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サンタの贈り物(パンツ)  作者: 稲荷竜
5/6

5話

 クラスメイトがノーパンだと知った時、みんなはどのようなリアクションをとるだろうか?

 それも、そんじょそこらのクラスメイトではない――格好よくて、頼りになって、面倒見がよくって、もう一つおまけに格好いい、みんなから(同級生なのに )『姉御』と慕われる女性なのである。

 その彼女が、ノーパン。

 ここでノーパンという言葉の意味について、少し考察をしてみたく思う。

 ノーパン。

 冷静に考えると、意味のわからない言葉である――ノーとは打ち消しの意味を持つ言葉であり、パンとは当然パンツの略語にあたる。すなわち、この言葉は『パンツが打ち消されている』という意味の略語にあたるのだ。

 パンツの打ち消し。

 あるいは十八歳未満禁止の漫画あたりには、そのような能力を持った主人公が登場したりする場合もあるのかもしれないけれど、そもそもノーパンとは異能力の名称ではない。パンツをはいていないという意味で広く使われているが、冷静になればわけのわからない単語である。

 もし正確にパンツを穿いていないことを言い表したいのであれば、ノーパンではなく、ノットエクイップパンツとか、もっとふさわしい呼び名があるべきだと、僕には思えてならない。

 つまりノーパンと言われたから、それをすぐさま『パンツを穿いていない』と判断するのは、言語に精通していない未熟さからくる早計であり、まさかあの姉御がパンツを穿いていないわけはなく、つまり、ノーパンという言葉には、僕の知らない、別の意味があるということだろう。


「いや、ないですよ。穿いてないです。パンツ、穿いてないです。身に付けてないです。装備もしてないです。比喩でもないです。現実です」


 …………。

 そうか、現実か。

 世知辛いなあ、現実。

 憧れの人と言ってしまっても、決して過言ではない姉御が、まさかパンツを身に付けない人だったというのは、なんだか、世の中の暗部を知ってしまったような、不思議なむなしさすら覚える事実だった。


 僕はこの一瞬で、大人になったと言い換えてもいい。

 大人になった視点で見れば――姉御が今日も脚に身に付けている黒ストッキングだって、今まで思っていたストッキングとは別な物に見える。

 ノーパンストッキング。

 つまり、姉御の体の一番奥を包んでいるのは、スカートの下にあるべきパンツではなくて、衆目にさらされており、また、そうであっても誰も変に思わない、あのストッキングなのだ。

 言ってしまえば、パンツを見せながら歩いているようなものである。


 ここで安直に、興奮してしまってもいいのだけれど――うん、まあ、冷静になろうじゃないか。

 僕は大人になったのだ。

 大人は、簡単に興奮しない。

 現在置かれている状況をよく知るために、むしろ、冷静な視点で、姉御のストッキングを見つめていくべきだろう。


 姉御の脚は、驚くほど細い――しかし、頼りない細さではなく、引き締まった細さだ。

 色はきっと、白いのだろう。

 彼女は地肌を見せない服装を好むので、脚の白さにかんして言えば、水泳の授業をのぞくか、他の露出している部分から想像するしかないが――手や顔は、だいぶ、白く見える。

 インドア派という感じ。

 しかし、彼女が行動的であり活動的なのは、クラスの誰もが知るところだ。

 運動神経だっていい。

 昼休みにバスケなどを一緒にたしなむこともあったが、彼女はとにかく、高く跳ぶのが印象的だった。

 スカートで高く跳ぶ。

 なるほど、今までは興味こそあれ疑問にまでは及ばなかったが、スカートという守備力の低そうな服装で跳ねるというのは、よく考えれば尋常な行為じゃない。

 パンツが見えるリスクと隣り合わせだ。

 その勇気を賛美したい気持ちもあったけれど――どうやら僕は、今まで低いステージで物を考えていたらしい。

 姉御はパンツが見えるリスクを恐れない、勇気ある人ではなかったのだ。

 前提から違う。

 姉御は常にパンツを見せていた。

 パンツのようなものを――体の一番奥を包むストッキングを、常に見せながら、生活していたということになる。


 とんだ盲点だ。

 パンツはスカートの中に隠れていたのではない。

 僕らの心理の裏に潜んでいたのだ。

 まさかパンツを見せて生活をしている女子などいないだろう――そういう思いこみの裏を突くかたちで、彼女のパンツは常にそこにあった。

 見えていたのに、見えていなかった。

 意識することを無意識に放棄していた。


 パンツを穿いていない人というレッテルが貼られた時、多くの人は、そのレッテルの主を軽蔑したり好色な視線で見たりすると思うけれど、僕は、この事実を知ったことで、今まで以上に、尊敬の念を強くした。

 姉御は、やっぱりすごい人だ。

 日常生活をノーパンで過ごすことも、パンツを見せながら過ごすことも、とてもできない――少なくとも、僕には無理だ。普段から長いズボンをはいている僕ですら、無理なのだ。

 勇気が足りない。

 いわんやスカートをや、だ。

 よくよく思い返せば、姉御は嘘をつかない、駆け引きをしない、実直な人だった。

 ノーガードの人だ。

 なるほどそのノーガード精神は、服装となって普段から現れていたのだろう。

 健全な精神は、健全な服装から。

 服装は精神性を表わす。

 あけっぴろげで、分け隔てなく、自分に恥じるところがなく、実直で、嘘をつかない――

 その精神性は、ノーパンという服装に、現れていたのだと、言えよう。


 姉御は素晴らしい。

 これまでのノーパンにかんする考察の通り、僕のその一念はゆるぎないものだ。

 その上で、友人として、僕は彼女に言いたいことがある。

 ひょっとしたらお互いに傷つく羽目になるかもしれないけれど――

 友人だから。

 友達だから。

 時には相手のことを思って、厳しい指摘をするのも、必要かもしれない。


 僕は懐に手を入れる。

 そして――姉御に向き直る。

 彼女は不審そうな顔をしていた。


「……電話は終わったの?」

「ああ、終わった。それで――無礼を承知で言いたいことがあるんだけど、いいかな」

「無礼を承知ってあんまり日常で使われない表現だね……まあ、いいけど」

「これはその、なんていうか、指摘っていうかお願いみたいな感じなんだけれど」

「うん?」


 姉御が首をかしげる。

 僕は、懐からしゃべるパンツを取り出して彼女に差し出しつつ――土下座した。


「パンツを穿いてください。気になって仕方ありません」

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