を何とか抑制する代わりに、怒気を含めた低い声音を発する。

 しかし残念な事に、内に怒りを秘めた楓の語調は、遺憾いかんなく鈍感っぷりを発揮している達也に終始気付かれぬまま、大気へとはかなく消えるのであった。



 スーパーマーケット二階の間取りは、楓と達也の二人が入って来た外階段に続くドアが店舗東側端に設置されており、そのドアから西方向に伸びる廊下を進むと、事務所、従業員控え室兼休憩室、従業員専用ロッカールームといった配置順となっている。

 また、事務所や休憩室、更衣室といった主要な部屋以外にも、物置として使われている小部屋が二階には幾つか存在していた。


 そんな中で楓は、達也を伴いながらそれら一つ一つの室内に対し、綿密な視察・確認を行っていく。

 例え建物内という限定された空間であったとしても、どんな物陰に、どれ程の数の“敵”が潜んでいるか現状では全く不明である事から、楓は感染者ゾンビ蔓延はびこっている外を歩くと同じ様に、決して気を緩めるような真似はしなかった。


(どうやら二階には誰もいないようだな)


 ステルスエントリーにて、二階の全室を何事もなくクリアリングし終えた楓は、そう結論付ける。

 少しだけほっとした楓が、達也に二階の安全を知らせようとこうべを巡らせた。

 一方達也にあっては、丁度その時、一階バックヤードへ続いている階段の踊り場に立って階下の様子をうかがっているところであった。

 しかしその刹那、



「ギャアアァアアァアアアァアアァッッッ!!!」



 凄まじい絶叫が、店内にこだました。


「か、楓ちゃ――」

「しっ、宇賀さん黙って」


 突如湧き上がった他人の悲鳴に狼狽ろうばいした達也が、焦りのまま自分の名前を大声で呼ぼうとするのを目撃した楓は、一気に達也の下へと疾走を行うと、そのまま険しい眼差しと口調で黙るように命じた。

 それにより、すんでの所で口をつぐんだ達也が、たった今起こった異常な出来事について沈黙したまま目配せにて訴え掛けてきたので、楓はそれが承知済みであることをうなづきでもって応じる。


(今のはどう考えても人間の……それも男の悲鳴だな。どうする、このまま己が身の安全を優先して逃げるか? だが、この店から逃げ出したところで日暮れも迫っている中、立ち往生するのは火を見るよりも明らかだ。であれば、多少のリスクは覚悟の上で異常の確認を行うべきだろう)


 それに、と楓は思う。

 スーパーマーケットの施錠に関しては、二人が入って来た二階のドア以外は全て完璧に施錠されており、更に店舗の外周をざっと確認した限りでは、外部の感染者が窓ガラスを割って店内に侵入しているような形跡も見受けられなかった。

 それら事実にかんがみれば、現在店内に居る“敵”と思料される存在は単体もしくはごく少数である可能性が高く、楓が隠密に徹して襲撃を行えば脅威の排除・・も決して不可能な話ではなかった。


(いずれにしても、状況の確認を行わなければ判断もつかん。退路を確保さえしていれば、最悪の事態に陥ったとしても何とか逃れることは出来るだろう)


 退路となる二階の安全は既に確認済みである事から、楓は腹をくくる。

 瞬時のうちに意識を鋼鉄のそれへと切り替えた楓が、ゆっくりとした足取りで階段を下り始めた。

 それと同時に、何もいわずに不安げな眼差しを向ける達也に対し、冴え冴えとした語調で短い言葉を掛ける。


「……下の様子を見てきます」


「えっと、俺はどうすればいいかな?」


「この場所に留まって万が一に備えて退路の確保を行うか。それとも私と一緒に来るか。その判断は、宇賀さんにお任せします」


「だったら俺の答えは一つだよ、楓ちゃん」


 間近に迫る恐怖に顔を強張らせながらも、紡ぎ出す言葉の中に静かな決意を乗せた達也が、楓の背中を追うように階段を下り始める。

 そんな達也に一瞬だけ目を向けた楓は、「分かりました」と素っ気無く答えてから再び視線を戻し、素早く足を動かして一気に階段を駆け下り、一階のバックヤードへと身を躍らせた。


 その瞬間、先ほどよりも一際大きく、凄愴な絶叫が再度店内にこだまする――



 楓と達也は、二階よりも更に暗さを増したバックヤードの中を突き進み、悲鳴の発生源となっている一階売り場の方へと足を踏み入れるのだった。

 しかし、其処そこに待ち受ける脅威・・は、楓の予想を遥かに上回る極めて危険なものである事を、二人は未だ知るすべが無かった―――














お待たせしました。

これからは一話の文字数を少なくして、投稿を多くしようかなぁっと思っています。

次話はバトルがメインとなりますので、是非楽しんで頂ければ嬉しいです^^

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