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サンタの贈り物(パンツ)  作者: 稲荷竜
4/6

4話

「実はパンツには目も口もあるのです。足を通す部分を口と言いますし、縫い目だってありますからね」


 先ほどぶち上げた前提をぶち壊すようなことをしれっと言い放つパンツだった。

 僕の精神状態が普通であれば、パンツに対し、手厳しいつっこみを入れていたことだろう――つまり『だったら持ち主を見たらわかるよな!』とか『これだけしゃべってて口がないとかもうどうでもいいよ!』とか、そういうことを、言っただろう。

 しかし――僕はそれどころではなかった。


 周囲を歩くパンツの声が聞こえてくる。

 詳しくは、割愛するが――というか、いちいち声のすべてを認識していたら、気が狂うだろう。

 頭のはげたサラリーマンのパンツがブリーフで、しかも尻が薄いとか知りたくないし。

 道を歩くキャリアウーマン風の美人のお姉さんがくまさんパンツを穿いているなんていう情報は持っていても活かせそうもないし。

 小学生の姉妹とおぼしき子供たちが、まさか、黒の――いや、もうよそう。

 聞こえない。

 聞きたくない。

 僕は、耳をふさいだ――けれど、声はいっこうに小さくならない。たぶんパンツの声は精神に直接語りかけてくるのだ。

 パンツが話す。

 このコミカルな状況は、まさしくコミカルの皮をかぶったコズミックホラーであり、いざこの状況におかれてみると、正気がガリガリと削られていく気分だった。

 先ほど、僕のパンツは無口でポーカーうにゃうにゃだという話をされたけれど――

 沈黙は金という言葉を、これほど強く実感したことはない。

 しゃべるパンツたちに対して、お前らいい加減に黙れよ! といちいち言って回りたくなるような、それは洪水のような情報量だった。


 僕はたまらず、ホームの先端――人のいない、来ない方へ向けて、駆け出す。

 そこで、うずくまった。


「ノーパンの人を探すのは簡単そうでしょう? パンツはみんな、おしゃべりですからね」


 懐のパンツが言う。

 が、僕は応じることができなかった。

 待ち合わせ地点までは、駅から出て、徒歩十分だ。

 このあたりは田舎にしては都会なので、人通りも多い。

 ひょっとしたら、僕はクリスマス会をキャンセルしてでも、パンツの持ち主を探すべきだったのかもしれない――これだけの情報の洪水に押し流されないようにふんばりつつ、普通にみんなと楽しくクリスマスを祝うだなんて、とてもできそうになかった。

 そもそも。

 クラスメイトのパンツとか、知りたくない。

 相手が男性ならもちろんのこと、女性のパンツだって、知りたいとは言えなかった――今の僕は、パンツにかんして少々食傷気味なのだ。

 言い換えれば、パンツによる食あたりである。

 たぶん胃もたれもしている。


 とにかく――とにかく、これから駅を出て街を歩くには、少々ならず心の準備が必要そうで、それは、待ち合わせ時刻までにできるとは、とても思えないほど重大な準備だった。

 遅刻の旨を、連絡しておこう。

 この状況で、そんなまともな気遣いができるあたり、僕もかなり人間ができているのではないだろうか――自画自賛をしつつ、ダウンのポケットからスマホを取り出して。


「そんなところで何してるの?」


 背後から聞こえた声に、思わず取り落とした。

 女性の声だ――人間の声なのか、パンツの声なのか、今の僕にはわからない――

 って。

 ……この声、聞き覚えがあるような。


 おそるおそる、振り返る。

 するとそこには、クラスメイトの女子がいた――クラスでは『姉御』と呼ばれている、まあ、あだ名まんまの人である。

 さばさばしていて、面倒見がいい。

 頼りがいがあって、カリスマ性がある。

 立ち姿が、格好いいのだ――肩胛骨のあたりまで伸ばした黒髪。切れ長で涼しい目元は、細めれば刃のようにも、招き猫のようにもなる。

 手足が長く、特に、黒いストッキングに包まれた足は、とても長く、そして細く見える。一部の男子は『一回ぐらい姉御に蹴られてみたいもんだ』と半分冗談、半分本気で言っているぐらいに魅力的な、足だった。


 僕も彼女のことは、非常に格好いい人だと思っている。

 美人で、格好いい――換言するならば『近寄りがたい人』ということにもなるのだけれど、彼女が僕に話しかける時の口ぶりは、親しみがあって、実はクラスで一番仲のいい友人は彼女なんじゃないかと、一度ならず思ったことがあった。


 僕はやや安堵を覚えて、立ち上がる。

 そして、彼女に向き直った。


「その、ちょっと気分が悪くなって。休んでたんだ」

「ベンチもあるのに、そんなところで? ……体調大丈夫なの?」

「体は、なんともないんだけど……」

「無理しない方がいいよ。今日はどうする?」


 姉御が聞いているのは、これから行なわれるクリスマス会のことだろう。

 というか――今から僕が向かおうとしていたのは、クリスマス会の前のクリスマス会とでも呼ぶべきものだったりする。

 クラス全員集まるのは、夕方からで――

 それまでの時間を、仲のいい数人ですごそうという、そういう集まりだ。


 これは僕らの、いわゆる仲良しグループが特別お祭り好きというわけではない。クラスのみんながそれぞれにやっていることである。あるいは、全国どこでも、クラス全体で集まる前に、少人数で集まって遊ぶなんていう学生は、いるのではなかろうか?

 もっとも、それにしたって朝八時起き、待ち合わせ時刻は九時というのは、早すぎるという指摘が入ることだろう。

 その理由は至って簡単で、今夜行なわれるクリスマス会の店などを手配したのがこの目の前におわす姉御であり、仲のいい僕はその手伝いをさせていただいているからなのだ。


 つまり、これから、僕は姉御と二人で、様々な最終チェックを行なうらしい。

 詳しいチェックの内容について、実は知らされていなかったりもするが――まあ、姉御に任せておけば、大体全部万事オーケーだろうという信頼があった。


 ようするに。

 これから先、しばらくは二人で予約した店などを見てまわることになる。

 ここで僕が『体調が悪いから休む』と言ってしまえば、姉御はこれからの(おそらく僕を呼ぶぐらいには )大変な作業を一人で行なうことになってしまうのだ。

 そもそもで言うならば、彼女は事務作業ができない。

 携帯電話を所持していないのだ――なんでも、これは僕にだけ話してくれたことだが、おうちが貧乏だそうで、今時携帯電話の契約料金すら惜しいのだそうだ。

 だから彼女は、こうして休みの日である今日も、制服の上にダッフルコートという格好なのだろうと思う――もっとも、スタイルがいいので、雑誌に掲載されている衣服だと言われれば、信じてしまいそうなぐらいの仕上がりにはなっているのだけれど。

 ともかく、僕がいないと、電話関係の連絡を受けられないので、彼女のこれから行なうという作業に尋常ではない滞りが出るだろう。

 それは、悪い。

 なので僕は強がることにした。


「大丈夫。しゃがんでたら、よくなったし――」


 実際、パンツの声は、遠くから潮騒のように響いてくるだけとなっていた。

 うまく意識を逸らすことには、成功したのだろう――もし成功していないのだったら、姉御のパンツの声が聞こえないのはおかしい。


「おかしくないですよ」


 と、懐から、耳障りな声が聞こえてきた。

 せっかく精神が安定しかけたところで、拾ったパンツがしゃべったのだ。

 僕はよっぽどこいつを線路に投げてやろうかという気分を抑えつつ、姉御に『あ、ちょっと電話』と言って、落ちていたスマホを拾い(落ちてるスマホの着信に気付いたとか、誤魔化し方が穴だらけだった )パンツと話すことにする。


「もしもし? 何がおかしくないって?」

「あなたは今、目の前の女性のパンツがしゃべらないことを不思議に思ったようですが、それは何もおかしなことではないと、そう申し上げたのです」

「なんでだよ。それとも、僕から『……の声が聞こえる』とかいうありがたくない特殊能力がなくなったとでも言うのか? だったらこうしてお前と会話もできなくなってるはずだろ?」

「いえ、能力はなくなりません――そうではなく、気付いてもよさそうなものですが」


 パンツは口ごもった。

 僕はやや苛立って、続きを促す。


「まわりくどいのはよしてくれ。姉御が不審がるだろ」

「すでに充分不審がっているようですけれど――そうではなく、聞こえないのは、ないからです」

「……何が?」

「だから、パンツの声が聞こえないのは、パンツがないからですよ」

「……」

「あの方、ノーパンですよ」

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